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A's編
第三十二話 裏 後 (クロノ、リィンフォース、グレアム、リーゼロッテ、なのは)
クロノ・ハラオウンは時空管理局に与えられた執務官室の中で一人、目をつむって何かが起こることを待っていた。
リーゼアリアとリーゼロッテによって閉じ込められてからかなり時間がたとうとしていた。闇の書の封印の計画はもう最終段階まで進んでいてもおかしくはない時間帯だ。
本音を言えば焦燥が募る。しかしながら、いくら慌ててもクロノができることは全くと言っていいほどない。この状況を打破するための一手が足りないのだ。ならば、その一手が出てくるまでは体力を温存し、すぐに動けるようにしなければならない。
クロノはグレアムが言うことも少しは理解できた。確かに、グレアムの策は対処療法にしかならないとしても、有効な一手であることは認めなければならない。だが、だが、それでも、それでも、だ。クロノは誰かが犠牲になる策を認められない。
それを認めてしまっては自分は執務官という地位にはいられないだろう。
ただ救えばいいというわけではない。ただ護ればいいというわけではない。求められるのは最善なのだ。誰も犠牲にせず、何も失わないい結末を望まなければならない。それが理想だということは知っている。強硬派が知れば、夢想だと鼻で笑うだろう。だが、それでも、それでも、クロノは理想を追い求める。理想すら追い求めることをやめてしまえば、その先を望むことができないからだ。
グレアムがそれを理解していないわけがない。何が彼の信念を曲げてまでこのシナリオを描かせたのだろうか。責任感だろうか、後悔だろうか、贖罪だろうか。クロノにはわからない。わからないが、それを気にすることはできない。分かっていることは止めなければならないということだ。
犠牲になろうとしている八神はやてのためにも、グレアムのためにも。
「……そろそろ、来てもおかしくないのだが」
クロノは壁に掛けられた時計を見ながらひとりごとのようにつぶやいた。
こうなるかもしれない、何らかの方法で手が出せないようにされるかもしれないということは、どこかで予想していた。可能であれば、そんなことにはならないでほしいとは願っていたのだが。
そんな自分の懸念が当たってしまい、残念に思っている中、不意に頑なに閉じていた扉がシュンという短い音を立ててあっけなく開かれた。執務官の執務室が並ぶ機密性の高い区画にあるクロノの執務室を訪ねられるのはごく一部の人間だけだ。
”常に最悪を想像しろ。現実はそれを容易く超えてくるぞ”
それは、彼の師であるギル・グレアムの言葉である。執務官になったときに言われた言葉だ。長年、英雄と言われ最前線を生きてきた提督の言葉だ。そんな言葉をクロノは蔑にすることはなかった。
―――提督、どうやらあなたは僕が想像した最悪を越えることはできなかったようです。
クロノが想像した最悪とはつまり、自身がこの作戦から外されてしまうことだ。しかし、グレアムが考えていたのは、自らの後継者としての役割。つまり、この作戦の完了をもって最大の功績をもってして完了する。つまり、彼はクロノをこの作戦から外すことはできない。
そして、それがギル・グレアムの限界だとしたら、この勝負はクロノの勝利だった。
「クロノさん、大丈夫ですか?」
開いた扉から飛び込んできたのは、蜂蜜色のショートカットの髪を持つともすれば、少女とも見間違えかねないクロノの助力者である少年―――ユーノ・スクライア。そして、その少年の少し後ろにはセミロングともいうべき亜麻色の髪を持った少女だった。彼らがクロノにとっては、切り札の一つだった。
「まあ、身動きはできないが、なんとか無事だ」
余裕を見せるように肩をすくめ、苦笑しながら心配そうに飛び込んできたユーノに応える。
クロノはあらかじめ、彼らに自分の位置を示すマーカーを渡しており、それがこの日のこの時間になっても時空管理局内部にあった際に救助を頼んでいたのだ。エイミィに頼まなかったのか、彼女の場合、グレアムたちに見破られる可能性がないとはいえなかったからだ。その点、まだ関わりが少ないユーノ―――その付添である彼女であるならば、可能性はゼロに近いと言えるだろう。
クロノにかけられた拘束をユーノの手を借りて解いてもらう。もともと知っていたことではあるが、ユーノという少年は無限書庫の検索のほかにも結界やバインドといった補助系の魔法に造詣が深い。だから、クロノ一人では解けない拘束もユーノと協力すれば、十分に解くことができるのだ。
数時間ぶりに自由になった身体をほぐしながらクロノは、ユーノに問いかける。
「ところで、例のものは―――」
そう、クロノが自由になるだけでは不十分なのだ。この作戦を実行するためにはもう一つのピースが必要となっていた。それが見つからない以上は、意味がなかった。
そして、ユーノはクロノからの問いに答えるようにクロノの目を見ながら強く頷いた。
「本当に驚きましたよ。無限書庫―――ありとあらゆる書物を収集した無限の書庫というのは伊達じゃないみたいですね。どうにか見つけることができましたよ。古代ベルカ時代、まだ闇の書が夜天の書だったころの設計図を」
