| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

少年は旅行をするようです

作者:Hate・R
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

少年は加速するようです Round3


Side ハルユキ

明くる日の放課後、一年の中学生活で殆ど足を踏み入れた事のない区域を

目指して歩いていた。H型をした校舎の中央、運動棟にある道場に行く為だ。

道行く道着や体育着を着た生徒達が僕の方をチラチラ見てくる。

それもそうだろう、こんな丸っこい、(相撲を除けば)運動に縁のなさそうなのが

歩いていれば僕だって見てしまうだろう・・・と、考える所だ。


「へー!この学校弓道部あるんだ。入部()いろっかなぁ。」

「え、と……そこそこ強いらしいから、まぁ、いいんじゃないかなーと。」


そう、一人で歩いていればね!!

さっきから視線は横の愁磨君を見た後、僕に怪訝な目を向けてくる。

昨日は女子の制服だったのに今日は男子の制服を着ている、っていうか男子らしい

ので今が正しいんだけど、ぶっちゃけ違和感しかない。


「うん、考えとくよー。でも剣道とかフェンシング部あるんだから槍術部とか

あっても面白そうだよね。ノワール喜ぶだろうな。」


改めて(横目で)見る。僕よりも低い背、雪のように白い肌と長い髪、

男子の制服はぶかぶかで袖は肘辺りまで折られている上、裾はミニスカートくらい

余っている始末だけど、まぁ、非常に可愛らしい訳で・・・。


「さ、流石に槍は危ないんじゃないかなー、なんて。」

「薙刀とかも部活あるんだし変わらないと思うけどなぁ……。」


不満気に言って、トコトコ僕の横を歩く。

そもそもとして何故彼がここにいるのかと言うと、昨日の今日で転校して来やが、

・・・もとい、転校して来たのだ。お姉さん(?)の方は先輩と一緒らしい。

と、会話もなくなって気まずくなった所で武道場の入り口についた。

中からは控えめの声援と、乾いた打撃音が聞こえてくる。靴を脱いで中に入り

見回すと、直ぐに見慣れたショートヘアを見つけ小走りで近づく。


「ハル、おっそーい!タっくんもう一試合やっちゃったわよ!」

「ごめんねぇチユちゃん、ちょろっと案内して貰ってたの~。」

「あ、そういう意味じゃないって!うん!愁磨君も来てくれてありがと!」

「う~ぅん、興味もあったしねぇ。」


振り向くや否や口を尖らせ小声で文句を言ってくるチユに、一瞬で猫を被り、

えへらっ、と受け答えする。・・・こやつ、侮れん。

ガールズ(?)トークし始めた二人から目を離し、選手の方を見回すと

凛とした佇まいの幼なじみであるタクを見つけられた。あっちも僕を見つけたようで、

小さく手を振って来たのに頷いて返し、改めて試合場に目を向ける。


「キィェエエエエエエエ!!」

「ドォオオオオオオオオ!!」


小柄な二人が盛んに竹刀を打ち合っている。甲高い奇声・・・もとい気勢と緑の

たれ紐を見るに、両方一年だろう。今日はレギュラー決めのトーナメント戦で、

タクの初めての正式な試合なのだ。罪滅ぼしの為か、転校して来てからの時間を

僕らのギルド、ネガ・ネビュラスの為に捧げようとしたがマスターに戒められ、

こうして入部したのだ。僕らを呼んだのは、たとえ負けても二度と剣道に『加速』を

使わないと言う意思表示なのだろうと思った。だから、こうして気後れしつつも

運動部の支配地域に足を運んだのだった。


「ドウあり!勝負あり!」


そこで勝負が決まり、若干体格の良い負けた方の一年は足音荒く列に戻り、

一方、勝った方の一年はひときわ小柄な体をふわりと翻し無音で戻った。


「二回戦第一試合!赤、高木。白、黛!」


そして、タクともう一人が立ち上がった。

どこか緊張しているようにも見える。まだ、タクの中で許せていない事があるのかも

知れない。でもこうして道場に戻って来た事で、新しく一歩を踏み出したんだろう。


「タッくーーん!ぶっとばせーーーーー!!」

「タッく~ん、ふぁーーいとぉ~~!」

「ぶっ!」


・・・ちょっとセンチな考えも、隣の二人の無遠慮な声援にかき消され、

首を竦めながらも精一杯の声をだした。


「が、頑張れタク!」


聞こえたのかは知らないけど、タクが小さく頷いた気がした。

Side out


Side 愁磨

「決勝戦!赤、能美!白、黛!」
ワーーーー!! ヒューヒュ--!

