Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第三十二話 真の勝利
鋼鉄の自動扉が開くと同時にシミュレータールームから怒涛の熱気が入室した5人を飲み込んだ。
スタッフたちの喜びの熱気だ。
「中尉おめでとうございます!!」
その中心はシミュレーター装置から降り立ったと思わしき山吹の零式強化装備を身に纏う少女だった……誰であろう、篁唯依にまちがいない。
彼女に歩み寄っていく一同。熱気に浮かされたスタッフも彼らに気づくと表情を一気に引き締め道を譲ってゆく―――さながらモーゼの十戒の如くだ。
「各員持ち場に戻れ!やることは腐るほどに有る筈だ!!この成功を次に繋ぐべく奮起せよ。」
「斑鳩大尉っ!」
蜘蛛の子を散らすように一斉に拡散するスタッフたち、。
それによって自分の姿を視界に収めた彼女が喜色の表情を浮かべる。人ごみに囲まれて若干戸惑っていたようだ。
儀礼的に敬礼を取り忠亮の名を呼んだ。
「篁中尉、所見はどうだ?」
「はっ、従来とは操作法が大きすぎるため初めは戸惑いますが慣れの問題かと、むしろ従来に比べ操作柔軟性が上がっており、より直感的な操作が可能です。
これが有れば衛士の死亡率は大幅に減る筈です。」
開発衛士としての本分からか冷静に所感を述べる唯依……彼女が此処にいるのは新操縦システムのテストなのはもちろんだが、如何に衛士に馴染みやすいかを見るための試験なので、最寄りの基地の衛士をランダムに選出し何人かにこの操作試験を受けてもらっている。
彼女が此処にいるのは完全な偶然だった。
「そうか、そう言ってくれれば己も苦心した甲斐がある。」
彼女の高評価に頬が緩んだ、こうやって後方の任務に甘んじているのは彼女の為にという面がかなりを占める。
もはや、どこまでが信念でどこからが愛情によるものか、もはや自分自身で判別はつかない。
いや、……無理に明確にする必要なんぞない。それは野暮というものだろう。
「久しぶりだね篁嬢……いや、今は篁中尉か。」
一歩前へと進み出た白き斯衛の衛士、声を掛けられ視線を移した唯依の瞳が多きく見開かれた。
「!……志摩子の…お兄さん。」
愕然としながら呟いた唯依。どうやら甲斐と唯依は面識があったようだ。
其れも何らかの因縁があって
「君たち学徒を動員しなくては成らなかった己が不徳を君にずっと詫びたかった……すまない、辛い思いをさせた。」
「あ、謝らないでください……私は、私は志摩子を、みんなを――私が小隊長だったのに……っ」
噛みしめるように震える声を絞り出す唯依……その身を裂くような様子はあまりに痛々しい。
「私の指示でみんなを……むざむざ―――――私が無能で無力だったから……!!!
みんなを死なせてしまった。そう叫びそうになった唯依の悲痛の声、だがそれを言い切ることはかなわなかった。
突如として揺らぐ唯依の視界、胸に鈍い痛みが走る。息苦しく胸を突き破りそうなほどに心臓が動悸を打つ、頭を割りそうなほどの頭痛。
「唯依っ」
倒れる彼女の体を支えたのは隻腕の蒼を纏う青年―――忠亮だった。
武道を嗜むが故の考えるよりも先に体が動くのはこういう時に便利だった。
「ど、どうなさったのですか!?」
「貴方がまず落ち着きなさい―――様子を見る限り、精神性のモノと思うわ。」
突然の事態に慌てふためく清十郎を宥める今井少尉。本当に突然死してしまいそうなほどに唯依の顔色は悪く、息は激しい。
だが、その見解は忠亮も彼女と同じだった。
「唯依……。」
苦しそうな唯依を悼む表情を取る忠亮は最愛の女の名を呟く……そして、その直後彼女の唇を奪った。
そして、唯依の口から吐かれる息を口内に含み、反射的に息を吸う彼女に戻してゆく。
「斑鳩大尉こんな時に何をっ!?」
「いや、この対処は正しい。たぶん篁中尉は過換気症候群だ。僕との再会が彼女の心に刻まれたトラウマを呼び起こして脅迫障害か、それに類する症状を起こしたんだろう。
……戦術薬物や催眠暗示が不完全だったころの大陸の前線で同じ症状を何度か見たことがある。」
忠亮と同じく大陸派兵に参加した経験を持つ甲斐は忠亮の意図を正しく理解していた。今のような戦術薬物と催眠暗示がモノになった状態では余り目にかかれない事案である。
今の唯依の状態は過呼吸により血中酸素濃度が高くなりすぎて血液が中性からアルカリ性に傾いている、その為酸素の供給をある程度絶ち、血液のバランスを元に戻す必要があった。
また、このような症状の際に発症者が自力回復するのはかなり困難である。
「一般的には紙袋かハンカチで吐いた息を吸い込むんだけど、口づけでも有効……要は血中酸素濃度を落とせばいいだけだからね。
にしても、君に似合わず優しい対応だね。大陸だと同じ症状の人間の口を無理やり塞いで直していたのに。」
苦笑しているのが見ずとも分かる声色―――確かに大陸ではストレスから過呼吸を起こした兵の口を鷲掴みにして強引に口塞ぐことで対処していた。
正直、倒れられても丁寧に処置を施すのも面倒だったので雑な対応だった。
大概の人間はもう少しなんとかならないのかと抗議を受けるのだが……面倒だと一蹴した記憶しかない。
