リリなのinボクらの太陽サーガ
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決意
前書き
そろそろ締めにかかります。
前半ほのぼの、後半シリアスな回
~~Side of シャロン~~
サバタさん特製激辛麻婆豆腐を食べた事で、さっきから口の中が辛いのなんの……という訳で部屋に戻った私はお口直しに手軽なクレープを全員に作ってあげた。レヴィは甘い物という事ですっごく喜んでくれたため、見てて微笑ましかった。ただ……今日はなんか食べてばっかりだなぁ。まだお腹はたるんでないけど、午前中だけで摂取したカロリーを軽く計算してみたら、少し寒気がしてきた。
「これはちょっと女の子として危機感を覚えるかも……」
「焦らずともシャロンは十分魅力的だと思うが?」
「またそうやってサバタさんは女の子が喜ぶ言葉を的確に放ってくるから、こっちもうっかり油断しちゃいそうになる……」
「?」
サバタさんは訳がわからないと言いたげに首を傾げるが、女というのは普通、男から褒められるとどうしても簡単に喜んじゃうんだよね……。だけど今は気付きにくい……というか気付かせないようにしているから、サバタさんですらわからないのも納得できる。ひとまず午後はある程度身体を動かしておこうかな。これでもスタイル維持には気を付けているタイプだから。
さて……さっきから無駄に元気が有り余っているのと、摂取したカロリーを消費するために身体を動かそうと思った私は後片付けを終えてからVR訓練場へと向かう事に決めた。ちなみにディアーチェは料理に目覚めたのか部屋でレシピ本を読み漁り、レヴィは最近はまっている日本製アニメや特撮を見ていて、シュテルは皆に先んじて外国語の自習をしている。そしてマキナは何やらウェアウルフ社の特別訓練に混じって、黒い背広を着たお爺さんからクイックドロウのコツと跳弾の技能を教わっている。それにしてもあのお爺さん、離れててもわかる程の凄い貫禄のある雰囲気が漂っているんだけど……まさかね?
「あ、ちょっと待て、シャロン。今の内に少し訊きたい」
ユーリと約束した携帯電話の購入に出かける準備をしているサバタさんが、訓練場に向かおうとした私を呼び止めた。なんか赤黒いカードを使って残高を確認しているみたいだけど、他にも何らかの入力をしながら彼は私に奇妙な事を尋ねてきた。
「最近、何か気になるような事は無いか?」
「え? まぁ、ファーヴニルの事以外では特にないけど……」
「わかった、それならいい。引き留めてすまなかった」
「別に気にしてない。それよりどうしてそんな事を?」
「…………いや、シャロンがこの生活に不備を感じていないか、それを知りたかっただけだ。仕方なかった点もあるが、俺は最初、シャロンの意思を確認せずにここに招いた。やはり何か不満があるかもしれんから、少し気になったんだ」
「あ、なんだ……。安心して、サバタさん。私はあなたやマキナ、ディアーチェ達と一緒にいるこの生活を本当に楽しく思ってる。心の密度で言うなら、アクーナに居た頃より充足している。それにここはサバタさんがくれた身を守る居場所、感謝こそすれど不満なんて無いよ」
「フッ……そうか」
私の正直な気持ちを伝えると、サバタさんは安心したように息を吐く。彼が常日頃から私達を気にしてくれている事がわかり、嬉しい気持ちが湧き上がる。
「(それにしても……やはり気のせいか……? さっき麻婆豆腐を食べた一瞬だけ、シャロンとマキナから俺と同じ月の力を感じたのは……。アクーナの民が月光仔の生き残りの子孫、という可能性も無くは無いが……宝くじの一等と同じぐらい低い確率だろう。もし本当に月光仔だとしても、月村家のような特異性が発現していない点から血は相当薄くなっているだろうな。まぁ、麻婆豆腐が覚醒を促した……なんて冗談みたいな話はまず無いだろうが、別に急いで把握する必要も無いか)」
「初めてのお出かけです~♪ ついでに色んな所も回っていきましょうね、サバタさん!」
