トワノクウ
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トワノクウ
第十九夜 夢と知りせば覚めざらましを(二)
前書き
千草 の 目覚め
「ところで梵天さん、後ろの方達は……」
空五倍子と同じくらい巨大な黒猫を筆頭に、ずらりと並ぶ猫、猫、猫。黒猫だけは紳士服を着ている。
「開国で入ってきた異国の妖。故国の動乱を逃れて流れてきたんだ。そこは君のほうが詳しいんじゃない?」
くうは黒猫紳士の出で立ちを見て彼(彼女?)がどの妖怪かを考えてみた。人間のようにふるまう、人間よりも巨大な猫。スカーフを首元にあしらったナポリの紳士服。
「ケットシー。猫妖精ですか」
梵天はくっと笑いだした。
「妖精ね、なるほど、言い得て妙だ。その呼び方だけで彼らは人間との共存をたやすく叶えていたんだろう」
妖精と妖怪。プラスイメージは「妖精」につきやすいが、くうは妖精も苦手だ。北欧の妖精は子どもを入れ替えると薫が言っていた。
「その猫妖精がどうして梵天さんのところにいらしたんですか?」
「獣妖ならば大体はこの森に暮らすことになる。だからこの地を管理する俺に挨拶に来る。天座の許可なしに住みつけば雑妖どもが騒ぐからな」
猫妖精はシルクハットをとると、堂に入った礼を取った。後ろに控える模様とりどりの猫たちも倣って頭を下げた。くうも慌ててぺこりとお辞儀した。
にゃー。猫たちが数匹寄ってくる。協力してくうの帽子を運んできてくれたのだ。
くうは猫たちの可愛さと健気さについ微笑み、座って帽子を受け取った。
「ありがとうございました」
帽子をかぶり直す。視界が狭まって安心した。
(まずい。人の目を見るのが怖くなってる)
薫と潤の件が対人恐怖につながっている。短期的なものならばいいが、ずっと続けば、寺に戻った時に朽葉の顔も見られないかもしれない。
下半分の視界に、しゃがんだ猫妖精の膝が飛び込む。顔を上げると、猫妖精に右手を取られた。開いた手の平には、巻いたままだった手ぬぐいの切れ端。
猫妖精が大きな両手を、くうの右手の平の上でむにゅむにゅ動かす。
ぽんっ。
「わひゃっ」
手ぬぐいが消えて、手の平の上には大きな青いバラの花が載っていた。手品? 妖術?
猫妖精は青いバラをくうの帽子に飾りつけ、にっこり笑った。
くうは呆然と自分の手の平のしるしを見下ろしていた。
薫にも潤にもあったしるし。薫には妖憑きの証であったしるし。
(そういえば、ここにあったんだった)
――分かった気がする。篠ノ女空に宿った〝それ〟の使い方。
「いつまで座り込んでるんだい」
ふり仰ぐ。こちらを胡乱に見下ろす梵天とばっちり目があった。
「あ……猫妖精さんは」
「もう帰ったよ。暇乞いの挨拶にも答えないくらい、何に心奪われてたんだい」
「――梵天さん」
「なに」
「できそうな気がします。露草さんのこと」
朝が来た。
くうは布団から起き出して夜着からドレスに着替えた。最後に被った帽子には、ゆうべ猫妖精がくれた大輪の青いバラ。
(ゆうべ掴んだ感覚は消えてない)
手の平の青い刻印が解放されたことで掴んだ〝感覚〟の端。くうはそれを一晩かけて手繰り寄せ、己の中で確かなものに変える作業をずっと行っていた。身体を布団に横たえてはいても、精神は極限まで張り詰めていたのだ。
着替えたくうは露草の部屋に向かった。
朝陽が射し込む部屋の中は無人。梵天と空五倍子はまだ訪れていない。
くうは露草の眠る床まで歩み寄り、横に腰を下ろした。
「大丈夫です。くうが、なんとかします」
父を真似た、己を勇気づける呪文を唱えた。
戸が開いた。入ってきたのは梵天と空五倍子。どちらも(空五倍子は仮面を着けているが)張り詰めた表情をしている。
「おはようございます」
「うむ。今日、露草を目覚めさせると聞いたが、できるのであるか?」
「最大限やってみるつもりです」
昨日の翼の出現で感覚は掴んでいるし、徹夜だからドーパミン大量分泌中だ。できない気はしない。
「始めて、よろしいですか」
梵天に意向を伺う。
「ああ」
たった二音、されどひどく神妙だった。
くうは背中に集中する。ばさ。大きな純白の翼が現れる。
「露草、さん――露草さん」
くうはそっと、眠る露草の手を両手で包み込む。体温が途切れるぎりぎりまで落ちた冷たさだ、この手は。
「起きてください。もう、目覚めの朝です」
翼から背中に、背中から心臓に、心臓から両手に、鳳の力が伝わってくる。それをくうは露草に注ぎ込む。
(上手く行って)
ぴく。露草の瞼がかすかに震える。
くうは固唾を飲んで次の動きを待った。
まぶたが、じわじわと開いていった。現れたのは花色の虹彩。まだ焦点は結ばれておらず、くうを映していないと分かる。
(上手く――行った!!)
こみ上げる歓喜。できた。鳳の力をコントロールしきった。篠ノ女空が役に立てた!
しかし迷う。ここで声をかけて露草の意識をはっきりさせても、くうが何者であるかを説明して、起き抜けの露草に分かってもらえるか。
そんなくうの逡巡を見透かしたのか、はたまた単に気が逸ったのか。梵天が身を乗り出して露草の顔を覗き込んだ。
「俺が分かるか、露草」
「……、ぼん、て、ん……?」
掠れた声が名をようよう紡ぐ。それを聞いた梵天の顔がくしゃりと歪んだのは、きっとくうしか知らない。
(これ以上は私がいていい時間じゃない)
くうは梵天と空五倍子に露草の傍らを譲り、音もなく立ち上がった。二人の意識はすでに露草一人に向いている。
部屋を出る。中で空五倍子の歓声が上がっていた。
(よかったですね、梵天さん、空五倍子さん)
くうは廊下の壁にもたれ、背中を預けたまま座り込んだ。思考がバラバラになるのを感じながら、素直に睡魔に身を任せた。
Continue…
後書き
おはよう露草! おはよう!
割とあっさり片付きました露草の問題。まああっさりと決めてたんですけどね。核心はここじゃないから。
猫妖精はあれです。某舟漕ぎ乙女漫画に出てくるケットシーを参考にしました。これから他にもそれっぽい題材が出てきます。薫編とか特に。
そうです。実はこの作品、三部作にする予定なんですー!(>◇<)
「トワノクウ」の後に別の二人のオリキャラ、長渕薫と中原潤の物語を用意してます。下手すると全体で100話越えするかもしれません……でもパトスのままに書きます! これに関してはマイウェイを貫くと決めているのです!
ですので、せっかくお読みいただいている方には申し訳ないですが、この作品はもっともっと長く続きます。
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