本当に、どこかの遺跡よりも攻略が難しかったです、と愚痴の様に零すユーノ。無理もない。無限書庫というのは一切、整理がされていない図書館だ。せいぜい、年代順に並んでいることぐらいだろうか。しかし、それはまるで床から本を積み上げてきたようないびつさだ。その中からたった一つの目的のものを探し出す。それが如何に困難なことか、クロノには想像することしかできない。
「有難い。この事件が終わった後の報酬は期待しておいてくれ」
「そうさせてもらいますよ」
クロノの言ったことが冗談とでも思ったのだろう、ユーノが苦笑しながらクロノの言葉に応える。クロノとしては、ユーノたちの頑張りには目に見える形で応えるためには報酬という形しか思いつかなかっただけなのだが。
何か勘違いしていそうなユーノに何か言うことを考えたが、今はそんなことをしている余裕はないことはわかっていた。なぜなら、もう作戦は始まっているのだ。一人の少女を犠牲にした世界を救う作戦が。
「それじゃ、行こうか」
―――たった一人の少女を救うために。そして、ついでに世界を救うためにクロノは部屋から走り出した。
◇ ◇ ◇
戦況は一言でいうと停滞していた。
シグナムの斬撃が、ヴィータの鉄槌が、ザフィーラの拳が、シャマルのバインドが、そして、なのはの砲撃が竜を落とす。だが、直後に空いた穴を埋めるように竜がすぐさま召喚される。まるでイタチごっこだ。
事態を打開できないことに業を煮やしたなのはが竜たちの間を抜けるように突貫し、超近距離による砲撃を試みるも、竜たちの密度が高く、また同時に闇の書本体からの攻撃も加わったことにより、不発に終わった。
もちろん、打開策としては、なのはのJSシステムを使った最大砲撃があげられるが、翔太が闇の書に捕まったままの状態で実行できるはずもなかった。オーバーキルというのも考えものである。ゆえになのはが取れる方策としては、竜たちを乗り越え、闇の書に近距離で砲撃を喰らわせることである。
しかし、それは実行困難と言わざるを得なかった。騎士たちの力を借りたとしても、竜たちの密度は高いものであるし、どういう原理なのか闇の書はほぼ無限と言わざるを得ないほどに竜たちを呼び出せるのだ。竜という最高位の壁を持つ闇の書はただでさえ厄介というのに、彼女自身も動くことができるのだ。
しかも、動きの基本としては逃げに近い動きをする。こちらを積極的に排除するわけでもなくただただ時間が過ぎるのを待っているようにも考えられる。
普通に考えれば、我武者羅に攻めることが無駄だとわかるだろう。だが、それでもなのはは諦めなかった。諦められなかった。
なぜなら、ここで諦めるということは、翔太を諦めるということと同義だからだ。それは、なのはにとってはありえないことだった。
なのはが心の底から望んだたった一人の友達。彼を諦めるということはありえない。諦めてしまえば、その瞬間、なのはは彼の友達である資格を失うような気がしたからだ。そうならば、またなのははまた一人だ。
あの孤独で、暗く、静かな時間。なのはが思い出したくもない時間だ。また、そんな状態に戻る。それだけは、それだけは、なのはは心の底から拒絶していた。
だから、なのはは諦めない。諦めない限り、希望があるというのなら、希望を引き出せるというのなら、なのはの中から撤退の二文字は存在しなかった。
一進一退の攻防がしばらく続く。なのはの行動をあきらめが悪いとネガティブに見るのか、あるいは希望を捨てないとポジティブに見るかは人に寄るだろう。もっとも、なのはにはそんなことは関係ないのだが。
やがて、不意に何かをあきらめたのだろうか、なのはの何度目かの突撃の後に急に竜たちが背後に引き始めた。代わりに前面に出てきたのは闇の書だ。それを好機と見るほどなのはたちは愚かではない。ヴォルケンリッタ―たちはいささかも油断せずに武器を構えたままなのはのやや後方に控えた。
片やAランク以下の魔法を無力化する次元世界でも最強種を誇る竜を数百と従える闇の書と片や数百年に及び闇の書を守護する騎士として人としては及びつかない技量を会得し、さらにジュエルシードによって無限ともいえる魔力を手にしたヴォルケンリッタ―を従える高町なのは。
彼女たちが数十メートルの距離を置いて向き合う。ともすれば、大将同士の一騎打ちにも見える光景だった。
「問おう。私と対等に戦うものよ。なぜ、私と戦う? そなたにもわかっているだろう? 私と戦ったところでこの流れは止められない。結末は一つだけだ」
その問いはユニゾンデバイスで人と近い感性を持っていながらも、やはりデバイスであるからこそ出た問いなのだろう。リィンフォースには彼女が何のために戦っているのかわからなかった。この先の展開が―――闇の書の暴走による終焉が決まっているのになぜ彼女は逃げないのか、と。
そんなリィンフォースの無神経な質問は、なのはの内の中で沸々と燃えたぎる怒りの炎に油を注いだだけだった。
「なんのため? あなたがそれを言うの?」
まるで他人事のように言うリィンフォースに向けられた怒りは、会われ、彼女の周りに召喚された竜たちへと八つ当たりのごとく砲撃の嵐として振りまかれた。その一撃で堕ちた竜の数、その戦闘の中最大だった。
「決まってる! ショウくんのためだよっ!!」
