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無欠の刃

作者:赤面
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下忍編
  誤解

 大量の血が地面を染めている。二人の分の血と肉。
 赤、赤。あの子供と同じ赤。自分と同じ。いや自分とそっくりな赤色のあの子供。
 少年とも少女とも見分けがつかない中性的な容姿をした子供は、戸惑いなく、躊躇いなく、躊躇なく、自分の腕を盾にした。
 相当の痛みがあったはずなのに、叫び声どころか言葉一つ漏らさず、無表情のまま、審判に尋ね、そのまま、自分の所為で両腕を無くした人間を一瞥することなく、この場を退場していった。
 あれと殺しあいたい。
 ざわざわざわざわざわざわと。奥底で、蠢く声がある。
 血を欲し、肉を食らいたいと叫ぶ声が体内で木霊しているが、我愛羅はその声を無視し、食い入る様に地面に残った血と肉、そして、あの時、カトナがとった行動を思い出し、にやりと、笑った。
 久々に楽しそうなことになりそうだと、我愛羅はそっと目を伏せた。
 その様子を離れたところで見ていたテマリとカンクロウが、怯えたように目を合わせあう。
 二人は、自分の弟である我愛羅を畏怖しているともいえる。彼は気まぐれに化物としての力を使い、一度でも機嫌を損なってしまえば、彼は家族である自分たちを殺すだろうと思う。それくらいに容赦がない。
 だからこそ、彼らは恐れる。死にたくないから、傷つきたくないから、痛い思いをしたくないから。
 だから、彼らは自分の弟である我愛羅を恐れる。

 それは同じく、人柱力の姉であるカトナには、一生分からない感情であった。




 医療室で、カトナはのんびりとくつろいでいた。
 未だに腕はじくじくと熱を放ち、痛みを訴えているが、支障が出るほどではない。もっとも、それは、筋肉に力を籠めなければ、という言葉の注釈が必要になるだろうが。
 本当ならば、医療忍者が今頃派遣されてきて、カトナの体を治療してくれるのだろうが、生憎、カトナのことを自ら志願して治してくれるような、ハッスル精神の医療忍者はいなかったらしく、見事に放置されている状態である。
 いやまぁ、それでもいいのだが。
 もうためておく必要がなくなった九尾のチャクラを総動員し、自分の傷を一つ一つ丁寧に直していく。筋肉の繊維の零れを繋ぎ、痛みを訴える場所の感覚を麻痺させ、細胞を刺激し、成長させる。
 単純な繰り返しを何度も行い、やがて、ある程度、見ていても凄惨さを感じさせず、表面上は傷は残っているが、内面は完ぺきに治癒された腕になる。
 これならば、自分で治したとは見られないだろう。杜撰な見た目は医療忍者がやる気を出さなかったとみられるだろうし、それならば、医療忍者同士の、どうして九尾を治したんだという探り合いも起きないだろう。
 治療の的確さとそれにしては杜撰な出来具合に、違和感は生じるかもしれないが、一目見ただけではわかりにくいし、何より、そうしたほうが信憑性がある。
 彼らがきれいに直していたら、自分には違和感しか抱かれないだろうから、だから、適当に、杜撰に。見た目はあまりきれいにならないように。きっと、サスケは怒るだろう。体に傷が残るのはよくないと、それは女だからではなく、傷跡が残れば残るほど、それだけ怪我してきたことでなめられる可能性もあることを気にしているのだと分かっている。
 九尾チャクラをもっと引き出せば、傷が残らない程度に治すことも出来るだろう。
 けれど、でも、それでもいいのだ。
 この体にひとつ、またひとつと傷が増えていき、目に見える気が増えていき、周りから舐められるようなことがあったとしても、ナルトを守れるためならばそれでいい。
 九尾のチャクラを引き出せる術式は、カトナ自身が作ったものではないので謎が多い。ナルト自身に影響がないのならば問題ない。が、この前はナルトの体の周りにも九尾のチャクラが取り巻いていた。それは自分に引きずられ過ぎたからだろう。引きだし過ぎてはいけない。
 必要でないならば使わなくてもよい。鼓膜は直しておきたいが、それも問題がなさそうなら直さなくていい。
 自分の体よりも、ナルトの体だ。自分なんてどうでもいい。ナルトさえ無事ならばそれでいい。
 それで、いい。
 きぃっ、とドアが軋んだ音がし、カトナの見ている前でドアが開かれ、よっ、と手を上にあげた彼が優雅に登場する。

「カトナ、平気か?」
「先生」

 驚きに目を見はったカトナが慌てて立ち上がり、平気だという意思を伝えようとした時、一瞬のうちに距離を詰められて、大太刀を叩きつけた腕をとられる。
 びくりと一瞬震え、カトナが恐る恐る様子を伺うようにカカシを見た時、カカシが笑いながら、カトナの耳を指さす。

