大切な一つのもの
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33部分:第三十三章
第三十三章
「こうして御会いすると。どうにも」
「私を。愛して下さるのですか」
「いけませんか?」
美女はまた騎士に問い掛けます。
「私のような者が貴方を愛すると」
「いえ、それは」
騎士は美女のその言葉に首を横に振ります。見れば彼の顔も真っ赤です。
「私なぞでよければ。それにしても」
「それにしても?」
騎士のその赤くなった顔を見ています。美女にも彼の今の感情がわかりました。
「今私は胸が辛いのです」
「それは私もです」
美女も言いました。うっすらと笑って。
「同じです。それは」
「これは一体。どういうことでしょうか」
「それが恋なのです」
美女は言います。
「私も貴方もお互いを」
「愛していると」
「そういうことです。では」
「はい」
美女は身体を起こします。騎士は彼女から離れその立ち上がる様をじっと見守っています。彼は跪いたままなので従者のようにも見えます。
「貴方はここにどうして来られたのですか?」
「私ですか」
「ここに来られるにはかなりの理由があったと思うのですが」
身支度をしながら彼に問います。その武装した姿はまるで女神のようです。
「実はですね」
「ええ」
「陛下にこの世で最も大切なものを見つけてくるようにと言われまして」
「それでこちらに」
「そうだったのです。ですがそれは」
騎士には今それが何なのかわかりました。わかるとこれ程までに喜ばしいものとは思いませんでした。心が晴れ渡るようです。
「貴女だったのですね」
「そうです。この世で最も大切なもの、それは」
彼女は語ります。
「愛なのです」
「それでですね」
騎士は立ち上がりました。美女の目をじっと見詰めて問います。
「私と共に何処までも御一緒して頂けますか」
「喜んで」
美女はうっすらと笑って答えました。
「私もまたそうしたいですわ」
「有り難い御言葉です。それならば」
「この山を降りて二人で」
「陛下の御許へ」
「今陛下はどちらにおられますか?」
美女はふとこう尋ねました。
「今の陛下はどちらへ」
「今の、ですか」
「はい。それが何か」
「貴女は一体」
騎士はここでふと気付きました。この美女は一体どれだけこの山で眠っていたのかを。思えばこれはかなり不思議なことです。
「私の名はブリュンヒルテ」
「ブリュンヒルテ」
「かつてはワルキューレでした」
ワルキューレとは主神に仕える戦乙女達です。彼女はその中の一人だったのです。
「ですが罰を受けてここに」
「そうだったのですか」
「罰が解ける時、それは」
「それは」
「愛を得た時だと。そう告げられました」
「つまり私の愛ですね」
騎士はまた問い掛けます。問い掛けていると彼女を愛する心がさらに深くなっていくのが自分でもわかります。それが実に温かいのです。
「はい。それでは」
「ええ、ブリュンヒルテよ」
彼女の名を呼びます。
「どうか。私と共に」
「是非。貴方と共に」
「愛を携えましょう」
二人はひしと抱き合いました。こうして竜の騎士もまたこの世で最も大切なものをその手の中に収めたのでした。
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