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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第三十三話 前



 その場にいた全員が海面上に現れた黒い繭に目を向ける。

 ユーノくんの言葉を借りるのであれば、あれが今回の事件の元凶である闇の書の闇らしい。しかしながら、その大きさは巨大だ。かなり距離が離れているにも関わらず、相当大きいことだけはわかる。闇の書という本サイズの大きさにも関わらず、あんなものを内包しているというのだから、やはり魔法とはすごいのだろう。

「先ほど説明があったようにあれが闇の書の闇だ」

「正確には、闇の書―――正確には夜天の書と呼ばれた魔法蒐集型ユニゾンデバイスをロストロギアへと仕立て上げた巨悪の根源。闇の書へと至らしめた防衛プログラムが顕現化した姿だけどね」

 ユーノ君が捕捉するように説明する。

 今、僕たちは海上にいた。もっとも、海の上に直接立っているわけではなく、海面から突き出している岩場の上に立っているのだが。立っているのが僕とフェイトちゃん。そして、魔法で空を飛んでいるのがクロノさん、ユーノ君、そして、なのはちゃんだ。

「さて、あれをどうにかしなければならないわけだが………」

 そういってクロノさんが、言葉を区切る。言いたいことはわかるつもりだ。つまり、何とかこの状況まで持って行けたのはいいけど、これから先を考えていなかった? いや、どちらかというとクロノさんたちもこの状況まで持って行けるとは考えていなかったのだろうか?

 本来であれば、はやてちゃんをあの状況から回復させて―――って、あれ?

「はやてちゃんは?」

 すごく今更だった。闇の書になっていたリィンフォースさんはいないわけで、残っているのは怪獣映画にも出てきそうなほど強大な闇の書の闇。その宿主であるはやてちゃんの姿がどこにも見られない。

 きょろきょろと僕が周りを見渡していた時にそれらは起きた。

 突如、何かが爆発したような音が大気を震わせる。びりびりとした空気を浴び、その中心地と思われる場所にその場にいた全員が目を向ける。黒い、例の巨体が浮かぶ場所から少し離れた何もない海の上空に存在していたのは、光の柱ともいうべきものだった。少しだけ膨らんだ場所を起点として、空と海を貫くように伸びる光の柱。それが物理的なものではなく、魔法的なものだと直感的に理解するのは容易だった。同時に、思い当たる節はたった一つしかない。

 やがて、光の柱は少しだけ膨らんだ部分を中心として少しずつ光を珠の中に収めていく。そして、光が完全に球状になったかと思うと、徐々に小さくひびが入り、中から光が漏れてくる。やがて、ひびは球体全体を覆いつくし、内部から卵の殻を打ち破るようにして中身が露わになった。

「はやてちゃんっ!?」

 球体の中から出てきたのは、白と黒を基調としたどこか守護騎士と言われていた人たちと似たような恰好をし、その手には不思議な杖を持ったはやてちゃん。しかも、よくよく見てみれば、髪は白くなり、背中には六枚の黒い翼のようなものまで生えているではないか。一見すれば、バリアジャケットの様にも見えるが、こんな身体にまで影響を与えただろうか?

 そのあたりの考察はおいておくとして、ひとまずははやてちゃんの無事を確かめるためにタンと、と空中を蹴りだした。空を跳ぶためには必要ないのだが、なんとなく飛び出すという行為が僕にはまだ必要なのだ。

「あ、お兄ちゃん」

 僕がはやてちゃんに近づくために移動することに気付いたアリシアちゃんも僕のあとを追ってくる。魔法の使い方はどうやらアリシアちゃんのほうが得意らしく、若干遅れて飛び出したとしても追いつくのは容易のようだ。僕の後ろにぴったりとついてきていた。なんというか以前のアリシアちゃんとは性格が内向きになってしまったことに違和感を覚える。それでも彼女はやっぱり僕の妹なわけだが。

 地面を蹴りだす要領でゆっくりとはやてちゃんに近づいていくと、途中で彼女も僕に気付いたのか笑みを浮かべて僕を迎えてくれる。

「ショウくんっ! 無事やったんやね! そっちの妹さんも!」

 僕の後ろに隠れていたアリシアちゃんを見つけると、はやてちゃんが嬉しそうに言ってくれる。はやてちゃんと別れたのはアリシアちゃんのことがあったからで、はやてちゃんも気にしてくれていたんだろう。

