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トワノクウ

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トワノクウ
  最終夜 永遠の空(三)

 
前書き
 カミサマ の 理論 

 
「安心してる暇はないよ」

 梵天と菖蒲が、空五倍子の両腕に抱えられて、くうたちのすぐ近くに下りた。

「今となっては人も妖も、天座の主である俺と、祓い人の頂点にいる菖蒲の命令に従わない。告天がばら撒いた穢れが理性を塗り潰したんだとしても、ここまで来ればどちらともが血に酔って、歯止めが利かなくなってる」

 深手を負って呻く者、血を流す者、身体が妙な方向にねじれた者、様々に被害が広がっている。惨状は地平線まで続いている。


「う……」
「! 朽葉さん! 萱草さん!」

 ――先ほど着地した時、くうは露草と黒鳶を止めるため、朽葉は他にも敵対している者たちを治めるために別行動を取っていた。

 四つん這いになって起き上がろうとする朽葉と、そんな朽葉を守って流星錘を振り回している萱草が見えた。

 くうは彼らに駆け寄り、朽葉の傍らにしゃがんだ。
 白い光を手の平から朽葉に注いだ。朽葉についた傷は癒えた。

「すまん……私はもういいから、他の者も癒してやってくれ」

 はい、と返事して立ち上がった瞬間、くうは己の失敗を思い知らされる。
 無数の怪我人と手負いの妖が湖面を覆い尽くしている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 立ち尽くすくうの足を何者かが掴んだ。
 喉の奥からひきつった悲鳴を上げて見下ろすと、鉤爪を持つ狼と人のキメラのような妖が、息も絶え絶えにくうに縋る目を向けていた。

(一番近くにいるんだからこの妖から傷を治してあげるのがいいんでしょうか。それとも、妖の生命力は人間をはるかに上回るんだから人間を優先したほうが。ううん、そもそも人と妖を区別しないで本当に死にかけているひとからでないと、被害は拡大する一方じゃ)

 悩んでいる暇はないのに、くうはどんどん混乱していき、()()()()()()()()()か分からなくなる。
 こうする間にも見えないところで死んでいるかもしれないのに。
 動け、考えろ。
 ――だめ、動けない。

 考える内に、くうの足にしがみついていた狼の妖がどうっと倒れ伏した。
 くうが救いの手を延べるのが遅れたせいで、一つの命が散った。

「あ、ぁ、ああ……っ」

 鳳の権能によってこの場の生き物の生き死にを握っている、今のくう。
 生殺与奪権は自分にある。好きな者から、好きな順で、心のままに救って許される立場にいる。

 命を握る、運命を握る、人生を握る。
 好きに殺していい。好きに生かしていい。

(これがお母さんが昔置かれて、鴇先生が今置かれている立場。何て酷い役目。何て酷い責任。こんなものを世界規模で背負わせるなんて。鴇先生じゃなくても重すぎる)

 そのようなとてつもない重責からは、一刻も早く鴇時を解放せねばならない。元より、くうはそのために生まれてきた子どもだ。

 だが、その前に、周りでくり広げられる惨劇を治めることもまた、誤りなきくうの願いで本心だ。


「がしゃどくろ。上よ」

 はっとした。今のは明の声だ。

 巨大な骸骨の頭がゆっくりと天をふり仰いだ。
 がしゃどくろはゆっくりと立ち、賛美するように両手を挙げて、雲の中に突っ込んだ。

 ガラスが割れる寸前のような音がした。

「空が――軋んだ?」
「これは、六年前と、帝天の出現前と同じ……!」

 割れた空の中からがしゃどくろが、両手で何かを包んで引きずり出した。

 がしゃどくろが掴み出したのは、人だった。
 その人には、蜘蛛の巣に掴まった虫のように、無数のコードが絡みついていた。そのコードによる拘束で、辛うじて天から落ちずにすんでいる状態だ。


「鴇……せんせい?」


 六合鴇時と関わった全ての人と妖に驚愕が走った。

 どんなに遠くにいても、くうには分かる。あれは、鴇時だ。

 がしゃどくろの手が一度、鴇時から離れた。離れた手の平から、無数の小さな手が放たれ、鴇時に縦横無尽に掴みかかった。
 骨の手たちは、鴇時を天から引きずり落とそうとしている。

「だめぇ!!」

 くうは背中に白い翼を広げ、地を蹴って空へ舞い上がった。空を翔け、一直線に鴇時を目指した。
 ぶら下がった鴇時の直下に辿り着いて、くうは鴇時に覆い被さった。無数の白骨の手から鴇時を少しでも守ろうとした。


「やれ! やっちまえ!」

「そのまま潰してしまえ!」

「救わぬ神など要らぬ!」


 地上の声を力に変えたように、亡者らの骨の手が、くうの髪を引っ張り、ドレスを裂き、肌を引っ掻き、全身を殴る。

 耐えろ、とくうは己を叱咤する。この身は不死(しなず)でありどんな傷も再生するのだ。唯一空を飛べるくうが鴇時の盾にならずして誰がなる。


 ――もういい。やめるんだ、くうちゃん。


 はっとして、くうは鴇時を見やった。
 鴇時は目を閉じ、無気力にコードに絡まって眠ったままだ。テレパシーのようなものだろうか。

「やめません……! 鴇先生、何にも悪くないですもん!」

 次々と掴みかかってくる骨の手を振り解き、叫ぶ。

 あまつきのために我が身を捧げた鴇時の、どこに非があるものか。


 ――これを構成する呪いの念の元は、みんな俺が見捨てたものだ。
   運命を自分自身で選んでもらうなんて綺麗事で放置して、
   本当は帝天の力で救うこともできたものたち達。
   彼らが自分達を救わなかった(おれ)を恨むのは当たり前だ。


「生き死にや進む道を自分で決めたんなら、その結果を神様のせいにすることがおかしいんです! 選んだ結果の責任は自分が取るべきで、その責任を鴇先生(かみさま)に迫るなんて筋違いです!」


 ――彼らの中には、他人の選択に巻き込まれて、不幸になった者も大勢いる。
   自分自身が選ばなかったはずの道に放り出された、
   そんなかわいそうな人や妖だって、俺は救わずにきたよ。
   そういう人が、妖が、自分を不幸な運命に突き落とした神様を恨むのは、筋違い?


「鴇先生が望んで彼らを不幸にしたわけじゃありません! 鴇先生がやってもいないことで鴇先生が悩むなんて、誰も望んでいません!」


 ――……うん、俺が人間だったらそれで納得できたんだろうね。
   でもね、くうちゃん、俺はこの世界の帝天(かみさま)なんだ。
   ちっぽけな人間が救えないものを救うために
   神様になったのに、その神様が人間の理論で守るべき生き物を救わないことを
   正当化はできないよ。


「そんなの、あんまりです! 鴇先生がこの世のしわ寄せを全部受けるのは違います!」

 ついに曼珠沙華のような亡者らの手が、くうを鴇時から引き剥がした。

 あっ、と声を上げた直後には、くうは逆しまに落下していった。

「鴇せんせぇ――っ!」 
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