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MA芸能事務所

作者:高村
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偏に、彼に祝福を。
第一章
  四話 彼女たちの成功

 
前書き
前回のあらすじ
「趣味は音楽鑑賞です」 

 
「平間だ。久方ぶりだな」
 電話口から、驚きの声が戻ってきた。電話相手の男とは、もう半年以上連絡はしていなかった。
「要件は簡単。謝礼も弾む」
 その後一分ほどで要件を済まし、電話を切った。
 後ろを振り向くと、泰葉が待っていた。彼女を迎えに来て電話を掛けたのだが。こうして電話をかけ終わっても何も話しかけてこないのを見ると、彼女は大人と長くいるのだなと実感する。
「岡崎、今日の仕事はどうだった」
「概ね良好です」
 彼女と私との間では社交辞令のやり取り。彼女がこれ以外の返答をしたことは―――。
「ですが、インタビューの中で、何度か返答に詰まることがありました」
 僅かに驚き彼女の顔をしっかりと見る。彼女は少し狼狽えた。
「そうか。相談してくれて嬉しく思う。具体的にどんな質問に……いや、そうだな、事務所で続きを話してもいいか?」
 了承する彼女を連れて社用車に向かった。人形と言われていた彼女は変わりつつある。理由はわからない。が、彼女が変わったのならばそろそろ私も変わらなければならない時が来たのかもしれない。
 事務所につき空いた部屋に岡崎と共に入ると、早速彼女の相談の話に移る。
「それで、具体的にはどのような質問に閊えたんだ?」
「アイドルとは関係ないこと……そうですね、主に私の好み等です」
 いつかの自分が重なった。麗に追い詰まれた私は何も返せなかったが、彼女は芸歴が長い分何とかいなせたのか。
 彼女の経歴とプロフィールを思い出す。間違えがなければ、彼女の好みは
「ドールハウスが趣味なんだっけ?」
「ええ。ですがもう三年は手を付けていません。そもそも私が小さい頃につけた趣味を変えていないので私のイメージとも合って―――」
 待てと制止の声をかける。
「イメージの話をしてるんじゃない」
 何故か彼女は小さく笑った。彼女はやはり変わってきている。
「私が岡崎をこの事務所に迎え入れた時に言った言葉を覚えているか」
「お前はお前らしく。岡崎泰葉じゃなく等身大の自分でいろ」
 覚えてくれてうれしいが、一語一句同じなのは少々面食らった。
「そうだ。俺としても、あー、その、なんだ」
「人形を置く気はないと?」
「そこまでじゃない。ただお前らしくあって欲しかっただけだ」
 その方がきっと美しく綺麗だ。彼女は人形になり切れない。不完全な人形擬きよりも、拙いながらも人間の感情の方がずっとずっと魅力的だ。
「だから、閊えたんだろう。嘘で固めた自分で居たくなかったんだろう?」
 彼女の肯定が続いた。
「けど、ここからは俺の予想だがお前はきっと、自分を考えたときに何が本当か分からなくなったんじゃないか?」
 自身を意識しない生活を送ったせいで、いざ自身を見てみると何もないのだ。
「ええ。何かを答えようにも、私に何か応えられることがなかったんです。知識でドールハウスと躱しましたが、最近の物は分からないので突っ込んだ質問をされると辛いです。今日はされなかったので幸いでしたが」
「お前、ドールハウスは好きか?」
「最近やっていないので今でも好きかは……」
「じゃあ試せ。趣味位見つけてこい。それで見つかったら報告してくれ。趣味とまでいかなくても。自分が好きだと思った曲でも何でも、ノートにでも書いて置く。そうすれば好みで何か訊かれても困ることもなくなるだろう」
 とりあえずの指示はこれくらいでいいだろう。彼女がより自身を表現できるようになればその振る舞いに自信がつく。そうすればきっと今より歌が良くなるだろう。彼女は技術がある。それはトレーナーさん方も思っている。けどいまいち伸びが悪いのは自信がないからだ。
「わかりました。相談に乗ってくれて有り難うございます。……それで質問なのですけどプロデューサー」
 一旦彼女は切って、切り出しづらそうに続ける。
「プロデューサーのご趣味ってなんですか?」
 誰の指示だろう、何て思った私は酷く醜い生き物なのかもしれない。
「冗談でいい話か?」
「いいえ。……付け加えて言うならば、私は貴方の家での一件を聞いています」
 彼女としては強い物言い。
「水本からか。お前も一枚噛んでいるんだったな。……趣味か。わからない」
「では最後に聞いた曲は?」
「分からない」
「では、ぱっと思いつく曲一つ言って下さい」
 曲? リズムを一つ頭に浮かべるなら、最初に浮かぶ曲はアイドルの曲でも、流行の曲でもない。いつか微睡で聞いた曲。
「……ボレロ」
 一瞬岡崎の顔が歪んだのを、私は見逃さなかった。
「変わっていませんね」
「お前は変われたな」
「貴方のお蔭で。貴方が私に近かったから。そうして貴方が等身大の“私”を肯定してくれたから」
 そうかとだけ返す。
「ですから、プロデューサー。ありがとうございます。“私”はこれからもっと頑張れそうです」
「プロデューサーとして冥利に尽きるな」
「それで、提案なのですけれども、プロデューサーの事を名前でお呼びしても構いませんか?」
 一瞬、心的距離を僅かにだが詰めようとしてきたことに戸惑いを憶えるが、改めて考えれば今まで役職名で呼んできたことが異常と言えば異常なのだ。
「平間って具合にか?」
「いえ、達也さんと」
「……苗字では駄目か?」
 流石に本当に名前を言ってくるとは思っていなかった。アイドルとの距離として名前で呼び合うのはどうなのだろうか……。
「今までの感謝の念を込めてお名前でお呼びさせて頂きたいのですが」
 彼女がここまで自身の意見を述べる事も珍しい。ここは私が折れるべきか。
「……岡崎がここまで強くでるとはな。分かった。好きなように呼んでくれ」
「では、遠慮なく達也さん、と。私のことも岡崎と言いにくいようでしたら泰葉と」
「言いにくいことはないよ」
「実は是非泰葉とお呼び頂きたいのです。私だけが名前で呼ぶのは、と」
 彼女は本当に変わったな。私も、一つくらいは変わろう。
「分かった。泰葉、でいいか?」
 ええと力強く応えた彼女はその顔に、美しい微笑みを湛えていた。




