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MA芸能事務所

作者:高村
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偏に、彼に祝福を。
第一章
  三話 違和感

 
前書き
前回のあらすじ
「ここで働いてください」
最初の一文は、投稿時間後に入れてます。読みなおして気づいてぎりぎり修正間に合わなかったです。コピペ忘れで本当は前の話の最後に入れる予定でしたすいません。もう少ししたらこちらの文章を消して二話に付け足します。書いてないせいで佐藤みちる=水本ゆかりができなくてよくわからない人が出てきただけになってましたね。池谷京子のほうも偽名で、本作ではアイドルをしてない、原作アイドルの誰かという設定です。 

 
 凛が好調な売れ出しを見せ、加蓮が体力が伸びてきたことに自信を持ち、奈緒と簡単なアニメ談義を交わしている頃、事務所は新人を迎えた。佐藤みちる、もとい水本ゆかり。どうやら佐藤みちるは偽名だったらしい。私としてもその警戒心は咎める気もなく謝る彼女に寧ろ良い判断だったと賞賛の声をかけた。女性が用心するに越したことはないと私自身思っているからだ。
 ゆかりはフルート奏者で、特に音感には自信があるとか。ただ体を動かすことが少ないからか体力は人並みにやや届かないほどであった。またその性格ゆえ肌を露出するモデルは好みでないらしい。こちらとしてもフルート奏者が水着を着ての撮影に乗り気であるとも思っていないのでそのような仕事は回さなかった。
 十五という年齢はこの事務所の看板にもなっている渋谷凛らの一つ下にあたり、また体力のなさを加蓮が嘗ての自身に重ねて応援してくれるのでその点良かった。ただ、私が第一印象で彼女を十八かそこらだと思っていたことは加蓮から彼女の元へ伝わり、時たま加蓮によって弄られた。
 高校大学と男が九割の学校を出た私にとっては女の年齢なんて分からない、何て言葉は流石に呑み込んで。
 凛の頑張りやそこそこ有名になった奈緒のおかげで何とか赤字でなくぎりぎり黒字になれた事務所は、今までのコネクションや仕事取りの忙しさではなく予定やアポイントの忙しさにシフトしていった。これは嬉しい限りで、自ら頭を下げなくても仕事が入ってくることがあるのは一つの感動すら覚えた。奈緒のアニメ好きやその性格、凛の才能には頭の下がるばかりだ。




 世間の学生が夏休みとなる期間になるとより事務所内は活気だった。凛のCDデビューのお蔭である程度のネームバリューが使えるようになれば、オーディションを受けて大手が掻っ攫わなかった人を取れたり、駅でのスカウトの成功率も上がった故だった。その内事務所は、私一人でプロデュースするには多い人数から、事務所として中々の規模へと推移した。
「そういえば、さ」
 凛が、私とちひろさんに声をかけたのは七月の暮れの昼間だった。
「私が入ってきたころ、お仕事は余り無かったけどいやに二人とも忙しそうだったよね」
「ああ、あの頃はほかの会社との繋がりも薄かったしな。色んなところに回って挨拶して、オーディションの開催の部分に名前を入れてもらえるよう頭を下げて、トレーナーさんも何とかアポとって使えるようにしてもらって、あとは―――」
 金の事。現在この事務所は結構な額の借金抱えてます。ちひろさんは最近まで生活費はフリーのライターやって稼いでました。私は友人の伝手で工場行ってました。何てものは飲み込んで。
「何?」
「色々だよ。色々」
 ちひろさんは寝る間も惜しんで生活費を稼ぎ、私は早朝事務所日中工場夜事務所とかざらでした。
「ええ、色々です」
 ちひろさんも大層疲れた声で私に続いた。凛は僅かに引いてた。
「今では、皆の仕事で忙しいから嬉しいよ」
「ええ、ええ。何ていいことでしょう」
 私とちひろさんを交互に見て、そうと凛は溢し皆の元へ向かっていった。
「ちひろさん?」
「何でしょう」
「給料、もうちょっとしたら滞納分精算するから待ってね?」
「貴方も大概ですよ……借金はあるんですか?」
「ないよ。貯金もないけど」
 二人で大きなため息をついて、午後の業務に向かった。




