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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 15.

 
前書き
2013年11月3日に脱稿。2015年10月29日に修正版が完成。 

 
「何だ!?」
 海中で戦闘を開始したクロウにも、空中の異変はすぐに察知する事ができた。
 ブルダモンが直前で攻撃を躊躇し、節の多い2本の角状突起を延ばしたまま長い首で海面を仰いだのだ。
 たとえ月の出ている夜であろうと、日中のように深夜の海中を明るく照らしはしない。夜の水中戦は、宇宙戦と同じだ。有視界戦闘には不向きな環境で機内のパイロットが見るのは、熱源解析をメインにしたブルダモンの加工映像になる。
 一度出現してしまえば、次元獣は遭遇歴のある放熱体としてブラスタが識別した。集積してゆくデータは画像に統合され、パイロットであるクロウにリアルタイムで提供される。
 敵の姿勢と状態から、今正に放電ホーンを仕掛けるつもりでいたと判断できるのは有り難い。方向と距離、深度だけを頼りに戦うのとは訳が違う。
 未だネットを被ったままとはいえ、海中のブルダモンは移動と戦闘のいずれもが可能だ。クロウが標的にしている個体は足にワイヤーの拘束が無い上、水流の助けを借り不自由な体の動きを良くしている。流石に爆裂フライを放つのは無理だが、その分、ネットに覆われたまま突進をかけ放電ホーンを繰り出す筈との予想は簡単についた。
 逆に、足にワイヤーをかけられているブルダモンは、必ずや爆裂フライをZEXIS機に見舞うとの予想も成り立つ。
 怒りを攻撃に変える方法を、連中は他に持っていないからだ。
 それだけに、ほんの僅かなものでもいい。仕掛けの兆候となるものは、パイロットとして喉から手が出る程欲しかった。
 元々、敵の水中適応は侮れない。ソレスタルビーイングのガンダムやグレンラガン、KMFなど、数多のZEXIS機を凌ぐ。ブルダモン以上の次元獣は、全てが水中戦を得意とするのだ。
 そのブルダモンが、海面より更に上、空中に気を取られて攻撃を遅らせた。
「戦闘中のよそ見は命取りだぜ!」
 次元獣の左手に回り、EAGLEの狙撃用実弾を叩き込もうと構えに入る。
 正直なところ、クロウもまた上空の様子については訊きたい衝動を内包していた。が、敢えてぐっと堪える。
 上空にあった筈のライノダモンの反応が消え、新たな敵の出現をブラスタが捕捉している。
 愛機は、それをアリエティスのものと告げていた。幾度となく戦場で見えている虚言家アイムの専用機だ。
 ライノダモンに異変が起きたタイミングで現れた意図は不明だが、目前のブルダモンを投げ出してまで離水する必要はないと考える。上空には、経験も豊富で頼りになる仲間達がいるのだから。
 スメラギがブラスタに対ブルダモン戦を割り振った理由は、1つ。ブルダモンに匹敵する高い水中適応を備えているところを買った為。故に、水中戦向きの機体に乗るパイロットは皆、腹を括って臨んでいる。
 それは、デュオのデスサイズ、五飛のシェンロンガンダム、ゴッドマーズなど、今回海中戦を挑んでいる全てのZEXIS機とパイロットの共通点だ。
 いや、水中戦特化型としてゲッター3だけは更にその上をゆくか。
 ブラスタが牽制の為に撃った狙撃用の2発は、角の先端を光らせたブルダモンを上手くその場に足止めさせる。
 と、直後に何かが直線を描き、敵のDフォルトを貫通した。光源を持たない海中で、活性化したDフォルトが半球状の多色光を形成し消える。
 ブルダモンは、水中に気泡を発生させ苦悶した。
 ライフル弾が1発、海面の遙か上からほぼ垂直に撃ち込まれたのだ。
『クロウ、そいつは俺に任せろ!』
「ミシェル!? お前の弾だったのか」
 SMSの名スナイパーが、更に1発を叩き込みながらクロウに役割の交代を促した。
『満を持して主賓の御登場だ。アイムのアリエティスが、クロウ、お前の真上にいる!』
