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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 16.

 
前書き
2013年12月16日に脱稿。2015年10月23日に修正版が完成。 

 
 たとえ魔物の囁きでも、これ程えげつないく他者の理性を串刺しにはしないだろう。刺し傷からは後悔という名の血が滴り、ティエリアの内面を慚愧の念で真っ赤に染める。
『正し…、そうだ。僕には…、私には…』
 少年の心の軋む音が、クロウの胸にも届いた。彼の薄い唇が震え、焦点の定まらない眼差しは目前の敵さえ捉えなくなる。
 クロウは、咄嗟にEAGLEを連射した。
『野郎!!』
 それは、ロックオンも同じだ。敵機が近すぎて精密射撃には不向きな為、GNピストルを二丁拳銃として速射に使う。
 ショッピング・モールでミヅキに見せた、照れ戸惑うティエリアの表情。そこには、真の意味でようやく顔を上げつつある少年戦士の素顔があった。
 たった半日前の出来事だ。誰もが良い兆しと受け止めていたのに、アイムは一瞬でティエリアの時間を巻き戻してしまった。
 いや、戻っただけではない分、更に質が悪い。ティエリアは今後、自問自答をアイムの声で繰り返す事になる。揺さぶる事自体を目的として現れた男の声で。
「交渉は決裂だ! アイム!!」
 虚言家に向ける怒りは、一部がクロウ自身をも包囲しちりちりと焦がす。
 迂闊だった。サーシェスの操るスローネツヴァイがロックオンの右目を傷つけた時、アイムは側で全てを見ていた。あの日ティエリアの心を壊し損ねた男が、いずれ別の機会を狙うと考えても良かった筈なのに。
 どのような攻撃も、重ねがけはより効果的だ。当然、アイムが知らぬ筈はない。
「仲間を狙わず直接俺を攻撃しろ! 前にも俺はそう言った筈だ」感情を抑える事をやめ、クロウは激しく怒声を上げる。「それにだ! 俺の行く先は俺自身が決める!! てめぇは、二度と次元獣が狙われないよう1頭1頭の尻尾に何が危険か言い聞かせとけ!!」
 しかし当然の如く、EAGLE、GNピストルの全弾は、月が照らす夜の闇に消えた。
 決して1発も命中しない。アリエティスは、出現時から同じ姿勢を貫いている。それは、囲みの中の単機が立場上劣っている訳ではない、との強烈なメッセージでもあった。
 念など押さずとも、それを事実と理解している。情報量に、奥の手とも言うべきアリエティスの攻撃。今のZEXISが持っていないものをアイムは手にしているのだから。
 尚の事、罵声ばかりに力が入る。
 心中は複雑だ。様々な特技を持つ自分がブラスタのコクピットに座りながら、直撃させるものが言葉しかないとは。
『尻尾…? 何故尻尾なの?』意図を読みあぐねているアナ姫に、『アイムの言葉は頭で聞く為のものではない、と言いたいのだろう』とC.C.が説明する。
『揺れる天秤。ならば、貴方が自らの意志で来るのです。決断は急いだ方が良いですよ。敵の動きは早く、ZEXISには力が足りません。それで私と交渉など。決裂も何も、無意味ではありませんか』
『違う!! 俺達を甘く見るな!!』
 刹那が殊更「俺達」を強調し、エクシアでGNソードの切っ先を光らせながらアリエティスに下方から斬りかかる。