「それは僕のセリフだよ。どうやらお互いに大丈夫だったみたいだね」

 近づいて上から下までじっくりと見てみても彼女に傷ついたような場所はなく、至って健康そうである。よかった、と一安心したところで改めてここにいるはずの彼女がいないことに気付いた。あの夢の世界の中ではやてちゃんの隣に立っていた年上の女性の姿がない。はやてちゃんを主と呼んでいたあの女性だ。

「それで、その恰好はどうしたの?」

「あ、これか? これはリィンフォースと私の甲冑や」

「リィンフォース? 甲冑?」

 はやてちゃんが、どうだ! と言わんばかりに胸を張って答えてくれたのはいいのだが、どうにも言葉の意味が理解できない。今の僕の心情を現すとすれば、頭の上に複数のクエッションマークが浮かんでいることだろう。

「ああ、そやった、何も説明しとらんかったな」

 そういいながら、はやてちゃんは一つ一つ説明してくれる。

 リィンフォースとは闇の書の管理人格の新しい名前であること、甲冑とは古代ベルカのバリアジャケットのようなものであること。古代ベルカとは、新しい名称ではあったが、ついでに教えてもらったところ、どうやら僕が使っているミッドチルダ式と言われる魔法とは別の魔法形態―――古代とついているからには古い魔法形態のようである。

「はぁ、なるほど」

 新しい情報が多すぎて、ある意味頭に入ってこないところがある。ロストロギアとは古代文明の遺産とばかり思っていたが、意外と闇の書の出自というのは近い時代だったようだ。なにせ、前のロストロギアであるジュエルシードは時代など残っていないものだったのだから。

「そうだね、それが古代ベルカのユニゾンデバイスである夜天の書だよ。八神さんのそれはどうやら闇の書のコアというべきものがなくなったせいか、元の闇の書に近いようだね」

「歓談中のところ失礼するよ」

 僕が納得とも何とも言えない感情を抱いているところ、割り込んできたのはユーノくんとクロノさんだった。二人を視界にいれたとたん、ビクンとはやてちゃんが体を固くする。

 ああ、そういえば、はやてちゃんにはまだ事情を話していないのだから、はやてちゃんの反応は自然なものだろう。それがわかっているからだろうか、クロノさんは僕にしたように深々と頭を下げた。

「僕らの身内が申し訳ないことをした。この件が片付いた後に必ず事態を説明する。だから、少しだけ待ってくれないか?」

 相手は子供だというのにクロノさんは実に誠実に対応してくれる。そういうところがはやてちゃんも理解できたのだろう。身をこわばらせていたが、体の力を抜いて、まだ固さが残るが笑みを浮かべていた。

「わかりました。でも、あとで話は聞かせてもらいますからね」

「ああ、それで十分だ」

 お互いに和解した、というようにクロノさんも顔を上げて微笑みを浮かべていた。ひとまずは事態がややこしくなることはないとみて安心したのだろうか。

 とりあえず、事態は棚上げにするということだろう。なにせ僕たちにはまず解決しなければならないことがあるのだから。それが解決しなければ、悠長に事態の説明などできるはずがない。そして、僕たちは示し合わせたように海上に浮かぶ巨大な黒い繭に視線を向ける。

「一つ質問なんですけど、あれをあのまま放置したらどうなるんですか?」

 これは単純な疑問だった。危険だ、危険だ、と言われても具体的にどう危険かまでは想像できなかった。もっとも、あの繭の中から怪獣のようなものが出てきて暴れまわるというのであれば、某恐竜の誕生であり、映画よりもはるかにひどいことになるのは目に見えているが。

「ふむ、そうだね」

 クロノさんの改めて考えをまとめたかったのか、腕を組んで少しだけ俯くと目をつむり考えを巡らせるような態度で、しばらくの沈黙の後、再び顔を上げて口を開いた。

「まず、あの闇の書の防衛本能に従って膨大な魔力をまき散らしながら暴れるね。ひとしきり暴れた後、その体に存在する膨大な魔力を圧縮、臨界点に達したところで、爆発ってところかな。そして、闇の書自体は装備されている転生システムでまた宇宙のどこかに転生する」

