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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第三十三話 中




 闇の書がなのはちゃんに倒されて、なのはちゃんが位相空間から戻ってきて、事態が落ち着いたのは、それから一時間ぐらいだった。

 なのはちゃんは、僕と少し話した後にすぐに再び目をつむり、寝息を立てて眠り始めた。

 大丈夫かな? とは思ったが、なのはちゃんと話している間に近づいてきたクロノさんの先導によって案内されたジュエルシード事件以来のアースラに案内されて、検査したところ、どうやら単純に魔力の使い過ぎだということがわかった。使いすぎとはいっても、身体に害があるほどではなく、疲れて寝ている程度のことだそうだ。

 その報告を聞いてほっ、と安堵の息を吐く。これが原因でなのはちゃんに後遺症でも残ろうものなら後味が悪すぎるというものだ。

 また、検査に入ったのはなのはちゃんだけではない。はやてちゃん、アリシアちゃん、僕も検査を行った。とはいっても、僕とアリシアちゃんは簡易的なものでだったが。一応、闇の書に飲み込まれた際に異常がないか調べただけらしい。もっとも、闇の書―――元夜天の書ことリィーンフォースさんによれば、一種の位相空間に呼び出しただけで害はないらしいが。

 害はないとはいっても、変化があるとすれば、アリシアちゃんの態度だけだろうか。いや、もしかしたらこれが本来のアリシアちゃんなのかもしれないが。彼女特有の活発な態度は鳴りを潜め、大人しい………ともすれば引っ込み思案な性格になっているようだ。それでも、僕のそばから離れようとしないあたり、嫌われてはないようだが。

 だが、僕から離れなかったのは少しの間だけだ。検査が終わって、控室みたいなところに案内されて、飲み物を適当に渡された後、お互いに何を話していいのか分からず無言の時間があったあと、アリシアちゃんが僕の肩を枕にして、く~、と可愛い寝息を立てて眠ってしまったのだから。そのままにしているのもどうかと思って、アースラの職員さんに事情を話して寝室を用意してもらった。部屋の数はいくつもあり、問題ないようだ。僕がおんぶで運んで、部屋に備え付けられていたベッドに寝かしつけた後は、目にかかかっている前髪を払い、おやすみ、と言葉を残して僕はアリシアちゃんが眠っている部屋を後にした。

 再び控室のような部屋に戻った僕は無料のコーヒーを飲みながらクロノさんからの報告を待っていた。しかし、そうそうと連絡が入る様子はない。そもそもアースラ全体が騒がしい様子を見せている。簡単に事情を説明されただけだが、どうやら今回の作戦責任者がいろいろと時空管理局の規約に触れていたらしい。その後始末でいろいろとアースラ全体が騒がしいらしい。

 終わりよければすべてよし、というわけにはいかないようだ。

 宮仕えも大変だな、と思いながら、僕は暇つぶしのために携帯電話をポケットから取り出した。以前、時間つぶしのためにダウンロードしたゲームでもしようかと思ったのだが、そもそも、この場所に電波が届いているか疑問だ。そんなことを思いながら画面を見てみれば、案の定、電波は圏外であり、まったく入らない状態だ、これではゲームはできないな、と諦めかけたのだが、その代わりに目に入ってきたのは10件以上のメールだった。

 いつの間に受信したんだろうか? と思ったが、闇の書を倒した直後に結界を解いた瞬間があった、その間に受信したのだろう。

 さて、誰からかな? と思いながら受信先を見てみれば、その相手は主にアリサちゃんだった。主にと思ったのは、すずかちゃん相手のメールもあったからだ。もっとも、その割合は全体の八割がアリサちゃんで、残りがすずかちゃんという感じである。過去から順番に読んでいくのだが、アリサちゃんは最初に「さっきのは何よ! 連絡しなさい!」という感じで強気だったのだが、最後のほうは、「ちょっと、連絡しなさいよ」という感じでだんだん弱気になっていくのが少しだけ笑える。

 もっとも、連絡しない―――連絡できなかった僕が悪いのだが。

 一方で、すずかちゃんは、「先ほどの件で話できますか?」や「大丈夫ですか?」という感じのメールが大半で、アリサちゃんとは違って冷静という感じだった。ただ、それで二人の友達を想う心を疑ったりはしない。単純な気持ちの問題だろう。ただ、アリサちゃんの数分に一本のメールはどうかと思うが。

 さて、どうしたものだろうか?

