魔法少女リリカルなのはVivid ~己が最強を目指して~
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第2話 「最強の少女は人見知り」
前書き
ジークは原作では『私』と書いて『ウチ』とされていますが、この作品では単純に『ウチ』という一人称を使っていきたいと思います。
目を覚ますと、そこには見慣れない天井が広がっていた。
意識がまだはっきりとしていないせいか、どうしてこのような光景が目に飛んできたのか理解できない。そのため静かに瞼を下ろして記憶を辿り始める。
確かウチ……もうすぐ大会やから今度はミッドチルダの西部あたりでトレーニングしよう思うて走ってたはずや。あそこなら綺麗な川もあるから自給自足で生活できるはずやし。そやけど……。
――そうや、あまりにもお腹が空き過ぎて倒れてもうたんや。あぁもう、あのときジャンクフードを買っておけばこないなことにはならんかったんに!
頭を掻き毟りながら後悔していると、不意に扉が開く音が聞こえた。意識をそちらに向けてみると、お盆を持った男の子が立っていた。ウチと目が合うと喜びと後ろめたさが混じったような微妙な笑みを浮かべて入ってくる。
「気が付いたみたいだね」
パッと見た感じ人が良さそうな雰囲気の黒髪の男の子だ。おそらく年齢はウチとあまり変わらんくらいやと思う。けど、それがむしろ今のウチにとっては最大の敵になりうる存在やった。
ちょっ、ウチ男の子に助けられとるやん。トレーニングの最中に倒れたわけやから汗掻いとったのは否定できへん。……ウチが今まで寝とった場所はこの子のベッドのはずや。つまりウチの匂いが……あぁぁぁ、恥ずかしさと申し訳なさで死にそうや。というか、いっそ誰かウチを殺して!
行き倒れてからの覚醒……それも覚醒してから間もないというのに、これほどまでにあれこれ考えられる自分は凄いんやないやろか。正直に言えば、今回のようなケースに限っては意識が朦朧としていた方が助かった気がするけど。
……って、まだお礼言うとらんやん。行き倒れて汚れてしもうてた私をこんなフカフカのベッドに寝せてくれたんや。まず最初にお礼を言うべきやろ。まったく、何をやっとるんやウチは。
「え、えっと……その」
「ん? ……あぁー……いきなりこんなところに居て、しかも知らない男が近づいてきたら困惑するよね」
ちゃう、そうじゃないんよ。
行き倒れるのは今回が初めてやないから自分が置かれとる状況は理解しとる。ただウチ、それなりに人見知りするんよ。それで上手く話せんだけであって……お願いやからそないな罪悪感を感じてる顔を浮かべんといて!
って、すんなり口に出来たらええんやろうけど……言おうとしたけど何度も詰まってしまったウチは、必死に首を横に振ることでしか意思を伝えることが出来ない。
「そっか……ならいいんだけど」
どうやらウチの意思は男の子に伝わったようだ。ただ……彼の浮かべている曖昧な笑みの理由が気になって仕方がない。
冷静に思い返してみると……あれだけ首を横に振る人間を見れば、誰でも引く可能性がある。それにウチは行き倒れてたわけやから……それも相まって、かなりの確率で変な子だと思われている気が。……もう、ほんまに誰か殺して。
「えっと……エレミアさんだよね?」
「え……う、うん。……ウチらどこかで会ったことあったっけ?」
「うーん……少なくとも話すのは初めてのはずだよ。ただ君は次元世界の10代最強として知られてるからね。君の居る頂を目指している魔導師なら顔と名前くらいは大抵の人が知っているものだよ」
確かにウチはインターミドル・チャンピオンズシップで結果を残しとるし、世界戦の方でも優勝しとるからそれなりに有名や。
あんまし自分で自分のこと有名とは言いたくないけど、ヴィクターや番町にウチは有名やないよね? って聞いたら即行で否定される可能性が高い。ここは納得するしかあらへんはずや…。
……今の言い回しからして、この子も強さを追い求めるんかな。ウチの知る限り大会に出とった覚えはないけど、立ち振る舞いとかパッと見の印象として鍛えとるのは分かる。今年から出場しようと思うてる新人さんなんかな。
「……僕の顔に何か付いてるかな?」
「え、いいいや何も付いてへんよ。ただお、お兄さんは恩人やから顔を覚えとかなあかんなって思うて見とっただけで! 他意はあらへん、絶対にあらへんから!」
「エレミアさん、別に疑ってないからとりあえず落ち着いて」
そう簡単に落ち着けるわけないやろ。ウチ、人見知りなんやから。会って間もない相手――それも同年代の男の子相手に恥ずかしい姿も見られてるんやから!
