無欠の刃
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下忍編
揃える
絶体絶命の窮地。何かしらの術で同じところを彷徨わせられたらしく、足には疲労がきている。体力をすり減らされた体は、つかれたと脳に訴え続け、苦無を投げる腕の命中精度も落ちている様だった。しかも、相手は幻術を使っていて、実体を探さなければ、攻撃すら碌にできない。
これは勝ったなと、雨がくれの額当てをした少年は、んーっと、その場で両手を伸ばした後、彼らを注意深く眺め続ける。
かれこれ二時間、歩かせ続けたのだ。相手も自分が不利だという事くらい知っているだろう。このまま苦無を投げ続ければ、勝てるとそう踏んだとき、こんな状況の中であるのに、信じられないような言葉が、その場を切り裂く。
「ねむい」
50人にも上る、実態を持つ分身体たちに囲まれて絶体絶命の状況で、カトナはそう言った。
は? と、目の前の子どもを見つめ返した雨がくれの忍びたちは、ただの、現実逃避だと笑おうとして、カトナの額に浮かぶ青筋を見た。
カトナはふつふつと腹の奥底から煮えたぎる怒りに、どうしたもんかと首をひねる。感情がうまく制御できない。悪夢を見させられた時と同じように、脳細胞の一部を刺激して、感情がいつもよりも過激に表現されているのかもしれない。
と思いながらも、感情が推しとどまることを知らない。これは意外と由々しき事態だなと、内心で自分の判断の甘さを罵りながら、カトナは冷ややかな目で、彼らが居るであろう方向を見つめて、そして一気に駆け抜けた。
「カトナ!?」
いきなり話し出したカトナに向かって、サスケが叱咤の声を上げるのと、カトナに向かって投げられた苦無が、カトナの顔をかすめるのは、同時だった。
ぐしゃりと、肌が破かれ、血が流れ、落ちる。
が、それよりも早く、カトナが振るった大太刀がその場にいた忍びに向かって、叩きつけられた。
ぐしゃああああああと地面から土が舞い、砂埃が上がる。と、同時に、カトナは大太刀がひっとらえた服を掴み、無理やり放り投げる。
宙を舞った少年が慌てて態勢を整えようとするより早く、サスケが投げられてきた存在を掴み、ちゅうぶらりんになった少年の目で印を組み、サクラが幻術をかける。
ひとり、やられた!
彼らの緩んでいた気が、その瞬間引き締まる。
慢心故の、油断だった。
もう、自分たちは勝ったものだと思っていて、だからこそ、脱力しきっていた。ここから先は、自分たちが嬲るだけの簡単な、ただの繰り返しだと考えてしまっていた。
まだ、対象を殺しきっていないというのに、力を体から抜いてしまった。
たかが、下忍。下積みもなければ経験も浅い子供。そんな彼らが感情を殺し切り、緊張し続けたままで居ることは不可能であり。
そして、訪れた突然のハプニングに、彼らの脳は対応できない。
カトナは、サスケの腕の中でぐったりとしている少年の姿を下から上まで眺めると、おおよそ、ここにいるんだろうなと、大体の見当をつけて啖呵を切った。
「私、今、すっごく、不機嫌」
自分の額からぽたぽたと流れる赤い血を無視し、カトナは目の前の存在を睨み付ける。その形相は鬼の様であり、見た雨隠れの忍びたちを怯えさせ、同時に混乱をきたさせる。
自分たちの技は完ぺきだったはずだ。何度も何度も同じところを歩き回らせたはずだ。木の葉の奴らは全く気が付かないまま、無様な醜態をさらし続けていた筈だ。
なのに、なのに。
どうして、自分たちが今不利になっているのだ!? 目の前にいる存在を、恐れているのだ!?
慌て戸惑い、ゆえに彼らの脳は正常な判断を下せない。
カトナがギラギラと目を光らせつつ、目の前の彼らを値踏みするように眺め、そして肩を揺らした。
それはまるで失望した様であり、呆れたようでもあった。
「…この程度、ね」
そう言った瞬間、カトナの姿が彼等の前から消える。
瞠目し、後ろに跳ぼうとした少年の足を、大太刀がとらえ、叩き折る。運がよかったのは、彼等が作った幻術であったことだろう。もしも、本物だったときなど、考えたくもない。
骨がボキリと折れ、崩れ落ち初めた体を蹴り飛ばし、カトナは勢いよく大太刀をぶん投げる。
大太刀がくるくると旋回し、分身たちを薙ぎ払っていく。すぐさま、分身たちは元の姿を取り戻していくが、不機嫌なカトナにとっては、そんなことは眼中に入っておらず、迅速にかつ冷静に持っていた苦無を全て、自分ならば隠れるという場所に、投げつける。
幻術使い。彼らは、自分たちの姿を現さない。
それは、使う相手を自分達よりも上位の相手だと仮定しているからだ。自分達より強い相手の目の前で戦うなど、愚の骨頂。いつでも逃げれるように相手との距離を開けながら戦う。自分達より強い相手は、当然忍術も優れているとみていい。忍術での攻撃も受けないように、姿を隠し続けて戦うだろう。見つからないという自信を持って、どこかに隠れる筈だ。
ならば、簡単な話だ。
体術に自信が持たない人間が、上位のものを罠にかけようとするとき、一体どこに隠れるか。なんて、探すよりも簡単にわかっていた。
苦無が敵の一人をとらえたらしく、血が上がる。
どうやら、胸に突き刺さったらしい。ご愁傷様だと内心で手を合わせながらも、カトナの目はもう一人の存在をとらえようと動く。