 携帯で時間を確認してみれば、日が暮れている時間とはいえ、まだ寝るには早い時間。冬休みに入っているのだからなおのことだ。そのことを踏まえて考えれば、できればアリサちゃんとすずかちゃんに事情を話に行きたいところだ。ただでさえ、彼女たちには魔法を使うところを見られているのだから。

 ここから僕が出るためには許可を得なければならない。ついでに、魔法のことを話すのにも許可が必要だろう。最初の4月のころも口止めはされていたのだから。もっとも、彼女たちが巻き込まれていることを考えれば、アリサちゃんたちはすでに被害者としての関係者といっても過言ではないので許可は出るものだと思う。

 いろいろと可能性を考えてみたのだが、結局のところクロノさんに聞いてみなければ何もわからないということに行きつくのはそんなに長い時間ではなかった。与えられた一室から連絡できる電話のようなものの前に立つ。具体的な連絡方法はクロノさんから聞いている。アースラ全体は忙しそうだが、こればかりは後から確認するというわけにはいかないだろう。何より、待っているだけというのは意外とつらいのだから。

 控室の通信機からあらかじめ使い方を教えてもらっていた方法でクロノさんへとコールする。

『どうかしたかい? 翔太君』

 コールからさほど時間をおかずにクロノさんが通信に応えてくれた。携帯と似たようなものだから、忙しいときは出られないと言っていたが、どうやら今はタイミング的にも問題ないらしい。とはいっても、クロノさんのテレビ電話の画面のようなものから見える背後はとても忙しそうにバタバタしているが。

 どうやら、これは手短に用件を伝えたほうがよさそうだ。

 忙しそうなクロノさんの邪魔をしてはいけないと思い、単刀直入にアリサちゃんたちへの事情説明の許可について話した。

「いくつか制約がつくが、基本的に説明してもらって構わないよ」

 いくぶん渋られるかと思われたが、あまり間をおかずに帰ってきた答えは意外なことに快諾だった。少しの制約ということが気になるところではあるが、クロノさんの性格を考えれば、あまりきつい制約というわけではないだろうと思う。

 実際、そのあと説明を受けたのは、基本的に魔法世界のことは話しても構わないが、事件のことは深いところまでは話さないこと。話すのは二人だけにとどめること、などだった。残念ながら僕のいる地球という世界では魔法というものはファンタジーで、本の世界にしかないもと考えられている。

 僕みたいに実際に見ていれば信じる人もいるだろうが、子どもが魔法があるといったところで真に受けるのは本当に子どもだけだろう。何より、あの二人が秘密にしてほしいことを勝手に他人に話すとは思えない。だからこそ、クロノさんから言われた制約に対して、否と答えることはなかった。

「今から行くのかい?」

「そうですね、できれば今から行こうかと思います」

 これ以上遅くなってしまうと明日以降にしなければならないとは思うが、そうなるとアリサちゃんの僕への怒りがすごいことになっていそうだ。そもそも、アースラにいるからこそメールは受信できないが、地上に出てしまえば、さらにメールを受信しそうで怖い。

 僕の心情を知ってか知らずか、クロノさんは僕が即答したのを見て、少しきょとんとしてくつくつと笑い始めた。

「失礼、いつも冷静だとおもっていた君がそこまで焦るとは、よほど怖いお友達なんだな」

「否定はしませんよ」

 僕はくすくすと笑いながら答えた。アリサちゃんは、意外と怒ると怖い。美人は睨まれただけで怖いというが、それに近いだろうか。表情は幼いのだが、顔立ちの造形は、可愛いのだから怒った時の表情はそれはそれは威圧感にあふれていた。

「なら、早くいったほうがいいな。僕から転送装置の申請はしておくから行くといい」

「いいんですか?」

「今の状況で地上への転送装置を使うような人間はいないよ」

 半分諦めたような表情でクロノさんは笑う。もっとも、それは乾いた笑みというのかもしれないが。だが、これは好機でもある。忙しくて僕に出番がないというのであれば、遠慮なく使わせてもらおうではないか。