「知ってる。何をやったのか、そいつを信じる気にはならねぇがな」
『奴は本当に、ライノダモンを自分で始末した』話しながら愛機で海中を進みブラスタの横を通過するのは、甲児の操るマジンガーZだ。『ここは俺達に任せろ! 海の中じゃ、どうしたって動きが鈍くなる。上からアリエティスに狙われる前に、早く!』
 ジェットスクランダーと合体したマジンガーZが、接近しては離れ、ブルダモンを中心に据えた高低様々な円を描き始める。敵の姿を次元獣の眼前にちらつかせる事で、上昇中無防備になるブラスタを支援するつもりなのだろう。
「わかった!」
 非常に不本意ではあるが、致し方ない。仲間達はアイムの様子から、某かの危機感を肌で強く感じ取っている。
 ブルダモンを一瞥してから、クロウは次元獣をミシェルと甲児に委ねブラスタで一気に海面を目指した。
 愛機の左腕を海面方向へと突き出し、切っ先を持つ盾バンカーに海水を裂かせる。
 まずバンカーが、そして機体とフライト・ユニットが、水飛沫を散らせ空中に踊り出た。ブラスタがそのまま上昇を続けると、ティエリアのヴァーチェがすぐ上を押さえる。
『何をしている!? 迂闊に接近するな!』
「安心しろって。相対距離を読み誤る俺じゃないさ。…ただ、少しばかり奴に用があってな」
 件の機体は、ブラスタが空中で敵と識別している唯一の反応だ。最強技であるジ・エンド・オブ・マーシレスの間合いには入るまいと、間合いには細心の注意を払う。
 しかし、400メートル以上の高低差をつけたつもりが、静止して数秒も経たぬうち、たったの50にまで詰め寄られていた。
『野郎!!』
 小さく罵るオズマの心境に同調できる程、複数機による包囲網すらアイムの前では意味を成さない。
 当然、悪戯に食ってかかるZEXIS機は1機もなかった。相手は、MS以上の機体サイズで、スコープドッグ並の敏捷さを実現してみせるアリエティスだ。
 ブラスタのモニターに、赤く発光するアリエティスが映っている。
 青みを帯びた月の下で禍々しい赤光とは。ブラスタによる画像加工ではなく、あの機体自身が死の臭いをもたらす赤い光を進んで放っているのだろう。
 球形の頭部に浮かび上がった2つの白色眼が、こちらを見ている。僅か50メートルの高度差から。
『何故、すぐに私を攻撃しないのですか? クロウ・ブルースト』
「お前に訊きたい事があるからだ」
『おや。私の話を事実と受け止める覚悟があると』アイムが、いきなり痛いところを突いてきた。『余程せっぱ詰まったものを抱えているようですね』
「そいつは、お前も同じだろう? ライノダモンをわざわざ送り込んでおいて、結局自分で始末したのか。実験の成功が原因、とかほざくなよ。爆笑ついでにぶっ放したくなるからな」
 眉間に皺を寄せ、アイムはむっとしてモニター内で黙した。
 クロウは、一度だけ深呼吸をする。
「アイム。…あの場所は一体何だ?」
 それは、ふと口を突いて出た疑問ではない。噛み殺し、無意味だと躊躇しながらも、意志の力でクロウが声に変えた言葉だった。
 母艦に留まるシンやキタンから、『何やってるんだ!?』と虚言家に問いかける愚かさを批判される。
 しかし、やめる訳にはいかなかった。
 間違いなく、アイムは幾らかの情報を握っている。あの場所に行く方法を、そして空間を渡りバラを贈る謎の侵入者についても。
「あそこに浮いていたのは、建物の中から消えたライノダモンの一部か? 次元獣は、一体何に狙われてる?」
『なかなか突飛な質問を重ねるのですね』
「違う、とは言わねぇのか」
 クロウは、コクピットで白い歯列を見せにやりとした。口撃は得意な方ではないが、何とも気分がいい。
 アイムの反応を見ていれば、こちらに伝わってくるものがある。
 図星なのだ。
「お互い、随分と奇妙な奴に絡まれてるようだな。そろそろ話してもらおうか、アイム。お前が知っている事を洗い浚い」
『それには、途中から俺達の攻撃がライノダモンに通用しなくなった理由と、アリエティスの攻撃だけが通じる絡繰りも含まれるんだろうな』
