彼に似た星空
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10.私はあなたが好きです
敵旗艦を狙って放った私の砲撃が挟叉となった。次の一撃で敵旗艦を確実に葬ることが出来る。
「お姉様! お任せします!!」
榛名が私にそう告げた。私は落ち着き、再度標準を合わせ、砲撃体勢に入った。
「ファイヤァアアアアアア!!!!」
私が放った砲弾はまっすぐに敵旗艦に飛んでいき、その装甲を貫いた。同時に大きな爆発が起こり、敵旗艦を撃沈したことが確認出来た。
「霧島! 念の為敵艦の状況確認お願いネ!!」
「了解ですお姉様……大丈夫。轟沈したことを確認しました!!」
「おーけい! そのまましばらくの間観測を続けるネ!! 私はテートクに状況を報告シマース!!」
今回の敵は強敵だった。ただでさえ凶悪な性能で私達を追い込んでくるだけの実力を持っていた上、沈めても沈めてもその度に亡霊のように蘇り、再びこの海域に君臨した。はじめは私達姉妹は別々の艦隊を組み、波状攻撃の戦法で敵艦隊と戦っていたが…
「我が鎮守府の消耗も激しい。いい加減にケリをつけよう」
提督のこの一言により、私達四姉妹と正規空母の赤城・加賀の計6人で、現在考えうる限り昼戦においての最強の布陣を組んだ。これで敵旗艦の撃沈に失敗した場合、鎮守府は資源が枯渇し、機能を停止せざるを得なくなる。
今回が10数回目の対峙だった。相手はもう何度も蘇ってきていたがそれでもダメージは蓄積していたようで、今回は戦闘前からすでに外装がボロボロの状態だった。
「テートク、たった今敵旗艦を撃沈したヨ! 今回は手応えがあったネ!!」
『よくやった! さすがうちの昼戦最強メンツだな』
「念の為、このまましばらく敵旗艦の復活を確認した後、帰投シマース!!」
『了解した。帰投の際は気をつけて帰ってきてくれ。晩飯までには戻るように』
「了解したネ! 待っててネ〜テートク!!」
提督との無線が終了した途端、比叡が私に抱きついてきた。かなりの苦戦を強いられた敵だ。撃沈できたことがなによりうれしかったのだろう。比叡以外の皆も、表情は一律に晴れやかだ。
「お姉様〜! やりましたねお姉様〜!! さっすがお姉様です!!」
「そんなことないヨー!! みんながかんばってくれたおかげネー!!」
普段は仏頂面といってもいいほどの無愛想な表情をしている加賀でさえ、今はどこか晴れ晴れとした表情をしている。みな全身傷だらけだったが、心地よい疲労感を感じていた。
「金剛さん」
「赤城もお疲れさまデース! どうしましタカ?」
「うれしいのもそうですが、私たちの疲労ももうピークです。出来るだけ早く帰投しないと」
「そうネー…でも相手が復活しないのをある程度確認はしておきたいデース」
「そこで提案ですが、私も加賀さんも偵察機が若干残ってます。私の偵察機で敵艦の復活を確認しつつ、私たちは帰投しましょう。加賀さんの偵察機で周囲の偵察を行いつつ帰投すれば、敵艦隊との遭遇も避けられますし」
「加賀はそれでいいデスカ?」
「ええ。それに私も疲れました。そろそろ鎮守府に帰りましょう」
「わかったネー。じゃあ赤城と加賀に索敵と敵旗艦の観察をお願いしマース。そしてこのまま鎮守府に帰りまショー!!」
「はい! お姉様!!」
「榛名、了解しました!!」
私達は赤城と加賀が、共に残り少ない偵察機を発艦させた。美しい編隊を組んで飛んでいく偵察機たちが、まるで私達の勝利を祝福しているようにも見えた。赤城の偵察機が確認地点に到着した頃合いを見て、私達は鎮守府に帰ることにした。
鎮守府に帰ると、『難関海域突破記念』と称したパーティーの準備が進められていた。私達は帰投するやいなや待機していたみんなに拍手と喝采、そしてハグで迎え入れられた。
