トワノクウ
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トワノクウ
第二十一夜 長閑(一)
前書き
千草と江戸っ子の再会
化物道を抜けると、香川の金毘羅大社を彷彿とさせる長い階段の前に出た。ブーツでよかった、とくうはしみじみ思った。
階段を登りきった時には、くうはヘトヘトだった。
「だらしない奴」
「つ、露草さんが、体力ありすぎなんですっ。ほんとに病み上がりなんですかっ」
「そう見えねえんだとしたらお前のおかげだろうよ」
ふえ、と不思議がる間に露草はさっさと歩き出してしまった。彼が進む先にあった建物に、
「わあ……っ」
くうは感嘆の声を上げた。
平屋建て東西校舎。瓦葺きの立派な屋根。褪せた木目と白壁のコントラストは武家屋敷のようだが、窓は一面ガラス張り。伊達綱宗が品川の伊達家下屋敷での蟄居中に輸入ガラスを買い求めて、木造家屋にガラス窓をつけたのが1660年だからおかしくない。趣深いが現代にも通じる様式の木造校舎だ。身も蓋もない言い方をすると、『○○の怪談』の舞台そのもの。
(日本最古の木造校舎って岡山県だった気がするんですけど……やっぱりあまつきは私達の世界の過去とは違うんですね)
てふてふ。玄関前で止まっていた露草を追う。
途中、校庭と呼ぶべき更地で遊ぶ子供たちを認めた。皆一様にくうに、そして露草に好奇心と興味を隠さない視線をよこした。ここが学校なら、あれは学童か。
(あれ、一人だけ外れてる子がいる)
樹の下で頬杖をついた女の子だ。その子は学童の輪の外から同世代の子供たちが戯れるのをただ眺めている。
ふいに、女の子と目が合った。
女の子は樹の下を離れ、くうのもとにやって来た。至近距離で女の子を見てやっと分かる。
彼女は、異人だ。
白人だ。目は翡翠色。手ぬぐいに覆われた髪も、はみ出た毛は金色だ。欧米人特有の凹凸のある体型は、着物と短い陣羽織を浮き立たせる。女の子は、はにかんだ。
(この子が平八さんが匿ってた例の子ですか)
露草の心で見た童女と特徴は一致する。
「な、ないすちゅーみーちゅー?」
童女は首を傾げた。英語が通じない。国際交流敗れたり。
「何してんだ! 早く来い!」
「はい、すいません!」くうは童女に向けて笑った。「ごめんなさい。これから用事なんで、失礼しますね」
くうは急いで玄関前に立っていた露草に追いついた。
校舎は、近くで見ると板の目の褪せ方がいっそう時代がかっていて、歴史好きのくうはドキドキした。
「ここが〝銀朱〟さんのお住まいですか」
「まあな。男やもめになってからここで教師の真似事してんだ」
露草は大きく息を吸って吐くと、全力で扉を蹴飛ばした。これまた時代がかった石の三和土と木の廊下が現れる。
(って蹴飛ばした!?)
「いるか不良教師ー!」
(しかも第一声がそれ!?)
怯えたり面白がったりする学童らに遠巻きに観察されつつ待っていると、奥から男が一人、走って出てきた。悪い言い方で恐縮だが、眉が太い以外に特徴のない普通の男だ。
「露草……! おま、なんだよ、いつ意識……いや、とにかく元気んなってよかったぜ!」
「平八――」
では、彼が噂の平八なのか。
梵天に露草の記憶を視せられてはいたが、すぐには分からなかった。平八はワイシャツにサスペンダーつきズボンという出で立ちで、髷は帽子に隠れていたからだ。
露草はつかつかと、感極まった様子の平八に歩み寄る。
「おいてめえ」
「おうよ!」
感動の再会――かと思いきや、露草はめいっぱい平八を殴り飛ばした!