そう、翔太のためでなければ、なのはが戦う理由などない。唯一の友人である翔太が、助けてというから、彼がリィンフォースにとらわれているから。だから、だから、なのはは戦うのだ。それ以外に、それ以上の理由はなのはにはなかった。
「………そうか」
なのはのAAクラスの砲撃で次々と竜を落としていくのをしり目にリィンフォースは何を思ったのか、重々しく頷く。その頷きに意味など考えられないが。
「ならば、返そう」
その意外ともいえる一言になのはは一瞬だけ耳を貸した。貸してしまった。動きが止まることはなかったが、意識は闇の書の彼女へと向けていた。
「あの少年が返れば、あなたが戦う理由はなくなるはずだ。私はこれ以上あなたに邪魔されたくない。だから、返そう」
「………本当に?」
なのはにとって目的の一番は翔太だ。八神はやての救出は確かに翔太が望んだことではある。だが、それでも、それでも何よりも優先されるのは翔太の安全なのだ。だから、それが嘘かもしれない、という危機感を持ちつつもなのはは闇の書の言葉に耳を傾けざるを得なかった。
なのはの返答から好印象を得られたと思ったのだろうか、微笑みを強くした闇の書は今まで竜たちを指揮していた動きをなのはからやや離れたところで止め、ついでに竜たちも彼女の後方へ退避させた。
彼女のやや不可解な動きになのはも警戒し、竜たちが退避させるのに合わせてヴォルケンリッタ―たちを自分たちの近くへと退避させる。
なのはは彼女の言葉が信じられなかった。どうして、一度手に入れたものをそう簡単に手放そうとするのかと。だが、その一方で翔太を返してもらえるという言葉を無視することはできない。その甘言が罠である可能性があるとしても、一方でわずかでも可能性があるというのなら、それは――――
「―――わかったよ。だから、ショウ君を返して」
「承知した」
簡潔な言葉のやり取り。もともと敵同士なのだ。無駄なやり取りは必要ない。リィンフォースはなのはに戦場から脱出してほしく、なのはは翔太のために戦っている。ならば、問題はない。
リィンフォースが集中するように目をつむる。その両手は何かを生み出すように目の前に突き出される。もしも、ここで砲撃魔法でも打ち出されれば、なのはに直撃することは間違いない。もっとも、なのはもそれを警戒し、防御魔法を展開できる準備をしている以上、リィンフォースが打ち抜けるはずもないのだが。
やがてリィンフォースからやや離れた場所に黄金色に輝く光が集まる。それは砲撃魔法の様に球を描くわけではなく、ゆっくりとではあるが、人型を描いていく。大きさは変身前のなのはとほぼ同等だ。それらの光が完全な子供の人型を作った瞬間、光がはじける。
まるで光の膜を破ったようにはじけた光の膜の中にいたのは、なのはもよく知る姿。なのはがもっとも望んだ彼の姿。眠っているように眼を閉じ、聖祥大付属小学校の男子の制服に身を包んだ彼は消えた直後とは異なるが、それでも確かに彼だった。
「―――ショウ君」
目の前にずっと望んでいた彼の姿を確認することができて、なのははつぶやくように彼の名前を口にしながら、伸ばした手で彼を望むようにふらふらと彼に近づく。その名前を呼ぶ声に反応するようにリィーンフォースが作り出したと思われる光の膜の中から現れた翔太はゆっくりと目を開く。
彼は自分の置かれた状況を確認しているのか、ぱちぱちと目を瞬かかせ、やがて目の前でゆっくと自分に近づいてくるなのはを視界に入れたのか、安心したように微笑むとゆっくりとその小さな唇を開いた。
「―――あ、なのはちゃん」
彼が彼女の名前を呼んだ瞬間、なのははゆっくりと近づいていた歩みをぴたっと止める。
「どうしたの?」
彼は不意に近づいてくるのをやめたなのはを不審に思ったのか、今まで笑っていた表情をひそませ、小首をかしげ、問いかける。だが、そんな彼の問いになのはは答えず、ただ俯いて何も言わない。
「ねぇ、なのは「黙れ。贋物」
―――Divine Buster
なのはからの返答はさらに名前を呼ぼうとした彼の声に被せるように、有無を言わせぬ迫力をもって返された。直後にすっ、と持ち上げられたレイジングハートから放たれたのはなのはが得意とする砲撃魔法。その威力は推して知るべし。
予備動作もなく、クイックドローのように打ち放たれたディバインバスターは翔太の姿をした彼に反応を許さず、その姿を桃色の魔力光の奔流に飲み込まれた。そのあとに残ったものは何もない。翔太の姿をした彼は、その桃色の魔力光に飲み込まれ、影すら残さなかった。
「なぜ気付けた?」
目の前で人が消えたというのにきわめて不思議そうに抑揚のない声でリィンフォースがなのはに問いかける。そんな自らの行いに何も感じていないリィンフォースに対して、なのはは怒りの形相で自らの思いのたけを叫ぶ。
「わかる。わかるよっ! だって、ショウ君とは見た目以外全部違ったっ! 呼吸のリズムも、首の傾げ方も、飛行魔法の使い方も、私の名前の呼び方もっ! それに―――ショウ君が私の名前を呼んでくれたら、それだけで嬉しくなるのに、あれが私の名前を呼んだときは嫌な感じしかしなかったっ! そんなのショウ君の形をした別人だっ!!」
「―――非論理的だ。だが、それが人間なのだろう」
親の仇でも見るような目つきでリィンフォースを睨みつけるなのはに対して、リィンフォースは不可解というような表情を浮かべていた。