「では、遠慮なく行かせてもらいますよ」

「ああ、行っておいで。遅くならないうちに連絡をくれればいいから」

 僕を心配するような一言で笑顔で僕を見送るクロノさんはきっと親になったならいい父親になるんだろうな、と思考の片隅で思った。



  ◇  ◇  ◇



「雪か………」

 アースラから地上へ転送され、人目のない空き地に送られたのだが、室内から急に外に放り出された気温の変化を感じ、あらかじめ着ていたコートの襟を風が入らないように閉じた後、ふと目の前にゆっくりと舞うように落ちている冷たく白い綿のようなものを見て、思わずつぶやいていた。

「どおりで寒いわけだ」

 手がかじかむような寒さというが、まさしく寒い。ポケットの中で暖を求めてしまうほどに。加納であるならば、このまま家に帰って、こたつの中でゆっくりしたい。しかし、それは許されないだろう。仮にやったとすれば、次にアリサちゃんとすずかちゃんに出会った時に気まずいのは間違いない。

 なにより、僕自身がもやもやとしてしまう。

 あの場所で出会わなければ、クロノさんから秘密にするように言われていた、という言葉を免罪符にはできただろうが。見つかってしまった、巻き込んでしまった今となってはその言い訳も意味をなさない。すでに知られてしまったことを友人に話さないのは気持ちが悪い。

 だから、あの二人に話しに行こう。おとぎ話の中にしか存在しなかった魔法という夢のような不思議を。

 しかし、ただ話すだけというのも味気ない。そもそも、せっかく魔法というものを知ったのだ。いや、知ったというよりも、知ってしまったというべきかもしれないが。それでも、その魔法を知ったのが、あんな事件みたいな危険な目にあいそうな時というのは、運が悪い。

 確かに魔法は闇の書の様に危険なものもあるが、楽しいことだってあるのだ。もっとも、僕からしてみれば新しい技術に目を輝かせるようなものかもしれないが。

 だから、少しだけでも魔法の良いところを経験してもらおうと思った。

「S2U、周囲に人の影は?」

『No problem,boss』

 クロノさんから借りたままのストレージデバイス『S2U』は女性の声でストレージらしく簡潔に応えてくれた。レイジングハートの様に人間味のある答えもいいと思うが、これくらい機械らしく簡潔なのもまた味があると思うのは僕がもともと理系の人間だからだろうか。

 さて、僕の機械の好みは別として、人の気配がないのであれば早速向かうとしよう。

「よっ、と」

 とん、と地面を蹴りだすと、僕は飛行魔法を使い、空へと飛びだした。雪の舞う空の中をシールドを張りながら進む。まるで車のフロントガラスに雪が当たるようにシールドに触れると雪が解けていく。幸いなことに空で交通事故はありえない。自由に飛べるというものである。ついでにシールドとなっている結界には認識祖語の魔法もかかっているため、ちょっと見られたぐらいでは特に問題はない。

 さて、このままアリサちゃんとすずかちゃんの家に向かうのは問題があるかな。子どもが出歩くような時間でもないから、外に出るのは難しいだろうし。ならば、窓からこっそり連れ出すしかないかな、と思うのだけど、魔法を使った状態で迎えに行って、大声を出されないとも限らない。だったら、先に連絡しておく必要があるだろう。

 僕はポケットから携帯を取り出すと、電話帳のクラスメイトのグループからアリサちゃんの名前を探し出し、通話ボタンを押す。

『ショウ!? ちょっと、あんた大丈夫なんでしょうね!?』

 コール音は、二回か三回ぐらいの短い時間だったが、アリサちゃんも持っているのは携帯だ。僕の名前が表示されていたからだろう。つながると同時に少し携帯を耳から離さなければならないほどの大声が発せられた。ただ、声色から心配していることがありありとわかるあたりが感情豊かなアリサちゃんらしいな、と関心してしまう。同時に浮かんできたのは、本当に心配させてしまったな、という反省だ。