「……そういやユーリはまだ会社の外には出た事が無いんだったな。それなら市街探索もしようか」
「はい、私も楽しみです!」
難しい顔で何かを考えるサバタさんの隣で、ユーリは子供のように可愛い笑顔ではしゃいでいる。彼女にも複雑な事情があったのだろうけど、それらから解放された事で素直に心を表現できるようになった所は私達と全く同じだ。だからあんな風に子供らしい姿を見ていると、保護者精神が湧き上がって来てしまう。実際は彼女達の方が年上……それどころか百を超える年齢なんだけど、それは言わない約束だ。
「そういえばサバタさん、どうせ出かけるならベッドとかも買ってきたらどう?」
「気遣いはありがたいが、シャロン。俺は正直に言うと、ベッドはあまり好みじゃないんだ。床に布団を敷くとか、ソファとか少し寝心地の悪い場所の方が慣れている事もあってむしろ眠れる方だ」
「難儀な生活を送ってきたんだね。確かに柔らかいベッドで寝ると、身体の筋肉が凝ったりする時があるのは私もわかる。そういうのが苦手な人もいるのは理解してるし、サバタさんがソファの方が良いって言うなら、私からは何も言わない事にするよ」
「わかった。……じゃあ少し行ってくるぞ」
「いってきま~す♪」
「いってらっしゃい、サバタさん、ユーリ」
さてと……彼らが出かけるのを見届けてから私はVR訓練場に行く事にした。部屋に備え付けられた端末で“ウェポンミッション・ブレード40”の項目を選んでから、壁打ちテニスが出来そうなスペースの中心で二本の刀を構える。すると次の瞬間、目の前の殺風景な光景が一変して、緊張感のあるVRの世界へと早変わりした。
『クリア条件・銃弾を200発防げ』
視界の上に文字が浮かび上がり、このようにクリア条件が提示されるのと同時に、仮想敵の白い格好でサブマシンガンを装備している兵士が何人も現れる。もう察しているだろうが、今から私は彼らが撃ってくる銃弾をこの刀で防ぐミッションを行う。この世界の兵士はどういうわけか当たり前にこなしているけど、とにかく今までこういった無茶振り同然な訓練をしてきたおかげで私も自分で身を守る戦術を身に付け、この“民主刀”、“共和刀”という二本の名刀が短期間で手に馴染んできていた。
だけど私は仮想敵が相手でも攻撃はあまりせず、基本的に防御に徹している。あまり、と言ったのはこれまでのミッションのクリア条件の中には攻撃しないと駄目なものがあったからで、その時は峰打ちでどうにかしてきた。ただ、結局それは刃物で斬る代わりに鈍器で殴っている訳だから、気分のいいものではなかった。無論、必要に駆られれば私も戦わなければならないのは理解している。しかし気分的には相手を攻撃して倒すよりも、こういうクリア条件の方が楽だ。
ドドドドドドドドッ!!
スタートした直後から兵士達は容赦なくこちらへ発砲し、数えきれない大量の銃弾が迫ってくる。流石に全て対処しきれない事で私は走りながら、自分に当たりそうなものを見切って刀で弾き、その度に金属音が響き渡る。一応、VR訓練だから撃たれても死ぬことは無いが、電気で同じだけの痛みを与えてくるので必死にもなる。それに私はまだ一人分のサブマシンガンしか対処が間に合った事が無いので、いつもならVR空間上の遮蔽物などを使って身を隠したり、敵を気絶させて会敵する数を減らしたりしている。
でも今回は流石に難しかった。遮蔽物がほとんど無いから、自然と複数の攻撃に対応しなくちゃいけない。足を止めたらそれこそただの的になるため、軌道を読まれないように飛び回りながら、銃弾を弾いてカウントを稼いでいる。時々間に合わなかった銃弾が私の体を貫き、仮想ダメージによる痛みが伝わるものの、集中を切らさずに刀を振るい続ける。そうやって忍耐強く地道に防ぎ続けた結果、クリア条件の数に達し、ミッションを達成する事が出来た。
「体がちょっとビリビリする……ここまで来ると、訓練も結構キツくなってくるね」
