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トワノクウ

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トワノクウ
  第二十夜 禁断の知恵の実、ひとつ(二)

 
前書き
 千草が語る蝶 

 
 露草が昏睡する原因の一つとなった平八は、梵天の言う〝銀朱〟が匿っているのだという。それを聞いてくうは、梵天がくうに〝銀朱〟に会えと言ったのは、露草が平八に会う口実を作るためだったのではないかと推測した。露草が隠した意向に先回りできるのは、やはり兄弟だからか。


 道中は梵天が呼びつけた朧車という御車の妖に乗せてもらった。乗り込む時に御車に絡まった女の部位がご愛嬌な声を出したものだから、くうは複雑な笑みを禁じえなかった。
 御車の中で露草と二人きりになってから、露草とは口を利かなかった。朧車を降りてからも、露草は「ついて来い」の一言だけだった。

(やっぱりご機嫌が芳しくないみたいです。命の恩人といえば聞こえはいいですが、露草さんにとってはくうは不覚の後始末をさせた人間、いい想いはしないんでしょうね)

 俯いて歩いていると、露草とどんどん距離が開いていった。

「待って、待ってください、露草さんっ。歩くの速いです」
「お前が遅いんだろうが。ただでさえ遅いのに、ちんたら歩いてんじゃねえよ」

 あんた、ただでさえ遅いんだから――蘇る、在りし日の友との他愛ない会話。その回顧がくうを勢いづかせた。

「ひどい! 気にしてるんですよ!? くうは大器晩成だからコンパスがないのはしょうがないんです。これからもっと伸びて速く歩けるようになるんですぅ」
「御託はいいからちゃっちゃか歩け」
「短気は損気ですよっ。一年ぶりの外なんですから、露草さんはもっとゆったり歩いて空気とか景色とか楽しむべきだと思います」
「あー! ゴチャゴチャうるせえっつの!」

 露草はくうの手を掴むと、握って引っ張って歩き出した。手をつないでくれたのだと、しばらくして理解した。

(お兄さんがいたらこんな感じでしょうかね)

 くうは胸があったかくなって、露草の手を握り返した。

「露草さん。これから会う『銀朱』さんは、どういうお人柄なんですか?」
「そうだな……あいつの性格、性格……性悪だな、間違いねえ。あの梵とガキの頃からダチやってるくれえだからな」
「そ、そういう判断基準は梵天さんにも〝銀朱〟さんにも失礼じゃないでしょうかっ」
「じゃあお前、梵見て性格がいいと思うか」
「はいっ。くうにとっては恩人ですから。仲間想いで胆力のある方だと思います」

 露草は苦々しげにそっぽを向く。望む返しがなかった苛立ちではなく、同意せざるをえない忌々しさからのしぐさに見えた。

「でも露草さん、どうしてくうをその方に会わせるのを渋ってらしたですか。くうに何か問題でもあるでしょうか」
「問題があるのは奴のほうだ。お前が気にする必要はねえ」
「そう、ですか……」

 取り付く島もないとはこのことだ。質問を重ねればただでさえ悪い(としか彼女には感じられない)露草の機嫌をさらに悪くしてしまいかねない。

 困り果てていると、ふいに露草が歩みを止めてくうを顧みた。びくり、肩が跳ねる。

「んな顔すんな。俺がいじめたみてえだろうが」
「だって、露草さんは何かご不快なんじゃ」
「元からこういう顔だ! ……お前には感謝こそすれ、不愉快になんざならねえよ。だからそうびくびくすんな。お前は俺の恩人だし、何も悪いことはしちゃいねえ」

 くうは、はっとした。今までどこがどうとは言えないが、くう自身に非があるのだと思ってきた。友達に死という最大級の拒絶を叩きつけられた経験が、くうに自らの存在そのものへの罪悪感を植えつけた。

「さっき言ったことだけどな」
「は、い」
「問題は奴の過去だ。――銀朱は人間に自分の女房を殺されたんだ」

 その瞬間、くうに風穴を開けて去ったものは何だったのか。
 くうは無意識にきゅっと露草の手を握っていた。

「混じり者だから、ですね」

 確認するまでもない事柄だったので断定すると、露草は微かに顔色を変えた。

「分かってんじゃねえか。――奴は妖を恐れた人間どもに追われて、逃げてる間に女房を死なせたんだと」
「〝銀朱〟さんは、元は人間なんですよね」
「ずーっと前は、な。奴は混じり者だった時間のほうが人生で長え。それでも妖じゃねえ、どっちつかずの半端者だよ」

 ――混じり者は人でも妖でもない狭間の者。
 くうはまた一つこちらでの関係性を覚えた。

「奥様がどんなふうに亡くなったか、聞いてもいいですか」

 露草はわずかに思案するふうを見せたが、じきに語り始めた。

「お前、あの犬憑きの女に会ったんだろ。すぐに憑き物筋だって分かったか?」
「いいえ。朽葉さんがご自分で教えてくださるまで分かりませんでした」
「あの女も混じり者だが楽なほうだ。犬神のしるしを隠せば一応は普通の人間に見える。けど奴は違う。全身にその痕があってとてもじゃねえが隠せねえ。だから周りにばれねえようあちこちを流れ歩いた。女房と一緒にな」

 その奥方も、妖憑きの男と連れ添うからには覚悟があったに違いない。愛する人が妖だろうと付いてゆくという奥方の姿勢は、今のくうにとって羨んでやまないものだった。

「だが、当代の姫巫女が妖退治を今まで以上に推し進めるようになって、まだ緩かった奴への民衆の対応も変わった」

 また銀朱だ。どうしても陰惨な出来事には銀朱の影がちらつく。

「知り合いの密告と、坂守神社に取り入ろうとした輩の追い立て ――逃げる道中、奴は女房とはぐれて、見つけた時には手遅れだったってわけだ」

 種族に拘らず愛してくれた女を喪った男の嘆きはいかほどのものだったか。想像するだけでやりきれない。

「女房は運よく実家に匿われてたんだが、その実家に火付けされた。出てきた女房の死体は相好の判別がつかなかったが、奴はそれであの女の死を納得したらしい」

 顔のない死体は実は別人というのがミステリーの鉄則だが、現実はそう上手くいかないらしい。

 これから会うのは、自分の同類。
 人間によって愛する女性を奪われた人。

 くうは二項目をきっちり脳内メモに書き込んだ。
 
 

 
後書き
 奥さんというのは言わずもがな鶴梅さんですよ。さて、ミステリーのお約束顔のない死体。これは果たして本当に鶴梅のものだったのでしょうか? 真相はまた別の回で。
 今回ちょびっと露草と主人公の距離が縮まりました。君は主人公と接して兄心を学びたまえww 
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