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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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21.友達

 
 ガネーシャは、堅苦しい喋り方は必要ないと言い切ってリングアベルのベッド横にあった椅子にどかりと座った。リングアベルも流石にベッドの上からでは失礼かと思い、布団をのけてガネーシャと向かい合った。
 ……どうせならナースと二人きりというシチュエーションが有り難いが、今はミネットのためにそうもいっていられない。結局女性の事ばかり考えているあたり、やっぱりいつものリングアベルである。
 そんな思いを知ってか知らずか、ガネーシャは懐からある者を取り出してリングアベルの前に突き出した。

「これが何だかわかるか、リングアベル少年」
「………黒い石をカットしたもの………にしか見えないな。悪いが見覚えがない」
 
 ガネーシャが取り出した石はどこか邪悪な気配を感じる石。宝石のようにカットされており、よく見れば面の中心部に「*」の模様がある。ガネーシャの言葉によれば、この石こそが全ての始まりになったらしい。ガネーシャはその石をどこか疎ましげな目でみつめた。

「これは職権付与機能を備えた世界に唯一の輝石にして、ミネットの力の源でもある加護と災禍の石……『アスタリスク』そのものだ。とは言えど、本来はもっと輝いているものなのだがな……」
「なっ………!!」

 これが、アスタリスク。その殆どを正教とエタルニアが独占すると言われる、輝石のアーティファクト。これの存在一つで国家バランスが揺らぐ程の影響力を持ち、反結晶派が正教を忌み嫌う理由の一つ。恩恵と対を為す人類固有の力――それが目の前にある事が、信じられない。
 いや、しかしミネットは確かに戦いの最中に自らを「アスタリスクの正当所持者」だと名乗っていた。バトルアリーナも展開していたし、そう考えれば持っていない方がおかしい。

「神の中でもこれを見たことがある者は殆どいないだろう。少年が知らないのも無理はない。元々はミネットがさる高名な人間から託された代物だ……っと、その話は今はいいか」
「何故、貴方がそれを保持したまま……?神はそれを嫌っていると聞いていたが?」
「ふっ……俺はガネーシャだ。石ころに不思議な力が宿っていても、それは決して変わらない。俺にとってはこのアスタリスクでさえも、可愛い(ファミリア)の護身アイテム程度の存在という訳だ!」

 反結晶派が聞けば「ガネーシャさんマジパネェっす」と力なく称賛しそうな豪胆な笑みを浮かべるガネーシャ。彼にとっては物はどこまでも物でしかなく、人の命に比べれば取るに足らない物。この石の魅力を知っていて尚このような事が言い切れる神は、そう多くはない。
 神の事情を知らないリングアベルでもそれ位の事は分かる。この神は、少なくとも人にとっては善性の存在に違いないと思った。
 だが、ガネーシャはその笑みをふっと潜め、悲しそうに眼を細めた。

「……もっとも、ミネットはそうでもなかったみたいだ。俺は別にミネットが特別な力を持っていたからファミリアにいれたんじゃないんだが……これもあの子との絆を深める時間を取れなかった俺の罪なのかもな」
「………失った時間は戻らないものだ。大切なのは、失ってしまった空白をこれからどう埋めるのか……ではないだろうか?これはきっと、相手が誰であろうと変わらないことだ」
「そうだな!では、豪快に1年ほど休暇を取ってたっぷりミネットと遊ぶことにするか!」
(ご、豪快すぎるッ!?この神、1年間ファミリアの活動をほったらかしにする気か!?)

 何となくだが、彼のファミリアは結構苦労してるんじゃなかろうかと想像してしまう。金の使い方が豪快な神は時間の使い方も豪快らしい。豪快に笑っていたガネーシャは、ぽかんとしているリングアベルに気付いて話を元に戻す。

「おっと、話が逸れたな!そろそろ順を追って話していこう……少年を狙った謎の存在について」
「………!!」
「まず、誓って言うがそれは俺ではない。そもそも俺も少年の事はそこまで知らないし、理由がないからな」

