| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

トワノクウ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

トワノクウ
  第十七夜 黎明の神鳥(一)

 
前書き
 対の翼、雛の少女 

 
 自分の中に好意という感情が存在すると思ったことはなかった。
 誰かを特別好きになる己の姿は思い描くことすらできなかった。
 その漠然とした自己像を壊したのは二人の人間。
 敵であるはずの、おかしな性格の姫巫女と。


 〝親の無念と友の恨みと弟の怒り、全て独りで抱えられる?〟


 その姫巫女を救う力を自分に授けた、美しい姉だった。

 彼女とは眠りに落ちたあとの夢で幾度となく逢瀬を重ねた。
 この世を見晴るかすことはできても直接関わることは許されない彼女には、自分が唯一の慰めだったのだとのちに知った。


 〝鶸、っていい名前ね。緑ちゃんのそっちでの名前。私、好きよ〟
 〝どこに好きになる余地があるんだ、こんな酷い名前〟
 〝私達の名前、組み合わせたら色になるのよ。素敵でしょ〟
 〝色……?〟
 〝そう。二人でやっと一色。素敵な巡り合わせじゃない〟


 ――それは初めて見つけた対の翼。

 生まれて初めて、矜示が高い自らの上に立つのを認めた者。
 彼の中にも「好意」というものが存在することを教えたきょうだい。
 自分と自分の周囲を含む世界を維持するために、常に時間と自由を奪われ続ける、非業の天人。

 〝私はいいの。もう私の現実には、私の大好きな人がいないから〟
 〝それでも、姉さんの居るべき場所はここじゃない〟
 〝……もう、いいの〟

 他人に根ざした明確な願いを持つことなどないと思ったのに。
 ああ、俺はこの愚かしい姉が愛しかったんだ――と。
 気づけば、自覚をためらわないほどに、彼女に好意を抱いていた。

 思えばそれが動機で、すべてのはじまりだった。




                       ***






 朝。目覚めて見えた天井は知らない木目だった。

 くうは布団から体を起こす。ブラインドを縦にした感じの半蔀からは朝陽が部屋に射し込み、格子状の光と影を、膝に乗せたくうの両手の上に作る。

(そっか。天座の塔でした)

 泣くだけ泣かせてもらったあと、梵天が部屋を貸してくれるというのでそのまま休んだのだった。

(人前で泣いたのってはじめて。泣くこと自体めったにないもん。ここ最近は家でも一回も泣いてないのに、会ってすぐの男の人の前で、あんなに……)

 くうは熱くなった頬に両手を当てた。思い返せば人生最大の痴態だ。今すぐモグラと一緒に仲よく地底に潜りたいくらい恥ずかしい。

 ひとしきり悶えて後悔してから、くうは諦めて布団を出た。

 意外にも冷静だった昨夜の自分が枕元に畳んでおいたドレスを取る。あれだけ弾丸を浴びたのにドレスは元通りだ。例の再生力はドレスも肉体の一部と見なしたらしい。

 空五倍子が用意してくれた夜着を滑り落とす。朝霧にさらされた裸体のどこにも傷痕はない。それは薫と潤がくうにつけた傷さえ忘れさせてくれた。

 くうはドレスに着替える。どこに行けば梵天に会えるだろうか。宿を貸してもらった者として朝の挨拶をしたい。


 そっと様子を窺いながら部屋を出てみた。誰もいない。しんとした廊下と、突き当りに階段があるだけだ。
 くうはその階の部屋を回って声をかけ、中を覗いたが、どこにも梵天たちはいなかった。
 外出していない限りは別の階にいるだろう。

 階段を登った。上層から検めることにした。下層から探すと、いなかった時に最悪五階分を登り直しになるが、上からなら、降りる分だけ楽だからだ。

 元いた階で行ったのと同じ作業をくり返し、くうはついに最上階に着いた。妖の中で一番偉いのだから予想されて然るべき居場所である。

 最上階への階段は直接広間につながる形になっていて、顔を出すと梵天と空五倍子が座っているのが見えた。
 足音で気づいたのだろう、二人ともくうをふり返った。

「おはようございます」

 とんとん。じきに階段を登り終える。

「梵天さ」

 最後の一段でこけた。顔面から。

「白鳳ーっ! 大丈夫であるか!?」
「だ、だいじょぶです~」

 ぶつけた額より梵天に失態を見られたダメージのほうが大きい。

(これだからドレスはっ!)

 くうは見た目だけでこの衣装をセレクトしたのも忘れて裾を叩いた。

「お、おはようございます」

 梵天は笑っている。にやにや、という擬音が似合う笑みだ。絶対面白がっている。

「おはよう。てっきり昼まで起きてこないかと思っていたよ」
「自然と目が覚めまして」

 くうは転んだままの姿勢を正して梵天に頭を下げた。

「泊めていただいてありがとうございます。あと、遅くなりましたが、昨夜も、助けていただいて、本当にありがとうございます」

 頭を上げると、梵天の満足げな貌。

「礼儀はわきまえているようだね。その姿形だからどれだけ人を食った性格かと気を揉んだが」
「――お母さんですか」

 くうの外見は母・萌黄に酷似しているらしいことは、母の若い頃のアルバムを見て知っていた。梵天は母の知り合いらしいから、心配されるのも当然だろう。

「あの、ですね。気を悪くしないでほしいんですけど」

 アルバムで連想したことを、くうは口に乗せた。

「梵天さん、私の叔父さん――母の弟さんによく似てるな、って。ごめんなさい! 深い意味はないんですっ」
「その叔父とやらは、千歳緑という名じゃないかい?」
「そうです! どうして……」
「俺がその千歳緑だから」
「――は?」

 梵天は、くうのその顔が見たかった、とばかりに口の端を吊り上げた。

「六年前。君の世界の時間では君が産まれるよりずっと前。俺は彼岸を捨てて、あまつきで“梵天”として生きることを選んだ。だから彼岸の俺は死んだんだ。理解したかい?」

 若くして世を去った叔父。その真相は、目の前の彼。

 くうはぽけーっとしたが、我に帰り、慌てて背筋を正した。

「白鳳?」
「初めまして、緑おじさん。貴方のお姉さんの娘で、篠ノ女空といいます。大した取り柄もない娘ですが、姪として、よろしくお願いします」

 三つ指を揃えて頭を下げて、上げた。

 梵天は面食らっていたが、やがてゲンナリした様子で。

「……『おじさん』呼びはやめてくれ。今の俺は『緑』じゃなくて『梵天』だ」
「は、はい。梵天、さん」

 今度は満足げに、梵天は微笑した。 
 

 
後書き
 萌黄(ちとせさん)とのコンビプッシュしてます。原作では絡んですらいないのに!
 いやね、本当にあるんですよ、鶸萌黄色。重ねの色目もあります。あまつき読み始めた頃に色の名前を調べて見つけた瞬間、「ついに梵天にも相手役来るー!」と大騒ぎしました。……妄想ですよええ。
 正直誰ともフラグ立ってないの梵天くらいなので、高山御大にはぜひぜひ相手役を宛がってほしいなあと思っております次第です。
 次第……でしたが、哀しいことに、この二人、姉弟でした。
 私の希望を返せorz

 2015/8/19 加筆修正 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