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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 13.

 
前書き
2013年8月23日に脱稿。2015年10月21日に修正版が完成。 

 
 目が合った途端、ロックオンが厳しい眼差しのまま「まだ起きなくていい」と、クロウの右肩を上から軽く押さえつけた。
 どうやら仰向けの状態で体を投げ出しているらしく、後頭部と背中、そして太股の裏に固く冷たい床の感触がある。重力下特有の圧迫感を感じつつ、か細い記憶の糸を手繰り、ようやくここがバトルキャンプの中なのだと理解した。
 しかし、通路で1人天井を仰ごうと寝転がったのでもあるまいに。今尚不安を残すロックオン、ミシェル、クラン、そしていつの間にか加わっているクラッシャー隊のミカ、ナオトの表情を、クロウは力のない笑顔で受け止めていた。
 まるで他人事のように。
「おいおい、そんなにびっくりした顔をすんなって。…もしかして、俺は目を回したのか? 最近、飯ならちゃんと食ってるんだが」
「お前が倒れるくらいで、俺達が驚くと思うか?」ロックオンが、少々手厳しい返答から入る。「いきなり消えて、現れたんだ。しかも、気を失った状態でごろっと。その間、ざっと40秒。…もし、あと20秒経ってもいなくなったままなら、この通路は人で溢れ返ってたぞ」
「消え…」る訳はない。言い返そうとしたが、クロウのそれは声にならなかった。
 クロウの消失に仲間達が動揺している間、当の本人が何を体験したのか。おぼろげな記憶が幾つか残っている。尤も、40秒程度の極短体験ではないとの確信付きでだ。
 透明感のある青い世界。重力に引かれるように落下を続け、空間の底を自分で決めて降り立つ奇妙な展開。そして、見たものと感触が合致しない不具合…。目が覚めてしまえば夢と片づく不条理な怪現象が、クロウの中で次第に現実感を伴い蘇ってくる。
 あの全てが40秒?
 いや、絶対に7~8分程度は費やした筈だ。巨大な手に掴まれ窒息しかける瞬間まで。
「なるほど…。それで手か」
 横になったまま左の頬を左手で撫で、頬に残る痛みと呼びかける声が自分を救ったのかとクロウは考えた。他にも、はっきりと思い出すべき事があるように思う。だが、生憎と体の痛みに気を取られ、なかなか思考が定まらない。
 いや、これはむしろ体が凍りつつある辛さなのか。
「手?」ロックオンが自らの右手を見つめ、彼なりに合点する。「ああ、まだ痛むのか? 悪いとは思ったが、緊急事態だったんでな。少しばかり派手にひっぱたかせてもらった」
「サンキュー。おかげで無事戻って来れた。…指5本分で狙い撃ってくれたんだな。でなけりゃ、俺は今でもあの場所だ」
「はぁ…?」
「まぁ、それはいいとして。…そろそろ場所を移さないか? だいぶ体が冷えてきた。固いし寝心地が今一つだ」
 ロックオンとミシェルが視線を交わした後、隻眼の青年がクロウの手を引き上体をそっと起こす。
「どうだ? 目が回ってる感じはするか?」
「問題ない。たとえ、ふらついたとしても、そいつは御利益の多い平手打ちのおかげだろ。文句は言えねぇ」
「…OK。そういう減らず口が叩ければ上等だ」
 自力で立ち上がって尻の埃を払い、クロウは念の為に頭のふらつきや手足の異常を探ってみる。曲げては伸ばしあちこちに触れてみると、幸い痛みを訴える場所はどこにもない。
 クロウの様子に安堵したのか、ミカが表情を曇らせやや不満そうにミシェルへと向き直る。
「この件はすぐに報告すべきよ」
「勿論、俺もそう思うさ。するなって話じゃない。ただ、警報を鳴らして基地全体を動揺させるのは今避けたいんだ。もし敵がバトルキャンプに残っているなら、それは絶対裏目に出る」