彼是30分、遂に決勝戦が始まる。

対戦はハルユキ君の幼なじみであるタクム君と、天才剣士と進行形で騒がれている

能美。身長は良いところ155cm、身体も細く、武士のようなタクム君と並ぶと

大人と子供だ。しかしそれよりも大きな上級生と戦い、勝って来た。

当たらないのだ、攻撃が。ただの人間では躱せない場面も幾つかあったにも関わらず

それを避け、所では出がかりに技を合わせもして見せた。

誰かがローカルネットで騒いだのか、いつの間にか広いとはいえない道場は

観客で埋まっていた。


「始め!」

「メェェェェェェエン!!」


開始と同時、タクム君が仕掛ける。能美よりもリーチで勝る事を利用した一撃。

普通に見たら一切の反撃を許さないそれを――


「テェェェッ!!」
パァン!
「……っ!?」


躱すでも防ぐでもなく、またしても技の出始めに合わせ、見事な小手を決めた。

タクム君は鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、能美は既に十分な間合いを取り、

竹刀を高く掲げていた。審判の「小手あり!」の判定と共に場内は騒然とし、

ハルユキ君は目を見開いて呆然としている。

それも仕方ない。今のは俺の目から見ても完璧な"中の先"だった。

まぁ・・・そんな事を出来るのは『未来予知』かS以上の『先見』持ちか、

でなければ俺達のような化け物か、或いは。


「二本目!」


次は対称的な勝負になった。タクム君は微動だにせず相手の出方を見ている。

対し能美は剣先を僅かに上下させ、緊張など微塵も感じさせない。

面に隠れてはいるが口元には薄く笑みさえ浮かべている。そのまま十秒、二十秒と

時間が過ぎ、審判の待てがかかる寸前。能美が速いとはいえない速度で竹刀を

振り上げた。そして、僅かに素早く口が動く。


「ドォオオオオオオ!!」


がら空きになった懐にタクム君が切りかかると同時、ハルユキ君が叫んだ。


「バースト・リンク!!」


合わせ、俺も思考を加速させる。千倍程に加速したがそれでもタクム君の竹刀は

じわりじわりと動いており、対し能美は竹刀を上段に構え、面を狙いに突撃

しているように見え、足も左のつま先しかついていない上動いていない。

数百分の一秒の差であろうとも、この速度差では幾ら攻撃を読んでいても反撃も

回避も出来ない筈だ。・・・あの若さでよくやる。

そして思考を通常に戻すと、タクム君の竹刀が速度を取り戻し、その速度に合わせ

能美の身体が回転しつつ横にずれる。流石に回避仕切れなかったものの、竹刀は

掠っただけ。直後能美の竹刀が伸び、タクム君の面を捉えた。


「ンメァァァアアア!!」
ズバァン!
「面あり!一本、勝負あり!!」


どさ、とハルユキの手から上履きを入れた袋が落ちた。

………
……


「って事があってねー。根性はさておき、中々面白い子だよ。」

「う~ん、私は嫌いな展開ねぇ。そういう…意地汚い?タイプの敵って嫌いなのよ。

ぶっちゃけ踏み潰して擂り潰して焼き尽してそのままポイしたいくらい。」

「重々承知してますよ~、っと。ずぞぞぞばー。」


夜七時。ハルユキ君達と別れ、麻帆良の方の家に帰って来ていた。

向こうも能美・・・ぶっちゃけ改め"ダスク・テイカー"の話をしているんだろうなと

切り出したら、ノワールは不機嫌になってしまった。

ウチの女王様はホントに嫌いだねぇ、ああ言うただ汚い小悪党。


「てかこっちは問題ないか?」

「・・・ある。パパと、ママが、いない・・・。」

「あぁぁんアリアっ!!私も寂しいわぁぁぁぁぁぁああ!!」

「ごめんよアリアぁ!今すぐあのガキ殺してくるからねぇ!!」

「何アホな事を言っているんだ、子煩悩め。」


可愛いアリアを二人でひっしと抱き締めたらエヴァに呆れられた。

仕方なかろう、ウチの娘は世界一ィィイ!!そして妹も世界一ィィイイイイ!!

