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無欠の刃

作者:赤面
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下忍編
  悪夢

 例えばの話。
 どんなにつらいことがあったとしても、どんなに憎らしかったとしても、どんなに悲しかったとしても、人間と言うのは時間を経て忘れていく物である。
 同時に、自分より明らかに弱い弱者を見下す者もいれば、その弱者に対し、保護欲を感じて、その弱者を守ろうと思う者がいる。
 それは母性本能と言う者であり、人間であるならば、たいていは備わっている感性だ。それは女の方が強く感じるらしいが、男だろうが女だろうが持っているものだ。
 そしてこの場合の弱者は、たいてい、子供である。大人と言うのは、子供を慈しむものだ。

 さて、そんな大人たちの目の前に、何もしていないが、その存在だけで罪と謳われた子供を目の前に置くとする。

 その時、大人たちは一体、どういう行動をとるのだろうか。

 一例をあげるならば、木の葉の里では九尾の人柱力たる子供に向かって、暴力を振るっているし、迫害も行っている。その子供を目の敵にし、隙あらば暴力をふるい、何かあればすべてその子供のせいにし、その子供に対し罵詈雑言を吐く。

 しかし、それもまたおかしな話である。

 何もしていない子供が、弱者でしかない子供が、抵抗もしてない、その時、強者たる自分は暴力をふるえるか。守りたいと本能で感じてしまうその存在を、感情だけで、殺したいほどにくめるものだろうか。
 何かをして、そしてそれを何度も繰り返せば、自分達に危害をくわえられれば、分かるだろう。
 また、そんなことをしたのかと思い、怒り、恨み、そして暴力へと発展するという考えは分からないわけではない。
 しかし、その子供が何もしていないのならば、恨み続けれるだろうか。
 木の葉の里の大人は、圧倒的なまでの強者としての力をふるえるのだろうか。
 目の前で小さく丸まり、痛みをこらえ、叫び声を殺し、泣いている小さな小さなその子供を、いつまでも怨み続け、殺したいと思えるのだろうか。

 それがどうにも変えられない違和感だというのに、彼らは気が付かない。
 それがどうやっても失えない酷いことだというのに、木の葉の里は気が付かない。
 すべてすべて、彼らは知らない。



 木の葉の里の人間は、酷く無知だ。





 金色の髪の毛に、血が飛び散る。
 赤い。全てが、赤い。
 金色の少年を取り巻くように地面に溢れている血も、少年の体を取り巻くチャクラも、カトナの目の端に移りこむ自身の髪の毛も、全てが全て、赤くて赤くて、目に痛々しい。
 そんな中、カトナは無我夢中で、わけもわからないまま、目を見開いて必死に立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれず転倒する。
 その足は、ずたずたに切り裂かれている。皮という皮が剥がれ、肉という肉が抉られているが、神経には傷がいっていないらしく、なんとか足を動かし、這いずるような態勢でカトナはその少年の元に駆け寄っていく。
 これはいつかの繰り返しだと、カトナは気が付きながらも少年に手を伸ばす。
 少年はカトナに気が付かない。
 自分の中に荒れ狂う感情に身を任せて、少年はぐるぐるとまわり、チャクラに全身を任せる。
 青い目が真っ赤になっていき、少年の体から、まるでコップの中に水を満たし、それ以上に水を注いだかのように、少年の体から赤いチャクラが漏れだした。
 じりじりと、肌を焼いていく猛火のチャクラにより、少年の血がどくどくと流れ出しては蒸発していく。カトナの元にまでその熱気は届いてきて、熱いという感覚が全身を支配する。
 必死に伸ばした手が、理性で統率されているとは到底思えないほどの荒々しさともに噴出したチャクラで弾かれ、届かない。

