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トワノクウ

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トワノクウ
  第十七夜 黎明の神鳥(二)

 
前書き
 神鳥 の 雛 

 
「もっと近くにおいでよ。話しにくい」

 くうは立ち上がって前に進み出て、ドレスを払って腰を降ろした。

 するとふいに梵天の手がくうの顎に伸び、顔を上げさせられた。
 梵天ほどの秀麗な男に間近で見つめられ、さすがにくうも鼓動が跳ねた。

「目鼻の作りからほくろの位置まで同じ。あれは君の人間としての顔を模して人型を定めたらしい。元のカタチからかけ離れた容貌にならずにすんでよかったね」

 聞き捨てならないフレーズがあった。くうは両手で、内心こわごわと、梵天の手を取って外させた。

「あなたはくうの体のことをご存じなんですか?」
「正解。君がなぜ混じり者になったかの答を、俺は与えてやれる」
「――、お聞かせください」

 くうは膝の上で祈るように両手を握り合わせた。

 梵天は満足げに笑み、くうから手を離して膝に頬杖を突いた。

「先に思い出すべきことがある。君があまつきに来た瞬間、君の身に何が起きたかだ」

 集中して記憶を辿る。『Rainy Night Moon』のプレイ中にぽいと放り出されたのは分かる。あの長すぎる意識のブランクがこの世に来た瞬間なのだろう。空白の時間に何があったかを思い出せと梵天は言っている。

 くうは頭の中で『Rainy Night Moon』のプレイ開始からあまつきに来るまでを克明に再現してみた。

 転ぶ。無数のコード。卵のカプセル。チュートリアル。マップ外。迷う。踏み出す。……ブラックアウト。

 …………

 ……

 …

 闇しかない空間にいた。ゆりかごのように静かで、自分と言う存在の輪郭をなくしそうだった。


 〝ようこそ、雨夜之月へ〟


 優しい声が語りかけてきた。なじみのある声の気がした。


 〝君を、少しだけ教えて〟


 くうは警戒心もなく肯いた。大丈夫だ。この声の主は信頼できる。

 力を抜くと体が浮いたので、膝を抱えて丸まった。まどろむ。こうしていると産まれる前に帰ったようだった。


(おかあさんの、おなかのなかに、いたころ)


 暖かい水の中にいた。その水の中が、急に熱くなった。

 目を開ける。真っ暗なはずの空間が赤い炎で覆い尽くされていた。
 炎の向こうには両親がいる。倒れた母を父が支えている。母の腹は大きく膨らんでいる。
 火の中にいる両親。――火事の、病院。


(くうが、うまれるまえに、さんふじんかが、かじで、おかあさんもおとうさんも、ひのなかに、とりのこされて、そのなかで、さんけづいたって)


 そうだった。篠ノ女空は火に焼かれながら産まれてきたのだった。


 〝!? だめだ! それ以上辿っちゃいけない!〟


 誰かの必死の制止も空しく、回想の中の母が炎の中でくうを孕んでいたように、くうの胎内から炎が産まれた。
 内側から焼かれる。絶叫した。その先は覚えていない。

 …

 ……

 …………

「思い出した……私、一度死んだんだ」

 自らの体内より生じた炎に焼かれて。

「じゃあ、どうしてくうは生きてるんですか……?」

 我ながら頭の悪そうな質問だ。上手く訊けたら答えると梵天に言われたばかりなのに。

「その時、俺はその場に居合わせたんだが」
「それは、はい、分かります」
「俺はある事情で異変を察してね。駆けつけてみれば、相好の判別もつかないくらい焼け爛れた君と生まれたての白鳳がいた。人間で言うところの死産に似た光景だったよ」 

 死産。言い得て妙だ。あの時のくうはまさに彼女が産まれる前の記憶を辿っていたのだから。

 人はごくごくまれに産まれる前後の己の状況を認識し、それを覚えていられるという。これを胎内記憶または出生記憶と呼ぶ。篠ノ女空は当然そのようなものは持ち合わせていなかった。あの声の主の呼びかけが、くうに始まりの記憶を思い出させたのだ。

「俺は死にゆくだけだった君の体から〝心〟を取り出し、妖の〝体〟に移した。だから君はそうやって普通に生きて話ができるというわけだ。だが君ときたら、いや、この場合はその妖が、と言ったほうがいいかな。とにかく君はすぐ飛び去ったんだよ。〝心〟を見て君の素性は知っていたが、焼け爛れていて顔が分からなかった。だから探し出すのに手間取って今に至るというわけだ」

 くうはきっちり三つ数えてから、自身の、否、篠ノ女空ではない別人の肉体に手を当てた。

「これ、妖、ですよね」
「高位のね。――君が生み出した妖は白鳳という」

 鳳。鳳凰のことだろうか。不死鳥とも呼ばれる、死と復活の火の鳥。不死鳥というとどんな傷でもたちどころに治るイメージがある。ああだから、くうは薫や潤たちに殺されてもピンピンしているのか。

「くうには不死(しなず)の呪いがかかっていると朽葉さんが言いました。くうの体が白鳳になったからですか?」
「そうだよ。白鳳は死と再生をくり返す神鳥だ。中身が変わったとてその性質が衰えるものでもない。むしろ人間の意思が働いたことで外にも持ち前の再生力を向けやすくなっている」

 なるほど。くうを助命しても梵天には得にならないのになぜ手間をかけて白鳳と融合させたか、ようやく分かった。
 人間が混じった白鳳のほうが梵天には使い勝手がよく、たまたま近くに死に体のくうがいたからだったのか。

「くうは、くうでなくなったんでしょうか」
「そう感じるかい?」

 くうは首を振った。

「篠ノ女空は篠ノ女空です。何も変わってなんかいません」

 その答に梵天は満足げな様子だった。

「こっちの事情は昨夜話したとおりだ。その力をあの馬鹿のために使ってやってほしい」

 これを言うために梵天は途方もない時間と労力を費やしたのだろう。目覚めず呼びかけにも応えぬ同胞を見つめながら。

 恩人がこの依頼を切り出すまでの心痛を思えば、くうに受けないという選択肢はなかった。

「くうで力になれるのでしたら、喜んで」


                              Continue… 
 

 
後書き
 例え銀朱を助命したことで銀朱に当たられた過去があっても、同じ方法で助けられるなら助けてしまう。何もかもにきらわれても全部救う。それが梵天という妖だと思います。

 これ書いた時点では梵天が露草に対してどんな気持ちでいたか明かされてなかったので、18巻のデレっぷりにもうここまで皮肉な態度取らせなくてもいいんじゃないの? でもそれがないと梵天じゃないし――とまあ葛藤しましたしました。

 2015/8/19 加筆修正 
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