 ミカは黙し、ナオトと視線で何かを確認しあった。
「なら、俺が直接大塚長官のところまで報告に行く」
 ナオトが足早にその場を去ると、クランが腕組みをし眉を寄せる。
「ええい! 何だか面白くないぞ。不意打ちを食らって計画を台無しにされた気分だ」
「そ、そうか…悪い」
 自分が巻き込んだとの負い目から、クロウはつい謝ってしまう。
「お前が頭を下げてどうする?」
 それをクランにつっこまれ、苦笑いをしつつ肩を上下させた。
「計画を台無しに、か…。なかなか上手い事を言うな、クラン」
 意味深長な笑みをするミシェルに、「それってティファの話を聞く事か?」とロックオンが先程まで進むつもりでいた方向を指す。
 ミシェルが小さく首肯した。
「だから、ティファを訪ねるのは今はやめておこう。もし、無策の状態でティファを巻き込む事にでもなれば、その影響の方が数段怖い」
「ま、敵の言いなりになるみたいで癪だがな。俺も、クロウを一旦部屋に戻す事には賛成だ」
 顔を歪ませた後、ロックオンも些か不本意な様子で提案に同意する。
「俺なら、もう平気だぜ。華麗にバック転でも披露したら納得してくれ…る…か?」
 無事である事を強調し、クロウは自身の胸を拳で軽く叩く。
 ところが、ミシェルとロックオンの耳に軽口は全く届かなかった。2人は視線を人輪の外に向け、類似した顔つきのまま微動だにしない。
 単に、周囲を探っているのではなさそうだ。2人はコクピットに座る事なく、しかもライフルを持たない状態で狙撃モードに突入していた。何かを探る彼等は今日何度も見かけているが、目の当たりにしている本気度は午前や外出時の比ではない。
 超一流スナイパーの感覚だけを頼りに、神出鬼没なアイムを探り出そうとしているのか。今の意気込みならば、空気の流れを切って開きその裏面までもを覗き込む事ができそうだ。
 バラ1輪が現れた消えたの騒ぎではなく、遂に人間が連れ去られた。おそらくは、そういう事態と受け止めているのだろう。側にいながら異変の兆候一つ察知できなかった悔しさが大きければ、2人が本気になるのも当然だ。
 クロウとクラン、そしてミカの3人は、静かな闘いに挑む2人をただ見守るしかなかった。
 やがて、ミシェルがふぅと息をつき常態に戻る。次に力を抜いたのは、ロックオンだ。
「何か忘れちゃいないか? お2人さん」クロウが2人を咎めるように、腰に手を当てずいと前進する。「俺達だけ置いてけぼり、ってのは無しにしようぜ。ZEXIS全体で支え合おうって話になったばかりだろ」
「…確かに」
 ミシェルが目を伏せ、続いてロックオンが「こっちだ」と気を取り直し手招きする。5人は再びクランの部屋に戻る事なく、今度はクロウ達の2人部屋に入った。
 まず何より先にロックオンは、クロウをベッド・サイドに座らせる。
 向かい合わせになるよう、もう1台あるベッドに腰を下ろしたのはミシェル。2脚ある椅子には、クランとミカが腰掛けた。ミシェルの隣に行くかと思えば、ロックオンはクロウのすぐ右隣にそっと尻を落とす。
 形はやや歪だが、5人で円座を組もうという意図だ。全員が自分以外の人間に気を配り、異変の瞬間に何が起きるのかを見届けよう、との構えでいる。
 クロウが知らない40秒間を、仲間達がどのような思いで過ごしていたのか。円座が多くを語ってるだけに、自然と神妙な気持ちになる。
「私までついてきて良かったのかしら」
 慎重に行動したいが故の配慮として、ミカが尤もな質問から始める。
「問題はないぞ」と、クランが頷いた。「むしろ、あのタイミングでよく通りかかってくれた、と感謝しているのだ」
 ミカが、クラン、ミシェル、ロックオンと顔を見渡し、最後にたった40秒で生還した男の顔をちらりと覗く。