 ――それはここ数か月の話を、ミネットから簡単に聞いた話だった。

 ミネットはある日、自らの持つアスタリスクが黒ずんでいる事に気付く。
 いつ、どのようにその変化が起きたのかを彼女は全く知らない。ただ、得た筈の「ねこ使い」の力が衰えていくのをミネットは感じた。原因は分からないが、アスタリスクの黒ずみがその原因だと考えるのは無理のないことだろう。

 彼女はアスタリスクで得た力によってファミリア内でも高い地位を築いた。それが恩人であり主神のガネーシャの恩に報いる最良の方法だと信じて疑わなかった。だからこそ、ミネットはその事実に子供ながら強い焦りを覚えた。
 まるで悪戯を隠すように、彼女はその事実を他のファミリア達に隠すしかない。周辺はその異常に気付いてはいたが、子供特有の心境の変化だろうとあまり気に留めなかった。何より時期的に「怪物祭」が近づいていたために忙しさを増していったファミリアは、その異常を見落とした。

「そんな折、ミネットの下にある人物が現れたそうだ」
「……その人物が?」
「その人物は『ウルカグアリの遣い』を名乗った……ああ、ウルカグアリとは俺と同じ神の一人だ。1000年以上前から行方不明になっているらしいが、接点がなかったので詳しい事は知らない。だから必然、その人物が本当にウルカグアリの遣いだったのかは謎のままだ」
「ウルカグアリとは一体何の神なのだ?聞いたことがないから分からないんだが……」
「金属と宝石を司る神だと聞き及んでいる。そしてそいつは、その宝石を司る性質を使えば『アスタリスク』の光を取り戻せるとうそぶいた訳だ。………取り戻すのは一人のヒューマンの暗殺が代償だ、と条件を突きつけてな」

 ここまで言えば、ガネーシャの言わんとする事はおのずと分かってくる。
 その人物が指定した相手。それは――

「俺……という訳か?」
「そうらしい。……そして、そいつは少年の暗殺が成功するまで自分の力でアスタリスクの力を維持すると、ミネットに魔法をかけた……魔法とは名ばかりの、魂を縛る呪いをな」
(――ッ!何という威圧感だ……これが、神の怒りか……!!)

 ぎりり、とガネーシャの歯が食いしばられ、どっと冷や汗をかくほどのプレッシャーが噴出した。

「その呪いは今もミネットの心に巣食っている。フレイヤの厚意でその動きこそ封じられたが……あれは人の思考を負と闇に傾け、人心を操る類の醜悪なものだったそうだ。俺の娘にそのような汚らわしいものを……ッ!!」

 その呪いはミネットの敗北した時点でアスタリスクの力を全て剥奪し、更にはミネットの深層意識にまで入り込もうとしていたという。そうなるとアスタリスクが黒ずんだのも、その妖精のマッチポンプだったとさえ思えてくる。そこに至ってミネットは、本能的に「騙された」ことを悟った。

 全てを語るガネーシャの目にあるのはそれを実行した人物への激しい憤りと、自分自身がそれをよろしてしまったことへの強い悔恨。大らかな印象を受ける彼も、今回ばかりは許すことが出来ないらしい。彼を知る者がその様子を見れば、自らの目を疑う事だろう。それほどに、本来は怒りと無縁な神なのだ。

 リングアベルは、ガネーシャがそのプレッシャーを抑え込んで落ち着くまで、まるで生きた心地がしなかった。

「……ふう。すまん、少し俺の溢れ出る存在感を抑えきれなくなってしまった。大事ないか、少年?」
「ああ、ご心配なく……あー、その人物はどんな存在だったか聞いてもいいだろうか?」
「やはり気になるか?俺としてはヘタに近づいて欲しくないのだが、少年は当事者だから知る必要があるな――その人物は……『妖精』だったそうだ」
「………よ、妖精?それは確かエルフの別名だったのでは……?」
「そうではない。ミネットの話では……お伽話に出てくるあの羽根の生えた小さない妖精そのものだったそうだ」
「な………なにぃぃぃッ!?」

 予想外過ぎる答えに、リングアベルは頭を抱えた。
 妖精――それは、様々な種族や神さえも存在するこの世界の中でも『幻想』とされる存在だ。幻想という事は、すなわち『この世には実在しない種族』だという事である。

