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月に登った三人

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2部分:第二章


第二章

「それあまり言わない方がいいぞ」
「そうだ」
 バーンとクリストフはそうダルビに告げた。
「何時何処に密告者がいるかどうかわからないぞ」
「それを忘れるな」
「それで全部イワン共のせいだよな」
 だが彼はその言葉にさらに機嫌を悪くさせるのだった。
「KGBがブタペストにもいやがる。同じマジャールでも互いに密告し合うしよ。何て嫌な国になっちまったんだよ」
「当たり前だろ。ここは何だ?」
 クリストフはダルビに問うた。
「ソビエト社会主義共和国連邦の中のハンガリー共和国さ」
 ダルビは口の右端をシニカルに歪めて答えた。
「それ以外の何でもないさ」
「そうさ。だからそれも当然なんだ」
「俺達には主権も自由も何にもないんだよ」
「大嘘つき共が、こんなのが理想国家であってたまるかよ」
 バーンの言葉も聞いたうえでたまりかねてまた言った。
「やっぱり亡命だよ、もうこんな国に未練はねえよ」
「亡命か」
「ああ。何処かに行こうぜ」
 たまりかねてだったが決意は強かった。彼は他の二人にあらためて提案するのだった。
「それでいいよな」
「けれど。何処に行くんだよ」
 バーンは現実的な話をしてきた。
「亡命といってもな」
「そうだな、問題はそれだ」
 クリストフは腕を組んで思案する顔になっていた。その顔でダルビにまた述べた。
「今ここはあちこちにソ連軍がいる。密偵もうようよしているぞ」
「さっき言った酒場もどうかわからないのが現実だしな」
「そうだよな」
 ダルビは二人の言葉にまた顔を暗くさせた。
「結局はそうか」
「そうだよ」
「大使館前とかなんてそれこそな」
 二人はまたダルビに告げる。
「下手な動きをすればイワンの銃で蜂の巣だ」
「それこそ天国に亡命だぞ」
「ちっ」
 二人の言葉を聞いて今度は舌打ちをする羽目になった。
「何だよ。全然駄目かよ」
「少なくとも今はな」
 クリストフはまた言う。
「とても無理だ」
「それどころかブタペストを出ることすらな」
「参ったな」
 バーンにも言われて。彼も腕を組んで考える顔になってしまった。
「じゃあどうすればいいんだ」
「諦めるっていうのがこうした時のパターンだが」
「どうだ?」
「そんなのは言わなくてもわかるだろ」
 ダルビは二人に何を今更といった調子で言葉を返した。
「諦めないさ」
「やっぱりな」
「じゃあ蜂の巣か」
「俺はまだまだこの世の中を楽しむんだよ」
 シニカルというか自嘲気味な調子の二人に言い返した。
「誰が天国なんかよ。しかもイワン共に天国も地獄もねえよ」
「そりゃそうだ」
 その言葉にバーンが頷く。
「あいつ等のいる場所そのものが地獄だしな」
「神はいないそうだしな」
 クリストフが何を言っていやがる、といった顔を見せた。言うまでもなくソ連は共産主義国家だ。共産主義は宗教を否定している。これは表向きは宗教はまやかしだというのだがその実際は違っている。共産主義以外の考えを認めていないだけである。これが共産主義というものの実態だ。なおこれはフランス革命のジャコバンからはじまっている。共産主義は今ではナチズムと同一視されそのルーツも言われているがそれはジャコバンである。ナチスもソ連も二十世紀に復活したジャコバン派だったというわけである。
「何処までもいけ好かない奴等だ。だから奴等のいない場所に行こうぜ」
「じゃあ何処だ、そこは」
 クリストフが問う。
「ここから出られないのに」
「上にでも行くか」 
 酒に酔ったついでに思いついて述べた。
 
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