「…ねぇ、私だけ話が見えないんだけど。私とここにいる人達は、クロウの転移についての驚き方が違うのね。何故?」
「じゃあ、君の為に最初から」
 事情が全く見えていないミカに、ミシェルとロックオンが交互に今朝から起きた異変の全てを話す。その上で、眼鏡の少年スナイパーが「正直、さっきのは完敗だ」と付け加えた。「俺達が側にいるのに、前兆すらなくいきなりクロウが消えた。現れる時も同じだ。まるで、切り取ったものを外したり付けたり。あんな消え方だと、誰が狙われているかがわかっても守りようがないな」
「ああ」と、ロックオンの左手が右の拳を受け止める。「クロウを帰したのは、何かの警告か? ティファの話を聞くな、みたいな」
「守りようがないって? 何とかしてくれただろ。俺の時には」
 右の掌を左手の人差し指で指し、クロウは何を言っているのだかとロックオンに笑いかけた。
「だから、あれは…」
「俺の頬をはたいた。あの手が…」続く筈の言葉が、喉の奥に詰まる。
「やっと気づいたみたいだな」渋面のロックオンが、重く呟いた。「俺は、戻って来たまま目を覚まさないお前の頬をはたいただけだ。その前に、お前の体がごろんと現れた。そもそも順番が逆なんだよ」
「じゃあ、あの手は…」
 周囲が話のその先を待っているのもお構いなしに、突然吹き出した記憶の水流にクロウは思わず溺れかける。
 手、そう手だ。クロウを掴んだあの手を最初はロックオンのものと受け止めていたが、今ならば違うとの確信がある。掴まれる直前に見た赤い光を、何故不快なものと捉えたか。その理由にも繋がってゆくから間違いない。
 白銀の掌に尖った指先。あれは、アイムが駆るアリエティスの特徴だ。下面から滲み出た赤い光は、アリエティスが高出力攻撃を繰り出す際に放つ光と酷似している。
 ロックオンの声を聞いたのは、なるほど確かに、あの巨大な手の中で窒息しかけた後だ。もし、青い異世界が夢の産物でないのなら、仲間達の声が届くところまでクロウを引き上げた介入者が別に存在した事になる。
 全ての条件を満たす人間は、世界に1人きりではないか。スフィアの一つをクロウ以上に使いこなし、次元の境界にさえ干渉する離れ業をやってのける能力者。
「アイムだ。…あの野郎の仕業に間違いねぇ」
 何を今更と呆けている4人に、クロウは謎の体験について話して聞かせた。ばらばらになったライノダモンの破片と、それを縦横無尽に縫い合わせる白い糸の事なども見た限りを。
 記憶を絞り出したと実感する程、全てを話したと思う。しかし、勢いに任せ吐き出してしまうと、代わりに釈然としないものが生まれクロウの中に居座ってしまう。
 もやもやとした不味感が残るざらついた感覚だ。似ているものを敢えて探すなら、嘘をついている時の後ろめたさ、に近い。
 そして、その点についてもクロウは敢えて付け加えた。
「すまないな。今の内容を話半分くらいに聞いてくれ。…何だか、話した後味が良くない」
 短く唸った後、ロックオンが空中で掌を裏返す。
「夢か嘘か。それとも事実か。…随分と微妙な体験だな」
「微妙すぎて、話した事を後悔してる」
 嘘。夢に近い記憶について語る事は、嘘をつく行為とよく似ている。見たものと感触が合致しないような世界は、夢の領域に入るからだ。
 ただ、クロウの勘は告げていた。声に出したくはないが、妙な自信さえある。
 少なくともこれは、アイムの仕掛けた嘘ではない、と。
 言葉、気配、様々なものを操り、あの男は人を巧みに騙す。その技は神がかっており、用心深い個人や集団を手玉に取るなど、奴にとっては造作もなかった。
 小細工から大がかりなものまで何でもこなす。あの青い世界はアイムやインペリウムによる虚偽の産物と解釈した方が自然な筈なのに、クロウの中で何かがひどく勘に障る。
