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イリス ~罪火に朽ちる花と虹~

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Interview13 アイリス・インフェルノ
  「さすが記者のタマゴ」

「よぉし。目途が立つんなら、ジュードたちに集合かけちゃうね」
「あ、ああ」

 レイアはGHSでメールを打ち始めた。ルドガーがいつも見惚れてやまない、あのキレイな笑顔で。

 イリスの腕が緩んだので、名残惜しくはあるが、ルドガーは立ち上がってレイアの横に並んだ。
 ちなみにエルは抱えたルルの毛並みに口元をうずめてむくれている。かわいい。

「みんな、どれくらいで来られそうだ?」
「5分もかからないんじゃないかな。同じ街の中だもん。ただ……」
「ミュゼ、か」

 これにはルドガーとレイア、合わせて肩を落とし、溜息を吐いた。
 ミュゼはイリスを嫌っている。イリスが「精霊殺しの精霊」だから。

「なるべく距離取らせて、あんまり話さずにすむように俺たちで間に入ろう」
「うん。わたしもそのくらいしか思いつかないや。何もないといいんだけど」


 先に図書館前に来たのはアルヴィンとエリーゼだった。
 エリーゼはイリスを見て一瞬だけたたらを踏んだが、すぐにエルのもとへ歩み寄った。

 アルヴィンはルドガーとレイアのほうへ来た。

「よ、レイア、お手柄じゃん。さすが記者のタマゴ」
「これでも毎朝新聞はチェックしてるもんね」

 レイアは両手を腰に当てて胸を張った。

「それ、デイリートリグラフの備品の自社製品でしょーが」
「だって自分で買うと生活費かさむんだよー」

 とりとめもない話をしていると、ジュードとローエン、そして心配の種であるミュゼが来た。これで全員が揃った。

 案の定、ミュゼはイリスから一定の距離を取って浮いている。

(本当に何事も起こりませんように)

「ルドガー。レイア。イリスが断界殻(シェル)を破れるって本当?」
「ああ。詳しいことはイリスから話すって。――イリス」

 ずっとしゃがんで膝で頬杖を突いて微笑んでいたイリスは、キュロットスカートを払って立ち上がった。


「簡単よ。隔世の殻の近くまで船で行って、イリスの蝕で殻に穴を開けるわ」


 ルドガーとエルを除く全員が驚きに息を呑み、目を瞠った。

「できるわけない」

 一番に口を開いたのはミュゼだ。

断界殻(シェル)はマクスウェル様が大量のマナを使って築いた破格の閉鎖術式。お前ごときに破れるものですか」
「そうね。元はイリスにもそれだけの力はなかった。あれば2000年前、とっくに破って“道標”を回収してるわ」

 イリスは自身の両腕を抱き締め、悔しげに俯いた。しかし、すぐに顔を上げた。

「けれどその臨界点を超えたの。つい最近。トール文明のデータを吸収したあの日に」

 イリスは嫣然と笑んで、愛しむ手つきで下腹を撫ぜた。――トール遺跡の分史世界から帰って来て、イリスは「また一歩前進した」と嬉しそうにしていたが、あれはそういう意味だったのか。

「ただ、次元刀の言う通り、その強度は確かなもの。穴を開けるだけのマナを照射したら、イリスは実体を保てなくなるかもしれない。消滅するわけじゃない。でも肝心な時にそばにいられない。それが不安だわ」

 イリスが見つめたのは、ルドガーとエル、それにレイア。クルスニク血統者である自分たちと、契約者。それだけがイリスにとっての不安材料。ジュードらは含まれていない。
 それでもあえてルドガーは口にした。

「俺は安心した。実体化してないなら、傷ついたり血を流したりすること、ないから」
「……イリスは消えていたほうがいい?」
「そうじゃないよ。でもイリスって、自分のこと度外視で突っ込むとこあるから。嬉しいんだけど、同じくらい不安になるんだ。もちろんそういう心配しなくていいなら、いつだってそばにいてくれたほうが俺だっていい」
「ルドガー……ありがとう。本当に優しい子ね」

 イリスはまるで眩しいかのように目を細め、微笑んだ。





 ルドガーらはトリグラフ港に行き、借りられる船を探した。
 分史世界でもクランスピア社は隆盛のようで、ルドガーが社章バッジを見せてエージェントだと名乗ると、大した時間もかからず一隻のクルーザーを調達できた。

