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【短編集】現実だってファンタジー

作者:海戦型
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俺馴?その2ー2

 
前書き
タイトルの形式変えてみる。
が、微妙だったので戻してみる。 

 
 
力による恐怖で相手を支配する政治体系は昔から存在していたし、今でも形を変えて存続している。暴力や権力は分かりやすい驚異であり、通常の人間はそれを避けようとする。恐怖政治は長続きしないと言われているが、逆を言えば長期でなければ有効な手段ではあるのだ。
ものの見事にさざめの逆鱗に触れた倉知マイリと東雲晴(しののめはる)は、その怒りを鎮めるために自販機のお茶という供物を奉げることによってその怒りを鎮めていた。暴君は煽てれば大体怒りを鎮めてくれる。

「すまなんだ。お前の都合を考えずに……」
「すいやせんでした……調子乗りました」
「ふん、分かればいいさ。ただ次はあると思うなよ……?」

頭を下げる2人の額はさざめの攻撃によって若干赤く腫れており、2人のアホ毛も心なしかしなっと元気を失っている。そのアンテナみたいなアホ毛で通信を交わしているという説があるが、アホ毛のないさざめには検証のしようもない事柄だった。お茶のボトルをあおりながら足を組んで座るさざめはどこかヤクザっぽい雰囲気を醸し出しており、サングラスをかけてたら不良でも近寄りづらいだろう。基本的に目つきが悪めなのだ、この男は。


閑話休題。思いがけ無い場所で級友に出会ったものの、あまり歓迎できない相手だったせいで嬉しくない。一応ながら何故ここにいたのかを聞いてみると、何でもマイリと晴は日常的に思考や行動が嫌に一致するから何所まで一致するのかを調べるためにゲーセンのエアホッケーをプレイすることにしたそうだ。
……暇な奴等である。学生など大抵は暇だが。さざめも人のことは言えない。

「結果は?」
「勝負がつかないまま20分……やればやるほど行動が読めてしまい、ラリーがどんどん長くなるのだ」
「おう。今までもジャンケンやあっち向いてホイで勝負したけど・・・何となく思考が読めちゃう所為で決着つかなくて、ならスポーツではどうだろうって思ったんだがごらんの有様だよ。もう結婚しようマイリ」
「とかいいつつ本当に付き合ったら浮気がばれそうで嫌だとか考えていないか?」
「正解ッ!!」
「えばるなド阿呆」
「思考は一致しても趣向は一向に噛み合わんのだから、この世界はよく出来ているものよな……」

マイリは呆れ果てた顔でやれやれと首を振る。何となくアメリカ人っぽいジェスチャーだが、ちょっと前までアメリカで育っていたのだから当たり前と言えば当たり前か。興味のあるものを見たら周囲が見えなくなる彼女だが、男を選ぶ目は流石に持っているらしい。

仕事やスポーツでは相性が良さそうだが、多分恋愛に発展することはないだろう。それは、なんだかんだ言いながら構ってほしい期待の目線を送る晴と面倒くさそうなマイリの表情の温度差を見れば結果は瞭然だ。
ひょうきんものアピールをしながらもこうして一緒にいればいつか自分に気持ちが傾くんじゃないかと期待するのは勝手だが、相手がその浅ましくも切実な願望に顔を顰めていては逆効果。空回る思いは行き先を失い、やがて落ちてしまうだろう。景品を取った後に失態に気付いた自分とて似たようなものかもしれないが、この男と同列はなんとなく嫌だ。

「……っと、そうだ」

折角余っているのだ。勢い余った気持ちは回収不能だが、クッションなら具体的な形が存在するから譲渡なりなんなりして次の行き場を見つけられるではないか。片方の袋から中身を掴み上げ、さっきはクッションに興味津々だったマイリに軽く投げる。慌てて投擲物を受け止めようと身を乗り出したマイリはバランスを崩してつんのめり気味になりながら、そのフカフカのクッションを見事手に収めた。

「わわっ……っと!って、これは……!?」
「やるよこのクッション。トドの方がいいんだろ?」

キャッチしたマイリは事態が把握できないかのように俺の顔とクッションとを交互に見やり、やがて自分がそれを貰ったのだと気付くとパァッと顔を輝かせる。
邪魔ならば欲しい奴に渡してしまえばいい。どうしてそんな簡単な事を思いつかなかったのだろう。それこそ、そこいらの子供にでも渡してしまえば解決だったのだ。いりこにクレーンゲームの優位性を示すには最低一個もあれば自慢するには十分な筈だ。マイリも得して俺も得するのだから一石二鳥ではないか。

