大切な一つのもの
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34部分:第三十四章
第三十四章
聖杯の騎士はずっと迷っていました。森の中の城に入ったのはいいのですがそこが何なのかさえ全くわからないのです。
「ここは一体何なんだ?」
城の中には花が咲き誇っています。その花達を見ているとさらにわからなくなります。
ですがそこに何かを見ました。それは乙女達です。
「君達は一体」
「私達は花の乙女」
「貴方を愛する為にここに」
花びらそっくりの色とりどりの服を着て騎士の周りを囲みました。そうしてまた騎士に囁くのです。まるで蝶達が舞うようにです。
「参りました。さあ」
「愛し合いましょう」
「いや、私は」
しかし彼はそれを拒みます。
「陛下から仰せつかった使命がありますので」
「使命!?」
「それは一体」
「この世で最も貴いものです」
彼は答えます。
「それを手に入れる為に私は」
「私達を愛さないのですか?」
「そうです。例え愛したとしてもそれは偽りの愛」
彼はそう言います。
「それならば愛しません。私が欲するのは真の愛だけなのですから」
「何と寂しい人」
「そうやって私達を拒むなんて」
「仮初の愛はいりません」
騎士はあくまで真面目でした。
「私が望むのはただ真実のものだけです」
「あら、真面目ね」
「そんなのが何になるというの?」
「何にならなくとも」
騎士はまた乙女達に言うのでした。
「私はそれを守っていきます。ですから」
「ですから?」
「ここはお引き取り下さい」
乙女達に言いました。
「宜しいでしょうか」
「何か拍子抜けしたわね」
「ええ」
乙女達はそんな堅物な彼に近寄り難いものを感じずにはいられませんでした。それで遂に彼から離れることにしました。まるで風の中の花びらのように。
「それじゃあ騎士様」
「これでね」
一人また一人と騎士から去っていきます。こうして騎士は一人になりましたがそれでも堅い表情は変わりませんでした。そうしてその生真面目な顔のまま辺りを見回すのでした。
「ここにもないのか」
声に残念さが滲み出ていました。
「ならば。一体何処に」
「パルジファル」
探し回る騎士に声をかける者がいました。
「誰だ?一体」
「ここに来た理由はわかるわ」
また声がしました。声は騎士の名前を呼んでいました。
「この世で最も大切なものを探しに。そうね」
「それはそうですが」
騎士はその声に応えます。ですがやはり声の主は姿を見せません。
「何故私の名を。そして貴方は一体」
「私の名を知りたいのね」
「はい」
その声に答えます。ここで彼はあることに気付きました。
「その声は」
「私の声は?」
「女性の声ですね」
それがわかりました。艶めかしい大人の女の声です。かろうじてそれだけはわかりました。しかしそれ以上のことは依然としてわからないままです。
「それはわかりましたが」
「私のことを知りたいのね」
「はい、貴女は一体」
「私の名はクンドリー」
声は遂に名乗りました。
「クンドリー」
「それが私の名。パルジファル」
「はい」
また騎士の名を呼びました。何処か母親を思わせる呼び方です。
「私は貴方がここに来るのがわかっていた」
「それは私がこの世で最も大切なものを探しているからですか?」
「その通り」
クンドリーの声はまた答えます。艶めかしく彼を包み込むかのように。
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