 十一月になった頃、私は入念な準備と十分な下積みの後の後、渋谷凛、北条加蓮、神谷奈緒の三人ユニットを結成し、ライブの開催を決定した。それもユニット結成すぐに大型会場で。
 賭けというほどでもなかった。この三人はかなりの実力を、人気をつけたと思っている。トレーナー陣も同様にだ。ほぼ確実に成功を収めるだろう。なので三人にこの企画を話したとき、最初は不安そうであったがトレーナーや私のお墨付きということを力説した結果やる気をだしてくれたようだった。
 とはいえライブ当日、楽屋を覗けば、案の定少し緊張した面持ちの三人がいた。三人を集め、もう一度舞台の流れを簡単に話す。ステージの上でのことを考えさせ難しいことは考えさせない為に。
「分かったか?」
 口々に了解の意を返す。
「できるかな」
 ボソっと、加蓮が零した。
「できるだろう」
 私は間髪入れずそれを拾い上げた。
「俺もちひろさんもトレーナーさん達も全員が認め今お前たちはここにいる。俺は兎も角、あの人たちの人を見る目は本物だ。彼女たちを信じてやれ」
 そうして、信じられたお前くらいはステージの上に立ってやれ。後は歌うことも踊ることもきっと、お前自身がしてくれる。
「プロデューサーは、見てくれるの?」
「当たり前だ。ファンの誰よりも近いわけではないけど、ファンが決して立ち入れない舞台袖から」
 ライブ中出来る限り、ずっと。
「なら、頑張ろう」
 奈緒が自信を鼓舞した。
「そうだね、やろっか」
 それに続くように凛もまた自身を鼓舞した。それでこそ、アイドルだ。
「俺はお前たちを誇りに思うよ。いつかきっと、もっと上の場所へと行けるだろう」
 遥か高みへ。きっと彼女たちなら。
 スタッフが楽屋の扉を叩いた。もう部屋を出ていかなくてはならない。
 凛、そして奈緒が出口まで移動する。その足取りに迷いはない。
 加蓮が最後に続き、部屋を出る一歩手前でこちらを振り向いた。彼女は笑った。
「もしかして、プロデューサーが一番心配なんじゃない?」
「え?」
 驚くが、考えてみればそうかもしれない。本当に信じているなら、最後に零した誇りとかいう言葉も今いうこともないし、そもそもここに来ることもない。
「大丈夫だよ、私達」
 それじゃと続けて彼女も部屋を出ていった。
 一人残された私は、ある人物にメールを出した。
 返信はすぐに来た。内容は一文字。kとだけだった。


 ライブ終了後、私は三人を探していた。
「あ、プロデューサー!」
 遠くで私を見つけた加蓮が手を振って来た。小走りで彼女たちに近づく。
「いやー、最後は吃驚しちゃったね。まさかお客さんが壇上に上がろうとするなんて」
「ライブお疲れ様。ハプニングもあったがお前たちが無事で何よりも良かった。対応も悪くなかったぞ。それより、そろそろ楽屋に戻ろう」
 ライブの後ということもあり興奮気味の三人を落ち着かせる。三人は口々にお疲れ様と言うと、私の言うとおり楽屋へ移動し始めた。
 ライブの終わり、アンコールに応えて出てきた三人に熱心なファンが一人、壇上に上がろうとしてきたのだ。だが大事には至らずそのファンは周りにいた人によって迅速に引きずり降ろされた。
 三人の後ろで電話をかける。相手は五回のコールの後出た。
「これで終わりだ。よくやってくれた」
「カメラに俺、写ってたか?」
「少しはな。顔結構上手く隠してたじゃないか」
「煩い。まぁ謝礼は今度にしてくれ。それじゃ」
 携帯をポケットに滑りこませると、目の前にいつの間にかこちらを待っていた渋谷がいた。
「友達?」
「友達ってほどもないな。知り合いだ」
 ふーん、と。興味があるのかないのかいまいち掴みづらい返答。
「ねぇ、プロデューサー。最近泰葉と名前で呼び合ってるでしょ?」
 嗚呼、興味があるないではなくて話のきっかけが欲しかったのか。
「ああ。なんでもそうして欲しいってことだったから」
「そう……私もさ、名前で呼んでいい? 泰葉から感謝してるからって話聞いたんだ。私もプロデューサーには感謝してるからさ」
 一人を認めたならば、他を断るわけにもいかない、か。
「ああ、何とでも呼んでくれて構わないぞ。それよりほら、楽屋に戻ろう」
「はいはい。それじゃ私も名前で呼んでね?」
 その後楽屋に戻った凛が私を名前で呼んですぐさま加蓮、奈緒がその事に気づき三人と名前で呼び合う仲となった。 
 

 
後書き
『遥か高みへ。きっと彼女たちなら。』を書いている時、ふと新海誠監督のほしのこえの台詞の一つ
「(前略)あなたたちならずっとずっと、もっと先まできっと行ける」を思い出してたりしてました。

主人公が電話をかけたキャラはオリキャラです。 
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