「………ちなみに、その爆発の影響は?」

 爆発の規模が小さななら放っておいてもいいんじゃないだろうか、というこれまでの経緯を考えれば、極めて希望的観測に過ぎないことを提案してみる。だが、現実というのは何時だって当たり前のことを当然の様にしか返してくれないのだ。

「そうだね………まあ、まず翔太君たちの日本はほぼ壊滅だろうね。闇の書が爆発した影響で発生した津波に沿岸部はすべて飲み込まれて、内陸の大部分も津波に浸食されるだろうし、それは周りの国だって変わらないはずだよ。ついでに、海底の塵も吹き上げられて太陽の光を覆い尽くして、最終的には氷河期の再来になるだろうね」

 どうやら闇の書というのは核弾頭というよりも小惑星規模の爆発があるようだ。とにもかくにも、これでこのまま闇の書を放置しておくという手段はとれそうになかった。それよりも、何とかしなければならないという気持ちのほうが強くなる。

 う~ん、と唸る僕たち一同。視線は、海の上に浮かぶ黒い繭に集中している。あれを何とかしなければならない。しかし、その何とか、という手段がそう簡単に閃くわけもない。もし、簡単に排除する手段があるならば、すでに時空管理局が先に手を打っているだろうし、放置はされなかっただろう。

 クロノさんの様子から察するに今回のことはクロノさんの手から離れていたと思う。事件の間だけの短い付き合いだったけど、彼が誠実な性格をしていることは理解できる。今回のようにはやてちゃんを犠牲にするような作戦は立てないだろう。

 だが難しいからとさじを投げるわけにはいかない。今回のことを何とかしなければ日本はおろかアメリカ、南米あたりまで迷惑が掛かってしまうのだろうから。いや、本当に映画の中の出来事か、と言いたい。ことが大きすぎて現実味が全くないのだが、起きてしまってから実感したところで遅いのだから。

 あ~でもない、こ~でもない、と考えながら―――とはいっても、僕の魔法の知識は少ないため、リィンフォースさんやクロノさん、ユーノくんたちの会話と時々、控えめに意見を言うフェイトちゃんの会話を聞いているだけだ。しかし、それも好調というわけではなく、どうやら暗礁に乗り上げたように停滞してしまったようだ。その場にいた全員が何も言えなくなってしまった。

 そんな中、すぅ、と前に出てきたのが未だに大人モードになっているなのはちゃんだった。

「………あれを倒せばいいの?」

 実に不思議そうに、何でやれるのにやらないの? と当然のことを聞くようになのはちゃんは尋ねてきた。そのことに一番驚いていたのはおそらくクロノさんだろう。できるものやらやっている、とでも言いたげに眉を一瞬だけ細めたが、それでもすぐに難しい顔をして、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

「………君にできるというのかい?」

「できるよ。ねぇ、レイジングハート」

『No, problem』

 なんでもないようになのはちゃんはレイジングハートに確認し、レイジングハートもそれに応えるように自分自身を何度か点滅させて答えていた。

 その返答にクロノさんとユーノ君は絶句という言葉が似合うほどに表情に驚愕という感情を張り付けていた。言葉もないというはこのようなことを言うのだな、と僕自身も驚く頭の片隅で思った。

 なにせ、闇の書の一部とはいえ、日本そのものを破壊してしまうほどの威力をもっている存在ないのだ。それをどのようにして回避しようか、と時空管理局という一組織が考えていたにも関わらず、彼女は―――なのはちゃんはそれを個人で行えてしまうのだから、彼らが絶句するのも無理はない。

 あるいは、クロノさんたちが抱いているのは無力感だろうか。クロノさんは僕から見れば、己の職務に忠実―――使命感のようなものを持っているようにも見える。僕を子どもとして巻き込んでしまったことにも申し訳なさを感じているようにも見えるのだから、尻拭い的なことまでやらせてしまうことは彼にとっては忸怩たる思いだろう。