「だが、カーテンコールも近い。少々の戯れも許せ」
「―――許さない」
レイジングハートを握りしめ、誰もが震えあがりそうな威圧感と怒気を発するなのはに対して、小ばかにするように嗤うリィンフォース。彼女はさらに大舞台に立つ役者の様に、背後に数百に及ぶ竜たちを指揮するように両手を広げる。
「さあ、続きを始めよう。私も負けるわけにはいかない。マスターのために」
決意のこもったリィンフォースの言葉に反応するように先ほどと同様に集まる光。それはやがて人型を作り出す。先ほどと異なる点はその数だ。3つの人型がリィンフォースの周囲に作られ、光の膜を破って出てきたのは、なのはも知っている顔ぶれだった。
一つは翔太。一つははやてという少女。一つは翔太の妹になったという忌々しい金髪の少女だ。皆が皆、操り人形のように無表情でそこに佇んでいた。だが、彼らから発せられるのはヴォルケンリッタ―に、竜たちに勝るとも劣らないほどの魔力だ。
「―――行けっ!!」
それが開戦の合図。
―――魔法少女と守護騎士たちの戦いの火ぶたは再び切って落とされた。
◇ ◇ ◇
ギル・グレアムはアースラの中で目の前の刻一刻と変わる戦況を冷静に見つめていた。
アースラの艦橋に映し出される地球の戦闘状況はまさしく人外魔境だった。ランクAの魔法が縦横無尽に飛び回り、数百という竜たちが群れを無し、Sランクの四人の魔導師がそれを迎え撃つ。遙か古代であれば英雄譚に数えられそうな戦闘ではあるが、それさえも主役たちからしてみれば座興でしかない。
戦闘の中心は、S級ロストロギア闇の書―――その管理人格たる女性と周囲の三人。それを迎え撃つ一人の少女だ。彼らの戦闘―――いや、それを戦闘と呼んでいいものかグレアムには判断がつかなかった。少なくとも、それはグレアムの知っている戦闘ではなかった。長い管理局生活の中でランクの高いロストロギアと相対することもあった。だが、それでもそれらと真正面から立ち向かうなどという愚行は起こさなかった。調査に調査を重ねて、罠にかけ、封印するのが手いっぱいだ。それは、まるで狩りのようだが、その認識は間違いではない。人ではなく、一つの現象。ならば、それらと真正面から対決することは、余計な被害を生むだけだ。
だが、その常識に真正面から喧嘩を売るように闇の書と戦う少女―――今は女性だが―――もまた常識から外れているのだろう。
「臨界予想時間まで、残り五分」
「了解した。武装局員に出撃準備の連絡を臨界予想時間一分前に出撃。封印結界の準備を」
淡々とオペレータが作戦の要ともいえる時間を告げ、それを聞いたクロノの姿をしたリーゼアリアが指令を出す。
なのはを熱狂的に応援する武装隊の待機室とは異なり、艦橋には緊張感が張りつめていた。目の前のスクリーンには彼らの局員として働いてきた中で見てきた中でももっとも激しい戦闘が行われているというのに。いや、だからこそ、というべきだろうか。これからの作戦はその状況に横やりを入れなければならないのだから。
「提督」
今までオペレータに指示を出していたリーゼアリアが振り返る。その瞳に映るのははたしてなにか。これからのグレアムの運命を憐れむものか、あるいは、11年前の仇をようやく打てるという期待だろうか。だが、そのどちらでもグレアムは構わないと思っている。どちらにしても自分がやるべきことに変わりはないのだから。
「うむ」
一言でうなずいた後、スクリーンに映る戦場に背を向ける。これからグレアムも画面越しではない本物の戦場に向かう。思えば、彼が戦場に立つのはいかほどぶりだろうか。指揮官という立場から久しく戦場には立っていなかった。英雄とまで呼ばれたほどの男が、だ。
だが、それでもこれから戦場に立つのに不安はなかった。ようやく、ようやくという思いだ。それは自分の指揮が失敗してしまい、失ってしまった部下の仇が打てるからではない。彼の脳裏に思う浮かぶのはたった一人の少女。彼のエゴのために孤独を与えてしまった少女のことだ。
逃げられる、解放される。ああ、なんと都合のいい現実なのだろうか。
彼女を人身御供としようとしているのに。それでも、それでも、確かに彼女を犠牲にした罪悪感を忘れることはない。だが、彼女が一人で暮らしている姿を見ることはないだろう。寂しそうな顔をしている姿に、胸がズタズタにされるほどの痛みを覚えることはないだろう。
楽になれると一瞬でも考えてしまった自分が浅ましい。だが、だが、それでも、それらの汚名を傷を負ったとしても、やるのだ。やりきると決めたのだ。そうでなければ、彼女が抱えた孤独感も何もかもが無駄になってしまう。それだけは阻止しなければならない。
「………せめて彼女の次の目覚めでは幸福でありますように」
彼女が目覚めるころには生きていないであろうグレアムにできることは、次元をまたぐ組織の中で英雄ともてはやされた男ができたのは、情けないことに、ただただ犠牲となる彼女の次の生の幸福を祈ることだけだった。
◇ ◇ ◇
『捕縛結界、設置完了。目標への効果―――確認。第一フェーズ完了しました』
リーゼロッテは祈るような気持ちで前線から次々に上がってくる報告を聞いていた。本来、ここにいたはずのリーゼアリアは、今は結界設置部隊の一人として前線に立っている。グレアムが前線に立たなくなって、リーゼ姉妹も前線に立つ機会はほとんどなく、久しぶりと言ってもいい。それでも、彼女は無事に自分の役割を果たしたようだった。