そんな事を言いつつチラチラこっちを見てくるエヴァを膝に乗せ撫でまくる。

全く、家族と離れないといけない仕事なんぞやるものじゃない。


「そんなに嫌なら帰ってくれば良いのに。物好きだね。」

「ふふっ、なら真名も来ればいいじゃない。遠距離の強い子出るわよ、多分。」

「自分のトラウマを態々見せびらかす趣味は無いけど……あぁ分かった分かった。

気が向いたら行くから。」

「むぅ……遠距離居ないから直ぐにでも欲しいのに。」


・・・事情を全部知ってる身としては深く勧める訳にはいかないので、頭をぽふっ

とやって、話はおしまいとソファを立つ。あぁ、早く終わればいいなぁ。

・・・まぁ無理だし、取り敢えず明日話を聞いてみるか。

Side out


Side ハルユキ

能美のバーストリンカー疑惑を三人で話し、何も動きが無いまま二日が経った。

タクに任せておいて良いのかと思ったものの配属されたクラスの生徒達の把握で

一杯一杯だった僕にそんな余裕は無く、今日のような雨の日の昼は誰と話す訳でも

なく自分の席でパンをもっしゃもっしゃやる羽目になっていた。

既にチユは女子集団に、タクは秀才集団に混ざっているのが信じられない。

尤も、女子集団に混じって長い髪を弄られている昨日転校して来たばかりの不思議

生物が一番僕には信じられないんだけれど。


「ふっわー、マジ髪の毛サラッサラのツヤッツヤで羨ましいんだけど。

トリートメントとか何使えばこうなるのー?」

「市販のてきとーに使ってるだけだよぉ。最近はヘダレサソーンだけどねぇ。」

「よっしゃぁ帰り買ってくわ、私!!」

「無駄無駄、あんた根っからのクセっ毛じゃない。」

「だからこそですぅー!っと、出来た!」

「うぇへへへ、ありがとぉー。」


髪の毛の事などという天変地異が起こっても僕がしない話をしていたかと思うと、

席を立ち、半分スキップしながら廊下に向い・・・何を思いやがったのか、

はたまた最初から見ている僕に気付き騙すつもりだったのか、進行方向を90度変え

こちらに満面の笑みで近づいてくる。そして座っている僕を覗き込んで。


「どう?はるっち、似合う?」
ザワッ――――!
「なっ、なん、あっ、ぼっ……!?」


騒然となる教室。何をするだーッ!僕の傍に近寄るなァァアーーーーーーッッ!!

などと叫ぶ度胸がある訳も無く。更にまさか素直に"可愛い、似合ってるよ"など

言える訳もなくっていや待て男相手に素直にって何を考えてるんだ僕は。

10秒か20秒かもっと短かったのか長かったのか・・・緩やかに下がった眉が

段々吊り上り、同時に頬も膨れて行き、ゆっくりと右手が上がり。


「てやっ!」
デシッ
「うぼっ!?」


見た目にそぐわない予想以上に痛いチョップを食らい、思いっきり非難を込めた

目を向けたが、既に女子軍団の方に走って行っていたので慌てて目を戻した。

横を向いたせいか、はたまた声が大きいのか。聞こえてしまった疑惑については

またしても心の中で問うしか出来なかった。


「え、なに、あの人と知り合い?」

「うん、拳を交わしたおともだち♪」

「なにそれ、へんなのー!」


いや、確かに拳どころか激闘したけども!いや、それで友達?

・・・・・見た目とは正反対で男らしい人なのかもしれない。

………
……


「イ…ヤァァァッ!」
ズバッ!