 だが、それでも彼は決断するだろう。なぜなら、時間的猶予が、彼らのリソースがその判断を下させる。

 現にクロノさんは悔しさそうな顔をしながら、唇を噛みしめ、それでも、やがて意を決したように顔を上げて、硬い顔で口を開く。

「大変申し訳ない話だが―――頼めるだろうか」

「あ、あの―――なのはちゃん、僕からもお願いできないかな?」

 差し出がましいとは思ったが、それでもクロノさんからだけよりも、友人である僕からも頼んだほうが、なのはちゃんもうなずいてくれるのではないか、というある種の打算をもって、僕も口を出す。情けない話だが、この場ではなのはちゃん以外に事態を収束できる人物はいない。

「うん、任せて」

 なのはちゃんはクロノさんが頭を下げて申し出たことにあまりにあっさりと快諾してしまった。今まで悩んでいたことはなんだろうか? というほどにあっさりと。ともすれば、なのはちゃんが闇の書の強さを知らないんじゃないか、と不安になるほどにあっさりと。

「えっと―――いいのかい?」

 クロノさんも不安になったのかもしれない。改めて確認するようになのはちゃんに問いかける。だが、それに対しても、なのはちゃんはコクリとうなずいて承諾の意を示した。そして、不意に右手に持っていたレイジングハートを掲げる。

「お兄ちゃん、少し離れたほうがいいかも」

「え?」

 僕の後ろに隠れるようにして立っていたアリシアちゃんが不意に僕の袖を引っ張る。浮遊魔法で浮いているだけの僕にはその場にとどまることはできずに引っ張られるままになのはちゃんから離れる方向へ引っ張られてしまう。よくよく見れば、クロノさんやユーノくん、はやてちゃんもなのはちゃんから距離をとろうとしていた。

 なんでだろう? と思ったのだが、その理由はすぐにわかった。僕もわずかにわかる程度だったが、なのはちゃんを中心としてすごい量の魔力が渦巻いているからだ。まさか、このまま魔法を放つのだろうか、と思っていたが、不意になのはちゃんが僕のほうを向いて大人の顔でどこか元の子どもの時のような面影が残った嬉しそうな表情で笑う。

「それじゃ、ちょっと行ってくるね」

 どこに? という疑問が浮かんだが、その疑問を頭の片隅に置いて、これから僕たちでは手の出しようのない脅威に向かうなのはちゃんに向かって何か言わなければと考え、今日の屋上でのなのはちゃんの言葉を思い出しながら口を開いた。

「なのはちゃん! 頑張って!」

 僕の声を受けて、なのはちゃんは一瞬、きょとんとした表情を浮かべたけれど、僕に言われたことの意味に思い至ったのか、また同じような笑みを浮かべて大きく頷き―――次の瞬間、彼女の姿は僕の目の前から消えた。

「………え?」

 あれ? あれ? 突然消えてしまったなのはちゃんに動揺してしまい、思わず左右を確認してしまう。だが、そこに当然の様に彼女の姿はなく、また先ほどまで海上で禍々しいまでの気配を発していた黒繭も存在していなかった。そして、なのはちゃんの行動に対して即座に反応したのはクロノさんだった。

「エイミィ! 状況を」

『オーライ、任せてよ』

 クロノさんがすぐさま念話で話しかけたのはオペレータとして参戦しているらしいエイミィさん。ここに姿が見えないと思っていたら、どこかでオペレートしているらしい。僕たちに聞こえるようにしているのはサービスだろうか。

 少しの間、カタカタとキーボードをたたくような音が聞こえて、え? と驚いたような声が聞こえたが、気持ちを切り替えたのか、はぁ、と大きく深呼吸をした後に何でもないような明るい陽気な声で現状を伝えてきた。

「えっとね、うん、信じられないけど、どうやらなのはちゃんは、そことはまた別の位相に空間を作って移動したみたいだね」

 位相―――この空間が結界の内部だというのはわかる。僕もユーノくんから基礎は学んだからだ。つまり、簡単に言ってしまえば、なのはちゃんは別の場所に結界を作って移動した、ということなのだろうが、クロノさんがエイミィさんからの報告を聞いてしばらく固まった後、大きく息を吸って吐きながら気持ちを落ち着かせているところを見ると、どうやら彼女がやったことは普通ではないらしい。

「まったく、もはや彼女は何でもありだな」

「かもね、闇の書ごと転移しているみたいだからね」

 ユークくんもこれには苦笑しているようだ。もっとも、嗤うしかないという状況なのかもしれないが、僕にはわからない。なにか魔法を使われたようだが、その凄さを理解できるほどに知識がないということで、ぽかんとするしかない。