だけどもし皆が戦いに行った際、足手まといにだけはなりたくない。最低限自分を守れるだけの力は身に付けておかないと、サバタさんやマキナ、ディアーチェ達の迷惑になってしまう。やっと心を寄せられる仲間が出来たのだから、それだけはどうしても嫌だ。
気持ちを奮い立たせて、息を整えた私は早速次のミッションに挑む。手にある刀が青い光を発する中、私の訓練はさっき作った海苔巻きを含む昼食をはさんで夕方まで続けられるのだった。激しい動きを何度も繰り返した事で全身が汗びっしょりになったので、さっぱりするためにも訓練場の隣にあるシャワー室を使わせてもらった。
汗で濡れた服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿となった私は、一つ一つ仕切りの付いた個室に入り、シャワーの栓をひねって流れ出てきた温水を頭から浴びる。滴る水が私のしなやかな身体を頭から頬、鎖骨から胸元を通じて下まで伝わり、全身の老廃物を洗い流していく。
「~♪」
何となく無意識に私は鼻歌でハミングし、シャワー室に私の声が静かに響き渡る。備え付けのリンスとシャンプーを使って、私の身体の表皮にこびりついた脂も滑らかに洗い流す。その時、個室ごとについている鏡に泡がまだ残る私の身体が映り、何となく一部に対する気持ちを吐露する。
「やっぱり少し大きくなってきてる。あんまり過剰だとアレだし、適度なサイズに収まるのが一番良いんだけど……」
ふにふに、もにゅもにゅと自分のを触って、今が成長中だからこそ終着点がどうなっているか心配してしまう。ちなみにマキナは栄養状態が改善したからか、身長もスタイルも凄まじい勢いで成長している……というか年齢相応の身体に戻りつつあるんだよね。ただ、その勢いが凄すぎて数年後には峰不二子なみにバインバインになってるんじゃないかって思うけど……流石にそこまで行く前に収まるはずだろう。
『シャロンも年頃の良い体つきだと思うんだけどねぇ~♪』
「あわっ!? ま、マキナ……訓練終わったの?」
『何か過剰に驚かれた理由はさておき、今回は良い指導を受けられたよ。おかげでクイックドロウもマスターして技まで昇華できたし、跳弾の感覚も身に付けた。と言っても実力はまだまだサバタ様には届かない……でも、一歩ぐらいは近づけたと思ってるよ』
「そう……マキナはどんどん先に行っちゃうね。私も頑張ってるけど、この調子だと追い付けるかわからないなぁ」
『何言ってるの、シャロンだって着実に強くなってきてるよ。その証拠にさ、最近落ち込まなくなったでしょ?』
「え? あ、言われてみれば、最近後ろ向きな考え方をしなくなっているかも……」
『ほらね。以前はアクーナの事を引きずってばかりで、生きようとする気概があまり感じられなかった。だけど今はちゃんと生きていこうと努力しているのが、よく伝わって来る。後ろから前へ向けるようになっただけでも、シャロンが成長している証だよ』
「そっか……教えてくれてありがとう。こういうのって多分、自分じゃわかりにくいのかも……」
『そうかもね~』
隣の個室でシャワーを浴びるマキナの肢体を、仕切り越しに眺めてみる。急成長してきている彼女の今の身体は、ニダヴェリールで再会した時の9歳ぐらいの体つきではなく、11歳ぐらいの大人に成りかけの体つきとなっている。比較対象で言うなら、私は知らないけどクロノという人より身長はもう伸びている。だが逆に言えば、マキナはそれだけ成長が出来ない過酷な環境にいたって訳だから、やっぱり次元世界の人間は酷いと改めて思う。
『あ、さっきシャロンの服も一緒に洗濯機に入れといたから。着替えぐらい持ってきてるだろうし、汗だくの服はさっさと洗っといた方が良いと思ったからね』
「…………」
『ん? どうしたの?』
「マキナ……私、うっかり着替え……持ってくるの忘れちゃった……!」
『えぇ~、じゃあどうすんの? ここから部屋着がある部屋までバスタオルだけ巻いて行くの?』
「そ、そんな羞恥プレイは勘弁してほしい……!」
