| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

無欠の刃

作者:赤面
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

下忍編
  おぞましい

 がさがさと繁みをかき分ける音と、無造作に、けれど、静かに木々の隙間から体を覗かせたカトナは、そのまま気兼ねない動作で多由也の前へと姿を出した。多由也は先程まで隠れていたカトナがいきなり飛び出てきたことに驚きつつ、当たりに注意深く視線を飛ばす。
 目の前にいきなり飛び出してきたのだ。罠か何かを仕掛けたかと疑うのは当然の事だろう。

 「随分とまぁ、愚直に出てきやがったな、クソヤローが。もっと、ねずみみたいに、こそこそしてくるかと思ったぜ」

 あからさまな挑発。だが、カトナは多由也を静かな目で見返すだけで、その挑発には乗ってこなかった。いつもの彼女らしいと言えば彼女らしい行動なのだが、そんな彼女を知る由もない多由也は、ちっ、と舌を打ちつつ、笛に口を当てた。
 カトナが腰を低く構え、一気に走りだすが、間に合わない。
 どう頑張ろうと、人間の速さが音速をこえることはできないのだから。
 息が吹き込まれ、音が辺りに響く。
 たった一音とはいえ、その音の中に込められたチャクラと技術は、他の追随を許さない。鳴らされた音は瞬く間の間に体を支配し、動きを止める…はずだった。
 ならされた音を無視して、カトナはまっすぐに突っ込んだ。

 「な!?」

 止まる筈だった人間が止まらなかったことに驚いた多由也の体が、思わずその場で固まってしまい、カトナの大太刀が振りかぶられ、横に凪払われる。
 がぁん! と言う凄まじい音と共に、多由也の体がふっとばされて、背後にあった木に強かにうちつけられる。だん、という音共に地面に倒れ込む。その衝撃で、息がつまった一瞬を見逃さず、カトナは一気に多由也に詰め寄ると、その腹部に掌底を打ち込んだ。
 チャクラを纏わせた掌底は多由也の腹部に深く叩きこまれ、経絡系をあらし、激痛が体の中を流れた。が、多由也はその掌底の衝撃を逆に生かし、後ろに飛んで距離を稼ぐ。
 ちっ、と舌を打ったカトナは、そのままの距離をあえて詰めようとはせず、くるくると持っていた刀を回して汚れを振り払う。僅かに砂埃が付いていた刀は、カトナの意のままに振るわれる。
 それを見つつ、自分の腹部を押さえていた多由也は、必死にカトナがどうして動けたかについて考える。
 対策を練られたのか? この短時間に? まさか。したとしても、出来るのは風遁くらいだ。それも結構な制度を必要とする。大蛇丸様曰く、チャクラコントロールは卓越しているようだが、この子供のチャクラ総量は少ない。今のこの子供に出来る筈はない。あの時は九尾のチャクラを使っていたのだ。だから仕えた。でも今は使っていない。だから、使える筈がない。
 と、おもい。そこまで考えて。
 多由也は最悪の可能性に思い至った。するはずのない、やるはずのないことを思い付いた。

 「まさか、おまえ、鼓膜を破ったのか!?」

 その言葉に何の返答をしないことこそが、何よりの返答だった。
 鼓膜。振動を感知し、脳に音を伝える最も重要な機関であり、比較的、破壊しやすい器官でもある。耳かきをして破いたことがあるという人間も少なくはないだろう。この場といえ、細い棒状のもので…たとえば、木の枝を耳に突っ込んでかき回せば、破ることだって可能だ。
 しかも、鼓膜はほかの器官と違って、早ければ一週間。遅くても一カ月あれば治るのである。破壊しても治る、代替がきく。これほど効率的な手は存在していないともいえる。
 多由也の幻術は音だ。音波ではないので人体にはさほど影響は出ず、鼓膜を通じて脳にたどり着いて初めて影響が出るのだ。だからこその手だともいえる。
 いえるが、だが。
 だが、だからといって、普通、破けるものだろうか。自分の鼓膜を、治ると言ってもそんなにあっさりと?
 ぞわりと、背筋に寒気が走る。
 おぞましい。何だこの人物は。
 多由也も大蛇丸に仕えるものだからこそ分かる。大蛇丸も目の前の子どものようなおぞましさを持っている。他者を人間とすら思わない。自分のことも利用すらする、あの人物を見ているからこそ、カトナのおぞましさは、いくつか緩和されているようにも感じれる。
 けれど、カトナのおぞましさはそれをとうに超える。気持ち悪い。カトナは自分に異様に厳しい。自分を犠牲にすることは罪ではないと感じているような、自分が犠牲になることこそが報われることのような、そんな錯覚をしているかのような気持ち悪さがある。
 大蛇丸様が気に入るわけだと思いながら、多由也は自分の腰に束ねた巻物を見る。
 奥の手の一つだが、ここで使ってしまっても構わないだろう。今の目の前の子どもは、音が聞こえない。如何に分析能力が高かろうと、判別するための条件が潰されている状態で出来るだろうか? …出来る筈がない。ならば、使うべきだ。
 幸いにして、カトナの味方である少年と少女たちは、同じく音の里出身である三人にまかせてきた。強くもない、ただの雑魚だが、足止めくらいはできるだろう。だが、長くはもたないだろう。サスケの強さは未知数であり、サクラは平凡の域を出てないらしいが、下忍にしてはレベルが高いらしいので、過度な期待はしない。
 今の内にある程度、呪印を活性化させ、これからの中忍試験の結果に影響を与えるのが多由也の今回の仕事だ。このままではその任務は遂行できない。それは困るのだ。