 カトナはそれでもなお近づこうとして、伸びてきたチャクラに喉を切り裂かれる。
 痛みは、なかった。
 ただ、あつかった。
 喉を押さえ、その場に崩れ落ちたカトナを見て、少年が目を見開く。
 その手がどんどん金色の毛が生えていき、獣に近づいていくのが、目にうつる。
 制御しきれないチャクラが渦となってうねり、カトナの体を切りさいていく。
 少年が必死にチャクラを制御しようとするが、制御しきれない。
 ばちりと、また火花が散る音がし、燃え盛る火の中、呆気にとられたように立ち尽くし、カトナを傷つける自分を止めようとする少年の姿に、叫び声をあげようとしたが、その喉からは何も出ない。
 声帯を切りとられているせいだと、分かっている。べろりと剥がれた皮と、そこから流れ出す血液、そして全身をくまなく荒らす激痛もわかっている。
 けれど叫び声を上げようとしてしまったのは、それしか、少年を止めることが出来る選択肢が思いつかなかったから。
 こんな場面は知らない。
 こんなことは見たことが無い。
 けれど、何故だか、酷くそれが当たり前の様である気がして、それはずっとずっと望んでいたような気がして、カトナはじっと目を細めて睨み付ける。
 握りしめた拳に爪が食い込んで、血がながれる。しかし、不思議といたくなく、ああ、これは夢なのかと唐突に気が付いた。

 そして次の瞬間、カトナの全身を、チャクラが貫いた。

 血液が飛び散る。臓腑が痛む。
 少年のくちが、笑みを描いた。
 それは、望みだった。
 心臓が、止まる。
 生きようとしていた呼吸が止まり、精神が死に至り、体が動かなくなる。
 光が急速に失われていき、色がなくなり、カトナの立っていた場所が崩れ、慌てて目をつぶる。
 衝撃が幾つか体に響き、耳に声が響く。

 ―お前は何にも守れない。

 向こう側で笑う声が、聞こえる。
 一体誰が笑っているのだと思い、瞼を上げたカトナは驚いた。
 そこには、今日闘ったあの青年がいる。蛇の様だと、口から覗く長い舌を見てそう思いつつ、カトナはその青年が吐く言葉を聞く。

 ―お前は誰かを救うには、何かを犠牲にするしかない。

 幾重にも響いては脳をかき回す、うざったらしいノイズに、何も言わず、カトナは目を伏せた。
 その手にはいつの間にか、見たことの無い形をした刀が握られている。
 その形態は、今まで一度もカトナが変形させたことが無い形であり、カトナが知らない形態だ。
 カトナはその形態を黙って見つめつつ、目の前に立った小さな子供―三歳くらいに見える幼子を見る。
 赤い髪の毛を揺らした幼子は、ずたずたのぼろぼろになった服をゆらゆらと揺らしつつ、カトナを正面から睨み付けた。
 子供が真っ赤に泣きはらした目で、覚悟を決めた様子でカトナに向かって言う。

 「私が、守るんだ」

 幼子はそう言いながら、カトナに向かってその小さな腕を伸ばす。

「私が、絶対に守り抜くんだ」
「どんなことをしてでも、私が、大切な物すべて、守るんだ」

 小さな小さなその腕では、守れるものなんて少ないのに。
 細い細いその体では、誰かの盾になんかなれないのに。
 脆い脆いその心では、全てを押し殺すことなんてできないのに。
 なのに、なぜそこまで幼子は自分を追い込むのか。
 カトナはよく知っていて、だからこそ、目を逸らしたくてたまらなかった。
 自分が選んだ選択肢だから後悔が無い…なんていうのは、強く気高い人間だけに許された言葉だ。
 カトナはいつまでも後悔している。あの時、どうして自分は弱かったのかと後悔し、どうして自分はこんなにも役立たずなのかと嫌悪し、いつもやりなおしたくてたまらない。耐えきれないし、溜めれない。
 それでもなんとかその気持ちを表面に出さないのは、カトナが化け物になるという選択肢を選んだからだ。
 じゃなきゃ、カトナは今頃泣き叫んでしまっている。もういやだよ、そう言って、声を大にして逃げだしてしまっている。
 幼子が言う。歌うように、語りかけるように、優しく甘いその声で。

