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魔法少女リリカルなのはVivid ~己が最強を目指して~

作者:月神
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第1話 「始まり? を告げる朝」

 目を覚ますと、そこには見慣れた天井が広がっていた。
 僕は上体を起こし、まず時計を見て時間を確認する。いつもどおり早朝と呼べる時間帯に起きることが出来たようだ。眠気もほとんど残っていなかったので、ベッドから降りて閉めていたカーテンを開く。
 窓から覗いた景色は、まだ時間帯が時間帯なだけに煌びやかな光はまだ射しておらず薄暗い。が、ランニングを行うには充分な明るさだ。

「……懐かしい夢を見たな」

 今日見たのは僕が転生したときのものだろう。断定することが出来ないのは、すでにあの日のことも過去の出来事になりつつあるからだろうか。

「あれから……もう4年か」

 僕が転生した日……それはVivid編が始まる直前などではなく、都市型テロ《JS事件》が終結を迎えたばかりの頃だった。
 今思い返してみるとあの時の僕は、てっきりVividの開始時期頃に送られると思っていただけに困惑したものだ。体も12歳頃に戻っていたから感覚のズレに何日も悩まされたっけ……。

「……考えてばかりじゃ時間の無駄か」

 手早くジャージに着替えて外へと向かう。
 やや肌寒いが時間と共に太陽が姿を現すので気温は上昇する。それにこれからランニングを行うのだから気にする必要もないだろう。いつもどおりストレッチを行って充分に体を解した後、地面を蹴って走り始める。
 それにしても……どうして今日あんな夢を見たんだろう。
 僕がこの世界に来てすでに4年の月日が流れている。
 才能のなさに挫けそうになったこともあったけど、僕が目指すのは僕なりの強さ。魔力量や使える魔法で全てが決まるわけじゃない。その想いを胸に僕はまず体を鍛え始めた。
 まず最初に行ったのがランニングだ。
 バイト三昧の日々を送っていたから体力には少し時間があったからやれるだろうと思った。けど、体に変化があったことで体力が落ちてしまったのか、最初の頃は2、3km走れば肩で息をしていたのを覚えている。
 だけど今では、20km前後走っても余力がある。身長も伸びた。これらが明確に4年という月日を感じさせる。

「……今考えてみると、僕への配慮だったのかもしれない」

 そのように思えるのは、僕の魔導師としての才能のなさが上げられる。
 前もって言われていたことだが、特典を何ももらわなかった僕の保有する魔力量は微量。具体的な目安で言えば、一般管理局員の10分の1といったところだ。
 また魔力資質も射撃や高速移動、結界……と、ほとんどない。使えるものといえば、身体強化系統とデバイスへの魔力付与くらいのものだ。使えない魔法よりも使える魔法を挙げたほうが早い。
 ――魔力量のなさは事前に言われていたから問題なかったけど、まさか魔力資質も悪いなんて……考えなかったわけじゃないけど、予想以上にひどいものだった。あの頃は新しい環境での生活に慣れてないこともあって結構追い詰められていたっけ。
 それだけにこれは自分で望んだことだろ、と言い聞かせて耐えていた。その日々は苦しいものではあったけど、僕は自分なりを模索して努力を続けた。
 今では事件終了後に送られたのは僕が自分を見つめて強くなるための時間を与えてくれたんだ。そんな風に思えるようになっている。これは多分……成長したと言えるんじゃないだろうか。

「でも本当に……」

 どうして《今日》……あの夢を見たんだろうか。
 別に深い理由があるわけじゃないのかもしれない。しかし、魔力を持つ人間はたまにだが予知夢に等しいものを見たりすることがあるらしい。
 これに加えて、僕は異なる世界から来た存在だ。見た夢もそれに関わることなだけに、何かしらの理由があってあの夢を見たように思えてしまう。
 ……そういえば、Vividはいつから始まるんだろう。
 この世界の住人として生活が定着してしまっているせいか、過去の世界の出来事には日に日に霞が掛かってきている。忘れてもいいものだと僕が思い始めているのだろう。
 確か……Vividが始まるのはJS事件が終了して数年後だったはず。
 もしも仮に今年から物語が幕を開けるのならば、あの子が僕に教えるために今日あの時の夢を見せた可能性がある。もしもそうだとすれば、今後僕の生活は大なり小なり変化が生じることだろう。