彼らが今の自分を見たら仰天するのかもしれない―――もう、みんな居なくなってしまったが。
「……ただ、あき…さん。」
「落ち着いたか?」
「はい…お手間を―――」
「いい、そんな下らないことを口にするな。」
どうにか呼吸が落ち着き、言葉を発せられるようになった唯依が申し訳なさそうに腕の中で呟く。
そんな彼女の謝罪を無用と両断する忠亮。
「でも……」
「篁中尉、そんな時は謝るよりも“ありがとう”。その一言でいいんだよ。」
言い淀む唯依、そんな事を言っていれば忠亮がまた無用と両断するのは想像難くない。
微妙に似た者同士のやり取りを微笑ましく見る甲斐朔良は穏やかな声で告げる。
「……お兄さん。」
「うん、言ってあげるんだ。……彼はへそ曲がりだからね、素直に存外弱い。」
「甲斐、余計なことを言うな。」
眉間に眉を寄せる忠亮、武人としての性か他人の本質を見抜く事に優れている忠亮だがそれは逆に本質を見抜かれるのを苦手とする面があるという事でもあるのだ。
内面を見抜かれれば其処から得意とする技の傾向を見破られる危険がある為、どこか本能的に忌避感を持ってしまうのだ。
そんな痛いところを突かれた忠亮の腕の中で唯依が小さく、くすりと笑いを零し、そして礼を言う。
「……忠亮さん、ありがとうございます。」
「――軍務中だぞ。」
「はい。」
そんな唯依の言葉に余計に顔を顰める忠亮は軍務中だという事を言い訳に逃げるしかなかった。
それは―――張りつめた余裕のない生き方しかして来なかった唯依の変化に戸惑っていたからだった。
しかし、いま彼女が対峙すべき運命は目の前にあったのを忘れてはいけない。
唯依の体を抱き起しつつ耳元で囁く。
「……唯依、大丈夫か?」
「少し怖いです……一緒にいてください。」
自分の軍服の胸元を掴む唯依の手が震えていることに気づく。そして唯依の願いに首を縦に振った。
支えられてばかりだった自分が彼女を支えている実感がどこか心地よかった。
そして心の中で”どうか唯依が己の運命と対峙するこの試練を乗り越えれるように”と、神に祈るように唯依の中に眠る勇気に祈った。
「―――お見苦しいところをお見せしました。」
「いや、見苦しいとはとんでもない。それに君がそんな風になるほどに志摩子たちの事を気に病んでくれている事、義兄として嬉しく思う。
あの子は君が大好きだったからね、口を開けば君の事ばっかり……たぶん、志摩子は君に出会えて幸せだったよ。
たとえその結末が報われないモノだったとしても、たぶん……幸せだったと思うよ。」
「はい、志摩子は何時も私のフォローをしてくれていました。いつも、本当にいつも……自分のことで手いっぱいだった未熟な私は彼女がいなければきっと、多くの事を成せなかったでしょう。
でも、もう彼女に頼っては居られません。彼女の死を糧とし、私の戦いを完遂することで彼女の死は無意味ではなかったと証明して見せます。」
「―――やっぱり、あの子は果報者だよ。」
凛とした、まっすぐな眼差しで自分を見据え言い切る篁唯依に目を細める甲斐朔良。他人を糧に、そう言葉だけで捉えれば他人を食い物にする外道ととらえられるだろう。
だが、彼女は違う。同じ言葉でも彼女は受け継いでいるのだ。
他人の死を背負える人間は少ない。
死と正面から向き合える人間は限りなく少数だ。
死を前に多くの人間は自分も同じには成りたくないと思う。それは死と向き合っているように見えて実際は逃げているだけなのだ。
今の彼女は死と向き合うだけではない、それすらも背負うことで苦難を乗り越えてゆける。
そんな確信を持つには十分だった。
こんな年端もいかない娘がその強さを持てたのは何も惨劇を目にし、強くなるしかなかったから……それだけでは無いはずだと、彼女とその隣に立つ青を纏う戦友の揃踏みが教えてくる。
「僕が言う事ではないだろうけどどうか覚えていて欲しい。僕が望むのは彼女の敵討ちじゃない……それは僕の手で果たさなければ何の意味もないから。
僕は、君にも幸福になってほしい。せっかく生き残ってきたんだ、幸せにならなければ嘘だ。
―――侵略者相手に刺し違えてもそれは敗北でしかない、君は生き残り幸福になってこそ真の勝者となる。それをどうか忘れないでほしい。」
「はい、胸裏に銘記します。……一番の難関はもうクリア済みですから。」
甲斐の言葉に頷いた唯依は自分の傍らに立ってくれていた忠亮を見上げた。
その視線と、先のやり取りから忠亮が妻に迎える女性とは誰なのかはもはや完全に明白だった。
「そうか、なら安心だ。……彼女を頼む。」
「己の全霊を懸けてその期待に応えよう。」
唯依の言葉に再び目を細める忠亮……悲劇だけではない、確かに多くの悲劇はあった。失った者は帰ってこない。
だけど、そんな憎悪と憤激の坩堝の中からも次は生まれてくる……この地獄の中にも花は咲く。
それは希望だ。この時代を終わらせさえすれば再生するという希望なのだ。
ならば、この希望を守るために戦うのも悪くはない……かつての武士、修羅:甲斐朔良はそう思った。
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