「金剛さんおかえりなさい!! そしてお疲れさまでした!!」
「五月雨もワタシが留守の間テートクを守ってくれてサンキューネ!!」
「金剛さんがいない時は私が提督を守りますから! お任せ下さい!!」
「提督は執務室デスカ? 入渠前に直接報告をしたいデース」
「そのことなんですけど、提督から金剛さんたち第一艦隊のみなさんに伝言があります」
「ホワっツ?」
「『第一艦隊は報告前に入渠を済ませ、夕食に間に合うようにすること』だそうです。高速修復剤も残り少ないですけど、全部使っちゃっていいそうです!」
「おーけい! テートクの指示なら従うネー!!」
その後私達は入渠で傷を癒やした。高速修復剤が底を尽いたせいで、明日からしばらくの間は正規の任務は難しくなる。当面の間は演習と新人の艦娘たちの練度向上をメインに動くことになるはずだ。
その後は大変だった。報告は夕食時に行ってくれればいいという話だったので、入渠後はそのままパーティー会場に向かったのだが……散々苦戦した海域を突破したことで、皆タガが外れてしまっていたため、想像以上に飲めや歌えの大宴会となっていた。
私達は合流したとたん、皆から『おめでとう!!』という祝福で迎えられた。比叡以外は皆散り散りに他の子たちに連れて行かれ、方々でおもてなしを受けている。やはり皆もうれしかったのだろう。お酒が進んでいるようだ。もっとも赤城と加賀だけは、お酒よりも食べ物の方が減るスピードが早い。
比叡は私にしがみつき、今まで以上に甘えてきていた。私に似てお酒が弱いこともあり、早々に酔いつぶれて寝てしまっていたが、それでも私の裾を離さなかったのはさすがだ。最後まで『お姉様…さすがです…ひぇぇぇ…』と言っていた。
榛名は榛名で、別のところで古鷹や綾波といった比較的おだやかな子たちとグループを組み、いかにして自分が提督からの命令を守って敵艦隊と戦ったかを力説していた。そして、いかに提督が立案した作戦が優れたものであったかも合わせて説明してした。一見するといつもと変わらない感じはしたが、いつもは控えめな榛名があそこまで饒舌になっている辺り、榛名も恐らく酔っ払っているのだろう。古鷹と綾波には、榛名の絡み酒に付きあわせてしまったことを明日にでも謝ろうと思った。
霧島は霧島で、なぜか天龍や長門、摩耶や長月といった、どちらかというと武闘派な面子と一緒に酒を飲んでいる。時折霧島が『ゴルァ!!!』と叫び、その度に天龍は震え上がり、摩耶に『落ち着けって!!』とたしなめられ、その横で長月がケラケラと笑い、長門はそんな霧島と拳を打ち合わせていた。その光景を見ていると、霧島は本来、気性が激しいのかもしれないと思えた。それを艦隊のために抑えて、頭脳労働担当になっているのかも…そう考えると、時には霧島に思いのままに戦ってほしいとも思えた。
赤城は相変わらず山のように料理をたいらげつづけ、加賀は相変わらず瑞鶴といがみあい、それを翔鶴がたしなめている。提督ものんべえな隼鷹と千歳、那智に捕まり『まったく飲めない』と言っていたはずのお酒を飲まされている。皆も今日の作戦成功はうれしいのだろう。実際には作戦に参加しなかった子たちも遠征や任務達成で鎮守府を支えてくれた。今日の勝利は、皆でもぎ取った勝利だ。そう思うと、皆の気持ちを一心に受け止め、勝利を手に出来た自分がとても誇らしかった。そしてなにより、彼の役に立てたことがうれしかった。
「よぉ。金剛、作戦成功おつかれさま」
皆を眺めていると、木曾が私の隣にきた。木曾は私たちが最後のアタックをする前に敵旗艦を撃沈していたが、沈めきることは出来なかった。あの時…敵の復活が確認されたときの木曾の荒れ様は凄まじかった。