「……まあ深く考えても仕方がないか」

 僕は僕らしく1日1日を過ごしていけばいいだけだ。そして……今年こそ、インターミドル・チャンピオンズシップに出場する。
 この大会は僕が転生した年から行われてきた。
 内容は全管理世界から集まった若い魔導師達が覇を競い合うというもの。出場経験のない人間やこれまでにこれといった結果を残せていない人間はは、地区別での選考会に参加することになっている。
 そこで結果を残せば、強者が集う《エリート》クラスとして地区予選へと進むことができる。残せなかったとしても《ノービス》クラスとして地区予選には進めるようだ。
 個人的には《エリート》クラスで地区予選に参加したい。けれど、このクラスでは都市本戦に進むのもさえ難関だと言われている。生半可な努力じゃ勝ち上がるのは難しいだろう。
 だから僕は一般人と変わらなかった最初の年は大会出場を見送った。
 一昨年は情報収集も兼ねて観戦に行った。最初は去年――つまり観戦に行った年の1年後に出場しようと考えていたのを今でも覚えている。
 けれどあの子……《ジークリンデ・エレミア》の戦いを見て僕は考えを改めたんだ。
 彼女に勝つためには、どう考えても1年間の鍛錬では時間が足りないと思った。いや、彼女だけじゃない。本戦に出場していた人間の多くは僕よりも強かった。
 そのため、去年も僕は大会には出場せずに観戦だけ行った。腕試しで出場してみてもよかったのだろうけど、去年までの腕前では都市本戦に上がれたかも怪しい。あの頃の僕はまだ自分の戦い方を確立できていなかったのだから。
 だけど今は僕なりの戦い方がある。
 それに今よりも高みを目指すためには、今自分が居る場所をきちんと知る必要もある。だから出場しないわけにはいかない。
 必ず本戦まで勝ち残って結果を残してみせる、なんて強気なことは言えない。……でもこれだけは言える。

「――僕は弱者だ」

 だから全ての試合において油断せずに勝ちに行く。最後の最後まで諦めたりしない、と。
 まあこんな風に思いはしても実行できるかは現状では不明だ。当たり前のことを当たり前にするのはとても難しいものだから。
 あれこれ考えながら走っているうちにミッドチルダ西部にある山林地帯に到着した。自然豊かな場所であり、また人気もほぼないと言えるので訓練を行うにはちょうどいい場所なのだ。
 シャドーボクシングのようなものなら街を走りながら行ってもいいだろうけど、さすがに刀剣の類はダメだろうし。

「……今日も頼むよ」

 その声に右腕に付けていた烏のように黒いブレスレット――あの子が僕のために用意してくれたアームドデバイス《シュヴァルツアイゼン》が反応を示し、淡青色の光が僕の体を包む。
 この淡い青色の光は僕の魔力だ。この世界の魔力の色は、それぞれ人によって異なる。けれど色合いが異なるだけでこれといって差があるわけではない。
 僕の体を包んでいた青光は、徐々に僕をジャージ姿から一般的に《バリアジャケット》と呼ばれる魔力で生成された防護服を着た状態に変化させる。
 もう少し詳しく説明するならば、黒のインナーに同色のズボン、白を基調としたジャケット。これらを騎士のように見えるデザインに変えたものだ。
 衣服が変化する時間は刹那と呼べるものに等しく、次の瞬間には黒い刀身を持つ日本刀が正面に出現する。それを僕は右手で掴むと、周囲の空気を斬り裂くように一度大きく振り払った。