「あ、新手の魔物ではないか!?」
「可能性はないでもないが、それにしては知能が高すぎるな」
「変身魔法と言うものがあると聞くが!?」
「それも考え難い。聞いた話では妖精は片手で掴めるほど小さかったらしい。そんな小さな物に化けるのは流石に無理がある。それに、どちらにしろミネットが損な小細工を見抜けないとは思えない」
「では、何者なのだその妖精は………」
「敢えて断言しよう……謎だ!!」

 カァッ!!と目を見開いたガネーシャの一言に、リングアベルは再び頭を抱える他なかった。
 謎の存在に謎な理由で謎に困っていたミネットを嗾けられ、挙句詳しい事は何一つわからない。
 解決する筈の問題が更に高く、重く山積した。

「……それと、これは俺の余計なお世話かもしれないが――」



 = =



「………とまぁ、報告はこんな所だ。……むぅ、この豆はナダラケスマウンテンだな?流石金持ちファミリア。珈琲が美味い!!」
「やれやれ、君はとことんトラブルに巻き込まれる運命なんだねぇ……むぐむぐ」 
「妖精って怖いんですね……なんか夢が崩れちゃいました……あ、でもそいうえばおじいちゃんも妖精嫌いだったっけ……?」

 手短にとは言ったもののそれなりに話し込んでしまったリングアベルだったが、ヘスティアたちはゆっくり食事をしながらもリングアベルの事を待っていてくれた。そこでリングアベルは病み上がりの一杯を楽しみつつ、二人に事の経緯を説明することにしたのだ。
 二人ともどこか複雑そうに顔を顰めながら話を聞いていたが、呪いの件になるとそのリアクションは露骨だった。ヘスティアは「魂に精通したフレイヤが解呪できないなんて、何という……」と戦慄し、ベルはベルで「そんな小さな子を利用して先輩を殺そうとするなんて非道すぎる!」と盛大に憤慨。
 最終的な結論として、その妖精とやらは「ヘスティア・ファミリア共通の"敵"」と認定された。

(……ちなみにリングアベル。そのこと、日記には書かれていたかい?)
(俺の知る限りでは全く。頭痛の種がまた増えたよ……想い悩むのは女性関連だけにしたいところだ)

 やはりDの日記帳は完全な未来が記されている訳ではないようだ。それとも、リングアベルと日記の主が別人だからこのような齟齬が生まれているのか。

「まぁ、何にせよ二人の眷属が無事に戻ってきたんだからボクは感激だよ!!」
「俺は大分愛の鞭を振るわれた気がするんだが……」
「愛があるならいいじゃないですか、先輩!」

 ぽん、と肩を叩くベル。お前はいいよな目立ったところで目立った活躍して……と内心で思わないでもない。なにせリングアベルの雄姿を見たのはユウ、ジャン、ミネット、そしてビスマルクのたった4人なのに対し、ベルは大勢の前で大立ち回りをしたのだ。この扱いの差は何だ?と思わず問いただしたくなる。

「貧乏くじの運命かなぁ………ボクも人の事言えないけど。貧乏だし……あ~また自分で言っちゃったよっ!!」
「うう、考えてみれば僕もおじいちゃんが死んで単身ここに来たから貧乏くじの素質あるかも……」
「俺に至っては記憶喪失な上に殺されそうになってるからな……」

 急激に食事がマズく感じてくる陰気な3人であった。



 リングアベルは、最後にガネーシャから聞いた「ミネットのこと」を二人に話さなかった。
 元々口止めされているし、ミネットにも言わないで欲しいと伝えらてた。

 彼女の出自。彼女が居場所を求める理由。
 彼女を襲った、本人も詳しく覚えていない形なき悲劇。
 全てを語った上で、ガネーシャはこう問うた。

『リングアベル少年。俺はこれからもずっとあの子の居場所であり、親として居続ける。だが、もしもそれだけでは不十分な日が来たら………少年も、ミネットの事を支えてあげてくれないか?あの子には、少年のような存在も必要だと思うのだ』

 子を憂う親の眼とは、あのようなものだったのだろう。

(………ん?魔物の気配……?)

