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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第157話 戦準備

 
前書き
ちょっと少ないです 

 
 正宗が張允の傷を治療を終えると、彼は謁見の間の片付けのために部屋に近衛を入れた。それに紛れて朱里と泉と伊斗香、それに荀爽も入ってきた。
 伊斗香と荀爽は張允の顔を見ると目を大きく見開き驚愕した表情で彼女の顔を凝視していた。鼻を切り取られ醜い傷を晒していた彼女の顔に切り取られていたはずの鼻があったからだ。彼女達はあり得ないという表情だった。そして、正宗と張允を交互に見て動揺を隠せずにいた。
 張允は終始正宗を崇拝しているように見つめていた。
 正宗は近衛に指示を出し終わると張允に視線を向け近寄ってきた。張允は拱手して深々と平伏した。

「張允、色々と心中休まる暇も無かっただろう。部屋を用意するのでゆっくりと休むといい」

 正宗は張允に優しい声音で声を掛けた。

「過分のご配慮有難く存じます!」

 張允はこれでもかと深々と平伏した。正宗は張允の左肩に右手を置いた。

「そう力むこともない。これからのことはゆっくりと考えればいい。私は蔡瑁を討つために直ぐに出陣することになるが、お前が逗留できるように話をつけておくつもりだ」
「車騎将軍はここをお立ちになるのですか?」

 張允は不安そうな表情で正宗のことを見た。今まで恐ろしい目にあった彼女は不安なのだろう。

「そうだ。お前に非道な所業を行った蔡瑁を放ってはおけまい」

 正宗は神妙な表情で張允のことを見つめた。

「私もお連れください。戦の役に立つとは思えませんが襄陽県の地理には詳しいです。どうかお願いいたします」

 張允は正宗の凛々しい表情と自分にかけられた優しい言葉に瞳を潤ませると平伏して正宗に頼み込んできた。

「良いのか? 戦場は酷な場所だぞ」

 正宗は張允を気遣うように心配そうな表情を浮かべ言った。

「ここに一人で残る方が恐ろしく存じます。叔母が私に暗殺者を送り殺されるのではと不安にございます。どうかお願いいたします」

 張允は正宗を顔を上げ、体を震わせ縋るような視線を正宗に向けた。そして、必死に平伏して正宗に頼み込んだ。彼女の中で蔡瑁という存在が恐怖の対象となっているようだ。彼女の目の前で屈強な暗殺者を者ともせず切り殺した正宗は彼女にとって心底頼りになる存在なのだろう。だから正宗の側に出来るだけ居たいと考えるのも仕方ないのかもしれない。

「分かった。私と一緒に来てくれるか?」

 張允は心底嬉しそうに正宗のことを見た。

「私の真名は『秋佳』と申します。どうぞ『秋佳』とお呼びください」
「真名を預けてくれるかのか?」

 正宗は優しく微笑むんだ。

「はい! 車騎将軍に拾っていただいた命。貴方様のために使いたいと存じます」
「そうまで言われては私も真名を預けぬ訳にはいかぬな。私の真名は『正宗』。『正宗』と呼んでくれ」
「正宗様、私を家臣にしてください!」

 張允は正宗から真名を預けられたことに感激した様子で臣下にして欲しいと頼み込んできた。

「私の臣下になりたいのか?」
「はい!」
「いいだろう。秋佳、私のために励め」

 正宗と秋佳の遣り取りを泉は微笑ましく見つめていた。泉としては秋佳の様子から正宗に心酔していると感じ取ったのだろう。正宗に心酔する者同士共感するものがあるのだろう。朱里と桂花は正宗に心酔する「襄陽城の内情に詳しい道案内」が楽に手に入り好都合という表情で秋佳のことを見ていた。



「車騎将軍、お待ちください」

 正宗は朱里と泉と伊斗香の三人を連れ立って謁見の間を去った。その後を荀爽が慌ただしく追いかけてきた。
 正宗は振り向き荀爽の姿を確認する。荀爽は追いつくと拱手した。

