パズル&ドラゴンズ ~Sundara Alabēlā Lā'iṭa Pānī lilī ~
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1話.減らず口と睡蓮 ~邂逅~
前書き
ついに主人公とヒカーリーの出会いです。
といっても、これを出会いと呼んでしまってもいいものでしょうか。
まぁ、深く気にしないことにして、どうぞ本編をお楽しみください。
目を開くと、そこは暗黒の世界だった。
いや、いっそ魍魎の世界、魔物の世界と言ったほうが適切かもしれない。
吸い込むだけで力を奪われるかのような粘つく大気。見渡す限りの死の静寂。骸の迷宮。光の差し込まぬ暗く冷たい世界。
何故自分はこんな場所に居るのか。ここはどこなのか。いったい、何が起こっているのか。
当然口をつくべき疑問は、しかしそれよりもまず、
――おぞましい――
という、激しい生理的嫌悪により阻まれた。
一刻も早くここから逃げ出さなければ。その思いに駆られ、あたりを見回した男は、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
そこに『在った』のは、見上げるほどに巨大な、2頭のダイオウイカだった。
ギョロリ、と黄色い目玉がこちらを向き、青白く透き通った肌をしたソイツは、男の体を爪先から頭まで簀巻きにしても、なお余りそうな長大さの触手を、二匹揃って男の方に伸ばした。
かろうじて、ほうほうの体で駆け出した男は、無様に転ぶような形でダイオウイカの触手を避けることができた。運動が贔屓目に見ても得手ではない男からすれば、奇跡に近いアクロバットだったが、しかしこれによって、ほぼ死に体となってしまった。
次はない。そう悟った男は、それでもダイオウイカ―――クラーケンから逃れようと、後ずさった。
獲物の足掻きを鬱陶しく思ったのか、クラーケンは触手を一旦撓めた後、一気に槍のように男に向けて突き込んできた。
往生際の悪い男は、それでもなお、最後の抵抗とばかりにクラーケンを睨み据えた。
クラーケンの触手が、獲物を貫かんと男に殺到し―――
――――中空で、突如降り注いだ眩い閃光によって真っ二つに両断された。
「――――――――――!!??」
突然自らの一部を失ったクラーケンは、その身を戦慄かせ、男がそうしたように――何かを恐れるように、後退りをした。
驚愕したのは、男もまた同じだった。
しかし、男が驚愕したのは、恐怖からではない。
この地獄の底のような冷たい世界に、暖かな光が差し込み、己を救ったことに対してだった。
そう、光は圧倒的な威力で触手を散らしたものの、男がその光から感じたのは、暖かさにほかならなかった。
立ち尽くす男の目前で見る間に、無明の世界に光が、染み渡るように広がっていく。
広がる光の源を確かめるべく、男が目を細めたその時、背後から身も凍るような咆哮が上がった。
男が振り向いた先では、三つ首の巨大な狂犬と、恐ろしい大鎌を携えた妖しげな女がこちらに肉薄していた。
耳障りな哮りと共に、三つ首の犬は大口を開けて闇色の衝撃を放ち、大鎌の女は大上段に構えた鎌を、轟音とともに振り下ろした。
クラーケンの触手とは比べ物にならない速度で襲来する二つの攻撃に、男は今度こそ覚悟を、――男が最も恐れるもの、『死』への――した。
耳を劈くような爆音が鳴り響き、爆風が男を吹き飛ばすことは、しかし、なかった。
呆然とする男の目の前で爆風を塞き止めたのは、光の花―――睡蓮だった。
闇に花開いた睡蓮が、男を守るように、柔らかな光を伴って咲き誇っていた。
手を伸ばして触れてみると、確かな暖かさが、男を励ますように掌に帰ってきた。
眼前では、狂犬と妖女が自らの一撃を容易く阻んでいる睡蓮を睨みつけ、歯噛みするように力を込め続けているが、花はびくともせず、力強く男を守り続けている。
焦れた狂犬と妖女が、吼え声とともに更に力を込めようとしたその時、再度空から降り注いだ閃光が、狂犬と妖女を眩い光と共に灼き焦がした。
「――――――――!?」
睡蓮の障壁を破ることしか頭になかった二匹の怪物は、不意打ちのように真上から照射された光に対し、何の備えもないまま直撃の憂き目に遭い、白煙を上げながら倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
ただただ圧倒的な眼前の光景に対し、立ち尽くしたままだった男の前で、広がる光は秒刻みで強く、力強く光量を増していった。
そして、広がる光は形を成し、ついに男の前に人型を象って顕現した。
――――花開いた――――
そうとしか形容できないような光景だった。
大輪の睡蓮が咲き誇り、花弁が宙を舞うように乱れ散った。
男に背を向けるように、男を守るかのように降り立ったのは、光り輝く睡蓮の女神だった。
すらりと均整のとれた肢体を包み込む薄桃色の衣が、結い上げられ長く長く流れる金色の髪が、花風に揺れるようにたなびいた。