 不意に、のそりと大きな影がゲストルームに入ってきた。
 勇ましき(たてがみ)の大獅子ビスマルクと、その上で俯いたミネットだった。
 リベンジに来たような敵意は一切なく、逆におっかなびっくりリングアベルに近づいているようだった。さっきから遠慮がちにこちらをチラチラと見ているが、こっちが顔を向けるとビクッと震えて鬣に潜ってしまう。
 ベルとヘスティアが何事かと食事の手を止めるが、リングアベルは敢えてそこで、前に踏み出した。
 突然の接近にミネットが慌てて鬣の隙間からこちらの顔色をを伺っている。
「あ……り、リングアベル」
「そうとも!町の人気者にして愛の戦士、リングアベルだ!」

 不安を払しょくさせるために全力のスマイルを見せる。自分で言うのも何だが男前なスマイルだと自負しているが、それでもミネットは自らが殺そうとしたリングアベルへの負い目からか、なかなか目を合わせようとしない。

「もう動いても大丈夫なのか、ミネット」
「……………」

 何か言いたげに顔をあげる、が、結局何も言わないまま俯く。初めて出会った頃の無邪気な姿はなりを顰め、どこか周囲に怯えているようだ。雰囲気からしてきっと謝りに来たのだろうが、勇気がなくて一歩踏み出せない――そんな様子だ。

 今、彼女はこう思っているだろう。
 ――リングアベルはきっと怒っている。いや、もうミネットの事など見たくもないと思っているかもしれない――と。そんな嫌な想像ばかりが頭を支配し、前へと踏み出せないでいるのかもしれない。ならば、向こうからこちらに来たくなるように仕向ければいい。
 そう思ったリングアベルは、「気は進まないが……」とぼやいて懐からある物を取り出した。

「む?俺と話をしてはくれないのか……せっかくこの珍味で知られる巨大魚イッカクの身で作られた幻の逸品『イッカクぶし』をプレゼントしようと思ったのに……しょうがない。これは俺がおいしくいただくとしよう」

 ぴくっ!とミネットの耳が動いた。
 脈あり、とリングアベルはほくそ笑む。その手には、食欲をそそる独特の香りを放つ一つの硬くて茶色いもの。――知る人が知れば目玉が飛び出る世界最高級の魚肉加工品。そう、これは対ミネットの切り札として持っていた「イッカクぶし」というかつおぶし以上の素晴しい品なのだ。

「いやぁ、ガネーシャ殿からミネットに渡してほしいと預かった代物だったんだが、受け取ってくれないなら貰ってもいい約束だったしなぁ?」

 ぴくぴくっ!!と耳が激しく動く。
 このイッカクぶし、元々はガネーシャがミネットの為に用意していたものだ。リングアベルはそれを利用して、更にミネットの欲望に働きかける。
 いま、ミネットの中で天秤が大きく揺れている。臆病風のまま引っ込んでいるべきか、猫たちの未来の為に邁進すべきか――さあ、もうひと押しだ。

「全世界の猫が垂涎する幻のイッカクぶし……町の猫たちは絶対欲しがるだろうなぁ。ものすごく欲しがるだろうなぁ……ああ、ミネットがこれを受け取れば猫たちは至福のひと時を得られるのに……だが、ミネットが口を聞いてくれないので俺の物に――」
「…………ままま、待つのにゃ!!」

 かかった!!とリングアベルはにやりと笑った。あの猫大好きミネットがこの話に乗らない筈がないのだ。猫への愛で様々な葛藤を乗り越えたミネットのすがるような視線がリングアベルを捉える。

「そのイッカクぶしを………譲ってくれにゃいか!?」
「もちろんいい!……が、その前に一つ俺の話を聞いてくれ」

 ミネットの顔が、欲望の支配からまた暗い物へと変化していく。
 とうとう糾弾が始まるのかと。しかし、リングアベルの口から漏れたのはそのようなことではなかった。

「俺は、ミネットに襲われて死にかけたことを恨んではない。猫もビスマルクももちろん恨んではない。だが、俺にはどうしても許せない事が一つだけある……何だと思う、ミネット?」
「……わ、わからにゃい」
「なら教えてやる!!俺は………たかがこの程度でミネットを嫌いになるような男だと『自分が思われている』ことがどうしても許せないんだ!」

