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無欠の刃

作者:赤面
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下忍編
  軽率

「やっぱり、おっかしいな」
「何がだ、カカシ」

 何気なくポツリとつぶやいたカカシの言葉を、耳ざとく聞きつけたアスマがたずねる。カカシはうーんと唸ると、困ったように、この会場内でも特に目立っている子供を指で指し示す。

「カトナの奴、なんか様子がおかしいんだよねぇ」
「様子が? 特に変わったところなんて見つからないが」
「そりゃあ、アスマがカトナに関わったことないからでしょー」

 俺はカトナの担当教師だから、あの子の違いくらい分かるわけ。
 と、肩をすくめて言ったカカシに、ふーんと煙草をくわえて返事をしたアスマは、カカシの視線に倣い、その子供のことをみる。

「結構、痛めつけられてんな」
「そっ、だいぶ満身創痍でさ。どうしたのって聞いたら、変な蛇野郎とその手下に襲われたらしいんだよね」

 軽い口調で言われたその台詞を聞き流しかけ、しかし、聞き逃せず、アスマは勢いよくカカシに向かって振り返る。
 蛇野郎。木の葉の試験に忍び込めるような逸材。その言葉で浮かぶのは、あの男しかいない。

「…おい、その蛇野郎って」
「まだ確証はないから暗部が調べてるけど、どうやら、アスマが考えるので間違いないよ」
「…九尾を狙ってきてるのか」
「かもな。だが、本命はサスケのようだ」
「うちはか…」

 里の貴重な血継限界。そして、里の最高戦力ともいえる九尾。どちらも奪われれば、木の葉の里には甚大な被害が出るだろう。…里人たちに嫌われている片方は、いなくなれば喜ばれるだろうが、しかし、里としての戦力としては残しておきたい。
 難儀なことだと、アスマは思う。
 カトナがこの里にいないほうが、里人たちの気は安まるだろうから、木の葉の里から追い出せばよかったのにと、アスマは考える。カトナがこの里にいなければ、カトナ自身も、里人たちも傷つかないのだから、早く追い出せばいいのにと、本当にそう思う。
 あの子供に与える選択肢なんて、全部全部はぎ取ってしまったのだから、あの子に与えられるはずだった両親の形見なんて、全てすべて自分たちが奪ってしまったのだから、せめて、あの子は木の葉の里から逃がしてやればいいのにと思う。
 けれども、お偉いさんは、あの子供を里に縛り付けておきたいらしい。いざという時に戦闘兵器として使えるように。
 ほんとうに、難儀で、哀れだ。
 そこまで考えて、頭を振って思考をかき消したアスマは、うむうむと頭を抱えて悩んでいるカカシに再度問いかける。

「で、何がおかしいんだ?」
「いやさ、あの子と、さっき、巻物で召喚されてあったんだけどさぁ」

 そういうカカシの脳裏に彼らの姿が瞬く。
 意外と遅かったなと、言えば、彼らは、それぞれの個性をこれでもかと発揮して反応してくれた。
 今回の試験は何なんですか! と文句を言ってへたり込んだサクラと、試験の穴位きちんと確認しろよな、このバカが。と珍しく罵倒の言葉を吐きつつ、安堵した様子になったサスケ。
 