 不満を滲ませたロックオンが話に割り込むと、『その前に』とアイムが澄まし顔で機体を突然急降下させた。
「しまった!!」
 一筋縄ではいかない相手とわかっていながら、意表を突かれた格好だ。奴が海を目指すなら、タケル達が危ない。
 水中戦に引き込まれたブルダモンは、全てがネットやハーケンで動きを制限されていた。その縛りから解放してやるつもりなのか。
 いや、直接ZEXIS機を仕留めにかかる事もあり得る。
「くそっ!!」
 ブラスタのEAGLEが速射で、メサイア各機のガンポッドがアリエティスに立体的な攻撃を仕掛けたが、後方からの追跡弾は全てかわされるか破壊された。
 後ろに目があったとしても、あれだけの好反応を容易くできるものではない。単機が紡ぎ出す結果である事が、尚の事癪に障る。
 追跡を開始するオズマ機やデュナメス、ヴァーチェ、ブラスタが仲間達に警告を発する中、前方で降下を続けるアリエティスが、それまで以上の赤色光を放ち始めた。
『行きなさい。マリス・クラッド!』
 アイムにしては高揚感を欠いた声が、一帯の敵を薙払えと命じた。
 何者をも技量の差、火力の差、そして視野の差の下に見るアイムは、本来弄ぶように敵を蹂躙する。そのアイムがクロウの仲間へ水晶柱を見舞うのに、まるで気力を感じさせない様子を伺わせるとは。
 赤い水晶柱は高速で海中に幾本も没し、対峙しているZEXIS機と次元獣の双方に襲いかかった。
 空中のミシェルは既に反応していたが、海中の全ZEXIS機、MS2機にゴッドマーズとゲッター3、バルディオス、ゴッドシグマ、マジンガーZはその直撃を受けてしまった。
 各機損害を報告する中、幸いにも軽度な内容ばかりが続く。
『こちらマリン。俺達は全員無事だ。しかし、バルディオスの右腕が動かない』
『デスサイズ、デュオだ。こっちも左腕を持って行かれちまった』
 スメラギは、マリンやデュオのみならず海中で戦っていた全機とKMFの5機に後退を指示する。
 それでも何ら問題はない。最早、次元獣に更なる攻撃は必要なくなっていた。
 4頭のブルダモンは完全に戦闘意欲を失い、首が落ちたり背中に大穴が開いた状態で硬直している。
 ZEXIS機の攻撃を受け続けていた連中にとって、マリス・クラッドは致命傷となったのだ。
『どういうつもりなんだ? 奴は』
 ゴッドマーズからの転送映像で、クロウ達は敵の最期を見届ける。
 仰け反りながらも声は出さず、断末魔の爆発はその体を完全に崩壊させてゆく。最後には、それぞれが光の粒を残し水流の中で消滅した。
 狐に摘まれた、とはこういう時に使うべき言葉なのか。次元獣をバトルキャンプに送り込んだ張本人が、その刺客を全て狩ってしまった。
 敵の残光を前に、闘志也が脱力して漏らす。
『何だってんだ、一体…』
『それだけじゃない。アリエティスの攻撃だと通用したぞ』
 甲児が抱いた疑問は、4頭のブルダモンと戦っていたパイロット全員の疑問でもある。
 当然スメラギが、やりとりの中から拾い上げるべき重さを感じ取った。
『どういう事なの?』
『どうもこうも、言葉通りの意味だ』隼人が、戦闘中に起きた変化を要領良く説明する。『マリス・クラッドが降ってくる直前、こちらの攻撃が全く効かなくなった。Dフォルトが突破できない。というより、ミサイルが奴の体を素通りするんだ』
『さっきのライノダモンと同じ、だと…?』
 愕然とするクラン同様に、ティエリアとロックオンの攻撃を見守っていた者が揃って同じ光景を記憶という形で再現する。
 バルディオスやマジンガーZ、デスサイズが次々と離水し、アリエティスに落とされたパーツを手にしたまま母艦に吸い込まれていった。
『済まない』四聖剣の1人である仙波も、月下のコクピットで落胆ぎみに絞り出す。『こちらは、全弾撃ち尽くした』
 月下4機と無頼が、緩やかな軌跡を描きダイグレンと合流する。
 海中戦を任された者、基地と仲間達の為に次元獣の目を引きつけていた者は、等しく退かねばならない悔しさを滲ませている。