実際、三つあるフェーズの一つを超えただけなのに、艦橋では「よしっ!」「やった!」などの歓喜の声が上がっていた。
当然といえば、当然だ。作戦の成功率はそれなりに高い数値をだしているものの、相手はあまりに悪名高いロストロギア『闇の書』。正直言えば、前線で相対している武装隊員たちは死地に赴いているのと変わらない心情だろう。
できるだけ練度の高い武装隊員を集めた。熟練度を上げるための訓練期間もとった。やれることはやった、といっても過言ではない。それでも、それでも不安が残るのがロストロギアという厄介な代物なのだ。
だから、オペレータたちが喜ぶのもわかる。わかるが、残り二フェーズも残っているのだ。ここで気を抜かれては困る。
「気を抜くなっ! これからが勝負だ!」
クロノ―――中身はリーゼロッテだが―――が一喝すると少しだけ弛緩した場の空気が一気に引き締まる。その様子に満足しながらリーゼアリアは前線を示すモニターから目を離すことなく戦況を見つめていた。
フェーズは第二フェーズへと移行済み。第一フェーズが闇の書を捕縛結界にとらえることを目的にしたものならば、これからは現状維持が第二フェーズだ。正確には捕縛結界内部にとらえた闇の書の完全に復活する前の魔力が落ち込む瞬間を長引かせるというものだろうか。
闇の書が完全に覚醒する直前、人が跳躍する前に膝を曲げるように一瞬だけ魔力の落ち込みが確認されている。それは前回の忌まわしき事件で観測された魔力だった。そして、完全に覚醒した状況では無理でも、その魔力量であれば、グレアムがリミットを外した状態で氷結魔法―――時すらも凍らせる魔法を使えば、時空という名の牢獄に闇の書を封じることができることを確認している。
シミュレーションの結果では上々だった。だが、闇の書を捕縛し、魔力の底を維持し、グレアムが氷結魔法をぶつけるという三つの段階をシミュレーションすれば、成功率は万全とはいえなかった。今回、成功したのは―――
―――彼女の手柄だね。
闇の書が十数人の武装隊にとらわれているのは気付いているのだろう。だが、近衛ともいえる魔術師たちは高町なのはの守護騎士たちによって足止めされているし、襲われればひとたまりもない竜たちは竜滅者≪ドラゴンスレイヤー≫が相手にしている。横やりが入りにくい状況だ。この状況を作ってくれた高町なのはには賞賛を送りたい。
事態は順調に推移しているといっても過言ではないだろう。捕縛された闇の書は懸命に―――しかし、どこか緩慢に結界から抜け出そうとしているが、十数名からのA級の武装隊。さらには、陣形により魔力を強化している彼らからの捕縛、および魔力封印結界から抜け出すのは並大抵のことではない。
先ほどの捕縛された瞬間からとは180度異なる緊張が支配された艦橋に響くのはオペレータの闇の書の観測データと―――闇の書が捕縛された映像とは別アングルから映された一人の老人から朗々と発せられる魔法の詠唱だけだった。
『悠久なる凍土』
目をつむり、氷結魔法専用デバイス―――デュランダルを構えるグレアムから、その表情はうかがえない。しかしながら、その胸中にはどんな感情が渦巻いているのかリーゼロッテにはわからない。
『凍てつく棺のうちにて』
安堵だろうか、後悔だろうか、懺悔だろうか、しかし、それがどのような感情だとしても、終わりを告げる瞬間は近づこうとしていた。その引き金を引くのは間違いなくグレアムだ。
己の意志で決め、己の力で事を進め、そして己の手で決着をつける。どのような結果だったとしても、すべてグレアムが背負うために。
悲しみも、怒りも、懺悔も、すべて、すべてグレアムが持っていく。その覚悟をもって、あの老人はそこに立っている。賭けるものは決して少なくない。己が名誉、己が名声、己が命。すべてを賭けているのだから。だが、それをグレアムは後悔しない。あの小さな小さな少女の犠牲を無駄にしないために。
その集大成の時間が近づいてきていた。
『永遠の眠りを与えよ』
最後の詠唱が終わった。
「第二フェーズ終了っ! 総員っ! 退避っ!!」
そのリーゼロッテの命令に従って一気にその場を離脱する武装隊員。しかし、その捕縛結界がすぐさま離散するようなことはない。少しの間ぐらいなら持つような術式はすでに仕込んである。仮にそれが闇の書によって破られる時間が刹那の時間だったとしても、グレアムたちにとっては問題なかった。
なぜなら、すでに引き金に指はかかっているのだから。
『凍てつけっ!!』
Eternal Coffin―――とデュランダルから発せられた無機質な音が艦橋に響く。
画面の中の変化は一瞬だった。闇の書が捕縛されていた地点を中心としてパキパキという音とともに空間が白に支配される。
―――極大氷結魔法、エターナルコフィン(Eternal Coffin)
広域殲滅魔法ともいえる魔法。空間、時すら凍らせるランクSの魔法である。魔力のリミッターを外したグレアムと氷結魔法に特化したデュランダルから発せられたその魔法は、まさしく極大氷結魔法の名前に劣らない効果を生み出していた。