と、動く影を見つける。どうやら間一髪で苦無を避けたらしい少年は、仲間たちを置いて逃げようとしているらしい。
「…逃がすか」
少しばかり機嫌を悪そうにして、目の下に隈を作ったカトナは、一気にその陰に向かって駆け抜けた。
少年が目を見張り、慌てて苦無を投げた。が、苦無が当たるよりも先に、違う方向から投げられた苦無に寄って弾かれる。
後で礼を言わなきゃなと、怒った顔をしているだろうサスケを思いながら、カトナはその少年の腕を掴む。細い腕…だが、チャクラで活性化された腕に握りしめられ、少年は悲鳴をあげた。
「黄昏」
小さくそう呟くと共に、カトナの腰に、ずどんと衝撃が走る。足を踏みしめてこらえた後、カトナは、少年を勢いよく蹴り飛ばす。ごろごろと、転がりながらもなんとか攻撃を避けようとした少年の腹部に、カトナは勢いよく鞘に入れたままの大太刀の切っ先を叩きつける。
「幻術、お粗末すぎる。自信あったみたい、だけど、いまいち。これで、中忍、なる気? もっと鍛える。それから、出直せ」
カトナはそう言いながら、さらに全体重をかけて踏み抜いた。悲鳴を上げて、のたうつ少年を冷めた目で見ながら、カトナは巻物を漁るサスケを横目で見る。その間にも、抵抗できないように、足に体重をかけるのを止めない。
しばらくごそごそと探っていたが、どうやらお目当てのものを見つけたらしく、サスケの手に、巻物が握られる。
「天。終わり」
「やったじゃない!」
カトナはハァとため息を吐いて、少年の体から足を離す。少年はどうやら痛みにたえれなかったらしく、呆気なく気絶したらしい。全く、本当に期待外れだとカトナは舌を打ちながら、声を大にして叫ぶ。もちろん、周りの忍には聞こえないように工夫した音量である。
「三人がかりの、幻術・狐狸心中の術…。術の制度はまだまだ。けど、骨があるかも、って、思ったのに!! ちょっと、楽しみにしてた…、のに」
「楽しみにしないでよ!?」
サクラのツッコミを受けて、むすりと頬を膨らませながら、天の巻物を抱えたカトナは、はぁ…とため息をついた。
彼女は意外と好戦的な性格をしていて、戦いを好んでいる…というか、彼女は不可能に挑むことが好きなのだ。
何の知識もない子供が、世界を平和にしようと挑むかのようなことを、彼女は好いている。
決してできない筈のことを成し遂げようと挑むことを愛しており、それが不可能だと言われれば言われるほどに、彼女は成し遂げようと燃え上がる。
彼女にとって、圧倒的な強者に挑むことは、絶対的に不可能なことであり、だからこそ燃え上がる。彼女の好戦的な性格は、それが原因ともいえる。
それは彼女が生きるための処世術でもある。
自分より強い相手に、何の策もなしに挑むことは愚かであり、反逆は死を訪れさせる。けれど彼女は刃向わなければいけないし、反逆せねばならない。自分より強い里人に氾濫し続けなければ、彼女は強者でなりえない。
だから、これもまた、運命であった。
ぴくりと、カトナが反応し、大太刀を瞬時に変換させて短刀にし、サスケの瞳に赤と黒の文様が浮かぶ。サクラもまた、それに倣うように蹲っていた場所からすぐさま離れ、苦無を構えた。
しばしの沈黙の後、がさがさと、繁みをかきわけ、女が現れる。
赤い、髪の毛。カトナよりは色素が薄い。が、紛れもない赤色。母とよく似た、赤。
少しだけ、カトナの心情が動揺する。が、すぐさま感情を押し殺し、その女を睨み付ける。
女は戦闘態勢に入った三人を見つめ、ハッ、と笑った。
「下忍のわりには勘がいいじゃねぇか、クソヤローども」
「はっ、そういうお前は今年の受験生じゃねぇな。どっから、侵入してきやがった」
「てめぇらが知ることじゃねぇよ」
そう口汚い言葉で罵った彼女が、懐へと手を伸ばすのを見ながら、カトナが腰を低くして構える。
「…今度は、骨あるかもね」
そう軽口を叩いて、カトナはにやりと笑って挑発した時、どくどくと、心臓が、息づいた。
熱く、燃えるような感覚。
いきなり黙ったカトナを、気遣うように見たサクラが、ひっ、と息を呑んだ。
何事かとつられるようにそちらを見たサスケが、すぐさま血相を変える。
黒いものが、溢れだしている。
あわてて、カトナの首に触れようとするが、とぐろを巻いた蛇がその手を拒む。
しゅーしゅーと舌を伸ばした蛇を無視し、カトナは目の前の存在を睨み付ける。
女はその鋭い視線に笑いながら、自らの髪の毛を掴み、彼らの前に首を突き出した。
黒が、その首でざわめく。
「…知ってるかよ。呪印はな、例え封印されたとしてもひきあって、お互いの呪印を活性化させるんだよ、クソヤロー」
女の首に、黒いものが這う。カトナの首もまた、黒いものが這いだし、目を黒く染めだし。目の赤々しさがより一層増す。
そして、カトナの手に蛇が浮かぶ。
やばい!
短刀を抜き、一直線に、その少女に向かって走り出そうとし。
蛇が勢いよく、掌に噛みついた。
握った掌に走る鈍い痛みに、カトナが、持っていた短刀を落とす。
同時に、女が口に笛を咥え、息を吹き込んだ。
「死ねよ!」
おとが、ひびく。
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