「アリガトー木曾」
「やっぱお前はすごいな。俺でさえ完全に沈めきることは出来なかったヤツを沈めただなんて…」
「そんなことナイネー。それまでに相手を消耗させてくれたみんなのおかげだヨー。前の作戦で木曾が雷撃で旗艦の体力を削ってなかったら、今回倒すことは出来なかったデス」
「そう言ってくれると、俺の魚雷も役立ったみたいでよかったぜ」
実際北上や大井には劣るものの、木曾の雷撃もすさまじい破壊力を誇る。その雷撃で、今回の敵旗艦を撃沈したのも、一度や二度ではない。確かに直接最後にとどめを刺したのは私だったが、その意味で、今回の木曾の活躍も、大きな意味を持っていた。
私と木曾は、不思議となぜか提督の方を見た。提督は今、顔を真っ赤にした隼鷹に、鼻にスルメを突っ込まれている。本気で嫌がる提督を見て、ゲラゲラと笑う隼鷹。彼女が元は豪華客船で、育ちのいいお嬢様だというのが未だに信じられない。そして木曾も、そんな隼鷹にいじられ、半泣きの提督を眺めて笑っていた。
「…あいつな、お前たちが出撃してすぐ言ったんだよ」
「what?」
「『今日で終わる。だからみんなでパーティーの準備をしよう』ってな」
「……」
「正直、おれは今日第一艦隊に入れなかったことが悔しくて悔しくて仕方なかったよ。砲撃ではお前たちには負けるかもしれないが、俺には雷撃がある。トータルでお前たちに負けない自信は今も揺るがない。次こそはヤツを沈める自信もあった。それでも提督はお前を選んだ。そして俺の前で、まったくためらわずにそう言ってのけた」
「木曾…」
木曾はフフッと笑った。心なしか少し寂しそうに見えた。
「“負けた”と思ったよ。提督が心から信頼しているのは金剛、お前だった。俺も提督のために最高の勝利を持ち帰る約束をしたし、それを守る自信も覚悟もあるが…それでも、お前には勝てなかったみたいだ」
「木曾も、テートクのこと好きだったんデスネ……」
「柄じゃないと思ったんだけどな…球磨姉ェに“キソーはかわいいんだから気にせず行けクマ”って言われてな。自分のことをそんな風に思ったことはないが、珍しくその気になっちまった」
「球磨なら言いそうデスネ」
「だろ? ああ見えてしっかり者で妹の面倒をよく見てくれる、いい姉だ」
遠くのほうで、『ぶえっくしょぉおおい!!! 球磨がウワサされているクマッ?!!』という叫び声が聞こえ、私と木曾はお互いを見合って吹き出した。
「ブフッ……とにかくだ。金剛、提督はあんたに任せた」
「? どういうことデース?」
「俺は俺のできる事を、あいつのためにするだけだ。だけど金剛、あいつのことは、あんたに任せる」
「でも、テートクが私を選ぶかどうかなんて分からないデスヨ?」
「おいおい…本気で言ってるのかそれ…自覚無しかよ…」
「what?」
木曾はあからさまに呆れた顔をした。私は何かおかしなことを言っただろうか? 確かに彼が私を信頼してくれているのは感じているが、だからといって私のことを選んでくれるのかに関しては、私には自信が持てない。
「……まぁいいさ。じき分かる」
木曾は呆れ顔のまま立ち上がった。そして提督の方を見据え、マントのように着こなしていた軍服をなびかせ、かぶっていた帽子をかぶり直した。
「すまんが少しだけ提督を借りるぜ。いくらあんたに任せるとしても、ちょっとぐらいは意趣返しはしておきたいしな」
「? よくわかんないけど、了解デース」
木曾はニヤッと笑うと手袋をギュッと整えた。木曾の視線の先にいるのは、千歳にいじられ、那智にウイスキーをすすめられ、隼鷹にヘッドロックを決められている提督だ。木曾は提督の元にスタスタと歩いて行き、提督の前まで来ると、彼の腹部にパンチを入れていた。『ぐぶぉぁっ?! 何をするくまッ?!!』『似てない球磨姉ェのマネをする提督はお前かッ!!』という楽しそうな声と共に、提督の悲鳴が聞こえた。