「アリシアちゃんはわかる?」

「うん、あの人………とんでもないね」

 どうやら僕には理解できないことだが、記憶を取り戻したアリシアちゃんは、理解できるらしい。そういえば、彼女の本当の名前はフェイトちゃんだったはずだ。彼女の呼び名は変えたほうがいいのだろうか? 聞かなければならないのだろうな、と思いながらも、今聞くことだろうか? と少しだけ悩んでいたところで、不意にショウくん、と呼ぶ声で意識をそちらに向けた。

「なんや、私たちの出番ないなぁ」

 すぅ、と飛びながら近づいてきたのは、仕方ないなぁ、という感じで苦笑するはやてちゃんだった。

 そもそもの始まりは、はやてちゃんからだった。彼女からすべては始まっていた。だから、責任を感じていたのかもしれない。そのリィンフォースさんが作った甲冑を身にまとったのっも自分で決着をつけるつもりだったからかもしれない。だが、ふたを開けてみれば、魔法を使ったことがないはやてちゃんに出番はなく、後始末はすべてなのはちゃんに与えられてしまった。

 意気込んでいたはやてちゃんからしてみれば、はしごを外されたようなものだろう。

「そうだね、なのはちゃんだけを危険な目に合わせるのは心苦しいけど………」

 でも、彼女には実績がある。あのジュエルシード事件を解決したという確かな実績が。それは、中途半端な僕たちが手を出すよりもより確実な手段ではあったのだろう。なにより、時空管理局という僕たちよりも専門家であるクロノさんが認めているのだ。それに僕たちが異を唱えることはできない。

「言い方は陳腐だけど、なのはちゃんを信じて待つしかないのかな?」

「まあ、クロノさんたちもあんなやしな」

 はやてちゃんに言われて、クロノさんたちのほうへ視線を向けてみると、彼はカード型のデバイスを片手に一生懸命状況を整理しているようだった。見ることはできないようだが、計器類が生きているのだろう。それで、情報を集めて推測している、という感じだろうか?

 しかし、なのはちゃん、大丈夫とは言っていたけど心配だな。相手は爆発してしまえば、地球を軽く滅ぼせるレベルの存在だ。それに力があるとはいえ、たった一人で立ち向かうのは危なくないとは到底言えないだろう。確かになのはちゃんは、バカげた魔力を持っているかもしれないが、10歳にも満たない子どもなのだから。だからといって、対等に戦える大人がないのも事実なのだが。

 なのはちゃんに任せるのは心情的には許せないが、事実としてそうするしかないというのはある種のジレンマではある。

 せめて、なのはちゃんが帰ってきたら、きちんとお礼を言おう。それが知っている人は少ないけれど、地球を救った英雄に対するせめてもの感謝の心である。

 と、なのはちゃんが帰ってきた後のことをはやてちゃんと時々、相槌を打つように話すアリシアちゃんを相手にしながら考えていると、不意にエイミィさんから通信が入る。

『え? うそ………なに、この魔力反応?』

 その声はずいぶんと慌てているようで、通信というよりも独り言が漏れているような感じだった。だが、信じられないような何かを見ているのは確かなようだ。状況がわからず、どのように反応していいのか分からず、戸惑う僕たち。唯一、クロノさんだけが状況を把握しないながらも的確に動いていた。

「エイミィ! どうした? 正確に報告しろっ!」

『あ、ご、ごめん。なのはちゃんが張った結界内部の魔力数値が上がってるの! しかも、これ………まずいっ! みんなっ! 揺れるから気を付けて!!』

 ―――え? と思う暇もなかった。

「きゃっ!」「―――っ!?」「うわっ!」

 エイミィさんがそう通信を送ってきた直後に突然僕たちの身体が揺れる。その衝撃に驚いて近くにいたはやてちゃんとアリシアちゃんが僕の身体にしがみつくようにして、僕の両腕を抱き込みながら、小さく悲鳴を上げていた。子どもらしい少し体温の高い身体に触れるような感覚を意識するような暇もなく、僕自身も揺れに耐えるように踏ん張るしかない。