女神は、その美しき後ろ姿において、そこだけは人間とは異なっている、六(・)本(・)あ(・)る(・)腕を、広げた。
広げた六本の腕のそれぞれには、色とりどりの睡蓮の花が捧げ持たれていた。
腕を広げた女神は、捧げ持たれた睡蓮たちと相まり、一つの優美な『花』として、男の前に咲きこぼれた。
そして、美しさにただただ見上げるばかりだった男の方へ、睡蓮の女神が振り向いた。
見蕩れる、というのはまさにこのことだろう、と男は心のどこかでそう感じていた。
美麗な花のように、たおやかでありながら、どこか幼くもあるような可憐さを併せ持った、そう、正しく神々しい、闇夜の迷宮の中でさえ霞むことのない、気高き美しさを湛えた顔が、微笑みをもって振り返り、男と視線を絡ませた。
途端、睡蓮の女神は、湛えた微笑の中に、確かに驚愕の色を見せた。
―――どうして―――
と女神の唇はそう紡いだかのように、男には見えた。
しかし、驚きを見せたのも束の間、女神はどこか得心したかのように、また微笑を――今度は、寂しさを滲ませた――浮かべた後、男から視線を外し、波打ち始めた眼前の空間を見据えた。
現れたのは、黒外套をはためかせ、一斉に携えた剣の切っ先を女神に向けた、青白き三体の吸血鬼の騎士だった。
現れた三体は、先兵として仕掛けてきた魔物たちとは違い、闇雲に突貫してくることはなく、様子を窺うようにじっと屹立している。
仕掛けてくる様子のない吸血鬼たちに、女神は中空に浮かんだ睡蓮を煌めかせ、三度閃光を照射せしめんと、力を漲らせた。
しかし、女神には光を発して吸血鬼の騎士を灼くことは叶わなかった。
粘つく大気が、重く、のしかかるように、女神を押し潰さんと質量を持って上空から殺到したからだ。
「―――――――――っ!!」
そこで、今まで全く揺るぐことのなかった女神の威容が、初めて崩された。
のしかかる超重力に、女神の表情が苦悶に歪む。
女神をしてここまで苦しめる超重力に、しかし男はなんの痛痒も負いはしなかった。
男の全天を覆うように、巨大な睡蓮が花開き、超重力から男を庇っていたからだった。
先の狂犬と妖女の攻撃を阻んだ時とは違い、凄まじい超重力に睡蓮が悲鳴を上げるように軋む。
男を守るための睡蓮の障壁の展開で精一杯なのか、身動きが取れない女神を嘲笑うように、ケタケタケタと、凶悪な鎌を携えた黒衣の死神が虚空から現れた。
明らかに今までの怪物とは格が違う冥府の死神に対し、女神は唇を噛み締めた。
そして、今の今まで整列していた吸血鬼の騎士たちが、この機を待っていたかのように、その手に闇色の炎を作り出して女神に向けて翳し、死神はケタケタケタと高嗤いし更に重圧を強めた。
喘ぐ女神を前に、昏い喜びを浮かべた怪物たちが総攻撃を開始せんとし、場の空気が澱みを増した、その時、
プチン
と何かが切れるような、この場には似つかわしくない音を、男の耳は捉えた。
ついでに、美しい彫刻のような女神の横顔が、ありありと怒りの表情を浮かべるのも。
直後、凄まじい轟音と共に女神から発せられた極大の閃光が、目の前を覆いつくした。
「――――――――――――!!!!」
あまりにも激しき光の奔流に、自らには全くダメージが無いにも関わらず、勢いに圧されるように、男は尻餅をつき後ろに倒れ込んだ。
眼前では、吸血鬼の騎士たちが総身を大きく傷つけ膝をつき、死神はケタケタ嗤いを止めて警戒するかのように女神を睨みつけている。
しかし、女神もまた無事ではなかった。
超重力に押さえつけられ、ただでさえ余力の無い状態であれだけの力を振り絞ったためか、女神は背を丸め、荒い息をつき、立っているのがやっとの状態だった。
息を乱し、肩を震わせながら、女神は男の方に顔を向け、苦しげながらも確かに微笑んだ。
大丈夫、と。
そして、男の足元で睡蓮が花開いた。
花開いた睡蓮はくるくると回り、男を包むように花びらが吹き上がった。
視界を埋め尽くさんばかりに舞い上がる花びらの奥に、男は確かに見た。
地獄の奥底に、冷たく輝く恐るべき魔王の慧眼を。
決意と泣き笑いを綯交ぜにしたような表情を浮かべ、それでもなお微笑む、女神の顔を。
その唇が、言葉を紡ぐ。
――――、――――――――。
男はたまらず、手を伸ばした。
女神もまた、応えるように手を差し伸べた。
魔王の慧眼が妖しく煌き、世界を闇で覆い尽くしていく。
花びらが激しく乱れ舞い、男の視界をついに完全に覆い隠した。
そして、男の意識は光と闇の混濁に呑まれて掻き消えた。
後書き
はい、そんなわけで一瞬の邂逅でした。
ホント表現力のなさに凹みます。
もっと上手くヒカーリーの神々しさを描写できたら良かったんですが。
自分の文章力と想像力ではこれが限界でした。仕方ないね。
次回から、本格的に冒険開始です。
では。
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