「車騎将軍、お伝えしたいことがございます」

 荀爽はそう言うと朱里と泉と伊斗香に視線を向けた。

「お人払いをお願いできませんでしょうか?」
「込み入った話か?」
「はい」

 荀爽は一瞬伊斗香に視線を向け、正宗に視線を戻す。伊斗香は荀爽の視線に気づき得心した表情になる。

「正宗様、私は席を外した方が荀侍中も話易いかと」

 伊斗香は拱手して正宗に言った。

「荀侍中、劉荊州牧に関わることか?」

 正宗は伊斗香の言葉から察したのか荀爽に言った。荀爽は一瞬逡巡するも頷いた。

「構わない全て話せ」
「よろしいのでしょうか?」

 荀爽は伊斗香に視線を移し正宗に確認した。

「構わない。伊斗香は私の家臣となった。なら何を隠す必要もあるまい。それに」

 正宗は一拍置き伊斗香を見た。

「伊斗香が劉荊州牧の密命で動いていたとしても隠す必要はあるまい」

 正宗は笑みを浮かべ荀爽を見た。荀爽は正宗の確認が取れると劉表の現状と彼女から頼まれたことを全て語った。



「劉荊州牧は私に会いたいと言っていたのか?」
「はい」
「荊州の豪族に余計な疑念を抱かせることになるから、今はお互いに会わない方がいいと思うがな」

 正宗は荀爽を見て淡々と言った。

「正宗様と劉荊州牧が会うと何故に荊州豪族に疑念を抱くのでしょうか?」

 泉が正宗に尋ねてきた。

「私はこれから蔡一族を粛清するために出陣する。そんな私と会った事実が外に漏れれば、荊州の豪族は私と劉荊州牧が通謀していると思うかもしれん。荊州支配に蔡一族が邪魔となった彼女は私を招き入れ蔡一族を粛清させた。彼女には動機があるからな。彼女は長女・劉琦(りゅうき)を後継者にしたいと考えているが、彼女の夫と蔡一族は末娘・劉琮(りゅうそう)を後継者にと考えている。今回の粛清で末娘・劉琮(りゅうそう)の後継者の目は完全に潰れる。蔡一族が粛清されれば彼女も権力基盤が不安定になるが、私の後援を得られればことは上手く進む」

 正宗は泉に対して説明した。泉は興味深かそうに正宗の話を聞いていた。荀爽と伊斗香は正宗の見識に関心している様子だった。

「正宗様の推測は正しいと思います」

 伊斗香は正宗の話を後押しするように言った。

「劉景升様がいかな存念で正宗様に会おうとしても荊州の豪族はそうは取らないでしょう。正宗様にあった事実が露見すれば、劉景升様の権威は失墜すると思われます。とはいえ会わずにいれば劉景升様も安心して洛陽に行けないのも事実でしょうが」

 伊斗香は正宗に淡々と意見を述べた。

「車騎将軍は劉琦殿を推されるのですか?」

 荀爽は正宗に聞いた。

「無論だ。蔡瑁討伐が済み戦後処理を済めば劉琦殿に会おうと考えている」

 正宗は笑みを浮かべた。

「恐れながら。劉琦殿は御病弱で荊州統治に支障を来たすと存じます」

 荀爽は正宗に意見した。病弱の劉琦を劉表の後継に押すのは無理があると考えたのだろう。

「確かに。劉琦殿は病弱だ。だが私なら治療してやることもできる。劉荊州牧の態度次第だがな」

 正宗は意味深な笑みを荀爽に向けた。彼は「劉琦を治療する」と明言しなかった。彼は劉琦を治療するかどうかは劉表の態度次第だと言っていることが荀爽だけでなく周囲の者達にも理解できた。この世界の医療技術では劉琦の病弱さを改善する術はない。秋佳の鼻を復元する医術を持つ正宗であれば、劉琦の病弱さを治療することもできるかもしれない。

「車騎将軍、張允の鼻を如何にして治療されたのでしょうか?」

 荀爽は徐に正宗に質問した。彼女は話の流れを利用して気になっていた張允の鼻のことを聞いたのだろう。張允の鼻は完全に復元されていた。常人の力とは到底思えない。神仙の技と言っても可笑しくはない。