 何しろ、強敵の登場後だ。
 海面から300メートル程上空で、再びアリエティスが静止した。
 それ以上攻撃する意図はないのか、後退する機体の他ブラスタやMS、メサイアなどの包囲にも反撃や追撃で応える素振りは一切見せずにいる。
『つまりお前は、今のブルダモンに何が起きたのかも知っている訳だな』
 怒声丸出しで、オズマがアイムに凄む。
 今や、仲間達の思いは一つだった。
 全員の中に確信がある。インペリウムにとって不測の事態が、アイムをこのバトルキャンプに、敵の重要拠点に引きずり出したのだ。
 この事実一つだけを取っても、なかなかの収穫ではないか。しかも当人が目前にいるのなら、少しばかり口をこじ開けてやりたくなる。
 たとえ虚言家という存在であろうとも、だ。
 明るく照らされる滑走路からコスモクラッシャーが離陸した。更に、各母艦から新たにキラ、アスラン、シン、ルナマリアのMS4機、ガウェイン、アクエリオンが発進する。
 隠し玉のようなアイムの秘策に備えたものらしく、ケンジ達は直接アリエティスの包囲には加わらない。それでも、アイムに対するプレッシャーは格段に増した。
『ほぉ。私を頼りにしたいという感情の現れですか』
「そいつは違う。だが、全部話せ。そういう舞台作りのつもりだ」
 敢えて矛盾に目を瞑り、クロウは自分の論理を振り翳す。
 アイムが、澄ました笑顔で左の口端だけを上げた。
『いいでしょう。しかし、覚えておいて下さい。私は、嘘つきなのですよ』
「能書きはいらねぇ。時間の無駄だ」
 鳥つく島もないぞんざいな態度で、クロウは相手を突き放す。嘘を織り込むつもりだというなら、さっさと聞いてしまい、この男をバトルキャンプの上空から追い出すに限る。
 露骨に不愉快そうなクロウの催促に何を思ったのか、アイムが『では、まず先程の質問に答えましょう』と、ようやく本題に関心を寄せる。
『クロウ・ブルースト。貴方が落ちたあの空間は、残された者共のテリトリーです』
「残された者共? 何処に残された何者なんだ?」
『2つめの質問ですが…』
「おいっ!! はぐらかすな! 残された者共ってのは何者だ?」
 一応、従順な態度なるものをアイムなどに期待しても無駄と理解はしていた。が、余りにも見え透いた嫌がらせに、クロウは自ら話を中断し食ってかかる。
『そして、2つめの質問ですが』
「アイム!! てめぇ…!!」
『貴方が見た破片は、推察の通りライノダモンの一部です』
 喉でまとまりかけていた罵声の数々が、クロウの中で詰まって止まった。
『3つめの質問に対する答えは、最初の答えと同じです。あの空間をテリトリーにしている、残された者共。つまり、我々は共に力ある存在であるが故、同じ敵に魅入られてしまったのですよ』
『なら、4つめの質問といこうか』
 ロックオンが突きつけると、アイムは素直に回答に応じた。
『ええ、それもありましたね。捕獲する為の罠に捕らえられた次元獣は、ある共通した現象に見舞われます。それを突破できるか、できないかの差で結果が変わる。それだけの事ですよ』
『なるほど。今の説明で確信が持てました』それは、意外にもルカの声だった。ルカは自分のメサイアで哨戒活動を行いつつ、次元獣に起きた異変に独自の考えを巡らせていたらしい。『つまり異変の正体は、Dフォルトの変質です』
『その通りです』
 目を細め、アイムが微笑した。
 大いに引っかかる表情だが、これ以上話の腰を折る事で核心から遠ざかってしまうのは是非とも避けたい。
 ルカが意気込んだ。
『見えているしレーダーにも反応するのに、ZEXISの攻撃が全く当たらない。鳴き声が聞こえなくなるのも、変質したDフォルトが遮断してしまう為かもしれません』
『じゃあ、アリエティスのブラッディ・ヴァインが通用するのは何故? 何にその差があるっていうの?』
 ソーラーアクエリオンの中で、シルヴィアが小さな唇を尖らせた。