「心配させてごめんね、僕は大丈夫だから」

 本当は闇の書に飲み込まれたり、日本を壊滅させかけた怪物と対峙したりしたが、すでに終わってしまったことだ、無用な心配をさせる必要はないだろう。

『はぁ~、よかったわ』

 今まで緊張していたのか、よほど心配していたのか、ようやく気が抜けたと言わんばかりに安堵の息を吐いていた。

『それで、ちゃんと説明してくれるんでしょうね』

「もちろんだよ」

 このまま説明しなくてもいいのかな? と思ったのだが、そうは問屋が卸さないようだ。そもそも、きちんと説明はするつもりだったのだが。

『今から家に来られる? すずかも一緒にあんたからの連絡を待ってたんだから』

 どうやら、あの空間から助けられた二人はそのままアリサちゃんの家で僕からの連絡を待っていたらしい。クリスマス・イヴなのに良かったのだろうか? と思ったのだが、よくよく考えたらアメリカなどの風習ではイヴというのはあまり関係ない。クリスマスを家族で過ごすことに意味があるのだから。イヴという習慣は日本特有と考えていいのだろう。

「大丈夫、もう今から向かっているから。そうだね、あと五分後ぐらいに着くかな」

 普通に歩けば、もっと時間がかかるのだが、僕が通っているのは上空という信号も道路もない、僕だけの通り道。直線距離でちょっとした原付ぐらいの速度は出ているのだ。転移された場所からアリサちゃんの家までにかかる時間はそんなに必要なかった。

『早いわね。分かったわ、着いたらまた電話しなさいよ』

「分かったよ。でも、電話したら、玄関じゃなくてアリサちゃんの部屋のバルコニーに出てくれないかな」

 僕の言葉に少し不思議に思ったのか、んんん? と考えるような不思議な間が開いた。だが、何か納得できたのだろう、よくわからないけど、という色を残しながらアリサちゃんは再び電話口の向こうから答えを返してくれた。

『変なこと言うわね。でも、分かったわ。すずかと一緒に出ればいいのね?』

「うん、二人一緒に。できれば、寒くない格好をしてくれると手間が省けるかな?」

 そう、これから連れて行くのは魔法の世界。ただし、防寒まで完璧か? と問われてもイエスとは答えられない。今、僕が寒さを感じてコートを着ているのが何よりの証拠だ。ユーノくんなら結界の中も完璧なのかもしれないけど。

『なに? 外に出るの?』

「うん、まあ、近いかな。そのほうが都合がいいしね」

 アリサちゃんの部屋でもいいのかもしれない。だが、それだと万が一にもアリサちゃんの家族に聞かれてしまう可能性もある。魔法など与太話にしかならないだろうが、それでも魔法の世界を見せるのと今まで黙っていたことに関してのお詫びの意味もあるのだから。

『よくわからないけど、準備だけはしておくわ』

「うん、よろしくね」

 それじゃ、また、あとで、とそれだけ言うと僕は携帯の通話ボタンを押して、アリサちゃんとの電話を切り、ポケットの奥に携帯を押し込む。

 さて、早く向かわないとな、と思いながら携帯に向けていた意識を飛行魔法に向ける。集中していると魔力に影響があるのか、少しだけスピードが上がる。誰もいない空を飛びながら、ふと眼下を眺めるとそこに広がっていたのは光の渦ともいうべき、いつもよりも過剰に装飾された街並みだった。

 そういえば、今日はクリスマスイブだったな、と今更ながらに思い出し、これからの僕が行うことはクリスマスプレゼントになるだろうか? と今年は用意していなかった彼女たちへのプレゼントの代わりになることを願いながら、僕はアリサちゃんの家へと向かうスピードを上げた。



  ◇  ◇  ◇



 空を飛ぶこと十数分伍、僕は海鳴でも一番目か二番目に大きな西洋風の館の一室の前に浮かんでいた。童謡の中でしか見たことないようなバルコニーの先にあるのはアリサちゃんの部屋だ。僕も英会話を教えてもらうために入ったことがある。電気がついているところをみるとどうやら彼女たちは約束通り、部屋にいてくれているようだ。

 それを確認した後、僕はコートの中から再び携帯を取り出して、発信履歴からアリサちゃんの番号をコールする。最初から待ち構えていたのだろうか、アリサちゃんは最初から待ち構えていたのだろう。一回のコールが鳴り終わる前に電話を取ってくれたようだ。