 異変を感じたのは八月に入ってからだった。言葉を濁さずに言うならば、女性に好意を持たれている。それはプロデューサーとアイドルの合間に開くべき隙間を埋めるように。
 いや、もしかしたら勘違いかもしれない。人生このかた彼女なんて一度もいない身だ。その可能性も捨てがたい。
「プロデューサー、終わりましたよ。もう大丈夫です」
 原田美世の言葉で思考から意識を戻した。
「ありがとう。今度お礼はするよ」
 いえいえ、機械いじりは好きでやってますからと応えて美世はシャワールームの方向へ消えていった。必要経費は事前にある程度渡してあるが、今後なにか彼女にお返しをしよう。
「プロデューサー。美世さん潤滑油で汚れてたけど、整備?」
 神谷奈緒がシャワールームの方向を眺めて訊ねた。女性にしては太い眉は彼女のチャームポイントだ。
「ああ。会社のじゃなくて俺個人の車のな。あと普通の女の子は潤滑油なんて言わないぞ」
 アニメの影響か、時々彼女は女性ではあまり知らないようなことも話す。
「細かいことは気にすんなって。そういえばプロデューサーは車以外乗らないの?」
「自動二輪も免許は持ってるよ。車体は持ってないけどな。それより、今度のライブの衣装デザイン出来てるけど見るか?」
 頷く彼女に、PCを操作し予め整頓してあるフォルダから画像を表示し全画面表示した。
「これだ。今回は北条と渋谷もほぼ一緒のデザインだな」
「中々可愛いじゃん」
「気に入ってくれて何よりだ」
 そうして次の画像にする。それは衣装デザインをPC上で三次元モデリングした人型に着せた画像だった。デザイナーが物好きでわざわざこのようなものも作っていたらしい。
 それを見た奈緒は驚いた。
「うわ、結構派手だな」
 デザインだけでは分かり辛い部分が視覚化される分、衣装が届いてから下手に羞恥されるよりいいだろう。
「パッと見はな。けどまぁ見てくれよ」
 そういって画像を何枚か送った。背後、横、それに上衣下衣別々の物。
「思ったより露出は少ないんだな」
「ああ。お前のダンスに影響があるレベルの露出だとこちらも困るからな。例えば、ここ。切れ込みに見せかけて唯の三角の肌色の生地を使っているだけだ。けど遠目に見ればスリットに見える」
 奈緒は感心したようだった。私としても彼女が嫌がらないでくれるならデザイナーと話し合ったかいはある。
「とりあえず衣装が届くのはもう少し先だ。楽しみにしとけよ」
「おう……なぁ、その、プロデューサー、この衣装ってプロデューサーが考えたのか?」
 何を言うかと思えば……俺はそんな技術はない。
「意見は出したが俺はプロデューサーだぞ。そんなことできるか」
「やっぱりじゃん」
 は? と間抜けた返答を返した。
「いや、結構私的に辛い衣装とかの事があったじゃん? だから、今回もそうなるかな、って思ってたら意外にいいのだったし、プロデューサーが口挟んでくれたのかなぁってさ」
 当たり前だろ、お前はアイドルなんだからと返す。
「そ、そっか……ありがと」
 消え入りそうなほど小さな声で感謝の言葉を零した彼女は、じゃ、私もう行くから! と言うと背をこちらに向けた。慌てて去っていく彼女の背中を眺めながら、そういえば彼女からありがとう何て言われたの、彼女の初ライブ以来だな、何てことを思い出した。


 それは八月の半ばの事だった。私は浮かない顔でアイドル達を引率していた。茹だるような暑さと晴れ渡る空は、より一層私の心を陰鬱にさせる。
 事の発端は美世にある。車のお礼をと訊ねられた彼女は、のらりくらりと躱していたのだが、「では、プロデューサーのお部屋を皆で見てみたい」何て事務所のど真ん中で言ったのだ。彼女が何故その言葉を言うに至ったかは今もわからないが。兎角そういったのだ。そしてそれを多数のアイドルたちが聞いたのだ。それが彼女たちの連絡網を伝い知れ渡り、結局当日顔を出した面子は十五を越えていた。尚その内四人はアイドルではない。トレーナーさん達だ。この時間はこの事務所からは誰もレッスンに行かせてない。そうして私の家への訪問日はなんと奇跡的に予定がなかったとか。私は嘘つきは嫌いだ。
 私の家へは事務所から徒歩圏内、それも三十分程で着く。しかも私は自転車通勤。一応彼女たちと共に歩くが、気まずいことこの上ない。まぁ行きの三十分間はアイドル同士で話しているので困ることはなかった。
 そもそも十五人という人数が一体どうすれば私の部屋に一堂に会することができるのだろうと。彼女たちに問うに問題なしとの事だったが。