『冗談だよ。後で私が適当に服持ってくるから、それまで待ってて』
「ありがとう! マキナが来てくれなかったら、きっと恥ずかしい事になっていたよ」
『どういたしまして。にしても着替えを忘れるなんて、シャロンって結構抜けてる所あるよね』
カラカラと笑うマキナに、私は顔を赤くして黙るしかなかった。だってアクーナに居た11年間はずっと一人暮らしだったから、風呂上がりに着替えを用意しなくても大丈夫だった感覚が残っちゃってるんだよ。だらしないかもしれないけど、家にいる時ってのは油断しがちだからしょうがないはずだ。
という訳で私より後に来たマキナが先に上がって、私の服を持って来てくれた。おかげで無防備な姿を晒す必要は無くなったんだけど……さっき彼女が“適当”と言った時点で私は気付くべきだった。普通の服を持ってきてほしいと、指摘しなかったのだ。そのおかげで私は今、可愛らしいフリル付ミニスカートのメイド服を着用する羽目になった。胸元は開いていないけどカチューシャも付けられた辺り、本格的に着飾られてしまった訳だ。
『おぉ~、似合ってる似合ってる。とっても可愛いよ♪』
「なんで……こんな所にメイド服があるの? しかもサイズも私にピッタリだし……」
「私が用意しておきました。シャロンに似合うと思って、密かに用意していたのです」
「シュテル!? わ、私に似合うって……そんなに?」
「ええ。毎日私達の朝食を用意してくれるようにシャロンは家庭的な能力に長けていて、基本的に控えめで一歩後ろに引いた性格に可愛らしい反応。メイドが似合う逸材だと思った私の目に狂いはありませんでした」
星が光りそうなドヤ顔でシュテルは胸を張る。その様子に私はドッと肩を落として、ため息を吐いた。
『ぶっちゃけ家政婦とか、シャロンは得意そうだもんね。おかえりなさいませ、ご主人さま~♪ って感じで』
「いやいや、そんな事言わないよ?」
「あら、残念です。せっかくおも……じゃない、可愛いと思ったのですが……」
今、何か言い直した? ま……いつも通り無表情なシュテルだけど、どことなく落胆しているのがわかる。隣でマキナは私の格好を眺めてニヤニヤしているけど、私としてはマキナがメイド服を着ても可愛いと思うんだ。まぁ、マキナの好みは基本的に動きやすい格好だから、今はTシャツにジーンズというラフな格好をしている。
まぁ、私がミスをしたのに文句を言うのは贅沢というものだ。着心地自体は悪くない……むしろ普通に快適なので、私はこの格好のまま部屋に戻った。レヴィは純粋な眼差しで可愛いと言ってきて、ディアーチェは何らかのインスピレーションを受けたのか、自作の服のデザインを描いていた。反応を見る限り、家庭的な才能があるという意味ではディアーチェも大概だと思う。
マキナはシュテルに外国語の参考書のコツを教わりに行った事で、部屋の入り口に取り残された私は何となく自分の格好を見て思う。皆が可愛いと言うなら……す、少しぐらいなら真似をしてみても良い……かな? だ、誰も見てないんだし……大丈夫だよね?
ガチャ。
「お、おかえりなさいませ……ご、ご主人さま……」
「わぁ~シャロンさん可愛いです! 早速カメラ機能使ってみます~♪」
カシャッ。
「シャロン……おまえ何やってるんだ?」
「え? ユーリ? 今写真……って、サバタさん!? ち、ちちちちが!? こ、これには深い訳があって!!? あぅあぅ~!?」
「わかったから落ち着け……。そういう趣味に目覚めたならちゃんと受け入れるから、心配するな」
「目覚めてない! 目覚めてない!?」
サバタさんにだけは誤解されたくないため、こうなった経緯を説明……しようと思ったら、着替えを持って行き忘れてた話もしなければならない事に気付いた。どうしよう……私がコスプレ趣味に目覚めたと誤解されるか、それとも羞恥プレイ未遂の恥ずかしい話を伝えるか、どっちの道を選んでも何かを失いそうだった。
「………」
ああ、サバタさんが段々呆れるような眼で見て来てるよ~! どうしよう、どうしよう……!