目の前で漆黒のアバター"ブラック・ロータス"の右脚が青紫色の光芒を引いて

垂直に蹴り(斬り)上げられ、腰から肩までを切り裂かれた敵近接型はそのまま

くるくる回りながら吹っ飛びビルに突っ込んで動かなくなった。

目の前に浮かび上がったチームの勝利表示を眺め、その下の今日行なわれた対戦の

通算勝利成績が8割を超えた事に安堵しながら、先輩の下に駆け寄った。


「や、お疲れ、シルバー・クロウ、シアン・パイル。」

「お疲れ様です!」

「お疲れ様です。」


僕の後に続き、ビルの中から現れたシアン・パイル(タク)は落ち着いた声で言ったが、

慌てた風に小声で続けた。


「すみません、部活の休憩時間中なのでこれで失礼します。マスター、明日からの

沖縄旅行、楽しんで来てください。それと、クロウ。」

「うん?」

「今日は凄かったね。何があったのかなぁ~?じゃ!」

「っちょ、ば!」


文句を言ってやる暇も無くバーストアウトしたタクを怨みつつ唸ると、

横にいる先輩がふふ、と小さく笑った。


「彼もすっかり剣道部員だな。早速レギュラー入りしたそうじゃないか。」

「え、ええまぁ。相変わらず凄かったですよ。」

「それはなによりだ。それで?確かに今日の君は自棄気味に気合が入っていたが

どうしたんだ?」

「………ええと、すごーくどうでも良いことなんですが。」


優しく聞いているようでその実、強制的なその声に仕方なく昼の出来事を話す。

勿論、対戦相手とギャラリーがいないのを確認して。

すると不機嫌なような、心底どうでも良いような溜息をつく。


「やれやれ、だなティアシェ・フェアリィは。悪戯っ子と言うか何と言うか。」

「ええ、ホント困ったものです……。」


再度思い出しガックリしていると、先輩が腕を組むように剣の腕を交差させて

何か思案しているのに気付く。何故だろう、嫌な予感がする。


「ふむ……あの二人、まだギルドには入っていないよな?」

「風来坊マックスな感じですから、た、ぶん…………って、まさか!?」

「ま、可能性としてね。戦力としては申し分ないし、猫の手も借りたい状況だ。

ノ…ラギアに聞いたらティアシェに聞けと言われてね。明日、聞いてみてくれ。」

「う、うぅう、分かりました………。」


ハッキリ言うとあの人達苦手なんだけど、確かに強いし・・・。

っと、こんな話ばっかりしてる場合じゃなかったんだと、無理矢理話題を戻す。


「あの、さっきの剣道部の話なんですけど……実はタクと一緒にレギュラーになった

一年がバーストリンカーなんじゃないか、って。」

「……なんだと?」


先程の楽しげな声から一変、バイザーの下のヴァイオレットの目を細める。

昨日の試合と能美の事を説明するとまた数秒沈黙し、チラリと視線を上げると

『まだ十分近くあるな』と呟いて近くの瓦礫の上に優雅に腰掛けたので、

それに倣い、向かい側に座った。


「能美、征二か。兄の優一と言う名は覚えが無い。去年も一昨年も私以外の

バーストリンカーはいなかったから、仮にその優一が"親"だとしても、私が入学

した時点でブレイン・バーストを喪失していたと言う事になる。」


スラスラと出た先輩の言葉をなんとか租借して考える。

つまり能美優一がバーストリンカーの可能性は限りなく低くて、

能美の"親"はこの学校にいないって事なのか。


「えっと、能美がバーストリンカーだとしたら"親"と別の学校に進んだって

事になるんでしょうか?」

「珍しい事ではあるがない事でもないよ。しかし、それ以前に確かなのか?

その能美が試合中に"加速"したと言うのは?」

「証拠は無いです。ただ、"フィジカル・バースト"コマンドを使っていた

タクが見間違える事は無いと思うんです……。」


ふむ、と頷きまた考え込む・・・ように見えた先輩だったが、そこで苦笑した。


「しかし、これで遂に君も物理加速コマンドを知ってしまった訳だ。

使うなとは言わんが、アレで体育のヒーローになるのはネガ・ネビュラスの

ご法度だからな。」

「つ、使いませんよ!たった3秒の為に5ポイント使うくらいなら、10ポイントで

≪無制限中立フィールド≫にダイブした方がお得です!

そ、それよりも問題なのは能美がマッチングリストに現れない方です。」


何度考えても信じられない事だ。半年前の『バックドア・プログラム』事件以後

パッチが当たって同じような裏技は使えなくなっている。

能美がバーストリンカーで梅郷中ローカルネットに接続しているなら、マッチング

リストに登録されていなければおかしい。つまり、登録されていないと言う事は

能美はローカルネットに接続していないと言う事になる。


「だが、学校にいる生徒が学内ネットに接続していないなどと言う事は有り得ん。

授業中も剣道の試合中も、など……。学校の基幹サーバーに侵入すればあるいは?

しかし露見すれば中学と言えど退学だ、あまりにリスキーすぎる。

やぱり、何かしらの違反プログラムを使って他プレイヤーのマッチングリストから

自分の名前を消しているのだろう。」


再度述べられた先輩の意見をなんとか理解して、肯定する。

結局能美の件は実際に仕掛けを破り、対戦をしてからだと決着した。


「本当は私が真っ先に戦いたい所なんだが、明日から一週間もここを離れてしまう

からな。うぅん、やはり仮病でも使って休んで――」

「だ、ダメですよ!?中学の修学旅行なんて一生に一度じゃないですか!

