イリス ~罪火に朽ちる花と虹~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Interview13 アイリス・インフェルノ
「コドモ扱いしないでーっ」
新たな分史世界が探知されたと、ヴェルからルドガーに連絡が入った。
ルドガーが動ける仲間に召集をかけると、ほぼ全員が出揃った(ガイアスだけ都合が合わず来られなかった)。
分史世界のトリグラフに入り込んだ彼らは、3組に分かれて街で聞き込みをすることにした。
というのも、普段はルドガーのGHSで偏差反応を見ながら時歪の因子に近づいていくのに、その画面が機能しなくなっていたため、こうして足での捜索に切り替えたのだ。
ちなみに組み合わせは、ルドガーとエルとレイア(+イリス)、ジュードとローエンとミュゼ、アルヴィンとエリーゼとなったのだが。
「ねえ、エル。本当にいっしょに行かないんですか?」
エリーゼがエルの両手を持ち上げて、懸命にエルに訴えている。エリーゼはエルに、自分たちと同伴するように誘ったが、エルに断られたのだ。
「エリーゼはシンパイショーだなあ」
「だってそっちには……」
エリーゼが視線を流した先を見逃すルドガーではなかった。エリーゼはレイアの影――影に潜んでいるイリスを見たのだ。
「だいじょーぶだよ。またこんどね」
「はい……」
エリーゼはようようエルの手を離し、アルヴィンと二人で去った。
「ジュード。私たちも早く行きましょう。私、これ以上、精霊殺しの近くにいたくないわ」
「ミュゼっ」
ミュゼは悪びれもしないで、拗ねた子供のようにそっぽを向いて、先に行ってしまった。ジュードが困った顔をしてルドガーをふり返った。
「ルドガー。イリス、前にミュゼに、何もしないって言ってなかったっけ?」
「言った。俺も覚えてる」
知らず拳を握り固めた。
ルドガーにとっては親を侮辱されたに等しい。精霊の間でイリスが嫌われ者なのは何となく知っていたが、それをはっきりと形にされて、腹が立った。
ルドガーはエルの手を握ってから踵を返した。
「早く行こう。やることやってくれるなら別にいいだろ」
ルドガーとエルに次いで、レイアが、ジュードとローエンに軽く手を振ってから付いて来た。
ふと気づく。このメンバー構成は、ルドガーにとっての最良ではないか。守るべき少女と、恋しい異性と、母のような女性――
「ねえ、ルドガー、エル。情報集めだけど、図書館に行かない? ちょっと考えてることがあるの」
ルドガーは慌てて考えを切り替えた。
聞き込みはジュードたちという豊富な人材がいるから、自分たち3人(と1匹)が抜けても大差ないだろう。それに、こういう時のレイアのひらめきは、大体が大当たりする。
「エル、いいか?」
「んー。ルドガーがいいならいいかな」
「じゃ、さっそくしゅっぱーつ」
「ナァ~」
いざトリグラフ市立図書館に入るなり、レイアは脇目も振らずカウンターに行き、
「今から遡って1年分の新聞のバックナンバーを閲覧させてください」
と、司書に頼んだ。
司書が数百部はあるであろう新聞を台車に載せて持って来てから、レイアは凄まじいスピードで新聞をチェックし始めた。
左から右へ読み終わった新聞を積み上げていく。もはや速読だ。
ルドガーとエルは呆気に取られて見ているしかなかった。
全ての新聞を読み上げたレイアは、溜息たった一つ。みじんも疲れの色を見せなかった。
「何か、分かったか?」
「うん。どうもこの分史世界、断界殻がなくならなかった場合のエレンピオスみたい。リーゼ・マクシアには入れないよ」
レイアはあっけらかんと答えた。
「ど、どうして」
「今日の新聞は正史世界の日付と同じだったから、時間軸はわたしたちの世界と同じでしょ? だったら1年前には断界殻開放が大ニュースになってるはず。でもそんな記事なかった。だからここは、まだ断界殻が割れてない、隔てられたままのエレンピオスだと思うの。それならルドガーのGHSが使えなくなったのにも納得いくし」
「え?」
「多分、時歪の因子はリーゼ・マクシアにあるのよ。断界殻の向こう側のね」
「あっ」
言われて、ルドガーも意味を理解した。
「どーゆーこと?」
「断界殻を破ってリーゼ・マクシアに渡らない限り、わたしたちは正史世界に帰れないってこと」
「そんなのこまる!」
エルが身を乗り出した。大声を上げたので閲覧室の利用者が訝しげにこちらに注目した。
ルドガーは慌てて「しーっ」とエルに言いつけた。エルも分かったようで、慌てた様子で口を塞いだ。
「一旦出ようか」
新聞のバックナンバーを台車に再び戻してから返却し、ルドガーたちは図書館を出た。
すると、ルドガーたちが人の少ない場に出るのを待っていたかのように、宙に紫の立体球形陣が結ばれ、中からイリスが舞い下りた。
「断界殻の突破には、考えはあって?」
「うーん」
ルドガーは腕を組んだ。リーゼ・マクシアへの行き方。マクスバードもシャウルーザ越溝橋もない、そもそも異次元にある異世界。
「ここはイリスに任せてもらえないかしら?」
「イリス、断界殻破れるの!?」
レイアが元からまんまるな目をさらに丸くした。
「やったことはないけど、今のイリスにならできる。1000年前までのイリスじゃない。心配しなくても誰も傷つける方法じゃないわ。イリス自身も」
優雅に銀髪を肩から払うイリスは、確かに自信に満ちているように見えた。おまけにイリスが我が身を傷つける方法でないなら、願ったり叶ったりだ。
「分かった。頼む」
「いい子ね」
下から頭を撫でられた。ラバースーツ越しの掌を、とても温かく感じた。
「ルドガー、コドモみたい」
「あら、ごめんなさい」
イリスはルドガーの頭から手を引くと、今度はエルの頭を帽子の上から撫でた。
「コドモ扱いしないでーっ」
「ふふふ。可愛い子」
ルドガーがしゃがむと、イリスはエルを撫でていた手と反対の手をルドガーに伸べた。イリスはルドガーとエルの両方を緩やかに抱き寄せた。
「可愛い可愛い、ミラさまの子どもたち。こうしてそばにいられる。何て、幸せ」
それが本当にやわらかい声だったから、不覚にも胸に熱いものが込み上げた。
ルドガーはごまかすように、小さく俯いた。
ページ上へ戻る