「まぁ、何だ。ささやかな意見だが、俺は似合ってると思うぞ。だから世間体を気にしなくても大丈夫だと思う」
「ッ……! ああもう、わかりました! 私、この趣味に目覚めました!」
半分ヤケクソに認める私だが、サバタさんが褒めてくれたのなら、まぁコスプレ趣味も悪くないかも。そうやって即座に手のひらを返した私は、このメイド服の格好を受け入れた。でも見過ごせない事が一つある。
「ユーリ、今撮った写真はすぐに消去して……」
「なんでです? せっかく可愛く撮れたんですからもったいないです! むしろ待ち受けにしちゃいますよ~!」
買い立ての携帯電話を抱えて、ユーリはぴゅ~っとディアーチェの後ろに走って行った。そもそもユーリに強引な行為を行えるはずもなく、逃げられた時点で私の敗北が決定した……。
「それと、明日から本格的に語学の勉強を行う。今日、リキッドが来たのは知っているだろうが、彼はここでの仕事が終わる明日の夕方から参加する。覚悟しておけよ」
『はいっ!』
サバタさんの発破に、私達は威勢よく返事をした。そして翌日になって知った、この日にマキナが混じっていた訓練を教導していたお爺さんが、いつの間にか来ていたアウターヘブン社の社長リキッドだった事には驚いたものの、彼が滞在している間私達は彼からもスパルタ形式で語学を教わった。いやぁ、すごいよ? あの人10ヵ国語以上も現地人より巧みに使えるから、語学のボスと言っても過言ではない。でもキコンゴを教えようとしなかった理由については、リキッドから昔の話を聞いたサバタさんだけが納得していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of なのは~~
微弱な生命反応が検知されたという話が来たので、本局でもエナジー経由で魔法が使える私が救助に向かう……かと思いきや、どうやら本局の相当偉い人じゃないと入っちゃいけない場所なので、正式に所属していない私は立ち入り禁止という事になり、件の場所には別の人が行くみたい。わざわざ私を呼び出しといてこの結論になった辺り、結局徒労に終わったよ……。
「やっぱり上層部にも都合ってものがあるんでしょうか。しかし以前のSEEDの件から、僕はどうもきな臭い気がして仕方がないです」
「かと言って権限が無い私達が口を出した所で、今回はいとも簡単に封殺されてしまった。ラジエルと違って手札を持っていない私達じゃあどうしようもないわね」
「この生命反応の正体が何なのか、恐らく彼らの何名かは知っているのだろうな。伝説の三提督ぐらいの階級まで行かなければ知りえない真実も、管理局には隠されているようだ」
クロノ君、リンディさん、グレアム提督が揃う艦長室の中、さっきの話の流れで私は何となくそのまま同席している。難しい話はまだ私にはわからないけど、管理局には隠し事が多いというのは伝わってきた。
「そうだ、丁度良い機会だから渡しておこう。クロノ、これを受け取ってくれないか」
「これは……デバイスですね。しかしグレアム提督、このデバイスは何なのですか?」
「氷結魔法に特化させた特別製ストレージデバイス『デュランダル』。もう皆も知っているだろうが、かつて私は闇の書をこのデバイスで永久凍結して虚数空間に封じ込める計画を立てていた。しかし闇の書はサバタ君が無力化した事で、結果的にデュランダルを使う場面は無くなった。そのため物置にしまっていたのだが、今回の件を受けて引っ張り出してきたんだ」
「はぁ……デバイスが作られた理由はわかりました。ですがどうして僕に?」
「クロノが使っているS2Uは応用力に長けているが、正直に評価すると君自身の魔力量も含めて切り札となる魔法が無い。そこで、このデュランダルに入れておいた氷結魔法の出番だ。威力は闇の書を抑え込めるまでを想定していたから、それなりのものとなっている。消費量こそ相当なものだが、これならクロノの火力を底上げできるかと思って、ファーヴニルとの戦いに備えて渡しておこうと思ったんだ」
「そうだったんですか。さらっと毒舌を含めているのが気になりますが、お礼は言っておきます、グレアム提督。デュランダルは大事に使わせていただきます」
「ま、結局魔力を吸収されたら他のデバイス同様に使い物にならなくなるんだけどね。わっはっはっはっ!」
「ですよね! あっはっはっはっ!」
「あ、あの……クロノ君もグレアム提督も、なんで二人して現状の魔導師の自虐ネタを入れるの? しかも自棄気味に笑ってるし……」
「気にしちゃダメよ、なのはさん。これも成長だわ」
これが成長なの? クロノ君が柔軟性を身に付けてようと努力しているのは、このやり取りで十分わかるけど……。ただちょっと方向性を間違えかけているような……私の気のせいかな?