 滑走路では、バラ群の放つ凍結ファイヤーをかろうじてダイ・ガードが避ける。
 息をついた赤木が、次元獣もどきではなく上空の敵に気炎を吐いた。
『そうだ! ZEXISのスフィア・リアクターは、俺達と一緒に戦う!! 嘘つきのお前が何を言ったって、俺達だけじゃ力不足だって話は誰も信じない! まだ何もわからないだろ!? 戦いは始まったばかりで、俺達はこの敵と全力でぶつかっちゃいないんだ!!』
『いい事言うぜ! サラリーマン』
 アポロが破顔すると、ソーラーアクエリオンの右手が前に突き出された。
 アクエリオンは、3機のベクターマシンの合体から成るロボットで、アポロが操縦する今の形態をソーラーアクエリオンと呼ぶ。3種類あるアクエリオンの形態の中でも最強を誇り、赤と白を基調としたボディカラーはそのまま太陽の威光を表した。
 トライダーG7サイズの機体は、今三角錐の植物塊を下から見上げている。
 先端に拳を握らせたまま突如右腕が伸び始め、ソーラーアクエリオンの身長よりも長く、更に長く水平方向に進む。
 対する怪植物は、凍結ファイアーを打ち出す。
 が、その氷の一撃は魂の拳によって遮られた。
 アポロ達の情熱ばかりか凍てつく敵の憎悪さえ乗せ、文字通り鋼の鉄拳が、Dフォルトをものともせず巨大な茎の塊を穿つ。
 ソーラーアクエリオンの最強技、壱発逆転拳だ。
 本来、アポロから放たれる始まりの力は生命力を腕に伝え、拳の先に大輪の花を咲かせる。神話的存在とヒト、そしてアクエリオンという鋼の機体が3人のエレメント操者の干渉によって交差する2つの三角形を描き出し、咲く筈のない花を拳につける。
 一輪の大花。バラよりも素朴な形をしているが、花全体が発光し深夜のバトルキャンプで最も輝く存在となった。
 流石のソーラーアクエリオンでも怪物を中空に打ち出す事は叶わなかったのか、生命の花は、大きく凹んだ三角錐の中心部分で爆発的な光を放出し続けている。
 苛立ちと閉塞感からぐらついていたクロウの心に、1本の支えが加わった。これこそ、壱発逆転拳が仲間達にもたらす効能だ。辛い夜を凌いだ後に迎える日の出でも、生命の花程に見る者全ての心と体の両方に訴えかけはしないだろう。
 心が晴れるのではない。輝花は躍動をもたらしてくれる。心の隅々に、そして腹から広がり全身の細胞一つ一つに至るまで。
 ソーラーアクエリオンが、深夜の空を仰いだ。その先には、微動だにしないヴァーチェが浮いている。
『目を覚ませ!! ティエリア!! 間違えってのは、アイムの話に乗る事だ!!』
『アポロ…!』
 ようやく我に返ったのか、ティエリアの声に張りが蘇った。
『よくやったぞ、アポロ!』
 オズマが上空で、戦況と隊の士気が共に好転したと確信する。
 しかし。
 それは、転換点であり、また始まりでもあった。
 怪物の内部で何かが動く。
 生命の花だ。輝花から、花弁が1枚ぽろりと取れた。
 落ちてゆく花弁は次第に光を失い、形が崩れるや、弱い光の粒子となって雨のように降り注ぐ。その粒を、幾重にも重なり絡み合う棘のついた茎が吸収した。
 1枚、また1枚と花弁が落ち、とうとう花は消えてしまう。
 それでも滑走路は、試合中のスタジアム以上に明るく眩しい。生命の花に代わり、バラ群が自ら発光しているからだ。
 やや緑に傾いた光色が、最早生命の花の輝きなど失われたと告げている。
 壱発逆転拳を無効化された?