「阿呆かてめえ、人間が妖庇ってどうすんだ! 身の程弁えろ!」
「だだだってよお~、ダチが危ねえ目に遭ってりゃあ普通はああすんだろ!?」
「知ったこっちゃねえよ!」
くうは唖然とそれを見守るしかなかった。
(何この人、ここまで来てツン全開? どんだけ照れ屋さんなんですか)
「ところでよ、露草、そこの異人さん誰なんだ? お前の仲間か?」
再会の儀式(露草の照れ隠し)を終えた平八がくうに寄ってきた。そうだ、人から見ればくうも充分に異人なのだった。
「梵が連れてきた新入りだ。混じり者だが相当強いぜ」
「妖なのか?」
どう答えようか。元人間だが今は妖の体なのだし、しかし精神は人間的だし。
「篠ノ女空と申します。はじめまして、平八さん」
とりあえず名乗る。ドレスを摘み上げて膝を折る西洋風の挨拶をした。
「あ、こりゃごていねいに……、篠ノ女?」
平八は目を白黒させた。この人もなのか。
「父は篠ノ女紺といいます。ご存知ですか?」
「ああ、むかし長屋仲間だったんだけどよ……ってええええええ!? あいついつの間に所帯持ったんだ!? しかもこんなでっけえ子どもこさえるなんざ!」
新鮮な反応だ。梵天も空五倍子も露草もくうが紺の実子と確定事項として話していたものだから、よけいに。
「彼岸では時間が速く過ぎるんです。ですから父も結構な歳なんですよ」
「はー、こりゃたまげた。まさかあの紺がなあ。相手の女どういう人なんだ? あの紺に嫁入りするなんざ、よっぽど肝っ玉据わったお人なんじゃねえか」
えーと、とくうは考える。篠ノ女萌黄。旧姓千歳萌黄。くうが生まれる前に、仮想現実世代の礎を築いた視覚娯楽分野の金字塔企業、千歳コーポレーションの令嬢――と言っても平八には分かるまい。
「姐さん女房、ってやつですかね。年上ですし。昔ちょっと大きな事件に巻き込まれたんですが、その時お父さんに助けてもらったのが縁で付き合いができて、結婚したんです」
今から思えばその事件というのもあまつき関連なのだろう。
「あれ? てこたぁ人間同士だろ。何でそれで混じり者なんだ?」
「元は人間なんですが、事情があって体をごっそり妖のものに取り換えました。平八さんのとこの先生もそういう方だと伺ってますが」
「私が何ですか」
第三者の声に肩を跳ねさせた。
校舎の中から出てきたのは布で目と口以外を覆った短髪洋装の男性だった。布の隙間から見える目はどことなく生気がない。
「あ、若先生」
「騒ぎが中まで聴こえてきましたよ――おや?」
彼の目は露草に留まり、細められた。
「お目覚めになったんですね」
「反応薄いじゃねえか。もっと喜んだっていいんだぜ」
「よりによって皮肉屋なとこをお兄さんに似せないでください」
「わざとだよ」
「でしょうね。五年の諸国漫遊ですっかり可愛くなくなって。ま、全快を祝して小言は控えてさしあげますよ」
親しい者特有の会話のはずなのにうすら寒い。話題を変えねば。それにくうも彼にあいさつしたい。校務員の平八が先生と呼んだからには、彼が梵天の言っていた人物のはずだから。
「あなたが〝銀朱〟さんですか?」
男の顔は笑顔のまま、目の奥の色が深くなった。
「その名をご存知ということは、貴女は信用に足る人なんですね」
「えと、信用されてるかは分かりませんけど、教えてもらいました」
とりあえず事実だけを述べる。必要性が心証を上回る時もあるし、今回は極めてそれに近い。
「梵天はほかに何か言いました?」
「私と同じお身体だって」
「混じり者なんだよ、そいつも」露草が会話に割って入った。「死に体だったとこを白い鳳と溶け合って生き長らえたんだと」
「なるほど……それは確かにお仲間のようですね。――銀朱は昔の名です。私は菖蒲。この学校で教師をしています」
くうは慌てて頭を下げて礼をする。「篠ノ女空です! よろしくお願いします、菖蒲先生」
「よろしく、篠ノ女さん」
後書き
なんだかんだで変わらない露草と平八の友情に完敗&乾杯。この二人の回が原作では「春昼」だったので近い意味の「長閑」にしてみました。
そして初登場、異国人の娘。あくまでNPCですが、全く関わらないとは言い切れませんので。
ここからは菖蒲編なのでまだ「禁断の~」にタイトルが戻ります。
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