 「カトナ、耳聞こえてんじゃないの?」

 口の動き。そして雰囲気でそれを読み取ったカトナが、視線を少しだけ下に向けて首を振る。
 その様子に呆れたようにカカシはため息をつき、勢いよくカトナの両肩を掴む。と同時に、膝をかがませてカトナと視線を合わせる。逃げ場を失ったことに気が付いたカトナの頭が、危険だと警鐘を鳴らすが、無理やり、瞳を合わせられる。
 カカシの瞳にカトナの瞳が映るが、なんとか、顔を逸らし、視線を逸らす。
 それこそが嘘をついている証だと何故気が付かないのか。カトナは嘘をついていないと証明するときは、まっすぐ目を見て話す。視線はそらさず、これは嘘ではないのだという事を告げる。そして逆に、嘘をついているときは過剰なまでに視線を逸らす。
 カトナなりの処世術なのだろう。そういう風に身に染みつけておくことで、相手に自分は嘘をついていないのだと信頼させるための処世術。信憑性を高くさせ、自分の身を守るためだけの術。
 もしものとき…たとえば、ナルトに危険が及んでいるときなどは、きっと、こんな風に視線を逸らしたとしても、逸脱の術を発動させ、視線を逸らしたという事実から視線を逸らさせるのだろう。
 だからこそ、妙な確信がカカシにはあった。
 今、目の前にいるカトナは嘘をついている。
 じっ、と見続ける。視線を受け続けたカトナが、どんどん俯いていき、やがて、耐えきれなくなったように勢いよく顔を上げた。

 「…先生に気づかれるの、予想外」

 そう言って困ったように首をかしげたカトナは、はあ、と息を吐きながら、髪の毛をかきあげ、カカシに自分の首元を見せる。刻み付けられた呪印に、知らず知らずのうちにカカシの目が細められる。

「呪印か」
「変な蛇野郎、つけた。そいつの部下、音使って、攻撃。チャクラの消費、呪印で大量、最善策、鼓膜を破る。実行した。結果、今」

 そう言いつつ、カトナは九尾のチャクラで的確に鼓膜を直していく。
 離しながらという気が散りそうな行為の中でも、その精度は狂うことなく、一つ一つ丁寧に耳の鼓膜を縫い合わせるようなイメージでチャクラを動かす。

「今、封印中。けど、完全に無理。チャクラを吸わない様、改造、試みる」
「なるほどな…。で、その蛇野郎だが、大体の見当はついている」

 するりと、最後の最後まで上手く縫い合わせて、鼓膜をもとに治したカトナは、カカシに視線だけ贈る。その脳裏によぎるのは、あの、胸糞悪い奴の姿で。

「だれ」
「大蛇丸。木の葉の三忍だ」

 流石に、これはカトナでも予想外だったらしい。ぽかんと口を開け、呆気にとられたような表情をした彼女に、流石にカトナでも驚くかと内心で逆にこちらが動揺しながらも、カカシは頷く。

「確定ではないが、多分、その可能性が一番高い」
「…ふさけすぎ、中忍試験に、三忍、侵入許すのって、どんなざる警備」
「そう言うな。ここの試験生の顔をはぎ取って侵入してきたらしい。さすがにそこまでされたらわからないだろう」

 その言葉に更に何らかの言葉を紡ごうとしたが、カトナは直線で自分の頬に手を当て、呟く。

 「顔を、はぐ…」

 ぞくりと、カトナの背筋に悪寒が走った。
 あの下には別人の顔があったというのか。そしてまるで自分の顔のように動かしていたのは、他人の顔だったのか。さすがのカトナさえもぶるりと震え、そして困ったように尋ねた。

「顔を剥ぐなら、顔面やっぱり違う?」
「まぁ、違うだろうな」
「じゃあ、警戒しなきゃ」

 サスケには手を出させない。
 ナルトには触れさせない。
 この身がどうなろうとどうでもいいが、二人には手を出させない。
 この身を犠牲にしてでも、父さんたちから頼まれた大切なことも、ナルトも守る。
 あんな奴らなんかに大切な物すべて傷付けさせはしない。
 そう決意した時、じっとカトナを見ていたカカシが、ふと物静かな声で聴いた。

 「カトナ。今から俺が言う事は多分、お前の逆鱗に触れる。それでも聞いていいか」

 自分に逆鱗なんてあるだろうか。そう思って、けれど会えて何も言わず、カトナは続きを促した。

 「べつに、どうぞ」

 その声を聞いた後でもカカシは迷っているように視線を彷徨わせ、そして聞きづらそうにしながらも尋ねる。

 「カトナ、おまえはもしかして」

 躊躇いがちな声で、カカシは告げる。


 「ナルトの為だけに生きてるわけじゃないのか?」


 それは別に逆鱗でもなんでもなく、ただの、カトナの弱点だった。 
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