なんて八つ当たりじみたことを考えるんは筋違いや。目の前に居る男の子はウチを助けてくれたわけで、感謝こそすれ文句を言うことはできへん。今こうなっとるんは完全にウチの落ち度や。
「はぁ……」
「えーと……うん、お腹が空いてると元気も出ないよね。口合うか分からないけど、よかったらこれ食べて」
気遣うような笑顔と共にウチに差し出されたんは手作りと思われるサンドイッチだった。肉が挟んであるものに卵が挟んであるもの、サラダが挟んであるものと味に飽きがこなさそうな具で構成されている。
「え、ええよ! べ、別にウチお腹空いてへんし、ベッドで休ませてもろただけでもあれなんにこれ以上のことは」
まるでタイミングを見計らったようにそこでウチのお腹は、盛大に鳴き声を上げた。
ウチが徐々に顔を赤らめたんは言うまでもない。そこに男の子が優しげな目を向けてくるもんやから、ウチはもう俯くしかなかった。
「気を遣わなくていいよ。困ったときはお互い様だし、どうせ余り物で作ったものだから」
……優しさが身に染みて辛い。
盛大に落ち込みそうになるが、ここでやってしまっては再び自分で自分の首を絞めるだけ。それにこれだけ言ってくれてるんに断るのもかえって悪い。
そう思ったウチは心をどうにか奮い立たせて、意識を目の前に置かれているお盆へ戻す。
飲み物は……ミルクとスポーツドリンクが置かれとるな。ミルクはサンドイッチと一緒に飲む用で……スポーツドリンクはウチが倒れる前に汗を掻いてたから用意してくれたんかな。……凄く気を遣わせてるようで申し訳なさ過ぎる。
「……いただきます」
内心で涙を流しながらウチはサンドイッチに手を伸ばす。指先から伝わってきたフワフワの触り心地だけでも口の中には涎が溢れてくる。
ただ食欲に負けて何も入っていない胃袋に一度に大量の食べ物を入れるんは危険や。主にウチの食欲が暴走しかねんって意味で。……ちゃんと噛んで味わって食べへんと。そのようなことを考えつつも、ウチの体は動き続け、恐る恐るサンドイッチを口元へと運ぶと小さめに一口食べた。
「――っ!?」
美味い、美味すぎる!
どれくらい美味いかっていうと、気が付いたときには男の子の手を両手でがっしりと握り締め取るくらいに。
「……ど、どうかしたかな?」
「ぁ……え、えっとな、その、あれや! あまりの美味しさにその感動と感謝を伝えようと体が勝手に動いてもうて!」
「そう……大したものは出してないんだけど、そんなに喜んでもらえると素直に嬉しいね」
ウチからすればここでそういう風に笑みを浮かべてくれたことが嬉しい。だってウチ、今の自分の反応を主観的にも客観的にも変な子というか落ち着きがない子やと思うもん。
……というか、この子があと1秒でも言葉を発するのが遅かったら危なかった気がする。多分内心に渦巻いてた感情からして「今後もウチのご飯を作ってくれへん!」とか言いそうやったし。
今日初めて会った相手にそんなこと……プロポーズ紛いのこと言うたらウチにとって、言うまでもなく嫌な意味で生涯忘れられない日になっとったはずや。
行き倒れるほどの空腹やとそのへんの山菜でも美味しく食べられる。故にサンドイッチの場合、天にも昇る味へ昇華してまうんや。今後は絶対に行き倒れにならんようにせんと……。
「その……ほんまありがとな。行き倒れたところを助けてもろうただけやのうて、ご飯まで出してくれて。このお礼は今度……」
「別にお礼はいいよ。さっきも言ったけど、困ったときはお互い様だから」
「そんなんダメや。受けた恩はちゃんと返さんと」
そうやないとずっと心の中がモヤモヤしたままになってまう。……でも考え方によっては、これはウチが自分の気持ちをすっきりさせたくてお礼をするとも取れる。ほんまに嫌がるようなら引き下がるべきなんやろうな。
「うーん……ある意味では僕の自己満足で君を助けたようなものなんだけど、ここは素直に受け取ることにするよ。お礼を拒む理由も特にないしね」
「……ふふ」
「ん? 何かおかしなこと言ったかな?」
「ううん、何も言うてへんよ。ただウチも無理やり恩を返そうとしたら、それは自己満足かもしれへんと思うてたから」
