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八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる

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第六話 ピアニストの入居その六

「演劇の時は」
「それじゃあ」
「お互いに。そして」
 僕の方をだ、一杉さんはここで本格的に見て来てだった。
 そのうえでだ、何と僕の方に身体を向けてだ、頭を深々と下げてそうしてからこんなことを言って来た。
「これから宜しくお願いします」
「えっ、どうしたんですか急に」
「八条義和君、いえさんとお呼びすべきですね」
「あの、さん付けは」
 それはと返した僕だった、先輩にさん付けで呼ばれるとかとんでもないと思って。
「止めて下さい」
「いえ、そういう訳にはいきません」
「どうしてですか?」
「何故なら私は今日からそちらに入居させて頂くのですから」
「というとまさか」
「はい、そのまさかです」
 やはり優しい微笑みと共に言う先輩だった。
「私も八条荘のお部屋に入らせて頂きます」
「そういえば」
 僕はここであのことを思い出した、やっとわかった。
「畑中さんが仰っていました」
「確か執事さんですね」
「はい、そうです」
 その通りだとだ、先輩も答える。
「あの方とお話をして」
「うちのアパートに入居をですか」
「そうなりました」
「入居されることはわかりましたけれど」
 そのこと自体はだ、とりあえず頭の中でそうなることはわかった。けれどそれで聞きたいことは終わりじゃなかった。
 あらためてだ、僕は先輩にそのことを尋ねた。
「あの、どうしてうちのアパートに」
「私が入るかですね」
「それはどうしてなんですか?」
 僕が今度部長さんに尋ねたことはこのことだった。
「一体」
「八条荘に幻のピアノがあると聞きまして」
「幻の?」
「八条家秘蔵のピアノと聞いています」
「あの、地下かどっかから出したっていう」
「おそらくそのピアノです」
 先輩は穏やかな表情のままだ、けれどその目の色をまるで長年探し求めていたものを見付けたマニアの様に輝かせていた。
 その目でだ、僕に対して言って来た。
「維新の時に英国から我が国に贈られてきたという」
「あのピアノそんなに古いんですか」
「何でも伝説の」
 まさにとだ、先輩は僕に話を続けてきた。
「ピアノ職人であるアルバート=オーウェンが作ったという」
「アルバート=オーウェンさんですか」
「私達ピアニストの間ではまさに伝説のピアノ職人です」
「その人が作ったのがあのピアノなんですか」
「そうです、彼が作った中でも逸品と聞いています」
 僕はピアノのことはよくわからない、確かにピアノは高価な代物だけれど職人さんの逸品と言われてもだ。 
 どうにもわからずだ、こう先輩に返した。
「それでそのピアノを」
「常に触れたいと思いまして」
 それ、というのだ。
「入居させて頂きました」
「あの、ピアノでしたら」
 僕は先輩が入居されるその理由がどうにも入居する理由に思えなくてだ、先輩にまた尋ねた。
「お渡ししますが」
「そういう訳にはいきません」
 先輩は僕の申し出に微笑んではっきりと答えた。
「とても」
「高価なピアノだからですか」
「高価どころではありません」
 とても、という返事だった。
「一体どれだけの価値があるのか」
「わからない位ですか」
「それ程のピアノ、とても」
 貰い受ける訳にはいかないというのだ。 
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