再び姉妹の方に目をやると、比叡は相変わらず私の隣ですでに轟沈しており、榛名ももはやへべれけな状態で古鷹に介抱されていた。未だかつて、これほどまでに説得力のない舌っ足らずな『はゆなはらいよーうれす』を私は聞いたことがない。
霧島の方はまだまだ元気なようだ…と思い眺めていると、先ほどから続けていた長門との殴り合いによる肉体言語でのコミュニケーション中、お互いのクロスカウンターがキレイに入り轟沈していた。『グギョッ』という鳴ってはいけない雰囲気が漂う効果音が鳴り響き、霧島も落ちた。
「うう……金剛型の名折れデース…」
「金剛さん、みなさんをお部屋に連れて行った方が……」
心配して様子を見に来てくれた五月雨が、手伝いを買って出てくれた。さっきまでパーティーを楽しんでいた五月雨には非常に申し訳なかったが、3人を私だけで運ぶのも骨が折れる。素直に五月雨の好意を受け取ることにした。
「さんきゅーネ五月雨! じゃあお手伝いをお願いシマース!」
「わかりました。じゃあ私は榛名さんを運びますね」
「んお? どうした金剛?」
不意に声がした方を向くと、提督がいた。帽子がズれ、上着が乱れていた。
「あれ? テートクは木曾たちと飲んでたんじゃナイんデスカ?」
「んあ、木曾が『金剛が困ってるみたいだから行ってこい』ってさ。どしたの?」
「サンキューね木曾…ワタシの姉妹たちが全員酔いつぶれたから、みんなを部屋に戻すのを手伝ってほしいデース」
「おう了解した。んじゃおれは霧島を運ぼうか」
「よろしくお願いシマース。ワタシは比叡を運ぶネ」
私たちはそれぞれ比叡、榛名、霧島を背負うと、宴もたけなわのパーティー会場を抜け出し、私達姉妹の部屋へと彼女たちを連れて行った。
途中、何度かアクシデントに見舞われた。
「提督!! 榛名は…榛名は提督のことを……!!」
「あぐぐぐぐぐぐ…榛名さん!! 苦しい…苦しいです……!!」
榛名が寝ぼけて五月雨の首に抱きつき、五月雨は本気で苦しがっていた。五月雨には申し訳なかったが、提督が榛名を運ぶことにならなくて本当によかった。そして……
「ハハハ…おれがどうしたっつーんだろうねぇ榛名……」
他人事のようにケラケラと笑う提督を見て、なんだか少々怒りがこみ上げた。
「マイクチェックは…どうした……ゴルァ……!!!」
「ぐおッ?!! 待て霧島ッ!!! 済んでるッ!! マイクチェックは済んでるからッ!!」
「あら……司令じゃないですか……そうでしたか…ゴルァ……」
私の怒りを検知したのか、今度は霧島が提督の首にスリーパーホールドをかけていた。この時私は、心の中で霧島に盛大な拍手を送っていた。
比叡は比叡で、『ああっ……お姉様っ……いけません……司令が見てます……』と寝ぼけながらも恍惚な表情を浮かべ、私の背中に頬ずりしている。提督には霧島をお願いして正解だったようだ。
私達は榛名と霧島の無意識の暴力に苦しめられつつ、3人を私の部屋に寝かしつけた。3人とも実に気持ちよさそうに眠っている。比叡は夢の中でも私と戯れているのだろうか…榛名は提督に求愛しているのかもしれない…霧島は……楽しそうな顔だが若干眉間にシワが寄っているのが気になる…天龍あたりを夢の中でシメていることにした。
「テートクと五月雨のおかげで3人を部屋まで連れて来られまシタ。お二人にはサンキューね」
「いえいえ! 榛名さんも今日の勝利が嬉しかったんですねーきっと!」