『ショウ? もう着いたの? 今から玄関に行くから待ってなさい』

「ああ、違う、違うよ、アリサちゃん」

 もう説明を聞きたくて、居ても立っても居られないのだろう。アリサちゃんの声からも焦っていることがよくわかる口調だった。だが、ここで玄関に向かわれては僕も困るのだ。

『どういうことよ?』

「すずかちゃんとバルコニーに出てきてよ」

『どういうことよ?』

「いいから」

 何言ってるの? と言いたげな無言の間が発生したが、僕の悪戯っぽい笑いが届いていたのか、仕方ない、と言わんばかりに大きくため息を吐くと、『分かったわよ』と応えてくれた。

 もともとバルコニーは、アリサちゃんの部屋から直接行くことができる。だから、アリサちゃんが携帯を片手にすずかちゃんと一緒に出てきたのは、アリサちゃんが答えてからすぐのことで、バルコニーに出てきたアリサちゃんとすずかちゃんが、宙に浮いている僕を見て、信じられないものを見た、と言わんばかりに目を大きく見開いていた。

 そんな彼女たちの想像通りの姿にたまらず苦笑し、手に持っていた携帯をポケットに仕舞うと、空いた両手を彼女たちに誘うように差し出す。

「こんばんは、お嬢様方。少し寒いかもしれませんが、僕と空の散歩に行きませんか」

 芝居がかった言い方になってしまったのは、魔法という非日常を演出するためのものだった。外から見れば、宙に浮いている不審者でしかないのだけれど………。

 ぽかんと呆けているアリサちゃんとすずかちゃんだったが、最初に正気になったのはすずかちゃんのほうだった。呆けていた表情がやがて納得したような表情になると、にっこりとした笑みを浮かべて僕が差し出していた右手をとる。今まですずかちゃんは家の中にいて、僕は外にいたためか、手の平から感じられる温もりはとても温かく感じられる。逆にすずかちゃんには冷たく感じられたのか、「冷たいね、大丈夫」、とこの非日常的な状況において、平凡なことを問われてしまう始末だ。

「さあ、アリサちゃんも」

 すずかちゃんに握られた手とは逆の手をアリサちゃんに差し出す。やがて、意を決したようにえいっ、と半ば勢いに任せたように一歩を踏み出すと空いているもう片手をぎゅっと握った。僕は改めて二人が握っている両手を強く握り返すと、これから目的としている場所に顔を向ける。

 ―――つまり、天空だ。

「いくよっ!」

 空中を地面のように蹴りだす。それ自体には意味はない。だが、僕の意志をくみ取ったように魔力は推進力となって子ども三人分の体重を遙か上空へと連れて行ってくれる。

 僕は何度も体験したことだが、両手の二人は当然、初めての事だろう。え、えぇぇぇ、という驚きの声とうわぁ、とある種感激したような声が同時に聞こえた。二人とも寒くないかな? とは思ったが、僕たちの周囲はシールドで囲んでいる手を離しても問題はないし、温度も問題ないだろう。

 アリサちゃんとすずかちゃんと手をつないだ僕は徐々に高度を上げていく。海鳴で一番高い高層ビルを越えて、さらにそれよりも高い場所へ。各家の明かりの一つ一つが認識できなくなり、100万ドルの夜景とは古いが、そこそこの夜景になり、それでも高度を上げる。やがて、高度はついに今日の海鳴を覆い隠し、雪を降らせている雲にも届き、その中さえも突っ切ってしまう。

 雲を通る時にはさすがに二人からも、困惑の声と悲鳴が聞こえたが、あえて無視した。なぜなら、僕が連れて行きたい世界はその先にあるのだから。

 やがて、分厚い雲を抜けた先。地上からの光が届かない雲の絨毯が広がる空の世界へようやく到着し、僕は高度を上げるのをやめた。

「さぁ、着いたよ」

 ここが目的地だ、と言わんばかりに僕は今まで先導していた手をつないだまま、まるで円になるように二人と向き合った。

「こ、ここって、空の上?」

 さすがに今まで来たことのない場所に連れてこられて驚いているのだろう。今まで空を飛んできたのだから当然のことをアリサちゃんが問う。もっとも、その中には疑問と一緒に恐怖も混じっていると思う。当たり前だ、僕は魔法に触れてそろそろ一年になろうとしているが、アリサちゃんはたった今触れたばかりなのだから。