まず凍ったのは海面だ。次に闇の書がいた空間の空気。それらが凍り始めた瞬間から白い霧のようなものが発生していた。その中心にいるのが闇の書だ。闇の書が捕縛された空間ごとの氷結魔法。それがこの作戦の集大成。もはや分子レベルで動くことを許されなくなったそれは、まさしく封印といって過言ではないだろう。
ほぼ成功を確信している艦橋。だが、それでも相手は闇の書だ。歴代のロストロギアでも最悪と呼ばれるものだ。油断はできない。
誰かのゴクリと唾をのむ音がやけに大きく聞こえた。
今は究極ともいえる氷結魔法の余波により観測機器類も効かない。戦況がわかるのはもう少し時間がかかるだろう。あるいは、霧が晴れるほうが先か。そんなことを考えている間にゆっくりとエターナルコフィンの余波から状況が回復しようとしていた。
「計器類回復しましたっ!!」
「状況はっ!?」
目視で確認するよりも計器の回復のほうが早かったようだ。早鐘を打つ胸を押さえながらリーゼロッテは急かすようにオペレータに状況を確認する。作戦の直前まで冷静だったクロノ(リーゼロッテ)の声が急かしていることが意外だったのか、オペレータは急いで計器の数値を確認する。
「は、はいっ! エターナルコフィンの魔力余波を除外、闇の書の魔力反応―――っ!?」
驚いたようなオペレータの気配が感じられ艦橋がざわつく。リーゼロッテも、まさか………、と一抹の不安に襲われながら次のオペレータの言葉を待った。やがて、意を決したようにオペレータが次の言葉を発する。
「闇の書の魔力反応健在。エターナルコフィンによる封印術式―――存在せず」
「バカなっ!?」
失敗―――その二文字がリーゼロッテの脳裏をかすめる。
だが、だが、なぜだ。直前までは成功だった。間違いなく作戦は成功だと思った。グレアムの魔力が足りなかったとは思えない。ならば、その他に原因があるとでもいうのだろうか? だが、だが、リーゼロッテには思いつかない。ただただ、胸の中にあるのは焦りだけだった。その焦りは艦橋にも、前線にも伝搬しつつあった。
『バカな、と驚くよりも先にやることがあるんじゃないのか?』
なぜ、なぜ? と理由を探していたリーゼロッテの思考に割り込むように艦橋に響いてきたのは呆けているリーゼロッテをいさめる声。であると同時に聞こえるはずのない声だった。艦橋も更なる混乱に陥っていた。なぜなら、艦橋に響いてきたのは、彼らの目前で指揮を執っているはずのクロノ・ハラオウンと同じ声だったのだから。
まさか―――と、思い、後方の艦橋の入り口に目を向けてみれば、ちょうど出入口の自動ドアが開く瞬間だった。
開いたドアの向こう側にいたのは二人の少年。バリアジャケットに身を包んだ本来はここにいるはずの人間―――クロノ・ハラオウンと彼の協力者であるユーノ・スクライアだった。
「ギル・グレアム提督、リーゼロッテ、リーゼアリア。君たちは時空管理局の指揮権を著しく犯している。大人しく投降してもらおうか」
突きつけられたS2Uには刃向う気力をリーゼロッテは残していなかった。
◇ ◇ ◇
高町なのはは、胸の内に存在している怒りの炎を持て余しながら空を駆けていた。
彼女の胸の中にある怒りの原因は、先ほどのリィンフォースから差し出された翔太の贋物に起因するものである。
最初、翔太の姿を視界に収めた時はうれしかった。ようやく、翔太が自分の元に返ってくる、そう思えたから。だが、それも本当に一瞬の間だけだ。すぐさまその歓喜は絶望へと染まる。贋物の翔太がなのはの名前を口にした瞬間から。
仮に翔太が本物ならば、名前を呼ばれただけでなのはの心は温かくなったはずだ。だが、それに名前を呼ばれた時、なのはの胸に宿ったのは、どうしようもない不快感だった。同じような何かかから同じような口調で名前を呼ばれる。その時の感情は昏く、筆舌にしがたい嫌悪だった。だから、二度目の名前を発しようとしたそれを問答無用でぶっとばしてしまった。
よくよく考えてみれば、それは翔太とは似ても似つかないものだった。姿だけならば、似せられたかもしれない。しかし、存在そのものは似せられなかったということなのだろう。それは写真に写るだけならば、なのはを騙せたかもしれない。しかし、喋ってはダメだ。動いてはダメだ。魔法を使ってはダメだ。呼吸をしてはダメだ。それらの動作すべてが翔太とは異なるのだから。
なのはは許せなかった。それは贋物の翔太でなのはを騙そうとしたことではない。その程度の贋物でなのはを騙そうとしたことだ。
その程度の贋物しか用意できなかったのか、あるいはその程度で十分だと思ったのか、どちらかはなのはにはわからない。だが、騙せると思ったのであれば、それは見くびりすぎている。軽く見すぎている。なのはの翔太への想いはその程度で騙せるほど軽いものではないのだから。
なのはは、今、胸を焦がしている怒りを鎮めるために闇の書の近づこうとしていたが、竜たちが邪魔をしてきてなかなか近づけなかった。相手もなのはを近づければ危険であることがわかっているのだろう。執拗ともいえる妨害だった。
闇の書が召喚した竜たちとは異なる騎士たちは、闇の書の守護騎士たちをぶつけている。毒を以て毒を制すではないが、良い案だった。実際、彼らは互角の勝負をしている。
そうこうしているうちに戦況に変化があることになのはは気付いた。気付けば、闇の書の周囲を武装隊が囲んでいる。今更、何のつもりだろう? となのはは思ったが、その解答は自らの愛機から示された。