この件は僕らに任せてください!」

「う、うむ……でもあまり無理はするなよ。そうだ、お土産は何が欲しい?」


今までそんな経験無かったので思わず固まってしまったけど、そう、そんな制度

あったっけ。沖縄、沖縄か・・・いやいやいや、なんでそこで水着姿が

思い浮かぶんだ。


「あ、あのぉ……あまりかさばる物も悪いので、先輩が撮った動画とかを

見せて貰えれば、それで……。」

「なんだ、そんなもので良いのか?それじゃあたっぷり撮って送ってやろう。」


・・・多分、それを見ても嬉しいのと残念なので変な気持ちになると思います。

………
……


先輩と話した2日後、月曜日。言われた通り朝一番に勧誘をしてしまおうと

早めに学校に来て、誰かに捕まる前に愁磨君を呼ぼうとしたら、それより早く

来ていた女子達に囲まれてまたしても髪を弄られていた。

先輩との約束(強制)と一瞬の恥を天秤にかけた結果、恐る恐る声をかける。


「あ、あの、ちょっといい、です、か?」

「うぬ?はいはい、ちょっとごめんね。」

「チョイ待ちチョイ待ち!後ちょっとだから!こー、れー、でー……よし!」

「ありがとぉ~。んじゃぁいこっかハルっち~。」

「は、はぁ……。」


声をかけただけで相手が分かったのか、一足先に教室を出た靡く白い髪を追う。

廊下を渡り、階段を降り、体育館の地下に向かい――


「ってちょっと待って!待て待て待ていや待ってください!!」

「うん~?どったのぉ~?」


どったの~?じゃねぇよ!人気の無い温水プールで話すのかと思って来て見たら

シャワールームに行くし!しかも入ろうとしてるの女子用だよ!

昨日の僕じゃない、ん、だから・・・・・・?


「え、あの、まさか………!?」

「うん、能美の罠にまんまと嵌って君が女子シャワールームに突撃して

チユちゃんと鉢合わせてそのまま個室に入ってって裸で密着したまで知ってるよ?」

「誤解を招く良い方はよしてください!」


いやいやいやなんで知ってるんだ!?あの場に居たのは俺とチユだけだし、

仮に知っていても能美だけ、な筈・・・と考えている内に普通に女子の方に

入っていく。いやいやいや!でも見てるだけって言うのも出来ないし!

ここ一帯はソーシャルカメラの類がない事は昨日(不本意にも)確認済みなので

僕も中に入ると、更衣室をかき回している女子(に見える男子?)が。


「…………………………なに、しているん、ですか…?」

「んー、ウチの女王様の言いつけでね。俺はそのままにしとけって言ったんだけど

どうしても気に食わないから出来るだけ邪魔しとけ、っとあったあった。」

「そ、れは……!?」


ロッカーの中から引っ張り出したのは、その小さな手からも少ししか出ない程

小さな・・・カメラ。ま、まさかアレも能美が用意した・・・!?


「そういう事だ。一限目が終わったら呼び出されるから、良い訳でも考えとけ。」

「だ、誰に……?」

「決まってるだろう?」


口調が変わってる事も、何故そこまで知っているのか・・・とも聞けず、

そんな、答えの分かりきった事しか聞けなかった。そして教室に戻り・・・

結局勧誘出来ていない事に気付いたのは一時間目が始まってからだった。

Side out


Side 愁磨

「ゲームオーバーです、有田先輩……いえ、シルバー・クロウ。」


忠告した通り、一限目終わりの休み時間。

サボって木の上で様子を見ていたら、忠告したのも関わらず相手に飲まれている

ハルっち。やれやれだぜ、って感じなんですけど・・・。


「そんな事、させない。」


と呆れつつ見ていたら、目を爛々と輝かせたチユちゃんが登場し、能美を睨んだ。

そしてなにやら話し込み、睨まれた能美が嗤った。


「丁度今頃、女子シャワー室のロッカーの中から、隠しカメラが見つかっている、

としたらどうです?学校中大騒ぎになって、犯人探しが始まった時にさっきの

映像がローカルネットにアップされたら……それでも、庇い切れるのかな?」

「なん、ですって……?」


緊迫する二人。しかし、流石にここではハルっちは落ち着いていた。

沈黙が流れ、何も起こらない事と何も言わない相手に首を傾げる。


「言っておくが能美、お前の仕掛けたカメラなら朝一で回収した。」

「なん……!?き、昨日の今日で、まさか、女子のシャワー室に、入った?」

「…………ハル?」

「っちょ、違っ!いや確かに入ったんだけど僕は連れられて無理矢理!!」


汗をかいて弁解するハルっちを、能美は理解不能な生き物を見る恐怖と呆れで。

チユちゃんは素直に怒りで見る。かわいそかわいそなのですよ!はっはっは!