「私は幼少の頃より医術に興味を持っていてな。たまたま深い傷を治す術を見つけただけだ」

 正宗は飄々と言った。

「通儒と評される程の祖父様がおられる車騎将軍が医術に興味を持たれていたのですか?」

 この時代は医術の地位は低い。にも関わらず儒者を祖父に持つ正宗が医術を学ぶ土壌があるとは思えない。荀爽は正宗の言葉に違和感を覚えたのだろう。

「医術を下賤の学問と申す者もいるが、貶す者もまた医術の世話になっている。私は儒学を軽んずるつもりはないが、知識は所詮知識。役に立つ知識を学ばないのは損というものだろう?」

 正宗はくすりと笑い荀爽を見た。荀爽は正宗を「変わったお方だな」と思っているような表情を浮かべていたが、直ぐに関心したような表情で正宗のことを見た。荀爽は学者肌の官吏である。正宗の知識を求める姿勢には共感できる何かがあったのかもしれない。

「世の中は広いのですね。私は医術の知識がありませんので神仙の技としか思えませんでした」

 荀爽は正宗の返答で納得できた様子ではなかったが、自分の知識不足と考え一応納得している様子だった。伊斗香と桂花は正宗の話に納得していない様子だったが、部外者である荀爽の前で余計なことを言うつもりはないようだった。

「神仙か。私が仙人であるはずがない。もし、仙人であれば襄陽城に籠る蔡瑁の首を今すぐにもはねている」

 正宗は荀爽の言葉に愉快そうに笑った。荀爽も正宗の笑いにつられ笑っていた。



「荀侍中、そういう訳で劉荊州牧とは今会うつもりはない。私達は戦支度を済ませ次第に冀州軍と合流するつもりだ。同行されるなら準備を済ませておくといい」

 正宗は話を切り上げ、荀爽に準備をするように言った。

「ですが、劉荊州牧が戦場に出る冀州軍に接近する可能性はないでしょうか?」
「無理でしょう。もし合流すれば正宗様と共謀して蔡徳珪を亡き者にしようとしていると勘ぐられるのは落ちです」

 伊斗香は荀爽の考えを切って捨てた。

「正攻法であればそう思われましょうが、市井の者に扮して車騎将軍に接近すれば分からないと思います。車騎将軍はお一人で市井を歩き回れていると聞き及んでおります。そのような方に接近するのは容易ではないかと存じます」

 伊斗香は荀爽の話に渋い表情を浮かべた。彼女の様子から可能性は十分にあり得るのだろう。

「伊斗香、劉荊州牧は市井の者の服を着る程に外聞を気にしない者なのか?」

 正宗の質問に伊斗香は考える仕草をした。



「劉景升様は外聞は気にする方です。ですが鳳子魚様を仕官させたいと考え、農民の身に扮して会いに行ったことがあります。正宗様に会うために農民に扮して接近してくることは十分にありえます」

 正宗は伊斗香な話を聞きながら考えていた。

「その場合はお会いになられれば良いかと存じます。会う以上劉荊州牧も誰にも知られないように接近してくると思います。であれば密室で交わした話。劉荊州牧も正宗様と蔡徳珪討伐前に会っていた事実を表沙汰にすることはできないでしょう」

 朱里が正宗に意見した。伊斗香も朱里の意見に賛成なのか肯定するように頷いた。

「荀侍中、劉荊州牧が農民に扮して会いにくれば避ける必要もないだろう」
「このことは劉荊州牧にお伝えしてもよろしいのでしょうか?」

 荀爽は正宗に確認してきた。王允への手前、劉表を擁護するために動いた痕跡を残しておきたいのかもしれない。

「構わない。荀侍中自身で劉荊州牧に伝えに行くのか?」
「いいえ。この状況で私が南郡に向かうは蔡徳珪の配下者達に拘束されるかもしれません。ここは私の部下を庶民の姿で迂回させながら劉荊州牧の元に向かわせようと考えています」

 正宗は荀爽の考えを聞き安堵していた。秋佳を惨い目に遭わせ暗殺者の一団と一緖に正宗の元に送りこんでくる手並みを考えると、蔡瑁が荀爽に何をするか考えられないことは確かだ。正宗の安堵は、万が一荀爽が蔡瑁に捕らえられた場合、王允や桂花の手前全力で救い出す難度の高い戦となるからだろう。

「それがいい。荀侍中、賢明な判断だと思うぞ」

 荀爽は正宗に拱手し頭を下げると踵を返し急いで立ち去っていた。その後、荀爽は自分の部下を劉表の元に使者として送るのだった。 
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