 詭弁と言いたくば言えばいい。だが、リングアベルの想いに嘘偽りはない。
 頼って欲しかった。辛かったのならただ一言、助けてほしいと言ってほしかった。その言葉が彼女の口から出てこなかったのは、ミネットにとってリングアベルが頼れる存在ではなかったからだ。女性に信用されていない男など、刃の欠けた剣と同じことだ。

「にゃっ!?……み、ミネットのことは嫌いじゃにゃいのかにゃ!?う……嘘にゃ!ミネット、たくさんひどいことしたし、ひどいこと言ったにゃ!!」

 ミネットはまるで自分を罵って欲しいかのように頭を振ってリングアベルの言葉を否定しようとする。彼女の中にある、強い背徳感と罪の意識がそうさせている。ならば敢えてリングアベルは言わなければならない。――そんなものは間違っていると。

「俺はそんなことでは怒らない。ガネーシャ殿だってそうだ。たかがアスタリスクの力を失った程度で自分の娘を捨てるような男だと思われていたのか、と大層嘆いていた。出会ったばかりの俺ならばともかく、ミネットはガネーシャ殿のことは信頼すべきだった!」
「言える訳ないにゃ!!ガネーシャさまに、力がなくなったなんて……!!あの人の役に立てなくなったら、ミネットは居場所がにゃいのにゃあ!!」
「………なぁミネット。お前はひょっとして未だに他人を信頼しきれていないんじゃないのか?」
「そ、それは……でも!ミネットはもうアスタリスク所持者としての力を失ったにゃ!もうみんなに褒めてもらえないのにゃ……!求められていない子は、捨てられるにゃ……!」

 不安でいっぱいだったミネットの眼から、悲しみの涙がぽろぽろと溢れ出る。女性を泣かすのは男のやることではないが、ミネットの溜まりに溜まった悲しみはどこかで清算しなければいけないだろう。ならば、リングアベルのやるべきことは一つだ。

「お前の大好きなガネーシャ殿はそんな薄情な神か?俺には分かる、あの人はそんな理由で絆を捨てたりしない」
「絆……?」
「力を失っても、俺達の繋がり――絆は失われない。現にミネットには今も深い絆で結ばれた頼れるパートナーがいるじゃないか。なぁ、ビスマルク?」
『グルルルルル…………ガウッ!』
「あっ……!!」

 ねこ使いとしての根苦に対する優位性は失われ、今のミネットに残っているのは恩恵(ファルナ)と先天的な猫との親和性だけだ。上層とはいえ元階層主という強力な魔物ならばその気位を高いだろう。そんな魔物が、未だにミネットの身を案じるように小さく吠えた。

「どうだミネット?後はお前の想い次第だ。改めて皆に歩み寄るか、それとも絆に見て見ぬふりをするか……」
「ビスマルク………リングアベル。こんなミネットでも、友達でいてくれるのかにゃ……?」
「勿論だとも!女性の誘いは断らない主義なのでな!……あ、別に男なら断るという事ではないぞ?」

 くすり、とミネットはおかしそうに笑い、仲直りの握手を交わした。

「やっぱりリングアベルは変な奴なのにゃ」

 その後、ミネットはガネーシャ・ファミリアの一員として今まで以上に努力するようになったそうだ。ただし、その分ガネーシャへの甘えが強くなり、暇があれば彼の膝の上で丸くなっている姿が目撃される。
 ただし、彼女は非常に幸せそうだが背中に抱えた巨大な猫のぬいぐるみが邪魔でガネーシャは仕事がはかどっていないようである。

 様々な謎を残したまま――漸くこの「怪物祭」で起きた事件は終息する。
 だがこれも、リングアベル達に降りかかる沢山の苦難のほんの序曲に過ぎないのであった。
  
 

 
後書き
えらく長くなってしまいました。
ミネットの過去については、今明かすべきではないかなと思ってこのような形に。ガネーシャとリングアベルの男だけの秘密になりました。
次回、このストーリーのもう一人の主役とも言える少年へと話を戻します。 
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