 いや。輝花の力は、弾かれたのでも相殺されたのでもない。おそらくは、非常に深刻な事態の発生を指す。
 歪な三角錐が、再び形を変え始めた。未だに足はないものの、頭部と角の形状をよりはっきりとさせ、いよいよライノダモンに近づいてゆく。
 4つの砲塔が、その先端で光のリングを描いた。奴は、凍結ファイヤーを再びダイ・ガードに放つつもりでいる。
 トライダー・クラス機の半分という全高しか持たないものの、ダイ・ガードはひどく足が遅い。
『下がれ、赤木! 避けるのが先だ!』
『だけど青山! ソーラーアクエリオンのパンチが食われたままなんだぞ!!』
 食われた。そう、赤木の表現は実に的を射ている。
『壱発逆転拳の生命力を、これ幸いと自分のものにしたんだ。奴は』
 歯噛みするアスランの言葉に、皆も同じ感想を抱いていた。
 バラ群の中で、特に艶やかな発光で目を引く部分が随所に見受けられる。
 花だ。その数を増やしながら、開花する側から、妖しい赤色で生命の喜びを歌っている。
『な…、何なんだよ? 一体』
 アポロの自問に、『下がれ!』とオズマが気合いのこもった一喝をする。『送り込んだ力を敵に吸われている! そのままでは、いずれ機体も食われるぞ!!』
 皆の推測を裏付けるように、怪植物の茎が背中部分を中心に突然激しい勢いでほどけ始めた。
 ソーラーアクエリオンの最強技で砕かれた場所は、既に修復されている。生命力を増し株の絶対数が増えたのか、茎の幾らかを鞭のようにしならせ空中へと伸ばしても、ライノダモン様の形状が崩れる兆候は見られない。
 互いに茎が絡み合ってゆく。その束が、ソーラーアクエリオンの腕を伝いつつ機体本体へと勢いよく迫った。
 アスランとシン、ルナマリアがビームライフルで茎を撃つ。が、それらは悉くDフォルトによって遮られた。
『分離するのよ! 早く!!』
 スメラギの声で、アクエリオンは3機のベクターマシンに分離した。
 但し、右腕部分は取り込まれたままの為、アポロ機の離脱が叶わない。拳は、ライノダモン様植物の腹辺りに埋もれている。完全に飲み込まれた格好だ。
『アポロ。ごめん!!』
 一言詫びた直後、キラのストライクフリーダムがビームサーベルで収容しきれない右腕をやむなく切断した。
 ようやくベクター・ソルが加速し上昇する。
『こ…、このくらい、どうって事ぁない、ぜ!』
 もし合体したままの腕であったら、機体と同化している分、アポロが受ける衝撃は言語に絶するものがあったろう。スメラギとキラの判断は乱暴なりに正しい、とクロウも胸を撫でた。
『…まさか、壱発逆転拳が攻撃として通用しないなんて』ダイグレン内で顔面蒼白のロシウが額の汗を拭えば、『何でそんな事ができるのよ!?』と、ソシエもトレミーの中で少女らしくそっと唇を噛む。
『アイム・ライアード』ジェフリーが、今も尚バトルキャンプ上空に留まり続けるインペリウム帝国の幹部に呼びかけた。『何故、この事態の発生を許した?』
『私が、ソーラーアクエリオンを破壊しても良かったのですか? 先程の次元獣のように』
『そうではない。壱発逆転拳が敵に利する事を、お前は想定していたのか。それが知りたいだけだ』
 一拍置いてから、『いえ。想像もつきませんでした』とアイムはしれっと呟いた。
『そいつも得意の嘘に決まってる!! ZEXISの力を食わせて敵が強くなれば、俺達がお前に頭を下げるとでも思ったんだろ!?』
