八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる
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第六話 ピアニストの入居その十三
「阪神を愛していますので」
「本当に阪神が好きなんですねえ」
「あのチームの魅力は特別ですから」
「確かに最高の魅力があるチームですね」
「ですから」
それで、というのだ。
「私はこの手袋も大事にしています、何着も持って洗ってもいます」
「そうですか」
「そうです、それで今朝も」
「今朝もっていいますと」
「実は今日の曲は」
「おはよう、先輩」
ここで美沙さんが一階に降りて来た、詩織さん達も後ろに続いている。
「今日はマートンさんの応援歌だったね」
「はい、その曲にさせてもらいました」
「あっ、そうだったんですか」
僕は言われてこのことに気付いた。
「今朝の曲は」
「マートン様への敬意を込めて」
何と様付けだった、それは僕に対してだけではなかった。
「そうさせて頂きました」
「ううん、そうだったんですか」
「マートン様は素晴らしい方です」
「マートン選手が特にお気に入りですか」
「はい、ですが最も敬愛している方は」
その人はというと。
「村山実様です」
「あっ、背番号十一の」
「ザトペック投法のあの方です」
僕も村山さんのことは知っている、阪神の伝説的なエースの一人で長嶋茂雄さんの宿命のライバルだった。オーバースロー、スリークォーター、サイドスローを使い分けて投げる速球とフォークが武器だった。常に全力投球の潔い人だった。
早百合先輩はその村山さんが一番好きだという、その話もしてくれた。
「あの様な毅然とした生き方に憧れます」
「格好いいですか」
「最高に」
まさにと言うのだ。
「男を感じます」
「ああ、村山さんね」
美沙さんと腕を組んで早百合先輩の言葉にうんうんと頷いていた。
「あの人は確かに格好いいですよね」
「長嶋さんに常に立ち向かい」
「そうしてですよね」
「一球もアンフェアなボールは投げませんでした」
このことは長嶋さん自身が言っていた、他ならぬあの人が。
「逃げずに、全力で向かわれていましたので」
「あの人が一番好きなんですね」
「お亡くなりになられたのが残念です」
若くしてだったと思う、六十位で死ぬことは。
「あの生き方を私も見習いたいですが」
「それでも、ですか」
「出来るものではありません」
遠い目になってだ、先輩は小夜子さんにもお話した。
「私は臆病ですから」
「逃げてしますと」
「そうしてしまいますので」
「そうなのですね、ですが私は」
小夜子さんは微笑んでだ、先輩にこう言った。
「より臆病だと思います」
「私よりもですか」
「どうしても。顔を隠してしまいます」
見れば今も手に能面がある、般若の面を被って登校すると流石に異様にも程があるので止めようと思っている。
「恥ずかしくて」
「お顔を、ですね」
「人が怖いのです」
小夜子さんは先輩に自分のことを話した。
「それでついそうしてしまいます」
「それで私より臆病だと言われるのですね」
「そうです」
その通りだというのだ。
「先輩はお顔を隠しませんね」
「そうしたことは」
しないとだ、先輩も小夜子さんに答えた。
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