「そうだよ。でも、大丈夫。雲で下は見えないし、シールド………檻みたいなもので包んでいるから落ちることはないよ」

 できるだけ安心できるように僕は彼女に説明する。アリサちゃんは一瞬、何かを言いたそうな表情をしていたが、やがて諦めたようにはぁ、と大きくため息を吐いた。来てしまった以上、仕方ないと思ったのか、あるいは、これからの説明しだいにしようと思ったのか、僕にはわからない。

 とりあえず、アリサちゃんが落ち着いてくれたので、よかった。

 さて、すずかちゃんは、と思い、もう片方に視線を向けてみれば、すずかちゃんは意外にも落ちつた様子で微笑んでいた。まるで、そこにいても何の不思議もない、というように、日常であるかのようにすずかちゃんは微笑んでいた。

 不思議な現象に巻き込まれているはずなのになぜだろう? とは思ったが、よくよく考えてみれば、すずかちゃんだって似たような秘密を抱えた本人だ。世界には不思議があふれている。吸血鬼がいるなら、魔法使いがいてもおかしくない、と考えていてもおかしくないだろう。

 ―――転生者はどうかはわからないが。

 僕が考えていることが分かったのか、すずかちゃんはすべてを承知したように、大丈夫というようににこっ、と笑みを深めた。

「ちょっと、黙ってないで、こんな場所に連れてきた理由とこんな状況になってきた理由を話しなさいよっ!!」

 僕がすずかちゃんが落ち着いている状況について考えを巡らせている沈黙を意味のない沈黙ととらえたのだろう。アリサちゃんの口調からは話をするなら部屋でも十分なのにどうして連れてきたんだ? という怒りのようなものが見え隠れしていた。

「ごめんごめん、今から説明するから。………そうだね、最初に二人をここに連れてきた理由かな。上を見てごらん」

 僕がそう言いながら首を傾け、上を見る。僕につられるようにして二人も上を向いたのがわかった。そして、同時に発せられる「うわぁ」という感嘆のこもった声。

 僕たちが見ているのは空だ。ただし、この空は遮るものが何もないうえに、下からの光は雲が遮ってくれている。ただただ夜の闇が広がる空。その中を明るく点々と彩るのは無数の星々だった。しうも、季節は冬だ。空気は乾燥しており、天体観測にはピッタリの気候ともいえる。ゆえに、そこに広がるのは冬の星々。プラネタリウムなどで見るような贋物ではなく、本物の空だ。

「メリークリスマス! 僕からのプレゼントは気に入ってくれたかな?」

 えっ? という顔をして二人が僕を見る。

 実は、今回のことに巻き込まれて二人にクリスマスプレゼントが用意できなかった。だからこその代替案。本当は時間を見て買いに行こうと思っていたのだが、今回のことで本当に時間がなくなってしまった。だから、これを思いついたのだ。もっとも、思いついたのは、ここに来る直前だったのだが、それは秘密である。

「ま、まぁまぁね!」

「素敵だと思うよ」

 アリサちゃんは感動したことが照れくさいのかそっぽ向きながら、すずかちゃんはくすっ、と笑みを残した後に素直に感想を述べてくれた。

 ―――あれ? もしかして、すずかちゃんにはばれているのだろうか?

 タイミングから逆算すれば考えることは可能だが………まあ、あまり考えないほうが精神衛生的にはいいだろう。そう結論付けて、僕はアリサちゃんとすずかちゃんに倣うように上を向く。

 そこに輝く星々は僕の中での疑問などどうでもいい、と言わんばかりに輝いていた。

 やがて、どれほど時間が経っただろうか、上を向くための首が疲れてきたのか、最初に声を出したのはアリサちゃんだった。

「ねぇ、ショウ、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」

 飽きてきたのか、あるいは焦れてきたのか、僕にはわからないが、最初に事を進めようとしてきたのはアリサちゃんだった。

「そうだね、この光景なら季節が変わればまた連れてきてもらってもいいわけだし」

 事の次第がばれているすずかちゃんも、しれっと次の約束を織り交ぜならがアリサちゃんに同意してきた。

 もともと、僕としては彼女たちに事情を話すためにやってきたのだ。このクリスマスプレゼントはそもそも蛇足。ついでに過ぎない。いつ話しても大丈夫なのだ。だから、僕はたった二人の観客を前にして、朗々と物語を紡ぐことにした。このたった一年の間に起きた摩訶不思議な物語を。