多分、ここにいてもやる事が無いので艦長室を出た後、とりあえずフェイトちゃんの様子でも見に行こうと思い、聖王教会の病院へと足を向ける。ちなみにはやてちゃんとヴィータちゃんはさっきアースラに戻って、個室で身体を休めている。無限書庫の探索で彼女達も疲れているだろうし、今行っても迷惑になるだけだろう。
聖王教会の病院の受付で、私はフェイトちゃんの友達で見舞いに来た、と伝えて立ち入り許可をもらう。容体はとっくに安定しているので、3階の日当たりの良い部屋で彼女は療養している。扉をノックすると、中からプレシアさんが「どうぞ」と言ってきたので、「失礼します」と言って部屋の中へ入る。
「いらっしゃい、なのはさん」
「こんにちは、プレシアさん、アリシアちゃん」
「こんにちは~。ここ太陽の光が良い感じに当たって気持ち良いから、私はともかくフェイトの回復にも良い影響があると思うよね。なのはもそう思うでしょ?」
「そうだね。アリシアちゃんは太陽の使者の代弁者だし、フェイトちゃんは太陽のエナジーが使えるもんね。二人にヒーリング効果があるのは私もわかるな」
アリシアちゃんが気を遣って用意してくれた椅子に座って、私は規則正しい呼吸を繰り返しながら眠っているフェイトちゃんを見る。開いている窓から涼しい風が入って来て、部屋中に清涼感が漂う中、私はプレシアさんに尋ねる。
「あの……フェイトちゃんはまだ目を覚まさないんですか?」
「そうね。峠は越えているから、後は時間の問題よ。遅くとも数日中には目を覚ますらしいわ」
「そうですか……良かったです」
「だけどフェイトが起きた時、“あの子達”の事で改めてショックを受けるかもしれないから、私達は傍に居ようと思ってるの。やっぱりあの戦いは、色んな意味で辛すぎたし……」
「あの子達?」
アリシアちゃんが口にした“あの子達”について尋ねると、苦虫を噛み潰したような顔でプレシアさんがその哀しい内容を教えてくれた。プロジェクトFATEの……フェイトちゃんが生まれる前に生み出された未完成の命……その末路。アレクトロ社で繰り広げられた、同じ存在同士での戦い。アリシアちゃんの存在から生まれる事が出来たフェイトちゃんと、生まれる事すら出来なかった13人の試作クローン。そしてアンデッド化、変異体として現れた彼女達にトドメを刺さなければならなかった、フェイトちゃんとアリシアちゃんの苦痛。かつてのプレシアさんの過ちの全てを……。
「冷静に考えてみればアリシアを蘇らせようとしていたあの時の私は、ある意味最もアリシアを殺した狂人、と言えるわね……。娘のためにと思っていた行為が、本当は娘を酷く傷つけていた。サバタのおかげで自分の行いを見つめ直せるようにはなったけど、一度犯した罪は時が経とうと……いいえ、時が経てば経つ程、私を追い詰めてくるわ……」
「方法がどうであれ、ママが私のためにやった事だからこそ、私も目を背ける訳にはいかない。こればっかりは慰めも気遣いもいらないし、ましてや許す事なんて誰にも出来ない。生きている間、存在し続ける間、私達が永遠に受けなければならない罰。そう、これこそが……テスタロッサ家の真の罪なんだよ……」
「真の……罪……」
「プロジェクトFATEは間違いなく、これから多くの悲劇を生み出してしまう。私の罪が、研究が、永久に世界を乱す……。イエガーが言っていた呪いの“種”は、確かに存在している。なにせそれを植え付けた張本人こそ、この私なのだから……」
「なのはや皆は知らないと思うけど、アレクトロ社の前の社長イエガー……イモータル・ロキは浄化される前にこう言っていたんだ。
『優秀な人造魔導師として生きるおまえは、この世界における争いの“種”だ。おまえの存在をきっかけに世界は更に混沌を極め、人の手では止められない大きな戦いを招く。その時こそ、おまえは自らの意思に反する世界に対して、真に絶望するだろう! 私は地獄の底で、おまえ達が希望を失い、絶望の底に沈むのを待つとしよう。フハハハハハ!!!!』
……私もあの時は戯言だと思い込んで聞き流した。でも今回の件を目の当たりにして……この言葉にも信憑性が出てしまった。周りには気にしてない様に振る舞っていたけど、フェイトはこの言葉を強く意識しちゃってる。だから“あの子達”を倒した事は、フェイトが誰よりも責任を感じてしまうと思う。それだって本当は私が負うべき咎なのに……」