 その葛藤を、ロックオンとミシェルが巧みに看破した。
「お前」とロックオンの声が低くなる。「アイムに会ってから、少しおかしいぞ」
 クロウが返事に窮していると、意外な助っ人が現れた。
 ミカだ。
 彼女はコスモクラッシャーのクルーの1人で、通信分野に詳しく情報分析にも長けている。一見すると短髪のかわいらしい少女なのだが、ルカやクリス、ミヅキ達と高度な話で盛り上がる才女だ。
 戦場では、クラッシャー隊の名を背負い三大国家の前にその存在を際立たせる役割も背負っている。ZEXISの表の顔を支える1人。そんな側面を持つ少女でもある。
「今までの話を聞いていて、気になった事が幾つかあるの。いい? 何故、消えた筈のクロウがここにいられるの? クロウは元々アイムの最優先標的よね。それに、もしティファが目障りなら、直接狙う方が自然じゃない?」
「ああ、そうだ。そう考えた方がしっくりくるんだが…」
 隣に座るロックオンが顔をしかめ、じっと虚空を見つめている。
 もし、アイムに連れ去る意図があるなら、当然クロウは今この部屋にいる筈がない。そもそも、意図的に2人の再会を仕組んだショッピング・モールで拉致を実行しているだろう。
 ところがアイムは、敢えてクロウを解放した。勿論、ティファもバトルキャンプの中にいる。引っかかるのは、その部分だ。
 まるで、いつも通りのアイムではないか。
「だろう!?」違和感に翻弄され、クランがぶんぶんと両手を振り回す。「何かがおかしいぞ! 邪魔はされるし辻褄は合わないし、あーっ、私は苛々する!!」
「俺だってそうさ」ロックオンが前髪をかき上げ、自分のベッドに1人で座っているミシェルと目を合わせる。「まさか、とは思うんだが…。結構でかいものを見落としてるのか?」
「よし、一度整理してみよう」ミシェルは右手の人差し指で、空中に2つの小さな丸を描いた。「まず、クロウを連れ去った実行犯を仮にA、クロウを通路に投げ出した実行犯をBとする。AとBは同一人物かもしれないし、別人かもしれない」
 ここでは、全員が一応頷いた。
「もしアイムがAなら、わざわざ連れ去っておいて返す理由が見つからない。ブラスタと込みで必要なら、まず手出しそのものをしない可能性だってある。さっき見せたショッピング・モールでの行動は、正にそれだ。そして、問題のB。もし、Bがアイムだとしたら意外と辻褄が合う。ブラスタのある場所にパイロットを戻した、という考え方だ。そして、もしAがアイムでなかった場合。ブラスタは無しでも構わないし、場合によっては、連れて行くターゲットはクロウ以外でもいい」
「それでミシェルは、ティファや中原の事を心配しているのだな」
 ようやく話の見えてきたクランが、無意識に自分の事は外しミシェルの推理に感心する。そんな無防備なクランだからこそ、彼氏の表情は依然曇ったままだ。
「ああ。どうやらAの誰かさんも、少なからずZEXISの混乱を望んではいるらしい。俺が考えているのは、アイムの信奉者という可能性だ。アイムよりも転移を安易に使ってバラを配り、クロウの足止め目的でショッピング・モールにいた時はアイムを手伝った。ただ、今までの行動を全く評価はしてもらえない。そういう存在って事」
「おい、待てよ。それじゃ…!!」
 クロウとロックオンが、同時に腰を浮かせた。
「ああ、間違いない。アイム以外にも誰かがいる。転移能力を持った誰かが。俺達は、そう仮定しなければならないところに立ったんだ」
「冗談じゃないぜ、全く!」そのまま立ち上がり、ロックオンの右手が空を掴む。「アイム以外の敵だって!? そんな奴まで、バトルキャンプを自由に出入りしてるのか」