『おそらくこの地球圏で、俺達の攻撃が通用しなくなった次元獣を始末できるのは、アリエティスだけだ』ダイグレンに帰還したゴッドシグマから、ジュリィの声が割って入る。『次元の境界に干渉できる力。そういう力の出力源を手駒に加えているのが、インペリウムだからな』
『なるほど、そういう事か』合点のいった五飛が、トレミーに後退しつつアイムの意図に触れる。『アリエティスの力で変質したDフォルトをこじ開け、次元獣が連れて行かれる前に始末した。次元獣の能力が、敵を引きつけているのか』
 アイムの返答から、仲間達が次々と可能性の広がりを編み上げてゆく。
 クロウの脳内を、突然一陣の爽風が吹き抜けた。
 謎の敵に狙われている次元獣。アイムとクロウに関わりたがるバラの贈り主。Dフォルトを変質させる敵の能力。そして、青い異世界に現れたアリエティスと、クロウを助けたアイムの意図…。ようやく疑問の多くが、1本の糸で繋がった。
「見えてきたぜ。事件の全容ってやつが!」鼻息も粗く、クロウが収穫に気色ばむ。「ついでだから、もう少し吐いていけよ。アイム。その残された者共、とやらについてをな」
『皮肉なものですね、「揺れる天秤」』アイムが、奇妙な眼差しでクロウに呼びかけた。同情とも安堵ともつかない様子は、確かに世界の何よりもクロウを気遣っているように映る。『貴方の覚醒が半ばである事に、今は感謝をしておきましょう』
「別に嬉しくも何ともねぇがな」強い反発と共に悪寒を受け止め、再びはぐらかされた事に憤慨する。「だから!! どういう連中なんだ!? てめぇ、答える気が全然ないだろ!?」
 その時、アイムが小声で呪詛を唱えた。邪魔をされた事を不快に感じる、それは短い罵倒の言葉だ。
『下を見なさい。業を煮やして現れたようです』
『何!?』
 出撃中の機体と母艦の全てが、下と言われて滑走路に目をやった。
 異変という表現は、奇妙さまでは伝えてくれない。
 滑走路に、突然花園が湧いて出た。ズームをかけると、それがバラの群生なのだとわかる。
 バラの株は急激にその数を増やしつつ、互いに絡み合って大きな塊と化した。半球を描き出す茎と花の塊だ。
『滑走路にバラ園なの? 何でバラ!?』
 エニルの疑問は尤もだ。植物塊は5メートル、10メートルと高さも増し、半球が50メートルを越えたところでようやく成長は止まった。
 鋼材のパイプで造ったオブジェ、そんな表現が異物の外観には最も相応しい気がする。いくら生命力に満ちた株でも、流石にトライダーG7サイズで空を目指しながら群生したりはしないだろう。こうなると最早、植物と呼ぶには無理がある。
 棘の付いた茎で半球を成す塊には、時々真っ赤な花がついていた。しかし、絡み合う植物全体が大きすぎる余り、美しいバラも散りばめられている微細な点にしかなっていない。
 その半球が、音を立てながら次第に曲面を失ってゆく。代わりに頂点に増量を始め、鈍角を形作った。
 接地している部分もみるみるうちに安定感を増し、最後には重心の低い三角錐様のオブジェが出来上がる。
 高さが70メートル超、複雑に絡み合うバラの茎で構成された植物製の三角錐だ。
『関係ないさ! バラなんて、こうしちゃえばいいのに!!』
 シンが、デスティニーガンダム装備のビームライフルで三角錐を撃つ。
 その一撃が、茎の塊に当たる直前で鮮やかな半球状の光に阻まれた。
「まさか…、Dフォルト!?」
『じゃああれって、次元獣でもあるの!?』
 いぶきの言葉に、何人ものパイロットが攻撃を躊躇する。
 もしDフォルトかそれに類するものを扱うのだとしたら、たかが植物塊という認識は改めなければならない。デスティニーガンダムのビームライフルと同等かそれ以下の火力しか持ち合わせていない武器は、エネルギーや弾を無駄にするだけだからだ。
『たとえ次元獣でないとしても、あの植物には我々の活動を妨害せんとする何らかの意図がある』前置きをし、ジェフリー艦長が目前の植物を敵であると断定した。『バトルキャンプの滑走路を占拠しつつ己が身を守るならば、我々は武器を取って応えるのみだ。見た目に惑わされるな』
『了解!!』