 激高するアルトに、『確かに、その側面が無いとは言わせない』とジェフリーも援護の手を差し伸べる。『アイム。お前にとってどうやら怪植物は、目障りでありはすれ、障害でも脅威でもないようだな。変質したDフォルトにアリエティスの攻撃が通用するから、始末などいつでもできる。しかも敵の巣窟への行き来さえ自在だから多少手強くなったとしてもまだ打つ手はある、と高を括っている。敵の思惑を余裕ですり抜け手の上で転がしているつもりなのだろうが、壱発逆転拳の力を吸収した事で、あの敵は多少なりとも神話的能力を取り込んでしまった。今後、お前が考えるように動くのだろうか』
 ジェフリーの口調が、いつにも増して威厳と挑発に満ちた。
 アイムも策士だが、奴には常に何処か孤高の頭脳を感じさせる机上臭がつきまとっていた。しかし、ジェフリーは違う。組織に所属し、率い、戦い、帰還する。その繰り返しの中で培った指揮官ならではの引き出しを持っている。
 おそらく、この挑発的な態度を敵に向ける事は希有なのだろう。それでも今敢えて、マクロス・クォーターの艦長としてアイムと対峙しているのは、虚言家が壱発逆転拳を植物塊に食わせたと確信しているからだ。
 もし本気で防ぐ気があれば、アリエティスは必ずやソーラーアクエリオンか植物に自慢の刃を向けている。5頭の次元獣を始末しなければ、との判断からわざわざ足を運び実行した時がそうであったように。
 インペリウムは、被害者を装いつつも何か腹に一物を抱えている。やはり持ち出したクロウへの執着とティエリアへの態度に、ジェフリーはアイムの黒い計画の一端を垣間見ていた。
 流石のアイムも、その慧眼には侮り難いものを感じ取ったらしい。『私の考えが甘い、とでも…?』と、気圧され気味に反発する。
 ところが、言葉は半ばで中断された。矢のように放たれたバラ群の茎が、下からアリエティスを捕らえたのだ。
 棘のついた発光する茎は機体の両足に絡みつき、本命の捕獲に満足したのか地上へ地上へと引きずり下ろそうとする。
『半端者の身で、このアリエティスに触れるとは!!』
 アイムの形相が豹変するや、アリエティスの全身が目を射貫く赤い光に包まれた。
 両肘と爪先から鋭利な刀身が現れ、一閃を放ちながら茎を瞬時に両断する。
 その都度半球状の多色光は発生するが、一度として刀身を防ぐ事はできなかった。
 アリエティスが動きの自由を取り戻すまで、ものの数秒もかからない。
 しかし、アイムの反撃はそれで終わらなかった。
『クロウ・ブルースト! お前も狙われている!!』
 ティエリアがブラスタの下方で盾になろうとするも、更にその下へとアリエティスが回り込む。
『身の程をわきまえなさい!! 「揺れる天秤」は私のものです!!』
 腰を捻り回転を始めるアリエティスが、空中で憤怒と共に剣舞の嵐を巻き起こす。
 Dフォルトは主の身を守ろうとするが、烈火の如く怒るアリエティスの攻撃を凌ぐ事はできなかった。虹色の発光現象が深夜の空を繰り返し鮮やかに彩る。
『俺達の攻撃が通用しないってのは歯痒いな…!』
 頼みとするISCマニューバが弾かれ、アルトは自分の攻撃を遮ったDフォルトの彩光を苦々しく睨みつけた。
 いや、彼だけではない。1ランク上の難敵に成長した分、滑走路上の仲間達も同じジレンマを抱えている。
 スメラギはアポロのダメージを案じ、ベクターマシン3機にも母艦への帰投を命じた。
 棘のある茎は接近する機体を激しく拒み、Dフォルトによる攻撃無効化は、デスティニーの長距離ビーム砲さえ多色光の中に飲み込んでしまう。
 ダイ・ガードが敵に接近しきれずにいる中、ゼロとC.C.のガウェインが、新たに出撃したソルグラヴィオン、キングゲイナー、ニルヴァーシュの先頭に立ち一定の間隔でハドロン砲を放つ。
 母艦ダイグレンも岬の突端でようやく旋回を終え、滑走路で何とか進行方向を変えると矢庭に走り出した。