「勿論、今のは仮定の話だ。断定するのは早いと思うし、それは俺の役目じゃない」その点を、ミシェルも明確にした。「ただ、俺達が想定すべきは、常に最悪のシナリオじゃないか」
「ああ、まぁ…」
 先程オズマが唱えた、最悪のシナリオという響きは重い。腰を落ち着かせるロックオンとクロウに目線を合わせたまま、今度はミシェルがすっと立ち上がる。
「何しろ俺達には、既に一つ心当たりがある。例えば…」
「…『シンフォニー』…」
 呟いたロックオンから、急速に血の気が引いてゆく。
 その名を聞いた途端、クロウも内に生まれた違和感が溶け薄らいでゆく事に驚いた。
「なるほど。奴は勘定のうちに入れるべきだな」にやりとして、クロウもミシェルに習い自分の考えの整理にかかる。「俺達に付き纏う事ができれば、龍牙島やZEXISの秘密には随分と詳しくなれる。善意を向けている訳じゃないのは、俺達が待ちぼうけを食わされた時点で立証済みだ」
「そういう事。或いは奴も、ティファが自分の正体を探っていると気づいているかもしれない。花を贈り、アイムの気を引きながら、能力が減衰しているティファと俺達の混乱を企てた。…そんな推理が成り立たないか?」
「ああ」
 納得すれば、相槌一つにも一層力が入る。
 侵入する能力者と探る能力者。おそらく、両者による駆け引きは既に始まっている。
「私としては、シンフォニーとバラの贈り主が同じである事を望むぞ」唇を微かに尖らせ、クランが膝を叩く。「ZEXISに悪意を持つ転移能力者など、そう沢山いて堪るか!!」
 不意にドアをノックする音がして、室内に緊張が走った。
「誰か来る予定は?」
 立ち上がりかけたロックオンを制止し、ミシェルが相手を確かめに行く。
 ドアを細く開けると、その向こうに立っていたのはゲッターチームの隼人だった。容易に思考を読ませない表情のまま1人で出入りの為の空間を占領し、室内にいるZEXISを数え始める。
「1、2、3、4、それにミカで5人か」
「ええと、ご用件の方は? ゲッターチームは3人揃って子供達の護衛を買って出た、と聞きましたが」
 けげんそうに尋ねるミシェルへ、「俺の代わりをキリコが引き受けた」と隼人は元来た方向を軽く指した。「大塚長官からの依頼があってな。相談役と護衛を兼ねてくれ、と言われている」
「あ、ありがとうございます」
 口では謝意を唱えるものの、ミシェルの心境は複雑だった。それは皆も同じだ。
 おそらく、クロウ達4人が大人しく部屋にこもっていなかった事を重く見た大塚が、頭が切れ戦闘力も高い人物を1人送り込んだ、という辺りが真相だからだ。つまり隼人は、相談役、兼護衛役、兼監視員としてここに来ている。
 当然、今夜の異変についても隼人は多くを把握していた。
「聞いたぞ。クロウが消えたんだってな」
「それについては、中で」
 肩幅の広い長身の男を部屋に入れると、2人部屋とはいえ随分と狭く感じるようになる。隼人は1人、入り口近くの壁にもたれかかり、クロウをじろりと観察した。
「消えた筈の人間が突然戻って来た、か。悪いが、俺は素直には喜べないな」
「早すぎるって事か、消えて帰って来るまでが」クロウは、隼人の抱く不審感に理解を示す。「そりゃあ、たった40秒じゃな」
「ああ、そうだ。お前は本当に、俺達がよく知るクロウ・ブルーストなのか?」
 他の4人が目を見開く中、クロウは至極冷静に対応する。
「勿論さ。もし何なら、前回の査定で俺が幾ら返済したか明かしてもいい。それとも、ブラスタに乗ってSPIGOTを使いこなした方が信じてもらえるってんなら、やるぜ。『揺れる天秤』は、唯一無二な代物のようだしな。好きな方を選んでくれ」
「じゃあ、返済額の方を聞かせてもらおうか。トライア博士に照会を依頼すれば、本当か嘘かはすぐにわかる」
 クロウは、ふうと息をついた。