 かくして我が家に着いた。二階建てアパートの二階の端っこ。私が玄関の前まで案内するとついてきたのは五人。成る程、別けての見学か。私の家は観光名所か何かだろうか。
 その後代わる代わるアイドル達が私の部屋を見回して、お茶の出す暇もなく出ていった。一つのペアで大体三分程だろうか。
「へぇ……結構片付いているんだね」
 ああ、その通りさ渋谷。部屋には余り散らかるようなものもないし。
「あ、PC。どんな物見てるの?」
 そうだな、北条達のライブ映像とかかな。
「PCについてるステッカー、あれ若しかして、えーと、なんだっけ」
 分かるのか奈緒。結構昔のアニメ何だけどな。友人が譲ってくれたPCで最初からついてたんだ。
 そんな具合に代わる代わる。最後はトレーナーさん達と、水本ゆかり。
 最後のペアは麗さんが初めに玄関を抜けて室内に入った。いらっしゃいと中から声をかける。麗さんはそれに応えると、足早に部屋に入り込む。部屋はワンルームとキッチンとトイレと浴室。見回るのに時間はかからない。後から入ってきた聖さん達は呆れ顔で自身の姉を見ていた。
「姉さん、流石にそんなに足早に……」
「なぁお前たち、一通り中を見て来い」
 困った顔をした聖さん達も、姉のいうことに従った。
「不躾で悪いな」
 命令をした本人である麗さんに謝られた。男として異性に部屋を見られることは好きではないが、怒るほどでもあるまい。
 水本はそんなトレーナー方一行には従わず、真っ直ぐに居間に来た。そこにはPCとベッドがあるだけなのでそれ程見回す必要もない。あるものと言えば、他にはPCの横のラックと私服を入れる箪笥、コートハンガー等。見て、または触って楽しいものは何もない。
 彼女はPCの横のラックにあるCDの元へ寄った。
「美しく青き―――」
 麗さんが水本を一瞬意識した。
「ドナウ。クラシックを良く聞くんですか?」
「いや、特にってほどではない。色々な曲を聞くよ」
「じゃあ、具体的に何を聞くんだ?」
 会話に割り込んだのは麗さんだった。いつの間にかトレーナー姉妹は全員居間に戻っている。
「家では、良くアイドル達の曲を聞きますよ」
 嘘だ。だがばれるはずはない。事務所で、収録現場で、幾度もなく聞いているから。
「嘘だ」
 動揺した。視線を麗さんから水本に移す。水本も動揺、恐らくは麗さんの言葉の意味が分からなかったから。
「やはりな。カマをかけたつもりだったが見事なものだ」
「慶さん、水本と先に皆の元へ戻っていてくれませんか?」
「二人もいろ」
 有無を言わせぬ麗さんの迫力に、慶は動きを止めた。
「何のつもりですか麗さん」
「プロデューサー……君のPC、少なからず音楽は聞かないだろう?」
 何か問題があったのか? 自身のPCを見る。事実使ったことがあるPCだ。使えないことはない。イヤホンもつけて……ああ。
「君のPC、友人の自作なんだってな。でだ、タワーの本体にはスピーカーはない。モニターにもない。じゃあイヤホン。けどそれ、その椅子で聞くには短くないか? 他にヘッドホンもない。USBケーブルもなければ充電器、配線器すらない。携帯音楽プレイヤーも何もないだろう?」
 どこまでばれた。いやもう全部か。
「まぁ麗さん、曲を聞かないくらいの嘘どうでもいいじゃないですか」
 水本の言葉に頷く。そうだ、彼女たちに対する嘘はその程度だ。
「じゃあ気づいたか。オーブンはない。新聞もない。湯船を張ったのは最後はいつだ? 箪笥の手元に着いた汚れは? 日常生活を営むのであるのであれば行われる―――」
「何が言いたいんです麗さん」
 その言葉は、水本の声にしては張りつめていた。
「簡単だよ。プロデューサーはね、可笑しな人だと自覚して貰い、また矯正して貰いたい。君たちが慕うプロデューサーは、無趣味で自己というものがなく、恐らくはきっとアイドルの事しか見えてない」
 水本は目を細めた。私は唯黙ったまま。この状況は私を中心に、私以外によって繰り広げられている。
「プロデューサー、趣味は」
「……ネットサーフィンかな」
 悪い嘘だ。仕事中にしていないことは明白だし、家に帰ってやっているとは先程のPCに関する嘘があるから良くない。
「アイドルの内好きな曲は」
「……みんな好きかな」
「好みの女性は? アイドルで答えてくれ」
「……」
「好きな料理は?」
「……」
 水本を見る。彼女は好みの女性だろうか? 分からない。今までそんなことを考えたことすらなかった。彼女はアイドルだ。それ以下でもそれ以上でもない。
「分かった。分かった。降参だ。この事は他の奴らには言わないでくれよ」
「勿論そのつもりだ。何、これから君にやってもらいたいことも簡単だ。趣味とか嗜好とか、そういうものを持ってくれればいい」
 そのために美世を差し向けたのだからと続けられれば、観念するしかなかった。
「すいませんプロデューサー。トレーナーさん達に話をしたのは私です。プロデューサーを見ていると時々、まるで人形みたいだと思うことがあって……」
 水本の謝罪に引っかかりを覚える。人形という言い回し。例えセンスがあったとしても彼女一人で結論付け動いたわけではあるまい。
「泰葉も噛んでいるのか」
 水本は頷いた。私はこの時点で完全な敗北を期した。


 一週間の後、私は土曜の朝六時半に事務所に着いた。鍵を開け中に入る。暗い部屋が私を出迎えた。いつも通りだ。すぐに自身のデスクについてPCを立ち上げる。
 三十分程でひと段落ついたので、僅かな間目を閉じた。今日は酷く眠い……。

 微睡の中、ある旋律が聞こえた。ゆったりとした調子の曲。曲名は知っている。懐かしい。これは……

 顔を上げた。どうやら寝てしまっていたらしい。時刻は午前八時。一時間ほど眠っていたのか。周りを見回しても自分以外の人間はいない。どうやらこの醜態を誰にも見られなかったらしい。
 その後三十分程で今日の朝から用事がある面子が集まったので業務は本格化した。その頃にはすっかり朝の夢など忘れて。 
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