 だが、考えてみておかしいことに気付いた。浮遊魔法で浮いている僕たちの身体が揺れるわけがない。

『っ! 小規模な時空震を確認!』

「時空震だと!? バカな………彼女は一体なにをやってるんだ!?」

 ひどく驚いたようなクロノさんの声が聞こえる。どうやら、この場所で時空震というものが発生しているらしい。字面だけみれば、空間が揺れるような事象のようだ。しかし、詳しいことを問いただそうにも、おびえるはやてちゃんとアリシアちゃんにしがみつかれ、僕自身も体勢を保つ事に意識を持っていかれ、尋ねることができない。

 どれだけの時間、揺れに耐えただろうか。空間が揺れるという不思議な現象のせいだろうか、幸いなことに船酔いの様に三半規管が揺れることによる気分の悪さを体感することなく、ただただ揺れに耐えるだけでよかった。もっとも、その揺れも数分もすれば慣れてしまい、騒ぐほどのものでもなかったが。

 揺れが続く中、落ち着いたところでクロノさんに状況を確認したところ、どうやらなのはちゃんが隔離した空間の中で巨大な魔力を使っているらしい。それが一定の空間内に収められる限界を超えてしまったため、時空震という形で表に出てきてしまったようだ。もっとも、なのはちゃんの結界と僕たちがいるアースラによって張られた結界のおかげで現実世界への影響はないようだが。

 そんな説明を受けている最中、ある程度の状況を把握できたところで先ほどまで感じていた揺れがゆっくりと収まっていくのを感じた。収まった当初は、地面が揺れていないことに不安を感じる下船直後のような違和感を感じたものだが、やはり揺れていないほうが正常なのだろう、揺れに慣れるよりも早い時間で揺れていない状況に慣れることができた。

「収まった?」

「エイミィ」

 確認するようにつぶやくはやてちゃんに続くようにクロノさんがエイミィさんに通信を繋ぐ。相手も状況がわかっているのだろう。いつものように軽い調子でエイミィさんから通信が返ってきた。

『はいは~い、わかってるよ。状況はオールグリーン。なのはちゃんが作った結界内部の魔力反応も正常値だよ。そして―――』

 そこで勿体つけるようにエイミィさんが言葉をいったん切る。姿は見えないけれど、エイミィさんが意地悪く言いたいことを我慢しているような笑みを浮かべている姿が脳裏に浮かぶ。やがて、あきれたようにクロノさんが大きくため息を吐き、エイミィ、と名前を呼んだところでようやく再び口を開いた。

『―――結界内部の闇の書の反応の消滅を確認っ!』

 わっ! と上がる歓声がエイミィさんの後ろから聞こえた。こちらとしても一安心というところだろうか。黒さんとユーノくん、僕、はやてちゃん、アリシアちゃんがほぼ同時に安堵の息を吐いた。向こうとしては長年の脅威がなくなって嬉しいという感じだろうが、僕からしてみれば地球の脅威が去った安堵のほうが大きかった。

 だが、そんな中で一人だけあまり表情が晴れない人物がいる。はやてちゃんだ。どこか申し訳なさそうに俯いたまま、小さく何かをつぶやいていた。その声は僕からは聞こえなかったが、あえて聞くこともないだろう。小さくつぶやいていたということは、彼女が自分の胸の内に収めていたいことなのだろうから。

 さて、闇の書の決着がついたということは、ここにはいない彼女が帰ってくるということだ。どこから現れるのだろうか、と周囲を見渡してみると、少し離れた場所から人の大きさぐらいの光がうっすらと漏れているところがあった。まるでファンタジーの異世界の扉のような薄い光だ。

 その光のカーテンのようなものをくぐるようにしてゆっくりと出てきたのは、白い聖祥大付属小学校の制服のようなバリアジャケットを纏いながら、大人モードから子どもの姿に戻ったなのはちゃんだった。よかった! と安心した気分になり、やったね、と声をかけようとしたところで、彼女の様子がおかしいしいことに気付いた。

 普通どおり歩いているならわかるが、あくまでも今は海上で浮遊魔法を使っているだけだ。だが、それdもどこか疲れ切ったような、目が今にも閉じてしまいそうな、そんな様子がうかがえる。はた目から見ても危ないな、と思えるような様子だった。