五月雨はそういって、笑顔を返してくれた。五月雨は本当に心優しく、素直ないい子だ。彼女が手伝ってくれなければ、榛名を部屋に返すのにはもっと時間がかかってしまったことだろう。確かに何度かつまずいていたが、それを差し引いても、彼女の手助けは助かった。
一方の提督だが、やや腰を落とし、乱れた呼吸を整えようと必死だ。
「ま……任せろ……気にするんじゃあ…ない…ゼハーゼハー……」
無理もない。提督はあれから何度も霧島に首を絞められ、スリーパーホールドを決められ、場合によっては『マイクチェックは?!!!』と提督の頭を掴んで上下左右に激しく揺さぶり、その度に提督に必死になだめられていた。最初の方は私も楽しくて笑っていたが、最後にはさすがに提督に対し申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「うう…テートク…ソーリーね……霧島には明日謝らせるヨー…」
「そんなん気にしなくていいよ…霧島も今日はうれしかったんだ……ゼハー……ゼハー……」
私の部屋はパーティー会場から離れているため、かなり静かだ。パーティー会場は盛大に盛り上がっているため、その歓声はここまで聞こえてくるが、それが逆にこの空間の静けさを際立たせていた。
「ふふっ……」
不意に五月雨が楽しそうに微笑んだ。彼女の笑顔は、その場にいる人すべてを癒やし、温かくする力がある。
「What? どうしたネー?」
「金剛さん、私たち、この鎮守府の最初期のメンバーですよね」
「言われてみれば確かにそうネー」
「確かに…ゼヒッ……そうだ……」
「そんな3人でパーティーをちょっと抜けだしてここにいるのが、なんだか特別な空間にいるみたいで…私、ちょっとうれしいんです」
言われてみると、確かにそんな感じがした。まだ建設されたばかりの、誰もいない鎮守府に赴任してきた提督と、その初期艦として赴任した五月雨、そして彼らの初めての建造でやってきた私…一番大変な時を乗り越えた私たちに、神様がくれたご褒美なのかもしれない。そう思うと、私の心もなんだか暖かくなってきた。
「そうネー! なんだか特別扱いされてるみたいネ!」
「はは…たしかにそうだ…ゼハー……」
私達はお互いの顔を見合った。そして、誰ともなく笑った。私は笑いながら、提督が一番最初に私を建造してくれたことに感謝した。そうでなければ今、この空間で提督と五月雨と共にはいられなかっただろう。こんなにも温かい気持ちを抱くことはなかっただろう。
「さて……金剛さんは提督の息が整うまで一緒にいてあげて下さい! 私は涼風ちゃんも気になりますから、先に会場に戻ります」
「わかったネー。テートクは私が責任を持って面倒みるヨー!」
「ちょっと待て……なぜゼハー……おれの心配はいらん……ゼハー……」
「提督は黙って金剛さんのお世話になって下さいっ!」
「わ、わかった…ゼハー……」
五月雨はそう言うと、満面の笑みで私と提督の手を取った。そして大切そうに私たちの手をギュッと握った。
「提督、金剛さん。これからもよろしくお願いしますね!!」
そう言うと五月雨は、私達の手を離し、パーティー会場に駆けていった。途中でこけたりしないかと少々ハラハラしながら五月雨を見守っていたが、それは取り越し苦労だったようだ。
一方の提督も、だいぶ息切れが治まってきた。
「テートクもだいぶよくなってきたみたいネー」
「ああ…もう大丈夫。心配をかけた。ふぃ〜……ありがとう金剛」
不意に頭を撫でられた。彼は突然こういうことをするから侮れない。
「うう……そういえばテートク、あんまりお酒臭くないネー?」
「大半はいじられたり鼻にスルメを突っ込まれたりしてただけで、言うほど飲んではないんだ」
「鼻からスルメの足が出ていたテートクはケッサクだったヨーぶふっ」
「アホ。……そうだ」
「ん? どうしたノ?」