『ゼロ、貴方が地上戦の指揮を執ってくれるかしら』スメラギが、出撃している部隊を速やかに2つに分ける。『ソーラーアクエリオンとダイ・ガード、エクシア、キュリオス、それからキラ達4人のガンダム各機で、滑走路を塞いでいるあの植物をどけてちょうだい。ダイグレンも彼等の援護を。SMSとデュナメス、ヴァーチェ、コスモクラッシャーは、オズマ少佐の指揮でアイムを包囲。今の彼から持っている限りの情報を出すわ』
「スメラギさん。勿論俺も、空中戦の方だな」
 形式的な確認のつもりで、クロウは女性戦術予報士に問いかけた。
 しかし、返答が煮えきらない。
『クロウ、戦闘は避けるのよ』
「何でだ!?」
『上空にいるみんなも聞いてちょうだい』それは、妙に意味深な括り方だった。『あのバラの塊は、何が目的でバトルキャンプに現れたのか。そこが問題なの。次元獣を全てアリエティスに奪われて、こそこそ隠れていた筈の敵が遂に手の内を見せに来たのよ。今のこのバトルキャンプに欲しいものがあるのではなくて? 次元獣に代わる、或いはそれ以上の価値のある獲物が』
『つまり、アリエティスの事ですか? スメラギ・李・ノリエガ』
 アイムが、やや表情に乏しい顔でZEXIS間の通信に割り込んだ。
『わかっている筈よ、貴方なら。Dフォルトを変質させたり、この空間に突然現れる事ができても、彼らにはまだ何かが足らないんだわ。だから、次元断層を生む事ができる次元獣を狩るし、クロウにも興味を示すのよ』
 地上で、多方向からのビーム攻撃が始まった。
 ストライクフリーダムがカリドゥス、デスティニーが長距離ビーム砲、ガウェインがハドロン砲を一斉射撃すると、Dフォルトは効果を失いバラの塊を貫通する。
 一方で、マクロスクォーターの艦長ジェフリーが、『アイム・ライアード』と、クロウの宿敵をフル・ネームで呼んだ。『どうやら敵にとって、アリエティスは最も魅力的な獲物であると同時に、手強い障害でもあるようだ。我々としては、ここでアリエティスを攻撃し、謎の敵にとって脅威でもあるその力を敢えて削ぎ落とすつもりはない。…もし、ZEXISとバトルキャンプに一切の手出しをしないのであれば、だが』
『何やら脅しめいていますが、どういうつもりなのでしょう?』
『アイム。我々は、情報を欲している。度々ZEXISとインペリウム帝国の双方に絡み次元獣を捕獲する者が、いずれ手に入れた力を更なる暴挙の為に使用するのは明白だ。クロウを少しでも怪現象から遠ざけたいのであれば、敵に対する備えを我々にもさせる方が賢明ではないのかな?』
『ふっ、傲慢ですね』アイムが、顎を押し出しながら冷笑する。『異端の機体とパイロットを擁するZEXISとはいえ、所詮はただの人間という生物の集まりです。半覚醒の「揺れる天秤」ですら対処しあぐねているあの者共に、あなた方如きが何をしようというのですか?』
『それは、生物的に違う、という事なの?』
 スメラギの問いに、『ええ、間違いありません』とアイムがほくそ笑む。『さぁ、分というものを弁えなさい。多元世界とその境界に翻弄されるしかない人間風情に、クロウ・ブルーストの身を守る事などできないと思い知るのです!』
『…全く、どっちの味方なんだよ』
 聞き捨てならない暴言の連続に、ミシェルがぼそりと呟いた。
 交渉は友好的なムードとはかけ離れたところで泥を被り、両者の間では、正常なコミュニケーションが全く成り立たない。まるで違う言語を話す者同士の会話だ。
 突然、滑走路上で青白い炎が暴走した。
『おいっ!! これは』
 ソーラーアクエリオンが咄嗟に自らの機体を盾にし、ルナマリアのフォースインパルスガンダムを庇う。
 直後、炎がソーラーアクエリオン全体を氷で包み込んだ。
 氷面にひびが入り、氷塊が内側から爆発を起こす。
 幸い、エレメント操者達の機転によりルナマリア機に大事はなかった。アポロ達の機体も、戦闘を継続するには問題のないレベルで悠然と立ち上がる。
『あれって凍結ファイヤーだよね』