 ダヤッカが狙うのは、凍結ファイヤーを放つ敵の頭部だ。間近な敵を撃つ事ができない攻撃に、隣接はそれ自体が大きな意味を持つ。その上、艦体で敵の真正面を塞いでしまえば、定位置から特定方向に撃ち出すのが精一杯な凍結ファイヤーは全ての射線を塞がれた格好になる。
 元々、不動の次元獣もどきならば灼熱ホーンは手数に入っていまい。
 味方機の安全も確保した、完璧な攻撃封じだ。
 勿論、艦首の刃だけではDフォルトの突破は困難な為、多色の防壁光が暗中に瞬くのみだった。
 それを、ゼロの戦術がカバーする。
『ダイグレン、そのまま艦首で押し続けろ! 他の者は全機、5秒毎にストライクフリーダムと同じ場所へ集中砲火! 2カ所への同時攻撃で飽和状態になれば、Dフォルトは必ずや突破できる!!』
 これならばいける。クロウの中で、手強いDフォルト突破の瞬間が目に浮かんだ。
『おや。高出力機ばかりを揃えてきましたか』渋々退散する茎から、アイムの関心がZEXISの地上部隊へと移る。『しかし、ダブルエックスの姿がありませんね。月は出ているというのに』
 クロウも、内心それは気になった。ガロードとティファが搭乗するガンダム・ダブルエックスは、ZEXIS最強の武器ツイン・サテライトキャノンを装備したZEUTHのMSだ。
 月の位置如何で使用の可不可が決まる欠点を持ちながらも、その長射程と桁外れの大火力で文字通りZEXISの未来を切り拓いてきた。コクピットに座る未成年者達は、トリガーの重さも必要な覚悟もよく心得ている。
 そのガロードが姿を現さないとは。ティファ絡みでなければ良いのだが。
「取り敢えず、てめぇには関係ない事さ。さっさと忘れろ、アイム」
『これは忠告ですよ。引き際を心得ていない敵を相手にしているあなた方への』
『その思わせぶりな物言いも、かえって別な意図があると受け取りたくなる』アイムが手持ち無沙汰になったからか、再びジェフリーが話しかけた。『この戦場の要は、アリエティスだ。クロウのブラスタもそうだが、アリエティスのエネルギーも無限ではあるまい。…先程、敵にアリエティスを捕獲されかけた時、どれだけのエネルギーを失った?』
『えっ…!?』
 シンやロックオンのみならず、地上で攻撃に集中しているパイロットを除く全てのZEXISメンバーが、ジェフリーの推理にはっとなった。
 アイムの表情は相変わらず涼しげだ。しかし、もしその様子が無理に何かを偽っている姿だとしたら。ジェフリーは、会心の一撃をアイムに見舞った事になる。
『アイム。そこで提案だ。もしその口が救援を求めるのなら、条件付きで我々は応じよう』
『私が救援を? あなた方にですか』
 アイムはモニターで下の光景を見、そしてブラスタを見据えた。
「どうした? 結構ギリか? え? アイム」
 したり顔でクロウは問いかけるものの、返事はない。
 代わりに、滑走路で光が爆発した。
『やった、のか…?』
 攻撃していた当のゲイナーが独りごちる程、破壊の手応えを彼等は感じていなかった。
 しかし、光の暴発は滑走路どころかバトルキャンプの建物や基地上空をホワイト・アウトさせる。ブラスタのモニターも色彩と影を失い、クロウは怪植物どころかアリエティスさえ視認する事ができなくなった。
「な…、何が始まったんだ…!?」
 光の狂騒は、眩しく激しい。
 その最中、クロウは澄んだ音を聞いた。
 いや、聞いた気がした。
 ハンド・ベルか、グラスの音か。さほど大きくもない響きが、何かの旋律でも奏でるようにブラスタのコクピットで光と相まって軽やかに踊る。
 優に30秒以上は続いただろうか。
 音がやみ光の暴発が終わった後、バトルキャンプの滑走路には大穴を穿った跡が残った。基地の照明がようやく照らしているだけなので、直径の大きなその穴は黒く大きな丸とも映る。