と、それでも何か策を弄していたのか、何事か話し雲行きが怪しくなっていく。

能美がチユちゃんを掴んでXSBケーブルし、ハルっちが殴りかかり――。


「「"フィジカル・バースト"!!」」


二人同時に叫んだ。

能美の右ストレートを避けつつアッパー気味の左フックを狙うハルっち。

しかし能美の右はフェイント、左のフックが迫るのを目を見開いて避けようと

するが、既に動いていた身体を戻す事は出来ない。当然のようにハルっちの攻撃は

上着を掠めただけ、代わりに左の拳が顔にめり込み、その速度を殺さず見事な

後ろ回し蹴りが腹に食い込み、丸い身体が飛んだ。


「(ふむ、反応だけなら達人レベルだな。伊達に軍の教練で使われてない。)」

「ぐ……はっ!」

「あーあ、なってないなぁ先輩!物理加速状態での喧嘩は先読みとフェイント

勝負だって分かるでしょう?」


倒れたハルっちを足蹴にし、得意気に喋る能美。

あの程度で得意気になられると・・・ちょこぉぉっとだけ苛めたくなるんだよなぁ、

と言う気紛れを我慢する。すると、チユちゃんに挿そうとしていたケーブルを

ハルっちのニューロリンカーに差し込み、再度叫んだ。


「"バースト・リンク"!」


叫んだ一瞬、二人の動きがピタリと止まったと思ったら、数秒後動き出した。

うーん、乱入された時は気をつけないと不自然な事なるな。

出来るなら部屋とか、ボーっとしてても良い場所でやらないと。


「お疲れ様でした、有田先輩。これで現実・加速世界の両方で格付けが完了した

って事ですね。最底辺のあなたが遥か上に立つボクに使われるのは仕方ないですよ

ねぇ。……そんな訳ですから、すみませんけど二年間よろしくお願いしますね。」


先程の冷めた目とは打って変わり、勝ちを確信した余裕の表情。

あぁ―――だから嫌いなんだ。勘違いした雑魚と言うのは。

ザワッ―――!
「っ……?真面目に対戦なんてしたんで疲れましたね。倉島先輩のアバターを

見せて貰うのはまた今度って事で……あぁ、ちゃんと覚えておいて下さいね、

ボクのペットになるって約束。言うまでもないですけど、他言は控えてくださいね。

羽根を返して欲しければ。それじゃあ失礼します。」


溢れた殺気に気付いたのか、矢継ぎ早に言ってその場を去った能美。

ハルっちのフォローもしたいけど、こっちが最優先。さぁ・・お仕事を始めますか。

枝からひとっ跳び、体育館に入る廊下の上に着地し、能美を待ち、声をかける。


「やっほ~、こんにちわぁ。」

「えっ、こ、こんにちは。ええと……なにか御用でしょうか?」


見事に猫なんだか化けの皮かを被った能美。事情を知らなければ、人懐っこい

笑顔に騙される事だろう。だが生憎・・・それ以上のを見慣れている。


「用事って程でもないんだけどねぇ~。ほら、お・と・し・も・の。」
ぱしっ
「っ………これ、なんでしょうか?ボクのじゃ―――」

「やれやれ、演技が直ぐ崩れるなダスク・テイカー。あおっちょろい。

用事とはな、卵から孵ったばかりの雛風情が随分粋がっているのでな、少々

先達として灸でも据えてやろうかと来たんだよ。」


俺が"ダスク・テイカー"と呼んだ瞬間、また驚きと呆れの顔になる。

そして心底気持ち悪そうな顔をして溜息をつく。


「はぁー……成程、有田先輩の関係者ですか。言っておき「"歪め"。」がっ!?」
ドッ!
「良い、別に俺は敵討ちとか友の為などと言うつもりはない。

単に貴様が気に食わんからシメようと言うだけだ。」

「くっ……!?」


足元の空間を揺らし転ばせ、屋根から飛び降りる。懐からケーブルを出し、直結。

先程とは立場が逆。今度は、あちらが奪われる番だ。


「"バースト・リンク"!」
バシィィィッ!

瞬間、周囲が青くなり停止し、校舎と木々が朽ちて行く。空がオレンジに染まり、渇いた

風が吹いた。中々レアな"黄昏"ステージだ。燃え易い・脆い・意外と暗い、と

派手な戦闘になりやすい為人気のステージだ。

そして視界の中央の上方に1800のカウント、そこから左右に青いHPバーが伸び、

その下に少し細い緑の必殺ゲージが伸び――【Fight!】の掛け声と共に1799になり、

目の前の黒いアバターから乾いた声が響いた。


「……やれやれ、困るんですよね。無駄な争いはしたくないんですけど。」

「なら黙って突っ立ってると良い。尤も、そんなつまらん事したらポイント全損するまで

直結対戦しちゃうけどね☆」

「チッ………ああ、あなたが最近騒がれてるニュービーだったんですか。

僕と同レベルとは驚きを通り越して呆れますねぇ。」


まるでやる気無く、ダランと腕を垂らして頭をユラユラと振っている。

改めて・・・いや初めて"ダスク・テイカー"の姿を見る。アバターは宵闇(ダスク)