 「俺の目、見なかったんだよね」



 一度もこちらを見ず、俯いた状態で息をついていたカトナの姿が、頭をはなれないのだ。



 困った、困った。どうしよう。
 現在の状況に内心で頭を抱えながらも、カトナはそんな感情を悟らせないまま上を向き、壇上で何らかの話をしているらしい火影の会話を聞いているふりをする。
 勿論、頭の中では大パニックどころの話ではない。思考が、あっちにいってはこっちにいってを繰り返し、どうしたもんかとうろたえ続けている。
 やはり、鼓膜を破りすぎるのは軽率すぎた。あの時はそうするしか仕方なかったとはいえ、しかし、状況が把握できないという事は、不利すぎる。
 当初の予定では、もう第二次試験は合格したから、そのまま家に帰宅できる予定だった筈だ。家ならば、ある程度の九尾チャクラを引き出してもばれないだろうと思っていたので、すぐに鼓膜を直せると思っていた。
 …が、予想外なことに、この第二次試験合格者が多過ぎたのだ。
 普通ならば、もう少し減らされるところだったのだろうが、木の葉の人間がしぶとく残ってしまったのもまた、予想外の一つだったともいえる。ルーキーである班が全員合格しているのだ。今年はある意味豊作だったのだろう。
 まぁ、豊作は豊作でも嬉しくない豊作だが。
 そう内心で溜息をつきながら、必死にカトナは、口の動きと移り変わる表情、そして今の状況でなんとか、場の流れと話を察す。
 伊達に里中から嫌われていたわけではない。その場の雰囲気を察すのも、遠くの人間が何を言っているのかを口の動きで予測するのも、その表情に込められた感情も察すことはできる。
 だから、ある程度は問題ない。問題があるのは…。
 ちらりと、カトナは横に視線を向ける。
 こちらにびしばしと凄まじい勢いで叩きつけられる二人分の視線に、内心でカトナは悲鳴を上げる。
 おそらく、カカシのものだろう。先程、巻物を開いて遭遇した時に、彼に気が付かれ無い様に演技したが、どうやら何かミスを犯したらしい。
 先程から自分の方をちらちらと伺ってきては、困ったように、何かに戸惑ったように首をかしげている姿を視界の端で確認している。これは気づかれるのも時間の問題かもしれない。
 それに…。
 ちらりと、今度はすぐ傍に居る彼の存在を見る。
 まえをまっすぐ見ながらも、こちらを気にしていることがありありと分かるサスケの気配に、カトナはまた内心で頭を抱える。
 先程まで疑っていなかったサスケが、カカシから向けられる視線の意味を考え始め、カトナの様子が異常なことに気が付きだしているのだ。
 これはまずい。非常にまずい。
 カトナに結構過保護な彼のことだ。発覚すれば、すぐさま、病院におくられる。失格にさせられるではないか。
 ならばチャクラを使って回復するか。これは駄目だ。連戦でチャクラを消費してしまった。回復するほどのチャクラが無い。
 サクラに治してもらおうにも、残念なことにサクラの技術では自分の鼓膜を治すことはほぼ不可能だろう。むしろ間違ったところを串刺しにされて、耳から血が流れて二度と聞こえなくなるかもしれない。リスクが高すぎる。これも却下。
 結果、今の誤魔化し続けるしかない状況になっているのだ。
 何とか、自分の番まで誤魔化せれば…と、サクラやサスケに続いて席を探しに行こうとした時、パネルの片方が、自分を選んだのを見つける。
 ナイスタイミングだと、自分の幸運にガッツポーズしつつ、二人にひらひらと手を振る。

「…いってくる」
「勝ってきなさいよー!!」
「さっさとすませろよ」

 その言葉にあえて何も返事をせず、さっさとフィールドに立ったカトナの前に、どうやら対戦相手らしい男が立つ。
 どんな敵だろうとさっさと終わらせて、カカシに報告をしてさっさとこの場を退場させてもらおうと、審判の男が合図らしい行動をとったのを境に、いつもの慣れた様子で背負っていた大太刀を抜き、構える。
 にやにやと、覆面の下で笑っているらしい男に、違和感を感じながらも、慣れた接近戦に持ち込もうと駆け寄った瞬間、それを予測していたとでもいうように、同じく接近した男の手が、カトナの首を無造作にぐいっと掴んだ。
 一瞬、呼吸が詰まるが、取り立てて不便ではない。
 忍術…ではない。
 体術にしてはお粗末。
 何らかの手立てがある筈。引きはがした方がいい。
 一瞬のうちに、カトナの思考が最善の方法を選ぶ。
 背中の後ろで、両手で握っていた大太刀を片方だけ離す。と同時に、大太刀を片方の右手だけで振り回した。
 そして同時に左手は男の鳩尾を殴ろうと、腕に力を入れた。
 この時、カトナは気が付かなかった。
 男の手に、自分のチャクラが吸引されているという事実に気が付かなかった。
 しかし、カトナ自身は気が付かなくても、カトナの体はそれに勝手に対応した。
 現在のカトナのチャクラは、限界に近かった。今も尚、封印と変化の術の為に数少ないチャクラを送り続けているのだ。中々チャクラの総量は回復せず、分身の術一回すら満足に出来ない状態である。
 そんな状態でチャクラが吸われたら。
 そして否が応でも、その赤いチャクラが、引きずり、出され。
 九尾のチャクラが、その腕の中に流れ込む。
 悪意という悪意が煮詰められ、生理的恐怖すら感じさせるチャクラが、何の経験もない男のチャクラの経絡系に、叩き込まれる。
 それはまるで最早暴力のように。際限なく、その経絡系に叩き込まれる。