「金剛の紅茶が飲みたいな。執務室いかない?」
「おーけい!」
執務室は私たち姉妹の部屋とパーティー会場の、ちょうど中間ぐらいに位置する。私たちの部屋に比べるとパーティー会場の音がよく届くが、それでもドアを閉じるとそれらもシャットアウトされ、静かな空間になる。私と彼は、その執務室まで戻ってきた。私と彼が、一番長く一緒の時を過ごした空間だ。
執務室の中は、カーテンの開いた窓から入ってくる月明かりのおかげで、決して明るくはなかったが暗くもなかった。いつものように照明をつけて明るくしてもよかったが、なんとなくそれがもったいない気がして、私はわざと照明をつけず薄暗いままにしておいた。
彼は執務室に入ると、すぐに椅子に深く腰掛けた。やはりさっき霧島に繰り返し首を絞められたことで、ちょっとくたびれているようだ。部屋の明かりに関しては私と同じことを考えたのか、彼も照明をつけようとはせず、ただ卓上スタンドのみをつけた。
私はすぐ紅茶を淹れる準備に入った。彼は自分がお茶を飲みたい時に私たちの分も併せて一緒に淹れてくれるのは、今も変わらない。ただ、最近は私に紅茶を催促してくれることも増えてきた。私が淹れた紅茶を喜んで飲んでくれることが、私にはうれしかった。
「ショートブレッドって残ってたっけ?」
「残ってるヨ? 食べマスカ?」
「うん」
今日の出撃前のティータイムで食べたショートブレッドの残りを準備し、私は今しがた淹れ終わった紅茶と共に提督に渡した。提督は、いつものように私の紅茶の香りを楽しみ、ショートブレッドとともに堪能した。
「う〜ん…やっぱ逸品だね」
「当然ネー。ワタシのテートクへのLoveがこもってマスからネー」
「はは……」
彼が紅茶を飲んでいるその背後の窓から、夜の鎮守府が見えた。灯台が港を照らし、鎮守府各所に輝く明かりが、いつもより美しく見えた。私は、吸い寄せられるように窓に近づき、鎮守府の夜景を眺めた。キレイな半月の月明かりが、鎮守府と執務室をほんのりと照らしていた。
「wow…beautiful……」
「だね」
「鎮守府ってこんなに美しかったんデスね」
「ああ。これが金剛たちの帰るべきホームで、守るべき場所なんだ」
「ワタシたちのホーム……」
「うん」
私は彼の顔を見た。彼は、とても穏やかな表情で鎮守府を眺めていた。その顔が、いつかの時のように、ひどく脆いがとても美しい、ガラス細工の芸術品のように感じた。
「テートク」
「ん?」
「ワタシはあなたが好きデス」
私は自然とこの言葉を口にしていた。普段からLoveを込めたとかハートをつかむとか言っていたが、それとは重みの違う言葉を、私は驚くほど自然に、口に出してしまった。『今が伝えるチャンスだ』という気負いはなかった。『言わなければ後悔する』という葛藤もなかった。自然と、無意識のうちに、スッと口から出ていた。
「うん。知ってる」
そう答えた彼の表情は、いつもの優しい顔だった。他の子たちに向ける微笑みとは微妙に違う、五月雨にすら向けることのない、私にだけ見せる美しい表情だ。私は、彼のこの表情と眼差しが好きだった。彼のこの表情が、私だけに向けられることがうれしかった。
「気付いてたんデスカ?」
「うん」
彼はそう言うと、自身の机の引き出しを開き、中から一つの小さなケースを取り出した。
「金剛、“ケッコンカッコカリ”って知ってるよね?」
ケッコンカッコカリ。私を含む、提督を慕うすべての艦娘の憧れであろう制度。限界まで練度を高めた艦娘だけが受け取れる、提督と心を通わせ、さらなる戦闘能力の向上が見込めるようになる制度だ。私も例外なく、彼からカッコンカッコカリを申し込まれることを夢見ていた。
