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海牛

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3部分:第三章


第三章

「国としてはね」
「そうなの」
「そうさ。それじゃあ今は」
「そのささやかなウォッカをね」
「暖かくさせてもらうよ」
 こう答えてからまた楽しそうに飲む。酒を何処までも愛していた。その日は二人の担当はそれで終わりだった。次の日昨日の件に関するレポートを書き終えてから外に出た。外は海と氷、それに大地が見える。大地にはトドが見えた。大山田はそのトドを見て声をあげた。
「いるわね、ここには」
「ああ、そうだね」
 ヴィシネフスカヤからもそれは見える。彼はトド達の群れを見て満足そうに笑っていた。
「いるね」
「よかったわね、ここにはかなりの数がいるよ」
「アシカもいるわ」
「ああ」
 右手にはそれがいた。アシカ達は海の中を元気よく泳いでいた。二人はそれを見ても楽しく笑うのだった。彼等の存在の確認こそが仕事だからだ。
「いいことだ。あとラッコは」
「私達の後の担当のメンバーが見ていたわ」
「そうか。いたのか」
「結構いたそうよ」
 こうヴィシネフスカヤに答える。
「夜でも元気にしていたって」
「それは何よりだね」
「数も結構いたそうよ」
 大山田はこうも述べる。
「充分な数がね」
「そうか。思ったより状況はいいようだね」
「そうね。昨日は不安になったけれど」
「まだここの自然は大丈夫ってことかな」
「大丈夫っていうよりは」
 大山田はさらに言う。
「あまり悲観的になってもいけないってことかしら」
「あまり悲観的にもか」
「そうじゃないかしら。確かに生息エリアも減ったし」
「うん」 
 これは紛れもない事実だった。否定しようがない。データにも出ているし彼等の目で調べてもその通りだった。だから否定できなかったのだ。
「それでも。まだこれだけがいるのよ」
「そうだね」
「そうよ。後はこれを守って」
「少しずつ戻していく」
 ヴィシネフスカヤはそのトドやアシカ達を見ていた。そのうえでの言葉だった。
「少しずつだけれど」
「けれど確実によ」
 大山田は確実に、と言ってみせた。やはり彼女も海の動物達を見ている。彼等は二人の言葉なぞ知る由もそもそも知る気もなく彼等の生活を営んでいる。それだけだった。
「進めていけばいいわ」
「それでいいんだね」
「それでも難しいわよ」
 微笑んではいるが言葉は確かなものだった。
「その少しずつがね」
「それでも。やっていくしかないな」
「動物が絶滅するってそれだけでとても悲しいことだから」
 命がなくなる、それは運命かも知れない。しかしそれが人の手で無造作に為されるのならば悲しいことだ。二人が言うのはそれだった。
「だからね」
「ステラーカイギュウみたいなことは二度と御免だね」
「ベーリングシマウもね」 
 ステラーカイギュウと同じくこの辺りにいた鳥だ。やはり絶滅してしまっている。
「あんなことは二度と」
「滅ぼすのが人なら護るのも人」
「そうね。罪を犯すのも徳を積むのも人」
 二人はそれぞれの言葉で述べた。
「どちらも人なのね」
「そうだよな。じゃあもう少し北に行ってみるか」
「ええ。そうしましょう」
 二人はトドやアシカ達を見つつさらに北に進んだ。するとラッコ達も見た。そのことに満足しつつさらに先に進んで。大山田はふと海辺に何かを見た。
「あら」
「どうしたんだい?」
「いえ、あそこだけれど」
 ヴィシネフスカヤの言葉にその海辺を指差して言う。
「あそこに。何かいるわ」
「!?岩じゃないのかい」
 彼にはそう見えた。見れば大きな岩場が二十程度ある。そう見えたのだ。
「あれは」
「そうかしら。岩場かしら」
「そうだよ。それか氷か」
 彼はこうも思った。
「それだよ。よくあるじゃないか」
「まあそうだけれど」
 言ってしまえばその通りだ。今も周りには海にその氷が浮かんでいる。少し見ただけでは北極と大して変わりがない。その海の中に大きな氷が二十程度あっても。それはごく自然の光景である。
 
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