 かくして、彼らはクルーザーに乗って海を駆け、断界殻(シェル)を目指すこととなった。

 操舵手はアルヴィンだ。横ではイリスが方角と操舵方法の指示を出している。イリスの示す方向へ、船は海を走る。

(イリスとアルヴィン、近い。なんか面白くねえ)

 運転席を覗いていた自身は棚に上げ、ルドガーはデッキのエルとレイアのもとへ行った。

「エル。気分悪くないか」
「へーきだしっ。全然」
「よかった。でも具合悪くなったら近くの誰でもいいから声かけるんだぞ」
「わかってるよー。もー、ルドガーといいエリーゼといい、エルの周りはシンパイショーだらけなんだから。ねえ、ルル?」
「ナァ~」
「それだけエルが好きなんだよ」

 エルはぱっと真っ赤になった。エルはルドガーを小さな力で突き飛ばし、エリーゼのもとへ走って去ってしまった。

「こーらっ」

 レイアが軽くルドガーの腕に体当たりした。

「女の子に気軽にスキとか言わないっ」
「まだコドモじゃないか」
「コドモでも女の子なの。エルだって」
「……分かったよ」
「――楽しそうね。何のお話?」

 イリスがデッキに出て来た。

「いいのか、出て来て」
「後はまっすぐ進むだけだから、アルヴィン一人でも大丈夫」

 海風になぶられる銀髪を、ラバースーツに覆われた手が押さえる。

「1000年、いえ、2000年経っても、海は変わらないものね。磯の香りと生ぬるい風。レアバードで空を翔けた日々を思い出すわね。ふふ」

 それを聞いて思い出すのは、夢で見せられた、人間だった頃のイリス。
 小さなイリスが暮らしていた文明は、現代のエレンピオスを超えたテクノロジーで成立していたが、海を含む自然の荒廃と引き換えの発展だった。

黒匣(ジン)で精霊を殺すのが当然だった世界で、たった一人、尊師だけはそれをオカシイって言った。当時の人たちからしたら、さぞ変人に映っただろうな。イリスは尊師の主張の内容より、尊師その人に心酔してたから変に思わなかったけど。そういえばジュードも黒匣(ジン)をやめようって呼びかけてるから、ジュードは現代のクルスニクってとこか)

 2000年前のエレンピオスと異世界だったリーゼ・マクシアの奇縁に、運命の妙とはこのことかと内心感心するルドガーであった。

「ねえイリス。イリスが封印されたのは1000年前なのよね?」
「ええ、レイア」
「じゃあ、封印される前の1000年はどんなふうに過ごしてたの?」
「そうねえ――」

 レイアはメモ帳にハートモチーフのペンをセットしていつでもOK状態。こういう時のレイアの生き生きとした表情が、ルドガーは好きだった。

「毎日毎日、原初の三霊にどう報復するかばかり考えていたわ。どうすれば奴らにミラさまや同胞たちの苦痛を思い知らせてやれるか。そうして実際にクロノスとエンカウントしては戦って、ボロクズにされて、身を潜めて傷の癒えるのを待って、またまみえては、戦って」

 ルドガーは手摺に突いたイリスの手の上に手を重ねた。ぴく、とイリスは反応したが、話を続けた。

「そんな1000年に先に飽き飽きしたのは番犬のほうだったみたいね。番犬は時空を操る力でイリスをあの地下に封印したの。それから1000年は、誰とも会わず、地上で精霊の娯楽に消費されていくクルスニクの子たちの嘆きを聴いて過ごした――」

 その時のことに思いを致しているのだろう、イリスは遠くを見るような目をした。
 クルスニク血統者の全てを我が子のように想うイリスのことだ。きっとクルスニクの誰かが死ぬたび、時歪の因子(タイムファクター)化するたび、クロノスに傷つけられるたび、慟哭したに違いない。そして、悲しみを憎しみに変えて、誰かがイリスを解き放ちに来るのを、ひたすら待ち続けた――

「ごめん。わたし、無神経だった」
「そんな顔しないでっ。イリスなんかの過去も記してくれるなんて、光栄に思ってるのよ? 本当よ?」

 俯いたレイアの両肩に、イリスは慌てたように両手を置いた。

「イリスの過去に興味を持った者は、クルスニクの子どもたちだけだった。だから、そうじゃない貴女が、後世に伝えるために興味を持ってくれるなんて嬉しいの。だからレイア、謝らないで」 
 

 
後書き
 たまに1000年と2000年がごっちゃになってないか? とお思いの読者様。実はこういうことだったのです。

 レアバードが2000年前のエレンピオスにあったというのは完全なる捏造設定ですのでどうぞ真に受けないでくださいませ。 
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