「知ってマス。練度を極限まで高めた艦娘と指揮官が指輪を通して結ばれることで、さらなる戦闘力の向上が見込めるようになる制度ですヨネ?」
「うん。……正直ね。この話を聞いた時、おれはふざけんなって思った。練度向上はいい。そういう艤装があるのもいい。でもカッコカリといえども、結婚の形を借り、その名を冠するのはどんな悪ふざけだと思ったよ。こんなの、信頼してくれる艦娘にも失礼だとおれは思ってた。だからおれは、誰にもこの指輪は渡さないつもりだったんだ」
改めて私は、提督の優しさに関心した。たとえ目的が戦闘能力の向上であったとしても、名称が“ケッコン”であるだけに、そこには私たち艦娘にとって特別な意味が付随してくる。そんな特別な意味を持つ“ケッコン”という言葉を、ただの練度向上としての儀式として捉えることに、彼は嫌悪感を持っていたようだ。
「でもさ。五月雨が言ったんだよね。『それでも“ケッコンカッコカリ”は、私たちにとって大切なものなんです。提督からケッコンカッコカリを申し込まれるのは私たち艦娘の夢なんです。私も待ってましたし、金剛さんもきっと待ってます』って」
「五月雨が?」
「ならばおれも覚悟を決めるべきだと思ったよ」
彼は手に持っていたティーカップを机に起き、私の隣に立った。彼は窓の外の鎮守府を眺めた。その横顔は、男性への形容としてはおかしいかもしれないが、本当に美しかった。
「……金剛がはじめてティーパーティーに招待してくれた時のこと、覚えてる?」
よく覚えている。今まで自身がティーパーティーに呼ばれず、私の紅茶とショートブレッドを食べられなかったことにへそを曲げた日だ。あの時の私たち姉妹の混乱ぶりは、今もいい笑い話になっている。
「よく覚えてマスヨ?」
「あの時、みんな私服だったよな」
「デシタネ」
「金剛はワンピースとアーミージャケットだったよな」
「テートク、よく覚えててくれてましたネー」
「うん。よく似合ってて、可愛くて、綺麗だったから」
「……What?」
「あの時の金剛は、着てる服が似合ってて、本当に可愛かった。見とれたよ」
「……そ、そんなふうには見えなかったデース」
「必死に隠したもん。金剛に惚れてるってバレたくなかったもん」
私のときと同じだったのかもしれない。彼からの告白はあまりに唐突で、あまりに自然だった。ともすれば聞き漏らしてもおかしくないほどに、あまりに自然な会話の流れの中での告白だった。
「あの時おれ、初めて頭なでたろ?」
「ハイ。とても心地よかったネー」
「おれな。あの時、緊張とうれしさで、心臓バクバクしてたんだよ」
「うう…なんか恥ずかしいデース……」
「おれだって……でも惚れた女の頭を撫でるなんて、そうそう出来ないからさ」
彼はそう言いながら、照れくさそうに笑った。その顔が、どことなくその時、私たちに頭を下げた時の、彼のあのカワイイ姿と重なり、私は胸が暖かくなった。こんなにカワイイ人を私は好きになったのか……こんなにカワイイ人に、私は好かれていたのかと思うと、私の心が満たされていくのを感じた。
彼は、先ほどの小箱を自身の手に取り、その蓋を開けた。中には指輪が入っていた。私がずっと、彼から貰いたかったものだ。そして、私と彼にとって、それ以上の意味が込められたものだ。
「金剛、これは戦闘能力の向上のためじゃない。カッコカリなんかじゃない」
「分かってマス」
「今後もおれのパートナーとして…残りの人生を、おれと共に歩んでほしい」
「ワタシで…いいんデスカ?」
「むしろおれが聞きたい。おれでいいかな?」
「ワタシも…ワタシも、テートクがいいデス……」
そう答えるのに精一杯だった。目に涙がたまった。これ以上は喉が痛くなって、声に出すことが出来なかった。口を開き声を出しただけで、子供のように大声で泣いてしまいそうだった。