「い、いいのか?サザメの取った物なのだろう?」
「いいんだよ、何となく取ったせいで持て余してたんだ。処理に協力しろよな」
「か、(かたじけな)い!ありがとう……やはりサザメはいい奴だ!」
「そんなに嬉しいものか、それ?」
「嬉しいに決まっておろう!貰えるだろうと思っていないからこそ余計に嬉しいのだ」
「……そういうものか?あいつもそうなんだろうか……」
「ふふふ……ふかふかだなぁ♪」

もうさざめの声も耳に届いていないのか、マイリの目線と興味はとっくにクッションの方に傾いている。トドクッションの感触を確かめるように頬を埋めながら喜ぶその姿はまるで子供のようで妙に微笑ましかった。このようなときに思うのだが、自分が素直ではない性質のせいか感情に素直な人間というのはなんとなく羨ましい。余計な事ばかり考えている自分が汚れている気がするからだ。
子供の頃はよかったな……などと思い出にふける。思えばあの頃は何もかも純粋だった気がする。
いりこはいなかったが。いりこは断じてその思い出の中にはいなかったが。

そういえば晴に出会った時には既に口が悪くなっていたな、と思って晴の方に目をやると、何故かこの世の全てに絶望したような虚脱の表情でこちらを指さしていた。いや、指しているのは俺が渡したクッションだろうか。それを見ながら戦慄く晴の姿は言うまでもなく挙動不審者のそれにしか見えない。
震える唇と裏切り者を見るような瞳に、心当たりが思い浮かばず首を傾げる。何かしただろうか。どうせ下らないことだろうが。

「ぷ………プレゼント、だと?あんなに唐突なタイミングで、叱って沈めた上での掌返し……それも、好みを見抜いたうえでサラリと……俺の目の前でぇッ!?」
「おい、頭大丈夫か?悪いのか、頭が?」
「う、裏切者!!お前だけは永遠の盟友だと思ってたのに……!み、認めねぇ……全自動罵詈雑言製造機のさざめが俺より女心を理解してるなんて、認めねぇぞおおおおおおおおおおお!!」

晴はよく分からない供述をした後、走ってどこかへと消えてしまった。プレゼントが何とか言っていたが、どういう意味なのだろう。
マイリに聞こうかとも思ったら、「What a cute!!(可愛い~!!)」と叫びながら反対方向へ走っていった。足運びに迷いがないことから、おそらくあれを抱えて大満足のまま家に帰る気だろう。進む方向が正反対なのに同時に走り出すとは変な奴等だ。

「まぁいいか。いい加減いりこもゲームに区切りをつけてるところだろう……残りはあいつに押し付けるか」

しかし、いりこは果たしてこう言ったものに興味があるんだろうか。あいつの部屋に入ったことがあるが、妙に殺風景だった。最低限の家具や女子を彷彿とさせる化粧道具などは一応あったが、全体的にものが少なかったのだ。おみくじを買い漁り、博物館の化石を買い漁り、STGに没頭する女。
考えれば考えるほど可愛いものに興味があるのか疑問に思えてくる。要らないと言われたらどうしようか。それはそれでいりこレポートに書く内容が増えるのだが。そう考えているうちに、ふとある事に気付く。

(何で悪い方の想定を立てて一喜一憂してるんだか……弱気な性格でもあるまいに)

普段はいりこのことなど何ともないと言っているような自分がそんなことで悩んでいることへおかしさがこみ上げた。自称幼馴染のUMA女だと言って気味悪がりながらも、結局毎日のように喋っているのだ。

もしもいりこが人間でなかったとしたら、この関係は変わるのだろうか。俺は今でのその可能性を捨ててはいないが、顔を合わせてコミュニケーションのとれる存在ならば、そこには人間・非人間の差異など些事なのではなかろうか。

例えば、人工知能に感情があるかという命題がある。
人工知能とはすなわち疑似的に形成された知能であり、狭義では電子機器のコントロールシステムやゲームのCPキャラの行動・思考ルーチンなどを指すが、SFでは専ら人間と会話が行えるほどに高度化されている場合が多い。