「……よし」

 刀を正中線に構え目を閉じて深く息をする。全ての息を吐き終えた後、仮想の敵をイメージしながら開眼。それと同時に正面を一閃し、続けざまに二の太刀、三の太刀を放っていく。
 僕は誰かに剣を習ったわけではないので我流の剣だ。ただそれでも、4年間欠かさず振り続けていれば鋭い斬撃にもなる。無論、現段階で満足するつもりは毛頭ないが。
 脳内に浮かべた敵と戦闘を行い続ける。
 客観的に見れば耳に届くのは僕の息遣いに足音、それと空を斬り裂く刀の音だけだ。けれど集中している僕には仮想の敵の動きも音もちゃんと聞こえている。質の高いイメージトレーニングを出来ているということだ。
 しかし……おそらくだが、このような訓練をしている魔導師はあまりいないだろう。
 何故ならばデバイスの力を借りれば、現実に近い仮想空間で様々なトレーニングを行うことが可能だからだ。僕のように自分自身の力だけで仮想の敵と戦うような真似はある意味集中力の無駄と言える。まあ僕の場合、集中する行為を訓練することが自分のために為ることなので無駄にはならないのだけど。

「…………今日はこのへんにしておこうかな」

 良い汗を掻けたと実感した僕はシュヴァルツアイゼンを待機状態に戻し、元来た道を帰り始める。
 途中で一度水分を補給して、家に着いたらまず汗を流そう。その後は洗濯でもしようかな。そんなことを頭の隅で考えながらも、全力疾走とジョギングを交互に行って心肺機能に負荷を掛けられるあたり、本当にこの4年間で体力が付いたと思う。

「…………ん?」

 家に向かっていると、遠目に黒い何かが地面に転がっているのが見えた。近づいていくに連れてそれは明確に認識できるようになる。
 地面に転がっていたのは黒いジャージを着た誰かだった。痛がっている素振りは全くないので走っていて転倒したのではないだろう。長時間走ったことで脱水症状を起こしたとも考えられるのだが……どうにも今地面に倒れている人物を僕は見たことがある。
 ――もしかしてだけど……この子は彼女なんじゃ。
 そう考えるとこの状況も納得出来てしまう自分が居る。理由としては、以前インターミドル・チャンピオンズシップを観戦しに行ったときにある話を耳にしたことが挙げられる。
 会話をしていたのは大会で結果を残している実力者達の集団。盗み聞きするつもりはなかったのだが、偶々近くに居たためにとある人物がホームレスに近い生活をしていると聞いてしまったのだ。

「………………」

 どうしよう……行き倒れた人間を放っておくほど良心のない人間ではないけど、この子を助けると面倒な事になりそうな気がしてならない。
 何でそんな気がするのかはよく分からないけど……少なくとも僕の家の冷蔵庫の中身が綺麗にはなりそうな気がする。
 だからといって、ここで見捨てた方が精神的に辛いものがある。それに倒れている人物があの子だと決まったわけではないのだ、なんて淡い期待を抱きつつ、倒れている人物を連れて帰ることを決めた僕はそっと手を伸ばす。

「……やっぱり彼女だったか」

 体を起こしたときに見えた顔は、10代最強を目指している魔導師なら誰もが知っているであろう人物《ジークリンデ・エレミア》の顔で間違いない。
 このような言い方をすると誤解を招くかもしれないが、別に僕は彼女に対して嫌悪感といった負の感情を抱いているわけではない。ただ……彼女は次元世界10代最強の称号を持つ少女なのだ。緊張感を覚えてしまうのは仕方がないだろう。
 というか、それ以前に女の子を背負うことが不味い。
 僕は異性と話すだけで極度に緊張するタイプではないが、気軽に異性に触れられるタイプでもない。エレミアさんは露出の多い服装をしているわけではないけど、それでも女の子らしい柔らかさは伝わってくるわけで。女の子と交際したことがない僕には刺激が強いと言える。

「いやいや……おかしなことを考えるな。これは助けるためにやっている行為なんだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 そう自分に言い聞かせて自宅に向かって歩き始める。エレミアさんが少しでも意識を取り戻してくれたならば、そのへんで何かしら買って食べさせる。または知人の家まで送るといった手段も取れるのだが、現状では完全にその望みはないようだ。
 ……はぁ。……生活が変わっていきそうだとは思ったけど、こんなことは望んでないんだけどな。もしかしてこうなるようにあの子が何かしたんじゃ……。もしそうなら凄く文句を言ってやりたい。
 このように背負った少女に意識が向かないようにしながら、僕は自分の家に向かって1歩1歩進んでいくのだった。


 
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