 さて、小さなコップのうえで、その何倍もの水が入ったバケツをひっくり返せば、どうなるか。
 答えはもちろん、ある程度受け止めて、溢れるのである。
 では考え方を変えてみる。上記と同じ方法で…けれど、このコップが金属でできており、そのバケツに入っている中身が高濃度の塩酸だったならば…。
 それは一体どうなるか。

 すみずみまで赤胴ヨロイの体に回ったチャクラは、確かに彼に力を与えた。しかし、この間にも吸引される圧倒的な高濃度の悪意を詰め込んだチャクラに焼かれ、経絡系は破壊され使えなくなっていく。一つ一つと、経絡系の道のつながりが壊されていき、けれど、腕は吸引し続ける。

 結果。

 「あ」

 相手の腕が、はじけ飛んだ。
 まるでトマトを潰したように、ぐちゃりと、べちゃりと。
 起爆札を握りしめた状態で爆発したように、はじけ飛ぶ。
 ひっ、とほかの下忍が息を呑んだのが気配で分かった。
 男自身も驚いているらしく、体の動きが止まる。
 対して、相手の驚く顔を呆然とした目で見つめていたカトナの手は、止まらない。
 相手を避けさせるための一撃が、殺すための一撃となる。
 そのまま、大太刀が横に薙ぎ払われ、相手の首に迷うことなく叩き込まれかけた瞬間。
 その大太刀を寸での所で。



 カトナの腕が受け止めた。



 ぐしゃりと、潰れる音がした。
 からりと、手から大太刀が離れる。と、あまり肉に食い込まなかったらしく、重力に従い、地面に落ちて転がる。
 しかし、相殺しきれなかった大太刀の衝撃で体が呆気なく、横方向に飛ばされるが、くるくる途中で回転し、その場に着地した瞬間、腕が激しい痛みを訴える。
 しかし、それを無視し、カトナは殺す直前だった男を見る。
 男は地面に倒れていた。が、死んではいないらしい。
 安心した。と同時に、だらりと、力なく腕が垂れ下がる。
 骨か肉か。どちらかには興味はないと、カトナはだらりと垂れさがった腕を無視し、自分の腕を切ったことで地面に転がっていた大太刀を拾い、慣れた動作で振る。
 血が滴っていた大太刀は、どうやら一部の肉を抉ったらしく、ビシャリという音と共に、血と肉が地面に落ちる。
 殺せなかったのは、殺すことがルールに反しているかが把握できなかったからだ。先程の話でこの戦闘でルールを話されたはずだ。カトナは聞けなかったから、判断できないが、だが、もしも殺人がルール違反ならそれは駄目だろう。
 カトナはためらいなく目の前の人物を殺せただろうけど、殺して失格になるのは、避けたかった。
 だから、

 「…審判、これ殺してもよかったっけ」

 当たり前のようにそう問いかけた。
 その言葉に今その場でカトナの戦闘を見ていた全員が気づく。
 こいつは、失格にならないために、自分の腕を犠牲にしたんだ、と。
 気が付いて、恐怖する。
 他愛もないような動作でそれをしてしまえるカトナに恐怖し、そしてその子供だけは興奮する。
 自分の前で広げられた血と肉がまじあいあう戦場に。子供は興奮し、ごくりと唾を飲んだ。
 忍びであり凄惨な場を見されたハヤテも、ある程度驚きながら、暫く考えて、そしてその言葉に答えを返す。

「…殺しは、ごほごほっ。不可抗力なら失格にはしない可能性もありますが、わざとなら確実に失格にします。先程もルールをそう申し上げたはずですが…」
「一応、確認」

 そう返して、カトナはどうやら痛みで気絶したらしい男を見て、再度問いかけた。

 「これ。私、のかち?」

 その言葉に、ハヤテはこくりと頷き、いつものように咳をしながら告げた。

 「ごほっごほっ、勝者、うずまきカトナ」

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