『でも、自分で体の向きを変えられないみたいだし。わざわざ真正面に回らなければ、避けるのは楽勝よ、ね…』
 砲塔から角状突起に戻る茎束をアレルヤが仰げば、ダイ・ガードの中でいぶきが不動の敵の軸線上にあるものを知り渋面を拵える。
 基地のレーダーだ。
『…植物と侮って謀られた。これは、誰かが敵の前に立ち引きつけるしかない』
 ソーラーアクエリオンの中で、シリウスが誰よりも早く覚悟する。
『だったら、他の方向に気が向くようにすればいいだけだ!!』
 アスランがジャスティスで肉薄し、右手に握ったビームサーベルで敵を上から突こうとする。
 未熟体の最下位次元獣ダモンなら、今の一撃で消滅する威力だ。が、落下の力を味方につけた高速の貫通力を以てしても、怪植物のDフォルトを破る事はできなかった。
『こいつ、少しづつ攻撃が効かなくなってるぞ!!』
『オリジナルより強いライノダモンもどき、か!? こいつはやりにくいな…』
 青山の叫びに、ナオトが改めて上空から敵の全容を見下ろす。
 形はバラの茎の塊だというのに、戦闘から受ける印象はライノダモンに近かった。Dフォルトで一定以下の攻撃を無効化し凍結ファイヤーまで放つバラ群を、未知なる植物と認識するのは無理というものだ。
 そのバラ群を指し、ジェフリーが『あの塊の中に操縦者はいるのかね?』とアイムに尋ねた。
『いいえ。おそらくあれは、単なる試験体でしょう。ライノダモンの体を取り込む事で、その能力を利用しているに過ぎません。ライノダモン自体は既に生命機能を停止していますし、私や他の次元獣を識別する事も難しい筈です』
「待てよ。それっておかしくねぇか!?」思いがけずクロウは、吹き出した疑問をアイムに投げつける。「形は変わるし攻撃もする。死んでいるようには見えねぇ! だがてめぇは、あれには誰も乗っていないと断定した。だったら、あれが動くのは何故だ?」
『お話したばかりではありませんか』
 激昂するクロウに、何とアイムは目を細めた。愚者を愛でる賢者の眼差しのつもりか。
 いや。単に、ひどく動揺するクロウの様子に酔いしれているだけなのかもしれない。
『人間という生物を超越した存在。残された者共の力が、あれをライノダモンのように機能させているのです』
『ちっ! そんな奴らが相手だと、俺達じゃ話にならないっていうのか!?』
 見くびられたものだと、オズマが憤慨した。
 もし。生命や科学を超越したところに立つ者達と戦い勝利する事ができないとなると、ZEXISの存在意義は大きく揺さぶられてしまう。人間という枠を越えた皇帝ズール、完全に系統の異なる生物バジュラやヘテロダイン、イマージュの脅威に破格の戦力でも太刀打ちできないとなれば、武力を行使し人類を守る事はできないとの結論に達してしまうからだ。
 実にアイムが好む論理と映る。その分、得意の嘘が中にたっぷりと練り込んであるように思えてならなかった。
 クロウだけではない。ZEXISの全員が同じ思いを共有する。
『お前が何を並べ立てようと、俺達はやめないぜ。人類の為の戦いってのをな』
 ロックオンが、決然と皆の思いを代弁した。
『しかし、バトルキャンプへの侵入一つ阻止できないあなた方に、一体何ができるというのです?』
『そ…、それは…』
 言い淀むティエリアに、アイムが甘く囁いた。
『私にクロウ・ブルーストとブラスタを預けなさい、ティエリア・アーデ。彼を守るだけでなく、残された者共をこの世界から、見事切り離して差し上げましょう』
『何をたわけた事を…』
 突き放そうとするティエリアに、アイムは名指しでしつこく絡みつく。
『ティエリア・アーデ。貴方は、2人目のロックオン・ストラトスを生み出したいのですか? 後に愚かな選択で苦しむのは、仲間の方なのですよ。二度と戻らない仲間の右目と正しい判断。…貴方の望みは、そのどちらなのでしょう?』


              - 16.に続く -

 
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