『Master! They will seal by freezing magic with Shota』
「っ!?」
彼らが何をやろうとなのはには関係ないことだ。彼らが闇の書を倒そうとも、周囲の竜たちを駆逐しようとも、それはなのはの手間が省けるだけの些末なことだった。そう、翔太が関係しなければ。だが、彼らはどうやら触れてはいけない領域に手を入れようとしているようだった。
「――――止めるよ」
『Yes, My Master』
翔太が関係しているならば、なのはは全力でそれを阻止する。たとえ、相手が時空管理局であろうともだ。翔太に勝るものはなのはの中にはなかった。愛機であるレイジングハートもそんな彼女の意志を受けて打てば響くように返事をする。
『JS System start From I to XV』
ジュエルシードを使ったシステムを起動させる。今回は使えるジュエルシードをすべて投入している。今までは翔太が巻き添えになることを警戒して使わなかったJSシステムだが、現状を止めるためならば使っても問題はない。そして、JSシステムを起動した以上、まとわりついてくる竜たちなど障害ではなかった。
「アクセルシュータ―」
なのはの声に従って魔法が起動する。彼女が使った魔法は普通のアクセルシュータだ。だが、その数が多すぎる。通常であれば、八つもあれば制御しきれるかどうかだが、なのはが顕現させたスフィアの数はそれを十倍しても足りるかどうかである。だが、その数を顕現させてなお、なのはは表情一つ変えなかった。
「シュート」
顔色一つ変えず発せられるスフィアの発射合図。それらはまるで最初から獲物を定めているように竜たちに向かって放たれる。スフィアはまるで獲物を求めて走る狩人の様に一直線に空間を駆け抜ける。竜たちは回避行動をとりはじめるが、ただただ遅い。遅すぎた。彼らが魔法を近くしたときには、なのはと自分たちの格差を本能で悟ったときには、彼らの目前には魔力光による桃色のスフィアが迫っていたのだろうから。
最初のアクセルシュータから次々とスフィアを顕現させ、竜たちが存在する空を鎧袖一触の強さで駆け抜ける。
その存在に気付いていいはずの時空管理局も今は作戦に集中しているのか、あるいはなのはの速さに計器が追い付いていないのか誰も気づいていない。
もっとも、なのはにとっては気付いていようが、気付いていなかろうがやることは変わらないのだが。
一直線に囚われた闇の書に向かったのが正しかったのだろう。上空に浮かんだ老人から魔法が発せられるのとなのはが闇の書の周囲に防御魔法を張ったのはほぼ同時だった。
たとえ、彼から発せられた魔法が彼の人生をかけた極大の氷結魔法であろうとも単騎で時空震を起こせるなのはの魔力量で張られた防御魔法が勝負すれば、その勝敗は火を見るよりも明らかだった。なのはの張った防御魔法の周囲はパキパキという音を立てながら凍っていく。しかし、なのはの周囲は何の変化もない。完全に魔法を防げている証拠だった。
幾ばくかの時間が過ぎて、ようやく周囲が晴れてきた。周囲に見えるのはこちらの様子を窺うように一定の距離を置いた武装隊とその上空に浮かぶ杖を握りしめて、その形相に失望の色を宿した老人が一人だけだった。
「お、お前っ! 何をやってる!?」
上空の老人が声を絞り出すようになのはに向かって叫んでいた。その声には必死さを感じられる。おそらく、老人にとっては大事なことだったのだろう。だが、なのはにも看過できないことがあったのだ。
「………ショウ君を守ったの」
そう、彼は翔太ごと氷結魔法で闇の書を封印しようとした。それは、それはなのはにとって許されないことだ。だから、防いだ。ただそれだけなのだ。だが、そんな簡単なことにもかかわらず老人はどこか衝撃を受けたように驚愕の表情を浮かべていた。
しかしながら、そんなことはなのはには関係のないことだ。上の老人は放っておいて、それよりも翔太のことだ。
そういえば、背後の闇の書が静かだな、と思いながら振り返ってみればすでに拘束が解かれた闇の書が、ただただその場に立っていた。その眼には輝きがない。だが、その一方で彼女が身にまとう魔力は明らかに上昇していた。しかし、動きはない。不思議に思い、なのはがどうしたのだろう? と小首を傾げたところで、動きがあった。
『あ、あの………私の声が聞こえますか?』
発信源は間違いなく目の前のリィンフォースだ。だが、その一方で声はなのはが聞いた声とは違っていた。どこかで聞いたことがある、となのはが記憶の中をあさってみたところ、ごく最近聞いていたことを思い出した。
「八神はやて?」
『え? た、高町さん? お、お願いがあるんや。なんとか、その子を止めてる? 何とかシステムとは切り離したんやけどな、その子が表に出とると管理者権限が使えんのや。今、表に出とるんは、防御プログラムだけやから―――』
どうやら今、闇の書が動かないのは中の八神はやてが何かを行った結果らしい。確かに、今の闇の書からは先ほどのような意志は感じられない。かろうじて立っているが、それだけだ。
しかし、止めろ、と言われてもどうやって止めていいものか、なのはには皆目見当もつかない。そもそも、それが翔太の救出につながるかもわからないのに。
―――高町さん、聞こえますか?