一瞬の間の後、ウチらは同時に吹き出す。
案外似ているところがあるのかもしれないと感じたからか、はたまた彼の人の良さの感じたからなのか、気が付けば大分緊張感は消えていた。これならば今後は普通に話せるかもしれない。
「そういえば君、名前は何て言うん?」
「あぁそういえば名乗ってなかったね。僕の名前はキリヤ・クロミネ、よろしくエレミアさん」
浮かべられた爽やかな笑みに悪意のようなものは感じられず、こちらに伸ばされた手にも敵意は感じない。そのためウチも笑顔を浮かべながら彼の手を握り返した。
「こちらこそよろしくや……ひとつ聞きたいんやけど、君って年いくつ?」
「16歳だけど」
「お、ウチと同じやね。なら……今後顔を合わせる機会もあるやろうし、同い年なんやからもっとお互いに気楽に話さん?」
暗に君もインターミドル・チャンピオンズシップに出るんやろ? と問うたことを彼は理解したらしく、瞳の輝きを強めた。けれどそれは一瞬のことで、微笑を浮かべながら返事をし始める。
「僕は別に構わないけど……本当に良いの?」
「良いも悪いもウチから言ったことやんか。やからキリヤくんは気にせずウチのことジークって呼んでええよ。親しい子からはそう呼ばれとるし」
「そう……ならジークさんって呼ばせてもらうよ」
「さんはいらへん。ジークやジーク」
異性を下の名前で呼ぶことに慣れてないのか、単純に人を呼び捨てにすることがないのか、キリヤくんは苦笑いを浮かべている。それを見ていると罪悪感を感じなくもないけど、あいにくここで引くほどウチは甘くない。
キリヤくんはこれからウチが恩を返さなあかん人や。人見知りのウチにしては凄く積極的なことをしとるけど、今度会った時にビクビクしながらお礼をするわけにもいかんし、ここで可能な限り踏み込んだかな。正直男の子ということもあって恥ずかしくはあるけど、頑張るしかあらへん。
「そこまで言うなら……分かったよ、ジーク」
……やばい、何かめっちゃ恥ずかしい!
な、何やろジークって呼ばれるんは初めてやないはずなんに……って、そういえばウチの友達って女の子ばかりやん。気軽に話してる異性なんてヴィクターのところの執事やってるエドガーくらいな気がするし。人見知りのせいもあって、ウチもあまり男の子に慣れてへんかった。
というか、そもそもキリヤくんにはこの短時間の間に何度も羞恥心を覚える言動を見られたりしているわけで……あかん、今すぐでもここから立ち去りたい。けどそんなことしたらキリヤくんに失礼やし。ウチはいったいどうしたらええんや!
「えっと、大丈夫? まだ体調が悪いんなら寝てても構わないけど」
「ううん、大丈夫! ご飯も食べたから凄く元気になったよ。今すぐにでもトレーニングしたいくらいに。というか、いつまでもここに居座るのも悪いし、ウチそろそろお暇する。今日はほんまにありがとな。今日のお礼は今度必ずするから待っといて!」
あまりのテンパリ具合にウチは早口で捲くし立てると、キリヤくんの返事を待たずに部屋から飛び出す。
食べ終えた食器をそのままにして帰るんはあれやと思ったけど、それ以上にこのままあの場所に居ったら何か致命的なことをやらかしそうで危ないと思うたんや。
――今度会うときまでにどうにかしとかんと……髪色とか名前の響きとかミカさんに近いものがあるからお礼の品とか相談したいけど、ウチはミカさんに合わせる顔あらへんし。となるとヴィクターあたりに頼るしかあらへんよな。
「キリヤくん、ちゃんとお礼はするから待っとい……」
全て言い切る前に腹の虫が鳴り響く。さすがに行き倒れるほど空腹だっただけに先ほど食べた分だけでは足りなかったらしい。もしもあの場に留まっていたならば、今の音を聞かれてしまい……キリヤくんの性格を考えると何かしら追加で出してくれるに違いない。
「危機一髪やった…………また倒れるわけにもいかんし、どこかで腹ごしらえしよ」
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