 「だって、言ってたから。だって、大好きだから」

 そこまで言って、幼子は目の前の少女を睨み付け、呪詛に似た言葉を吐いた。

 「私はずっと、嫌えないよ。大好きなままだよ。…どうがんばっても、嫌えないよ」

 一生縛られたまま。逃げられないんだと告げられて、カトナはそれでも何も言わず目を伏せる。
 幼子はそんなカトナを睨み付けながらも、ふと、俯いた。

 「…ほんとは、もう、いきたくないよ」

 真っ赤な目が見開かれて、ぽろりと、涙が落ちる。
 カトナは僅かに目を見開き、その幼子を見つめる。
 その心の中に渦巻く、嫉妬に似た嫌悪を全身から発しながら、幼子を見る。
 幼子は酷くやつれた顔で、まるで何かに取りつかれているかのように、何も見ていない瞳でカトナを見つめ返し、


 「つかれたよ」


 そして、タブーにふれる。
 次の瞬間、カトナは何の予備動作もなく、目の前にいる幼子に一瞬にして詰めより、持っている刀で、その幼子を、ずたずたのぎたぎたに、切り裂いた。



・・・



 飛び起きて、カトナは自分の首に手を当てた。
 どくどくと、蠢くその力に、カトナは舌を打つ。
 呪印の、チャクラを吸うという効力を失わせることには成功していたが、しかし、細かなところにまで手が回っていなかった。みたらしの呪印の方は完全に封じれていたのに、自分の方だけ封じれない…ということはおかしい。
 カトナがチャクラコントロールでミスする可能性は少ない。ということは、カトナの呪印の方に新たな仕組みも組み込んでいたのだろう。
 みたらしアンコの首元に、一体いつあの呪印が仕込まれたのかは予測が付かないが、どう考えてもカトナの方がつけられた時期は遅いだろう。改良…この場合は改悪されたといっても過言ではないだろう。
 油断していたと自らに舌打ちを飛ばした後、カトナは周りを見渡す。
 本当のところは警戒し、見張りでも置いておくのが普通なのだろうが、三人の体力を考えると寝ておくことが必須だし、何よりこうやって無防備で寝ていることにより自らを囮とし、罠に賭けれる可能性もまた高くなる。
 ゆえにぐっすりと寝ている二人を起こしていないことに安心しながら、カトナは己の掌を見つめた。

 「……あの呪印、こういう効能もあったのか」

 ぽつりとそう呟いて、カトナはどうしたもんかと首をかしげた。
 流石に悪夢を見せないようにする方法は思いつかない。チャクラの流れをいじることで脳細胞の一部を刺激し、見たくないと思い忘れようとした記憶を故意に整理させることで、悪夢を見させている…と言うことくらい簡単に予測がつくが、だからといって、悪夢を見させないようにするためのチャクラの流れが把握できない。
 脳細胞を刺激することくらいはカトナにも出来るが、どの脳細胞を刺激すれば悪夢を見ないようになるか、までは把握しきていれない。というか、把握するには、人間の実験体…すなわちモルモットが必要になる。
 大蛇丸は当たり前の様人間を改造していたが、しかし、カトナは化けものになってもそこまでの行為は出来ない。
 カトナもまたそこまで非道ではない。自分を実験体にして実験する…という案もないわけではないのだが、だがしかし、そんなことまでもして失敗して、記憶を喪失でもしてしまったら、ナルトに顔向けできないし、サスケに目も合わせられなくなる。

 …ひとりで、悪夢にうなされておくか。そうしたら、誰にも迷惑をかけなくて済む。

 そこまで思考して、カトナは頷き、自分の腕を強く握りしめながら地面に寝ころんだ。 
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