 それに気づいたのは僕だけではなかったのだろう。なのはさん? と訝しげに声をかけるクロノさんと僕が飛び出すのがほぼ同時だっただろうか。その判断の差は、僕とクロノさんのなのはちゃんとの付き合いの長さだったのかもしれない。結果だけいえば、呆然と見送らなくて正解だった、ということだ。

 クロノさんの声に反応したのか、あるいは僕が急に動いたことに反応したのか、半分空ろな目で僕を視界に収めたなのはちゃんは、ふにゃ、と力のない笑みを浮かべた次の瞬間、糸が切られた操り人形のように全身から突然力を抜いて落ち始めた。

 地面だったなら、倒れこむだけだっただろう。だが、ここは生憎の海上だ。地面なんてものは存在せず、ただ真冬の冷たい海の中へ真っ逆さまに落ちていく。だが、なのはちゃんが現れてからすぐに飛び出したのが幸を奏したのだろう。彼女が冷たく暗い海へ落ちる前になんとか追いつくことができ、重力にひかれるままに落ちていた腕をつかむことができた。

 接触することさえできればこちらのものだ。基本的には浮遊魔法の対象となるのは触れているものだけだ。ならば、触れられた以上、なのはちゃんもその対象となる。だから、漫画のようではあるけれども、自分自身もゆっくりと上昇しながら、なのはちゃんの腕を片腕で引き上げなら、もう片方を膝の裏に回し、ちょうどお姫様だっこと言われるような体勢でなのはちゃんを支える。

 とても口に出せないことではあるが、魔法を使っていなかったら絶対無理だな、と思った。いくら僕の性別が男であっても、さすがに同じ年代の女の子をこの体勢で支えることはできない。魔法が使えて本当によかった、と思えた瞬間だった。

「よっ、と」

 ただ、魔法を使って何とか抱き上げただけでは、体勢が上手に収まりきることができなくて、一度体をゆすって整えてやる必要があった。そのため、なのはちゃんの身体を両腕の力だけでゆすったのだが、その衝撃で少しだけ意識が戻ったのか、うぅっ、と呻きながらうっすらと目を開ける。だが、焦点はあっておらず、空ろな瞳で僕を見ていた。

「………ショウくん?」

 その声は、まさか長年世界を苦しめてきた闇の書を退治した女の子にしては弱々しい声だ。むしろ、逆だろうか、退治した今だからこそ、全力を使い果たして疲れているのだろうか。だが、どちらでもいい、どこか不安げななのはちゃんの声に安心させるようにゆっくりと僕は言葉を紡ぐ。

「そうだよ、翔太だよ」

「………あはっ」

 抱きかかえているのが僕だったことに安心したのか、あるいは、意識が落ちかけた中で身体が落ちていることを自覚していたのか、わからないが、どうやら安心したようなのは間違いないだろう。だが、意識はやっぱりあまりはっきりしないのだろう。疲れ切ったような表情で、だが、嬉しそうに微笑みながら彼女は言葉を紡ぐ。

「ショウくん、あのね………わたし、あの黒いのちゃんとやっつけたんだよ」

「うん」

 どうやらエイミィさんからの報告は間違いではなかったらしい。どうやって、という方法はわからない。だが、それでもなのはちゃんは、自分で任せて、と請け負ったことをやってくれたようだ。とにもかくにも日本の危機は彼女の小さな双肩にかかっていたわけだが、なのはちゃんは無事にやり遂げてくれたらしい。

「本当に―――」

 それは、僕の本心が零れ落ちたようなものだ。口にしようと意識していたわけではないのだが、それでも、零れ落ちてしまった。

「本当に、なのはちゃんがいてくれてよかったよ。ありがとう」

 さして大きな声で言ったわけでもない。だが、抱きかかえているなのはちゃんと僕の顔の距離はさほど遠いわけではなく、彼女のつぶやくような声さえも聞こえていたわけだ。つまり、僕の声もなのはちゃんにちゃんと聞こえたようである。なのはちゃんは、一瞬だけ、驚いたように目を見開いて、それから、本当にうれしそうに微笑むのだった。






















 
 

 
後書き
 主人公とはヒロインが欲しい言葉を与えることができるものである。 
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