 ソーラーアクエリオンの拳どころか茎の一部さえ、一切落ちていなかった。70メートルはあったというのに、バラの塊は忽然と何処かに消え去っている。上空を押さえていた機体があるのだから、飛び去った筈はない。
 あの異世界へと跳躍したのか。
『油断するな! アリエティスは、今も基地上空にいる!』
 クワトロの声に、「ちっ!!」とクロウは舌打ちする。ブラスタのモニターとレーダーで確認すると、ブラスタの足下、地上を見下ろした際ようやく頭部が見える位置にアリエティスは留まっていた。
 左肘から伸びた刀身は先端が僅かに欠けており、たった30秒程の間にクロウの知らぬ戦いを単機で行っていたらしい。他の赤い刀身も発光はしているが、透明度ばかりが目につき随分と控えめな光量に下がっている。
 棒立ち同然で空中に浮いているアリエティスは、持てる全てを使い尽くした感があった。機体のエネルギーばかりか、パイロットが持つ体力の最後の一滴までもを。
 かつて、これ程無防備なアイム機をクロウは見た事がない。
『いっそ、ここで少し捻っとくか』
 ダイグレンから、竜馬が出撃中の仲間をけしかける。
『それが、救援の手を差し伸べようという部隊の本音ですか?』
 目に疲労の色を滲ませながら、アイムが不満を表に出した。
 共通の敵が撤退した為、ZEXISの包囲網はアリエティスのみを敵機として捕捉している。地上と基地上空で退路を断っている形になるが、元々アリエティスにも空間転移の能力が備わっている。いざとなれば、この包囲は無意味なものと化すだろう。
「情報を出し渋るから人の神経を逆撫でするんだ。アイム」
『…状況は変わりました。私も一旦退きましょう』男の表情が、一瞬で余裕を取り戻した。さては疲労度を偽ったか。『「揺れる天秤」、貴方はじきに必ずや私を必要とします。その時まで無駄にあがき、無知と無力に翻弄されなさい。では』
 アリエティスが上昇したかと思うと、機体は既に消えていた。
 まるで、マジックの美女消失だ。暗闇の中、ブラスタ以上の機体サイズで「ここにいる」とクロウや仲間達にプレッシャーを与えていたというのに、用が済めば消えるようにいなくなってしまい余韻も残らない。
 三大国家垂涎の技術が使われているZEXIS機も、インペリウム帝国機には遠く及ばないと鼻で笑われている気分がする。
 いや。それは1つの事実として、今回の被害が如実に語っていた。
 結局、次元獣による被害はなかったものの、アリエティスのマリス・クラッドを受けゴッドマーズ他7機が損傷。怪植物の攻撃によって、ベクターマシン1機が損傷しバトルキャンプの滑走路に穴が開いている。
 しかも、未知の敵を活性化させてしまった事で、今後の不安要素が増した側面もある。
「やりたい放題で帰りやがった。どっちの敵も」
 もし、地上部隊に代わりSPIGOTの加速粒子を見舞っていれば、ソーラーアクエリオンの壱発逆転拳を敵に利用されはしなかったのか。クロウは考えかけ、空しいので思考を放棄した。
 確かにSPIGOTはブラスタの戦い方を変えたが、ソーラーアクエリオン以上の結果をもたらす事ができると仮定するのは傲慢だ。スフィアが何物であれ、壱発逆転拳と同じように敵の養分にされる可能性を高く見る方が自然だろう。
 ロジャー達ZEUTHの話を進めると、ブラスタの攻撃はいずれアリエティスと酷似した性質を持つ事になる。あのバラ群がアリエティスを欲するのなら、ソーラーアクエリオンの代わりにしゃしゃり出た瞬間、ブラスタは、あの花弁と同じ末路を辿っていたかもしれない。
 インベーダーも、エネルギー吸収という厄介な性質を持っている。接近戦を挑みつつそのリスクを回避するのは些か困難だが、連中は群れを成し積極的に襲いかかってくる。
