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八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる

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第六話 ピアニストの入居その七

「ですから」
「それで、なんですか」
「せめてもと思い」
「入居されてですか」
「演奏させて頂きたく思いまして、畑中さんにもお許しを得ています。後は」
「大家である僕の許可もですか」
「頂きたいのですが宜しいですが」
「はい、いいですけれど」
 どんなピアノかわからないけれどそれでもだった、僕は答えた。
「他の入居者の迷惑にならない限りは」
「左様ですか、それでは」
「はい、ピアノは一階のホールに置かれています」
 畑中さんがそうしてくれた。
「それじゃあ何時でも」
「有り難うございます、嬉しく思います」
「いえいえ、そこはお気遣いなく」
 僕はこう先輩に答えた。
「本当にどなたかの迷惑にならない限り好きなだけ演奏して下さい」
「それでは」
「はい、あと」
 ここでだ、僕は先輩の両手を見た。黒の皮のそれをだ。
 その手袋を見てだ、それで先輩に手袋のことを尋ねたのだ。
「どうして手袋を」
「手を守る為です」
 それでだとだ、先輩はご自身の手をそれぞれの手で触りながら答えた。その手の動きがかなりいとしげだった。
「その為にです」
「怪我をするといけないからですね」
「はい、ピアノを演奏する時以外は」
 まさにだ、その時以外はというのだ。
「こうしています」
「いつもですか?」
「はい、寝る時以外は」 
 まさに殆どいつもだった。
「手袋を着けています」
「手が大事なんですね」
「手は命です」
 まさにと言う先輩だった、それも真剣な面もちで。
「ですから」
「何かあっては駄目ですね」
「そうです、ですからこうしています」
「そういうことですか」
「あと」
「あと?」
「実は私も父も兄もですが」
 その八条楽器で部長さんをしているお父さんと結構名を知られているお兄さんのことも言う先輩だった。
「母も。阪神ファンでして」
「ああ、阪神をイメージして」
「そうです、ここに」
 よく見れば手袋の甲にだった、しっかりとあの阪神のエンブレムが描かれていた。虎の顔のあれがである。
「あります」
「先輩も阪神ファンなんですね」
「意外でしょうか」
「いえ、ここ関西ですから」
 理由はこれで充分だ、関西人ならセリーグの贔屓のチームは一つしかない。間違っても巨人なんかじゃない。
「阪神ですよね、やっぱり」
「いつも心に置いていたいので」
「阪神への気持ちをですか」
「そうです、ですから」
 その黒地で虎のエンブレムがある手袋だというのだ。
「そうしています」
「そうなんですね」
「はい、そして」
 そうしてとだ、先輩は僕と千歳さんに強い言葉のままこうも言って来た。
「これから宜しくお願いします」
「はい、じゃあ」
「宜しくお願いします」
「私のことは名前で呼んで下さい」
「お名前で、ですか」
「早百合と」
 そう呼んで欲しいとだ、先輩から言って来た。
「お願いします」
「そうお呼びしていいんですね?」
 あらためてだ、僕は先輩に確認した。
「本当に」
「はい、お願いします」
「じゃあ早百合先輩」
 こう呼ぶことにした。 
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