「48万9990Gだ。1万10Gピンハネされた時の額でな。妙な端数が出てるからおかしいとは思ったんだが…。あ、まずい。盛り下がってきた」
「何だって!? お前、ピンハネされたのか」
 ロックオンが向ける憐憫の眼差しが、クロウの顔の右半分に刺さる。
「完全に尻にしかれているな」とクランが呆れれば、「その落ち込み具合、どうやら本物のようだな」と隼人が金額の照会をする前から納得する。「疑って悪かった」
 罪悪感という言葉とはまるで無縁な凄みを含んだまま、隼人が形式だけの謝罪をした。
「いいって、別に」
 疑われた側のクロウとしては、形式の方を重視し非礼を許すしかない。
 隼人は、獣戦機隊にも通じるヒトとしての生命力と勘を持ち合わせており、その上に知性を積み増したゲッターチームの頭脳だ。自らの勘を「竜馬には劣る」と卑下するが、なかなかどうして今回もしっかりと機能し、今尚密かにクロウが40秒で現れた事に疑問を抱き続けている。
 アポロの勘を野生のそれと解釈するなら、ゲッターチームの3人にあるものは感性と経験の紡ぎ出したプロの勘と言うべきか。前者はアポロの持つものに近く、後者は当然、研ぎ澄まされた状態で切り抜け彼等の命が直接獲得した至宝の経験を指す。
 出撃の度にチームワークと経験は磨かれ、遂には技量など備えていて当たり前と受け止めている者達が、多少の思想の不一致には目を瞑り敢えてチームを組むという難題を克服した。
 特筆すべきは合体の際のマニュアル操縦で、不測の事態の回避と時短を目的に、彼等3人はほぼ毎回ゲットマシン3機による合体を手動で行ってしまう。その無謀加減と精度は、ZEXIS広しと言えどもゲッターチームしか持ち合わせていない。
 それ故に、彼等の嗅覚は別格なのだ。
 ゲッターチームとは、何と破天荒な試みだろう。竜馬が罵詈雑言を吐く早乙女博士という人物に、クロウは少なからず興味が湧いている。
 似ていなくもないのだ。捨てるものと執着するものを大胆に切り分け、パイロットに未踏の道を歩ませようとするところなど。スコート・ラボを仕切る豪快で繊細な美しい彼女に。
 尤もチーフは、クロウにゲッターチームの内的バランスまでは求めていないと思うが。
「今は、そのくらいの慎重さが必要かもしれねぇ。俺がこうしていられるのは不自然だってのも事実だしな」自分の中にある疑問を、クロウは率先して口に出す。「もし、俺の体に何か仕込まれてたりしたら、それこそ大変…」
 そう、大変。一大事だ。
 言いながら、異世界で起きた事が気になってしまい、つい右手の中指を折ってその指先をしげしげと覗き込む。
「まさか…。何かあったのか!?」
 不安を嗅ぎ取ったロックオンが、再びクロウの右手首を掴んだ。
「チクッとしただけさ。別に痕もないし」と反論し、クロウは後から加わった隼人の為に再び順を追って説明する。
 ロックオンも自らの体験の全てを語ると、続いてミシェルが推測の一部始終を明かした。
「ここまで聞いて、お前はどう思うのだ? 隼人」
 誰もが訊きたいその問いを、敢えてクランが仲間に押し出す。
 ZEXISの中でもとりわけ思慮深い男は、最初ただ壁にもたれクロウ達を見比べるばかりだった。そして、「アイム以外にも誰かいる」とミシェルの結論を噛みしめながら繰り返す。
「隼人さん…」
 余程彼の推論に興味があるのか、ミカの視線は熱かった。
「いる、と考える方が妥当だろうな」隼人は、簡潔に結論から入る。「ミシェルの言う通り、決定的なのはクロウの扱いだ。アイムの目的は、おそらく今も変わっちゃいない。だから、他人の手に渡るのは非常に都合が悪いと考えもする。そういう発想で奴が動いていると仮定すれば、結構すっきりしないか」
「すっきりって…」クロウは、ついぽかんと口を開けた。