相応しい黒紫。のっぺりとした頭に赤い単眼、細い身体と手足。それだけならクロウと

大差ないが、それを一蹴する奇怪な両腕。右手には巨大なボルトクリッパーじみた鋏、

対し左手にはニュルニュルした触手。"奪う"能力があるとは言え悪趣味にも程がある。


「仕方ないですねぇ……それじゃ、真面目に相手してあげますよ!!」
ボボボッ
「とっとっ、フッ!」


垂れ下がった状態からいきなり伸びて来た触手を掻い潜り、距離を詰めつつ、

唯一の攻撃武装である暗器もどきの剣で触手を断つ。

俺が迫ると、漸く顔を上げ鋏を突き出してくる。心許無い盾を展開し滑らせるように

防ぎ、至近距離から右手の剣で脇腹を刺し貫く。

ザスッ
「ぐおっ!」

「ふはは、脇が甘い!」

「言ってみたかっただけ、とでも!?生意気な!!」
ジュルルッ

尚もしつこく伸ばしてくる触手を冷静に叩き切り、その中の一つを蹴飛ばしてやる。

狙いに違わず顔面に飛んで行き、嫌そうに避けた頭を更に蹴飛ばす。


「っそーい!!」
ドガァッ!
「ガアッ!?」


吹っ飛んだ細いアバターは廃墟化した体育館の壁を破壊し、中に姿を消した。

防御力は低いのか、今の攻防だけで既にHPは6割程になっている。対し俺は無傷。

しかし必殺ゲージは体育館破壊ボーナスも入ったのか100%溜まっている。対し俺は40%も

溜まっていない。近距離でこれだけボコれば、相手の出方は―――

ボウ――ッ!
「おわぁーーっちゃちゃちゃ!」
バサッ!
「やってくれましたね……でももうこれで決まりですよ。」


破壊された壁の穴から炎が放射され、やむなく離れた隙にダスク・テイカーが空へ飛び立った。

こちらを見下ろす右手には筒状の武装。ホースが何本も伸び、背中のタンクにつながっている。

そして背には今まで無かった、蝙蝠のような羽が生えている。


「遠距離火力に飛行能力ねぇ……。普通の格ゲー並にそんなキャラ出したら叩かれるぞ?」

「へぇ、やっぱり驚かないんですね?奇妙な人だ。」

「うん、まぁそれを返せなんて言わないし、逆にそれを渡すから助けてなんて言われても

俺には意味無いから、先に諦めておくように。」

「減らず口ばかり叩く人ですね。あなたに勝ち目はありませんよ!」
ゴォオオオオオオ!

上空から炎を吐く悪魔から距離を取りつつ走り回り、ゲージを確認する。

やはりあの武装の使用と滞空にはゲージを消費するらしいが、減った傍から燃やされた

ステージからボーナスが入り100%のまま動いていない。

と、避け続けていると辺り一面燃やされつくしたのか、HPが徐々に減って行く。

・・・あいつを悦ばせるようで癪だが、一気に行くか。


「じゃ、行くぞぉぉあぁぁあちゃちゃちゃちゃちゃ!」
ゴォァアアアアアアアアアアアアアア!
「ははっ、自分から火に突っ込んで行くとは!諦めたんですか!」

「んーな訳あるか!」
バッ

炎の直撃を貰いに行き、そのまま浴び続けるとHPがゴリゴリと恐ろしい速度で減って行く。

僅か10秒で3割程無くなり、残りは5割強。そして、必殺ゲージが80%になった所で叫ぶ!


「行くぞ!≪サモン・フェアリィ≫!!」
キュリィン!
『お呼びですかあるじあっちゃあああああああああああ!!?』
ギュンッ!
「なっ……?」


燃やされていた所に召喚されたオウカはすぐさま飛び立ち、上空から俺を睨む。ごめんね!

レベルを上げまくった為、初期ゲージが80%で済むようになったのだ。・・・ごめんね。

気付くと"ダスク・テイカー"は放射を止め、天然記念物でも見る様にこちらを見ていた。


「………噂に聞いてはいましたが、本当にそんなモノを呼び出すんですね。

でも、弱点も把握済みですよ!」
ゴァアアアアアアアアアアア!
『にょわぁあああああああ!』

「容赦ないこって!≪シールド≫!」

『今ぁ!?もー!』
パァァーー!

オウカの防御力が異常に低い事をサーチ済みだったらしく、今度は火炎放射機を空中に

撃つ。しかしすばしっこいオウカには当たらないので、ギリギリのところで≪シールド≫を

かけると、今まで熱で減っていたHPも減らなくなった。が、ゲージは回復済みだ。


「ウチの子に酷い事すんなよなー。」

「はっ!ならしまっておけばどうですか?」

「そうか?ならしまっておこう。オウカ、かむかむ。」

『うえぇーーん。あっつかったですー!』


出した右手に泣きついて来たオウカの頭を撫でてやり、そのまま右手の甲に座らせ

前に突き出すと、首を捻る"ダスク・テイカー"。


「……で?終わったなら燃えてしまってください!」
ゴォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「行くぞ、オウカ。」

『はい、主!』
キィィィィ―――!!

