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八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる

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第三十八話 真田幸村その六

「そこのカレーはね」
「では食べるでござる」
「何杯食べるのかな、それで」
「まだ決めてないでござる」
 これがマルヤムさんの返事だった。
「それはこれからでござる」
「お店に入ってからだね」
「そして一杯食べて」
 そのうえで、というのだ。
「決めるでござる」
「おかわりをだね」
「そうするでござるよ」
 僕ににこりと笑って言った、そして僕達は賑やかな商店街を通ってその昭和の趣をそのまま残している外観のお店に入った。
 お店の中に入るとそこも昭和だった、懐かしい感じの椅子やテーブルが置かれている小さなお店で壁に写真がサインが置かれていて。
 マルヤムさんは何かを書いている男の人の写真を見てだ、僕に尋ねた。
「あの人は日本の作家さんでござるか」
「うん、織田作之助っていう人だよ」
「織田作之助さんでござるか」
「略して織田作さんっていうんだ」
 僕はマルヤムさんにこの名前も教えた。
「このお店が舞台の作品を書いているんだ」
「そうでござるか」
「夫婦善哉っていう作品に出て来るんだ」
 この自由軒というお店がだ。
「それでそのカレーが出て来るんだ」
「成程、そうでござるか」
「それでこの人が生前にこのお店に来た時の写真なんだ」
「どれ位前の話でござるか?」
「七十年位前かな」
 僕は少し考えてから答えた、お店のおばさんの一人に向かい合わせで席を案内してもらった。そのうえで話をした。
「大体ね」
「七十年でござるか」
「うん、織田作之助さんは昭和二十三年に亡くなってるんだ」
 一月のまだ早いうちにだ、東京で亡くなっている。
「まだ三十四歳だったけれどね」
「それはまた早世でござるな」
「結核だったんだ」
 その死因をだ、僕は苦い顔で話した。
「それで死んだんだ」
「昔結核は死ぬ病気でござったな」
「うん、その結核でね」
「三十四歳で、でござるか」
「そうなんだよ、けれどね」 
 僕も織田作さんの写真を見つつ話した。
「このお店を紹介してくれたんだ」
「そういえば書いているでござるな」 
 マルヤムさんはお店に書いてある言葉も見た、そこには虎は死んで皮を残す、織田作死んでカレーを残すと書いてある。
「カレーを遺してくれたでござるか」
「僕達にね」
「素晴らしいことでござるな」
「そうだよね、だから僕達も今こうしてね」
「このお店に来てでござるな」
「カレーを注文するんだ」
 ここでだ、僕はおばさんに注文した。
「名物カレー二つお願いします」
「はい、インディアン二つ」
 おばさんは厨房の方に向けて言った、このインディアンという言葉を聞いて僕はマルヤムさんに微笑んで話した。
「あのインディアンっていうのがね」
「名物カレーでござるな」
「そう、織田作之助さんが食べていたね」
 まさにそのカレーだとだ、僕は説明した。 
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