「そうだね。始めようか。僕が魔法使いになった物語を」

 すべての始まりは、三人で拾ったフェレット。そこから始まるジュエルシードを巡る冒険活劇。もちろん、僕がけがをしたことなどは伏せつつ、時空管理局の力となのはちゃんの魔法の力を借りて事件を解決したことを説明していく。そして、この冬から始まった事件、アリサちゃんたちに事情を話さなければならなくなった事情もある程度のことを話していく。

「―――というわけだよ」

 すべてを語り終えたのは十分ぐらいだっただろう。この一年の、怒涛というには若干短く、しかしながら、僕―――蔵元翔太という人生を変えるには十分すぎる出来事をダイジェストで伝えるのはどうやら十分程度で十分だったらしい。

 僕は語り終えて、二人の反応をうかがう。

 すずかちゃんは少し信じられない物語を聞いたような、しかし、それでいてどこか納得したような、そうなんだ、と言いたげな表情をしていた。一方のアリサちゃんは、俯いており、表情がよく見えない。アリサちゃん、と声をかけようとしたその時、がばっ、と顔を上げ、同時に口を開いた。

「なんでよっ!」

「え?」

「なんで、あたしたちに話してくれなかったのよっ!」

 ―――すごく理不尽なことを言われているような気がするのは僕だけだろうか?

 とは思ったが、すずかちゃんも呆然としているところを見るとどうやら僕だけではないらしい。

 言い訳をさせてもらえば、そもそも魔法などを簡単に話すわけにはいかないし、この地球外のルールにのっとっているのだから話せるわけもない。だが、アリサちゃんの訴えはそれらとは関係ないように思えた。感情の発露、というべきだろうか。自分の中にある感情に従って声を出しているように思える。

 そもそも、アリサちゃんは頭がいい。それは物事を理解できるといってもいい。つまり、僕の説明の中にあった時空管理局と魔法の関係もわかっているはずだ。

 だが、それでも、なお彼女には言いたい、言わなければならないことがあったのだろう。

「あたしたち友達でしょう!? だったら、一緒に悩んでもいいじゃないっ! 危ないこともあったかもしれない。でも、それはショウだって一緒でしょう!? あたしは話してほしかった。友達だから、他の誰に秘密でも、あたしには―――あたしたちには」

 それはあまりに純な言葉だった。友達だから、友達だからこそ話せないこともある。だが、彼女の幼さはそれを感じ取れない。友達だから、何でも話し欲しい、共有してほしい。幼さゆえの理想と笑うべきか、あるいは、僕がそこまで彼女たちに信頼されていることを喜ぶべきか。

 少なくとも前者ありえない。僕としても彼女たちは得難い友人なのだから。ならば、僕は喜ぶべきだ。ここまで信頼を寄せてくれている彼女に。そして、反省すべきだ。ここまで信頼を寄せてくれている彼女に話せなかったことを。

 実際には僕が話すことはなかっただろう。どうしても、前世の記憶に引っ張られてしまうから。彼女たちへの態度は少なからず遠慮が出てしまう。年上ならではの傲慢さが出てしまう。ゆえに、反省すべきは彼女がここまで僕に信頼を寄せていることに気付かなかったことか。

「ごめんね。今度からは、君たちに相談するようにするから」

「………絶対よ」

 今の顔を見られたくないのか、アリサちゃんはそっぽを向いて、少しの間を置き答える。それはどこか拗ねているような、でも、伝えたいことが伝わって嬉しいというような感情が入り混じったような複雑な声色だった。

「絶対だからね」

「うん」

 次があるかどうかなんて、わからない。相談できるかもわからない。でも、彼女の―――その友達だと認めてくれ、僕を心配してくれている純な気持ちには応えたいと思う。応えなければならないと思ってしまう。

 アリサちゃんからの念押しに対して素直に答えたことに、彼女は満足げにその日一番の笑みを浮かべるのだった。


















 
 

 
後書き
 友達だから話せることがあり、友達だから話せないことがあることを少女は知らない。 
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