 大蛇丸様の使命は絶対に遂行せねばならない。それは命に代えてでもしなければならないことだ。…なんのために、どうしてそこまで大蛇丸様に仕えなければいけないかなんてことは、どうでもいいのだ。ただ、指名を遂行するのみ。

 ばっ、と勢いよく巻いておいた巻物を引き抜こうと腰を見やり、彼女は咄嗟に横に飛んだ。
 ちょうど、多由也がいたその場所から、両腕がにゅるりと飛び出した。伸ばされた腕はぎりぎりのところで彼女の足を掴み切れず、舌打ちと共に、少年が木の中から現れる。

 「ちっ、さけてんじゃねぇよ!」

 予想外の敵の動きに動揺し、固まったカトナの耳は、その声をとらえきれない。が、なんとなくというか、長年の経験ゆえか。こんな時に現れるだろう人物を予測し、無意識の内に体から力が抜ける。思わず、傍の木につこうとした手が無造作に握られる。

 「心配させんなよ、馬鹿が」

 その声を聞きとれず、カトナは首をかしげたあと、たずねる。

 「サスケ、何でここに? 三人、に、襲われてたんじゃ」

 その声はいつもよりも小さかったが、敵に聞かれたくないようだと勘違いしたらしいサスケは、頭をかいて、同じくカトナに倣うようになるべくひそめた声で言う。

 「なんか、全身翠タイツ野郎が今、サクラと一緒に戦っているから、様子をみにきた」

 助けに来たと、手伝いに来たと言わないあたりが、カトナとサスケの関係を如実に表しているだろう。お互いが対等で、お互いの実力を疑わない。そういう、絶対的な関係。
 カトナはきょとんとした顔でその人物を見て、困ったように頬を指でかいた。それは声が聞こえないことにたするごまかしなのだが、まったくと呆れたようにサスケは笑う。

 「どう見ても、彼奴はほかの下忍と比べ物になんねぇ癖に、一人で引き受けてんじゃねぇよ、馬鹿」

 必死に口を凝視し、なんとか、ある程度の単語を読み取ったカトナは、きょとりと目を動かした。サスケが相手の実力を、自分よりも正確にはかれているとは思わなかった。予想外だと言わんばかりのその表情に、むかついたように眉間にしわを寄せつつ、サスケはカトナの頭をはたいた。

「後でサクラの説教だぞ」
「…はい」

 何を言っているかわからないままだが空気を呼んで、そう返事をし、カトナは女を睨み付ける。
 二対一。しかも、片方は幻覚を無効化する写輪眼をもっている。どう考えても自分は不利だと気が付いた多由也は、ばっ、と勢いよく自分の足元にあった木の枝を蹴飛ばすと同時に、一目散にあさっての方向へと走り出す。
 待て! と追いかけに行こうとしたサスケの肩を慌てて、カトナが掴み、声を荒げる。

「相手、サスケ狙ってる! 飛んで火にいる、夏の蟲!!」
「だからって、放っておくのか!! お前を狙った相手だぞ!!」

 カトナは聞こえないため…と言うか聞こえていたとしても一切その言葉の意味が分からず、思わずといった様子で、自分の本心のまま怒鳴りつけた。

 「サスケのが大事!!」

 その言葉に、サスケの頭が一瞬思考を停止させる。カトナは自分の放った台詞が聞こえていないため、自分が何を言い放ったのかを気が付いていないので、事の重大さがよく分かっておらず、いきなり固まったサスケに、どうしたのだと肩を揺らす。
 
「…ほんと、おまえはな」
「?」

 俺を困らせるのが上手いよな。と、口に出さないままそう呟いて、カトナの頭を撫でた。
 カトナは突然のその行動に、きょとりと目を動かしたが、あの時のイタチを思い出すような優しい撫で方に、少しだけ嬉しそうに笑った。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