アリシアちゃんの言葉には本来の年齢には不釣り合いと言える程の深い悲壮感と、強い責任感が感じられた。でもそうなってしまう理由も納得できる。試作クローンとはいえ、本当なら彼女達とも家族としてやっていけたはず……なのに運命と因果、陰謀によって全てが狂ってしまった。それはアリシアちゃんにとって、文字通り身を引き裂かれる思いのはずだ。何も失っていない私には……到底わからない呪いの“種”だろう。
「寿命があまり残っていない私の命は後世に混沌の種しか残していない、しかもその尻拭いを娘達に押し付ける結果となってしまった。いくら謝っても償えるものではないわ。ほんと、サバタも寿命がもう無いのにありのままの心でいられる辺り、私とは大違いね」
「…………え。ま、ママ……今なんて……?」
「サバタさんの寿命が……もう無い?」
「あっ……! そっか、あなた達は気付いていないんだったわね……。でもこれは聞こえてしまっただけだし、それに本人が伝えなかった理由を知ってるから、私が話してもいいものか……」
「ママ、お願い……話して。これ以上、真実を隠さないで……!」
「私も知りたいです。何も知らないままなのは、もう嫌です!」
「…………ま、いいか。別に私は口止めされた訳じゃないし、偶には彼の裏をかいてみるのも面白いだろうから、この際ぶっちゃけちゃっても構わないわね。と言っても全てを知ってる訳じゃないから、一部私の推測が混じるけど……それでもいい?」
「うん……」
「はい。プレシアさんの推測なら多分信用できます」
「わかった。じゃあどこから話すべきか…………ひとまず私がこの事を知ったのは、サバタが裁判の件でアレクトロ社に潜入し、ロキを倒して脱出した後よ。フェイトが浄化を行う前、エレンさんが検査魔法を使ってサバタの寿命が短い事に気付き、彼はそれを認めた。そしてサバタは……『あいつらには俺の事を気にせずに過ごしてもらいたい。それに……これは俺が選んだ道だ、後悔は無い』と言って、あなた達に黙って自分の命を使いきる決意を貫いた」
「そんな……ママ、お兄ちゃんは一体どうして……」
「ここからは私の知る情報と知識、考察を掛け合わせた推測になるんだけど……ヒトの身を蝕む暗黒物質を身体に宿し、それを使う代償でサバタの寿命は湯水のごとく削られていった。戦えば戦う程彼の命をすり減らしていった事で、世紀末世界からこちら側の地球に来た時点で残りの寿命はごくわずかだった。そして……八神はやての家で彼は闇の書の中身を壊して無力化したそうだけど、多分これは致命的な情報が欠けている。闇の書は次元世界を何度も破滅に導いた災厄のロストロギア、それを無力化するなんて彼だろうと簡単にできる事じゃない。実際に何をしたのかまでは不明だけど恐らく……彼の寿命へのリミットを決定づけた出来事だったはずよ」
「闇の書が……じゃあリインフォースさんやヴィータちゃん達ヴォルケンリッターは知っているんですか? はやてちゃんにこの事を知らせず、隠しているんですか?」
「どうでしょうね……当時のリインフォースは闇の書に囚われていたらしいから、もしかしたら事実を知っているかもしれない。一方でこれまでの様子を見る限り、ヴォルケンリッターは八神はやてと同様に何も教えられてないと思うわ。だって夜天の書を取り巻く呪いを取り払う行為が、結果的に彼の命を奪う事に繋がってしまった。こんな残酷な真実を、彼女達が受け止められると思う?」
「それは……無理だと思う。はやては自分のせいで家族が傷つく事を嫌がるのに、ましてやお兄ちゃんの命にタイムリミットを設けてしまったのが自分だなんて、絶対耐え切れない苦しみになる。下手をすればこの真実を知った瞬間、勢い余って心中しかねないよ……」
「そうか……だからサバタさんは隠したんだ……はやてちゃんに自分の命を奪う事の罪の意識を与えない様に。はやてちゃんを生かすために、全ての真実を抱えたまま……」
「いや……多分お兄ちゃんはそういう事は考えていないよ。未来に皆の命を繋ぐために、持てる限りの闇を背負って逝くつもりなんだ。だからもうお兄ちゃんの換算に、残り僅かな自分の命は入っていない……」
哀しい……あまりに哀しい事実。なんであれだけ人の未来に尽くしている人間が死ななければならないのか、なんで彼はその事実を知っているのにありのままでいられるのか、なんでそんな人を管理局が指名手配するのか、私にはわからなかった。私には……どうしてもわからない! なんで……どうして……! 疑問は次々と出て来る、でも答えが見つからない! 何とか助けられないのか、どうにかして命を救えないのか、そう思っても何も方法が見つからなかった!