迫る炎を無視し、必殺の前動作(・・・)を行う。オウカが光り出し、徐々にその形を変える。

最終的にそれは真紅の玉となり、強く光る。


「『≪リンク・オブ――"ミカエル"≫!!!』」
カッ――!


真紅の玉が右手に埋め込まれると、そこに失われた王国の紋章が現れる。

ゲージの100%を消費するこの必殺。その威力は――

グォッ!
「なっ……!?」

「『跪け、王の帰還ぞ!!』」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!
「う、うわぁああああああああああああああ!!」


瞬間、ステージの空が歪み、そこから次々と光の柱が降り立つ。

直径は5mを優に超え、周囲500mに降り注ぐ攻撃は一撃で炎の悪魔の羽を根から削ぎ、同時に

腕を肩から抉り取った。それにより背中のタンクが爆破し、腹に風穴が開き足も吹き飛び、

成すすべも無く落ちて来た。

ドサァッ!
「あ……ぐ、あ………。」

「ふーむ、何でまだHPが残ってるのかが不思議だなぁ。」

『トドメを刺しましょうか、主。』
シュリンシュリン――
「男気溢れるお言葉で………。」


右手の玉から骨の様な、機械の様な鎌を数本生成し首に突き付ける。

本当はこれからこれを使って空を飛んだりしつつ切り刻んでやろうと思ったんだが・・・。


「仕方ない、じゃ、これでおしまいっと。」
ドズドズドズドズ!
「がっ!ぐっ!がぁああ!」

『主、人の事言う所ありませんよね……。』

―――【YOU WIN!!】


地に伏した黒いアバターを串刺しにし、残り数ドットを削り切った。

簡素な勝利宣言と共に加速が終了し青くなった現実へと戻り、徐々に色がつく。

動けるようになった所でケーブルを抜き、ひらっと手を振って教室へ戻る。


「うじゃあねぇ~。また相手したげるから、も~~~ちょい強くなってねぇ。」


喧嘩を売ったにも関わらず、返って来たのは憎悪でも無く悲哀でもなく。

ただただ、何が起こったのか分からないと言うポカーンとした目だった。

………
……


「ってかんじ~。がんばった!」

「偉いわぁ、良くやったわ。ただ、苛められ無かったのが残念ねぇ~。」

「………何故君がここに居るのかね。」


今日の出来事を報告すべく沖縄まで転移って飯を一緒に食っていたら、

ヒメちゃんに白い目で文句を言われてしまった。

いや、向こうの家に帰っても良いんだけどね。やっぱ離れてると寂しいじゃない。


「今頃ハルっちはハカセと作戦会議してるのかなぁ。チユちゃんと一緒に。

それとも落ち込んでるのかなぁ?チユちゃんが慰めてるのかなぁ?」

「……な、何故私の方を見るんだ。と言うかそのいやらしい目をやめんか!」

「うふふふふ、分かってるくせにぃ~。」


二人でニヤニヤしながらヒメちゃんを苛めていたら、顔を真っ赤にして

席を立ってズカズカと歩いていってしまう。


「何の事か分からんな!腹立たしい、風呂に入ってくる!」

「じゃあ私も入る~♪」

「じゃあ俺も入る~♪」

「一人おかしいだろう!!と言うか帰れ!今すぐ!ハリー!」


・・・ふむ、何でだろうこの子、ちょっと辛辣すぎやしませんかね。

ハルっちを負かしたせいかしら?しかし甘いな!この俺に勝とうなど五億年早い!


「………うん、ごめんなさい。ちょっと、調子乗っちゃったね。」

「え、あ、や、そこまでは。」

「邪魔してごめんね?それじゃ……。」


そしてここできらりと涙を一粒。無論水魔法。

更に肩を落とし背にはどよーんとエフェクトをつける。無論重力魔法と闇魔法。

トボトボ歩いて行くと、案の定後ろから声をかけてくれた。


「ちょ、ちょっと待て!その、なんだ、今帰られたら私のせいみたいで

良心がチクチクと言うか、いや、今からじゃ帰りの便が無いだろう。

幸い君は外見的にも内面的にも無害だしノワール君に任せれば問題ない、だろう。」

「……………。」

「だ、だから!まぁ、ノワール君が責任を持つのならば、今日くらいはコッソリ泊まっても

問題ないというか、已む無しと言うか。だからと言って風呂は一緒に入らんぞ!?」

「うん、ありがと!」


ツンデレをきっちり決められたところで、後ろに花を咲かせ満面の笑み。無論花魔法。

顔は自前だが。そんなこんなで俺は一晩修学旅行組みと泊まる事になり、ノワールと

ヒメちゃんとめぐみんの部屋にお邪魔した。・・・ハルっちへの罪滅ぼしのつもりで

ヒメちゃんの寝顔を写したのは、永遠の秘密だ。

Side out

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