彼は私の左手を取り、薬指にケッコン指輪をはめてくれた。これは艤装の一種だ。私の戦闘能力をさらに向上させてくれる、戦闘のための装備だ。だけど私たちには…私には、特別な意味を持つ契の証だ。彼が私を、私だけを愛してくれているという証だ。
もう我慢が出来なかった。私は彼の胸に飛び込み、彼の胸に自分の顔を押し付けて泣いた。彼はそんな私の頭を、いつものように優しく撫でた。
「テートク……テートクが好きデス!」
「うん。おれも金剛が好きだ」
「テートクのことが好きデス!!」
「うん。おれもだ。おれも金剛のことが好きだ」
「愛してマス…愛してますテートク!!」
「うん。おれも金剛を愛してる」
私は子供のように声を上げて泣きながら、何度も何度も彼に愛してると伝えた。今まで伝えられなかった分、堰を切ったように気持ちが溢れた。その度に彼も、私に愛していると言ってくれた。それが嬉しくて、その言葉を聞きたくて、また私は彼に愛してると伝えた。
改めて分かった。私は彼を愛していた。ずっとずっと愛していた。私自身が思っている以上に、私は彼を愛していた。その気持ちに気づく度、口に出して伝える度、そして彼の言葉を聞く度、彼を愛しているという気持ちが溢れ出てきた。改めて気付いた。私は彼を愛していたのだ。
彼の胸に耳を当てた。彼の心臓の音が聞こえた。彼の心臓の音を聞いたのははじめてだったが、少し早くなっているのが直感で分かった。その彼の音が愛おしくて、彼の胸から聞こえてくる彼の心の音が愛おしくて、何よりも愛おしくて、彼の音をもっと聞きたくて、私は彼の胸に顔をうずめ、彼の胸に耳を押し当てた。彼もまた、そんな私を受け入れ、抱きしめてくれた。抱きしめたまま、何度も私の耳元で愛していると言ってくれた。
「よかった〜…」
ひとしきり気持ちを確かめ合った後、彼がそうつぶやいた。彼の顔を見ると、彼は安堵の表情を浮かべながら涙を浮かべていた。
「? どうしたんデス?」
「ずっと“断られたら…”って不安に思ってた。金剛の気持ちには気付いてたけど、それがもしおれの勘違いだったらと思って…こいつを受け取ってくれて、安心したら涙出てきちゃった」
「oh……全然不安そうに見えなかったヨー? 自信満々に見えたネ」
「提督ですから。不安は見せないで自信満々に振る舞うのが仕事ですから」
涙を目にいっぱいためながらも、ちょっと意地悪そうな笑顔でそう答える彼は、いつもの彼だった。
私たちは再び窓の外を眺めた。気持ちを確かめ合うまでは開いていた私と彼との距離も、今はもうゼロだった。私たちは互いの距離を少しでも縮められるように、少しでも互いの感触を感じられるように、ぴったりと寄り添った。窓から見える鎮守府の光景が、さっきよりも美しく、愛おしく見えた。
「テートク…ここから見える景色、beautifulネー…」
「うん。キレイだ」
「月もキレイで、星もキレイねー……」
「そうだね。だけど、おれの故郷の星もキレイだよ?」
「? そうなんデスカー?」
「そうだよー。結婚するからには、いつか金剛に見せたいな」
「ワタシも見たいデス! ダーリンの生まれ故郷!!」
「ダーリンは恥ずかしいな…」
「ぇえ〜? 結婚はもう決まったんだから、テートクはダーリンデスヨー?」
「まぁいいか……でさ。夏になると花火大会もあってさ」
「その花火大会も見たいネー」
「時期的にはもうすぐだね。でさー…」
「いつか一緒に……」
私達はそのままパーティー会場には戻らず、ずっと二人で寄り添っていた。その日は私達にとって、特別な日になった。
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