 簡素化するまで削ぎ落とす為には、嘘を見破る必要がある。その過程で、皆はアイムの嘘に翻弄されてきたというのに。
 周囲の戸惑いを、空気の重さから隼人が察する。
「そもそも。俺が着目しているのは、奴が持っている『ぶれない』という特徴。それだけだ」
 クロウとロックオンは、瞬時に顔を見合わせた。スメラギ達への報告の際、アイムにそういった気質がある点が指揮官達の間でも浮上していたからだ。
「聞けば、ZEUTHにいた『傷だらけの獅子』と『悲しみの乙女』のスフィア保持者には、1本通す気持ちの強さがあるそうじゃないか。スフィアに関するZEUTHの話は興味深い。どうやら、保持者の気質というものがかなり重要な意味を持つようだ。…クロウ、同じ特徴ならお前にもある」
 黙したまま、クロウは瞬きで会釈をした。
「だったら、『偽りの黒羊』とか言うスフィア持ちのアイムも、同類と考えて差し障りはないだろう。奴は遠回しな手を使う時もあるが、今朝からのバラ騒動は遠回しすぎるし複雑だ。奴が持っている一途さとは上手く噛み合わん」
 しんと静まり返った室内で、ロックオンがようやく口を開く。
「…スフィア保持者全員の共通項か」
「ああ。スフィアとは一体何なのか。そいつがはっきりしない事で、今後も推理の誤差は幾らか生じる。やむをえん、材料が少ないんだからな。だが、アムロやロジャー、万丈達が重要視するポイントである事は間違いないんだ。今回、ZEUTHが積み上げたものを信じてみるってのはどうだ」
 スフィア保持者としてアイムを分析する。その発想は、クロウの中には存在しないものだった。
 いや。単に、本気でアイムの本質と向き合う気概がなかっただけ、というべきか。ストーカーの心理に通じている借金持ち、流石にそんな自分は目指したくない。
「お説ご尤も」ミシェルも感服し、自説を肯定された事で更に自信を得る。「折角だからついでに訊いちゃいますけど、アイムの言っていたっていう実験の話、本当だと思いますか?」
「いや。そう言うしかなかったから、得るものがあったと通しているだけだろう。成功の話が破綻している分、クロウも現場で疑問には思っていたようだしな」
「…何てこった」舌打ちをしそうな勢いで、ロックオンが顔を歪める。「俺達は、ライノダモン消失とアイムの話をもう一度洗い直さなきゃならないのか」
 虚言家とは違う別の転移能力者。その存在が浮かび上がり朧気な形を取り始めた事に、クロウ達は安堵と動揺が同時に沸き上がる様を意識せずにはいられなかった。特にクロウの想像には、不吉なイメージとして青い色が纏わり付く。
 青色系は好きな部類に入るが、今後は当面警戒色とするしかない。
「ま、お前さん達が何を抱え込んで勝手に動き出したのか。俺としては、今ので十分な説明になっていると思った。大塚長官には、その内容を報告させてもらう」監視役たる隼人の中で、ここにいる者達の自主行動が密かに許された。「アイムとバラ、それにティファの話は聞いていたが、想像していた以上の事態だな」
「ああ」とロックオンが答えたところで、突然警報が鳴り響いた。
 脱兎の如く全員が部屋を飛び出すと、スピーカーから淡々とした声が異常事態を告げる。
 どちらが来たのか。クロウ達は皆、示し合わせたように同様の考え方をした。
 今戦いたい相手ならば、当然アイムの方になる。あの青い世界について奴は絶対に何かを知っている、と睨んだから。
 果たして。
『当基地滑走路上に次元の歪曲を確認。次元獣の出現が予想される。ZEXIS各機は、当基地の防衛行動に移行せよ』


              - 14.に続く -

 
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