さて、どうしたものか? と悩んでいるなのはのもとに魔法による通信が入った。今まで何も干渉してこなかったのに? と困惑しながらもなのはは、その声の主―――ユーノに耳を傾ける。
―――彼女が言っていることが本当だとすれば、止める方法があります。防御プログラムだけが表に出ている今なら魔力ダメージだけを与えてください。それで防御プログラムはとまるはずですっ!!
なるほど、となのはは思った。言いたいことはわかった。だが、それは翔太の救出につながるのだろうか?
『Master,he is right. Master helped Shota in this way』
なのはの疑念を読み取ったのかレイジングハートが答える。相棒が言うのだから間違いないだろう。何より、今までレイジングハートは間違えることはなかった。それは今回も同じだろう。つまり、今からやるべきことは最初からレイジングハートとともにやろうとしていたことと何ら変わりないのだと。
「いくよ、レイジングハート」
『All right』
愛機からの返答は簡潔なものだった。そんな相棒を頼もしく思いながらなのははレイジングハートを構える。周囲の武装隊員たちは先ほどの話が聞こえていたのか、邪魔するつもりはないらしい。もっとも、止めようと思っても止められるはずもないので、なのはからしてみれば無用の心配ではあったのだが。
「ディバイン―――」
放つ魔法はなのはが持ちうる魔法の中でも信頼がおける魔法。ただし、JSシステムで強化した今、全力で放てば魔力ダメージだけと言えども過剰だ。そのため、威力はレイジングハートに任せている。
なのはの掛け声に合わせてレイジングハートの先に環状魔法陣が取り巻く。やがて集まる魔力。その魔力の大きさはなのはの現在の身長のやや半分といった程度だろうか。その魔力に込められた威力は魔力ランクSの魔導士が全力を振り絞るよりも多い。もしかしたら、SSでも出せないかもしれない出力だった。
そんな魔力を悠々と扱いながら、なのはは眼前の目標へ向けて引き金を引く。
「―――バスターっ!!」
なのはのキーワードを受けて発射されるディバインバスター。そのなのはの身長の半分ほどであった魔力は、放たれると同時に闇の書の管理人格そのものを呑み込むような大きさとなり、光の奔流として闇の書を飲み込んでしまった。通常であれば魔力ダメージであるため体に異変はないはずである。もっとも、これだけの威力を防御魔法もなしに受けた場合にはリンカーコアに異常が発生してもおかしくはないのだが。
実体にはダメージを与えないはずの砲撃は、闇の書の身体に直撃した直後からダメージを与える。最初は足、次は手と言ったように体の先から少しずつ、桃色の魔力に飲み込まれるように姿を消していく。ほぼ無限とも思われた魔力から発せられた砲撃が終わるころには、そこに残ったものは何もなく、ただ静寂だけが残っていた。
―――だが、変化は次の瞬間に訪れた。
ドカンと空気を震わせる衝撃。それは、まるで何か重いものが落ちたような衝撃。いや、実際に落ちていた。眼下に広がる海上に落ちていたのは大きな繭。そうとしか形容しようがないドーム状の黒い何かだった。なのはの周囲に展開された武装隊たちはそれに気づいて動揺したようにお互いの顔を見合わせていた。
しかも、その繭が存在すると同時に海上にも変化が現れた―――具体的には海面から岩がせり出してきた―――のだから仕方ない。
だが、あまりに大きな変化が表れている一方で、なのははそのようなものには一切目を向けていなかった。なぜなら、なのはにはそんなことよりも優先するべきことがあったからだ。そんな些事よりも優先しなければならないことがあったからだ。
「ショウくんっ!!」
繭が現れるのと同時期にまるで空間から割って出てきたとしか言いようがないような登場の仕方だが、翔太が再び姿を現していた。
翔太の姿を視界に映したなのはの行動は速かった。今までいた位置から一直線に飛行魔法を使って飛ぶ。翔太の隣には妹であるアリシアの姿もあるのだが、すでになのはの視界に映っているのは翔太だけだった。
それが功を奏したのか、なのはは自分の腕の中に翔太を抱きかかえることに成功する。
うぷっ、と少し苦しそうな声を出したような気がするが、なのははそんなことを気にしていなかった。今はただ自分の腕の中にある翔太の存在を満喫したかった。翔太の体温、呼吸、匂い、感じられるすべてから翔太という、自分のたった一人の友人という存在を感じたかった。
―――ショウくん………
ぎゅっ、と胸の中の大事な大事な宝物を守るように力を込めるなのは。彼女にとっては、今の時間がただただ幸せだった。
つづく
後書き
純粋な感情はどこまで伝わるのだろうか?
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