トワノクウ
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トワノクウ
深夜 朝虹
前書き
雨 の 前触れ
国にせよ、種族にせよ、組織にせよ。
現実でも、仮想現実でも。
篠ノ女空は異なるモノたちが理解し合い、共存する事例を見たことがなかった。
違うものが重なろうとするから上下の争いが起きる。
違うものは交われない。山嵐のジレンマだ。身を寄せ合い温め合おうとしても、互いの身を覆う棘が互いを傷つけ、もっと寒くなる。
「だからもういっそ、人と妖を完全に切り離してしまいましょう」
くうは天座の塔に着くと、翼を畳んで塔の中に入った。
「ただいま戻りました」
中にいた梵天に声をかけ、彼の近くへ行ってちょこんと座った。
「ご苦労」
梵天はくうの頭を優しく撫でた。
梵天を知る者が視れば顎を外しかねない光景だが、くうは梵天との付き合いが浅いため、飼い主に褒められた犬よろしく喜んだ。
くうは行った先で梵天の「お遣い」をしてきた。
人の行き交う街道を棲み処とする妖たちを説得し、山に篭もるようにしてもらったのだ。
話し合いは昨日から打って代わって、人と妖の争いをどう鎮火するかという、根本的な問題にシフトした。
そこで梵天が告げたのが、彼が考えた大規模移民計画――「朝虹」だった。
内容はシンプルだ。人目に付きやすい都市部や街道にいる妖を全て、山奥や朽ちた村などに引き揚げさせ、人の干渉を絶つ。
くうはそれに一つだけ提案を付け加えさせてもらった。
「その計画の潜伏期間を、最低三百年にしてください」
積極的に人と妖が共存できればいいとは思わない。それを邪魔する条理は消えないし、その〝条理〟のために梵天と菖蒲、朽葉と犬神が苦しんできた例がある。
交わりたい者同士が交われるだけの、ほっそりした隙間がある世の中であればそれでいいのだ。
「鎖国が終わって外国とのお付き合いが始まれば、人間側の価値観は激変します。それは梵天さんも菖蒲先生もお気づきですよね」
「ええ」
「まあね」
「ではその前提で進めますね。今年は西暦1871年、元号では明治四年。まだ文壇には現れていませんが、彼岸で『妖怪学の先駆者』と称される『妖怪博士』がいます。何が言いたいかと言いますと、彼の提唱によって、妖が居ることを前提とするあまつきの民衆は『科学』の洗礼を浴び、妖を『存在しないもの』として扱うようになっていくんです。『世間でいう妖怪の五割は自然現象、三割が誤認や恐怖心が見せるもの、二割が人為的なイタズラや偶然』と本人は著してます。〝正真正銘の妖〟の割合は零(ゼロ)。実際妖として生きる皆さんには複雑かもしれませんが」
梵天も露草も空五倍子もさしたるリアクションをしない。
くうはほっとして、続けた。
「妖が視える人間はこの時代においても希少価値。それでも妖を実在と扱うのは民衆の信心深さでした。ですが開国で西洋合理主義が入って来てからは、妖を認めるより認めない風潮になっていきます。ただでさえ少ない妖が視える人間は激減すると考えていいでしょう。あと三百年もすれば、むしろ妖を視たとか言う人間のほうが危険視されて、病棟送りな時代になります。潜伏期間が終われば皆さんは自由です。妖として、したいようにして下さって大丈夫です。視えない向こう側はどってことありませんから」
潜伏期間の提案を呑んでくれた礼として、くうは梵天に指示された土地へ赴いては、人の住居の近くにいる妖たちと話して、棲み処を変えてもらっていた。
ここぞとばかりに、献上された「天座の雛」の二つ名も使いまくった。
気力体力ともに消耗するが、これも、人にも妖にも良い時代を迎えてもらうためだと思えば、頑張れた。
その日の分の説得ノルマを終えたくうは、馬喰町の寺に帰った。
寺の庫裏に上がって、一直線に向かったのは台所。
かまどの前で夕飯を作っていた朽葉のもとだ。
「ただいまです、朽葉さん」
「おかえり。くう。もうすぐ夕飯だから着替えて待ってろ」
――朽葉は妖祓いなのに、くうが天座に協力することを止めなかった。それどころか、推奨してくれてさえいるようだった。
――〝傷つけ合わないために最良ならしかたない。私もできる限り力を貸そう〟――
とまで言って、進んで陰陽寮に赴いている。陰陽寮がどんな方針で動いているかまでは、くうの耳には入れてくれなかったが。
「それにしてもお前はとんでもない奴だ」
「ほぇ?」
朽葉はふり返らないまま、かまどに置いた鍋の蓋を取り、杓子で中身を混ぜる。
「二度も同郷の友に否定されたのに、人にも妖にも良い時代が来るように奔走している。私がその境地に至るまでに何年かかったと思う? まったく、出来た娘だよ、お前は」
ちらりと窺えた朽葉の横顔に浮かぶのは、苦笑。
薫と潤に一度ずつ「殺された」のは苦い思い出だ。くうは延々鬱々として、鬱々として――ある日、突き抜けた。
「なんだかね、確かに嫌だったし傷ついたし今でも辛いんですけど、それを理由に引き篭もりたくないと思ったんです。そういうの、かっこ悪いじゃないですか」
「――そうか」
「薫ちゃんが聞いたら、『あんたのそういうとこが大嫌いなんだよ』ってまた言われちゃいそうですけど」
「鴇のように知恵にも知識にも恵まれているのに、人付き合い運が悪いところは似ていない」
「さすがに鴇先生までは無理ですよぉ」
「まあ。あいつの人たらしの才は正直小憎たらしかったがな。――できたぞ。夕餉にするから着替えて来い」
「はあい」
後書き
梵天、ちゃんと両種族の争いをどうするか考えてたんですよ。
元が千歳緑なら、萌黄ほどでなくても、頭はいいはずですから。
落ち込んで落ち込んで落ち込んで、ある瞬間ふっとどうでもよくなる。
現代人にもある心理ではないでしょうか?
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