「なんでサバタさんは……そこまで自分の命を使いきれるの……どうして!?」
「……お兄ちゃんだから……だよ。なのは……」
「ッ!? フェイトちゃん!?」
静かに目を覚ましたフェイトちゃんが、私の漏らした疑問に答える。私達が彼女の回復に喜んだのもつかの間、泣きそうな眼で彼女は次の句を告げる。
「お兄ちゃんは誰かのためじゃない、自分のやりたいように生きている。その結果、助かる人間が現れるだけ。一見自分の事しか考えていない風に聞こえるけど、実際は違う。法も理屈も信念も越えて、悲しみを止めたいから戦う、未来を守りたいから救う、そうやって生きている。誰かに言われてやるんじゃなくて、自分の意思で戦っているから最期まで疑問を抱かず心のまま戦い続けられる。だからこそそれは、法的組織である管理局には受け入れられなかったんだ。本当は最も人間らしい意志なのに、人の意識を統治、統制する事を望む管理局とは相容れられなかった。目指している平和は同じはずなのに、まるで水と油のように性質が根本から違う。でも……それでも……管理局から、世界から弾かれようと絶対に自分の意思を貫く、それが……私の憧れたサバタお兄ちゃんなんだ……」
「フェイトちゃん……今の私達は正しい道を進んでいるの? 管理局にいる事が、本当に正しい事なの……?」
「それは誰にもわからない……。ただ言えるのは……正しくあろうとし続ける事が、生きる努力をし続ける事が、私達の望む未来を形作るんだ。多分、管理局に所属しているかしていないかとか、魔導師であるかそうでないかとか、本当はそんな事は関係ないと思う。自分がどう生きたいのか、全てはそこに集約している。私は……そう考えた」
「自分が……どう生きる……。まるで将来の夢みたいな話だね……」
「いえ、それは間違っていないわ、なのはさん。将来の夢とは要するに、自分の生き方に一つの方向性を見つけるもの。自分が何になりたいか、自分が何を成し遂げたいか、自分が何を思いたいか、何でもいいから自分の心の形を見い出すもの。これは自分探しでも同じ事が言える……というより、ヒトはそうやって自分を見つけてこそ、あるべき道を選べるのよ。そしてそれは……生きている限りずっと続けられる……」
「でもお兄ちゃんの人生に“将来”は無かった……。“今”しか残っていなかったから、残された時間を大切に生きている。精霊としてこれから長く存在し続けなくちゃいけない私には、きっと届かない儚き心。だからこそ……お兄ちゃんに救われた私達は、生きてお兄ちゃんの想いを“未来”へ受け継ぐ使命があるんだ。そのために……私達も“過去”と向き合って生きていかないといけない。あの子達の無念を、これからの未来でも忘れない様に私達が受け継ぐんだ」
……そっか。私はサバタさんの生き方を、ちょっと誤解していたのかもしれない。でもフェイトちゃんのおかげでわかった。後は私が……私達が伝えていかないといけない。サバタさんが生きている間に私達へ繋げた想いを胸に受け止めて、いつか私達の次の世代にも繋いでいくために。
そして…………12月22日。決戦の時がやって来た。絶対に負けられない戦い……私達の未来を取り戻すために、今日を生きて明日に未来を繋いで行くために、今年最後の死闘が切って落とされた。
後書き
キコンゴ:MGSVで白羽の矢が立った言語。声帯虫関係ではエピソード43の『死してなおも輝く』が最も印象深いです。というかこんな任務、やれと言われても普通は出来る訳が無いですよね。
地味に銃弾を斬り落とせるまで強くなったシャロン、オセロットの戦術を身に付けたマキナ、魔法を含むあらゆる技術を扱えるマテ娘、ワニキャップを被るユーリ、そして死力を尽くして戦える状態になったサバタ。何だろう……この面子だけで負ける気がしない。
フローリアン姉妹は……どうしましょう? エルトリアの問題解決しようとすると、マテ娘達がしばらく退場しちゃうからどうしても出しにくいんですよね……。
一方でなのはとフェイト、アリシアは真実を知りましたが、はやてだけは知らないままです。自力で真実にたどり着くか、それより前に時が来てしまうか、結論は彼女次第です。
続編に出るかどうか不明な言葉。
ゼノサーガ・アルべド系キャラ、ゾハル・エミュレーター。
ゼノギアス・グラーフ、イド系キャラ、エーテル。
ソリダス・モード
ファントム・フォーム
グレイではなくゴールド・フォックス
ベルゼルガ・テスタロッサ
暗黒槍ヨルムンガンド
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