 その為、対インベーダー戦は接近戦を回避せず決着をつけてゆくしかなかった。勿論、リスクを恐れぬ思想は、パイロットの判断の先にあるものではなく戦術予報士のスメラギが立てた方針だ。
 敵に利するものを全て取り除いて戦う事は難しい。未知なる敵との遭遇戦ならば尚の事。今回起きた生命の花の消滅がインベーダー戦の延長線上にあると考えれば、誰にも非がないとわかる。
 今夜のZEXISは、ベストを尽くしていた。
 気になるのは、あの敵を蔑視しているアイムが最善の策を常に選んではいないところだ。
 何故なのか。
「いちいち勘に障る奴だぜ」
 地上に目をやり、クロウは総毛立った。
『クラン! クラン!! どうした!?』
 呼びかけるミシェルが動転している。
 滑走路に、赤いクァドラン・レアが1機落下していた。SMSにはピクシー小隊のクァドラン・レアが3機所属しており、倒れている機体が誰のものかは機体色で幾らか判別がつく。
 しかし、呼びかけの繰り返しに一切応じず機体が損傷している様子もないだけに、ミシェル達の不安を煽った。
『何かが起きたとすれば、あのホワイト・アウトの最中だな』
 斗牙が呟くも、それはミシェルの耳にまでは届かなかった。
 ミシェル機が着地し、バトロイドの指がクァドラン・レアのコクピット・ハッチを強制的に開かせる。
『クラ…』
 スナイパーの声が半ばで閉ざされた。
 クロウも、拡大映像でその異常を目の当たりにする。
 やられた、との思いがまず先に立った。
 クランがいない。戦闘中にコクピット・ハッチを開けもせず、クァドラン・レアの中から1人の女性パイロットが消え失せたのだ。
『クラン大尉がいない?』
 SMSからの報告に戸惑うスメラギの元に、バトルキャンプ内のロジャーから更に悪い知らせがもたらされた。
『21世紀警備保障の中原社員もだ。すまない。私達が傍についていながら、何者かに彼女を奪われた』
『あの光は、目くらましじゃなかった!』シンが、デスティニーのコクピットで強く吐き捨てる。『戦闘中の機体からパイロットを抜き取るとか、そんなのアリか!?』
『ずるいわ』琉菜が、ソルグラヴィオンの中で両手の爪を膝に立てた。『手品みたいな事をする敵が相手じゃ、私達、力を持っていたって何もできないっ!!』
『ちょっと待って。私達にできないかどうかは、今決める事じゃないでしょ?』
『えっ…?』
 皆が勝ち気な女性の声に、葵の顔を思い浮かべる。
 増援に加わるつもりだったのか、葵はトレミーに収容されているノヴァイーグルのコクピットにいた。
『それには僕も同感だな』明朗快活な万丈が葵に賛同し、ZEXIS全体に広がっていた悲観ムードは幾分か和らいでゆく。『敵と我々を繋ぐ糸は、まだ健在だ。それを生かす手立てを考えようじゃないか』
『ああ。…そうだな』
 俯いたままだったミシェルのバトロイドが、すっと立ち上がり上空を仰ぐ。
「あ…」
 一瞬ではあったが、クロウはそのバトロイドと目が合った。
 最初に花を贈られた者が、ZEXISとあの敵を結ぶ糸の中で最も太い物に目をやる。少年が何を言いたいのか、その仕種だけで全てが伝わってきた。
 ふと、去り際のアイムが呟いた誘惑を思い出す。
『「揺れる天秤」、貴方はじきに必ずや私を必要とします。その時まで無駄にあがき、無知と無力に翻弄されなさい』
 今、ミシェルは考え始めている。
 ZEXISが、いつどのようにして持てる全てを出し尽くし敵と対峙すべきなのか、を。
 確かに、あがき翻弄されている時間など費やしてはいられないのかもしれない。


              - 17.に続く -
 
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