八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる
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第六話 ピアニストの入居その十二
「演奏の時は手袋はされないんでしたね」
「はい、そうしています」
「やっぱり指で直接ですか」
「触れないとわからないので」
「ピアノが、ですか」
「ピアノは直接指で演奏するのもですので」
だから手袋は、というのだ。
「着けない様にしています」
「そうなんですね」
「はい、指で直接触れて」
そうして、というのだ。
「いつも演奏しています」
「やっぱり手袋を着けていると駄目なんですね」
「ピアノの感触が指に伝わりませんし」
まずはこのことを話してくれた先輩だった。
「動きも鈍くなります」
「手袋が薄くてもですね」
「はい、素肌でなければピアノがわかりません」
「ううん、そういうものですか」
「ですから私は演奏の時はです」
「手袋を脱がれて」
「そうして演奏をしています」
そうだというのだ。
「いつも」
「左様ですか」
「そうです、そして」
「そして?」
「演奏が終わりますと」
丁渡ここで演奏が終わった、そしてそれからすぐにだった。
先輩はその手袋を着けた、そうして僕にあらためて言った。
「こうしてです」
「手をガードされるんですね」
「そうしています」
「手袋は演奏しない時のガードなんですね」
「本当に何かあると危ないので」
その用心で、というのだ。
「そうしています」
「黒手袋ですね」
「あと。我が家は」
今度は早百合先輩の実家のお話だった。
「赤手袋は禁止とされています」
「それはどうしてなんですか?」
「曽祖父が。まだ元気ですが」
「ひいお祖父さんがですか」
「はい、やはり阪神ファンなので」
「やはりですか」
「我が家は代々阪神ファンなので」
何かピアノ以上にだ、先輩の中の芯を見た。その話からそう感じ取った。
「それで赤手袋は駄目なのです」
「新庄さんは赤手袋なんじゃ」
「巨人の柴田選手が赤手袋だったので」
僕達が生まれる前だ、正直柴田と言っても何処の誰かすぐにはわからない。少し考えてから思い出した。
「ああ、あの九連覇の時のトップバッターの」
「はい、あの人がです」
「赤手袋だったんですか」
「曽祖父はいつも阪神相手に走る柴田選手を憎んでいました」
「それで赤手袋は駄目になったんですか」
「阪神の選手は黒手袋が多いとのことで」
「あっ、そういえばそうですね」
試合の中継を思い出した、そういえば阪神の選手はチームカラーを意識してか手袋等の色は黒が多い。
「阪神の選手は黒ですね」
「それで黒手袋です」
「そういう事情なんですね」
「はい、それに私自身」
手の甲の虎のエムブレムを観てだ、先輩はそのエムブレムをいとおしげにさすってから僕に話してくれた。
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