ここでよく問われるのが、果たしてそのAIが「楽しい」や「悲しい」といった感情を理解しているようなそぶりを見せた時に、その感情は本物なのかという部分だ。言ってしまえばAIの思考ルーチンを組み上げたのは人間で、集積回路にプログラムを打ち込んで自己学習するように変えたのも人間。アーキテクチャももちろん人間を由来とする。
ならばそのAIが口にするような感情とは、人間がそのように振る舞えと命じているからそのように情報を処理しているだけとも取れる。ならばその思いとやらは作り物だろうか。
さざめはそうは思わない。
そもそも人間とて、本能というルーチンに従って脳というハードディスクに次々情報を送り込んで、そこに筋道を立てて感情や知識を学んでいくのだ。赤子にあるのは感情ではなく本能である。寂しいから泣くというのも、寂しいという感情が自分のそれに当て嵌まることを知らない時点では寂しいとは言えない。他人を見て学んで初めてそれは感情と呼べるものになる。ならば人間が受ける教育とAIの学習にどれほど差異があるというのだろう。

結局のところ、人間のそれが感情であるという事実を証明する手立てはない。
なくても人は生きていけると言うのなら、そこに本物偽物という区分を作ることに意義が見いだせない。故に、きっといりこが人ではない何かだったとしても、俺はやはりあいつといつものように喋っている気がしてならないのだ。
流石にあいつが人間を捕食してこの星の知的生命体を調べている存在ならそうも言っていられないが――もしそうならこんなまどろっこしい状況に俺を置かないだろう。そう考えている時点で、いりこに対するある種の信頼を置いている気がしてくる。

「……さて、果たしてこの感情はいりこに誘導された偽物かな?それとも俺自身の意志で決めた本物かな?」

考えてもどうせ答えは出やしない。この議題はまた次の機会があったら考えるとしよう。



 = =



「くう、牛若丸強い……!!」

このゲームは一定数のスコアを出すとその時点で残機が1機追加されるシステムになっている。今までの激戦を潜り抜けたいりこは2機の残機を増やし、最初にやられた1機を引いても3機の残機を残したままラスボス戦へと突入した。しかし――

「ああっ!?」

少し前に予想の範囲外から突如突進してきた源義経よってそのうちの1機が散らされ、さらにたった今弾幕の抜け道選択を間違えたせいで1機が散った。残されるのは最後の1機。先ほどまで気が付いていなかったが、うかつにも100円玉の補給を怠ったいりこの財布にはこれ以上100円玉が無い。つまりゲームオーバーになってもコンティニューが出来ない。
既にこのゲームは10人近い人がプレイ目的で並んでおり、今ここを離れればもう今日中にプレイするのは難しいだろう。そもそも連続してコインを投入する連コは人がつっかえている状況ではノーマナー行為だ。つまり、今日のチャンスは残された1機が最後。

周囲からは、撃墜されて追い詰められたことに落胆や同情の声が上がっている。それほどにこの義経は強敵だった。膨大な弾幕、機敏かつ不規則に見える挙動。そして何より驚くべき耐久力。一体何発当てれば沈むのかを今すぐ会社に聞きたくなるほどの耐久力はプレイヤーの手に疲労を増大させていき、やがて完全に追い詰められる。
シンプルで強大。故に正攻法で挑むしかなく、それが最も厄介。立ちはだかる最大の強敵によって、確実に追い詰められる。

だが――

ゲーム製作者の用意した思考ルーチン相手に、不敵な笑みで対抗する。追い詰められれば追いつめられるほどに燃えてくる男の子のような逆境突破精神を、いりこは胸に秘めていた。そして――ついさっき、対義経戦法が彼女の中で確立された。――解析は終了した。後は定められた手順に則り、倒すだけだ。

(追い詰めたと思いました?いいえ、追い詰められたのはあなたですよ!)

数分後、周囲のギャラリーが興奮の歓声を上げる。
最後の1機になった途端に超好戦的に前へと自機を進めたいりこに周囲は誰もが自棄になったと思った。だが実際はどうだ。ゼロ距離に近い距離で、しかも射程距離が短くて使いにくパワーアップアイテム『ドスコイバスター』を使用した状態でのプレイで、何分経っても撃墜されない。それどころか最も厄介な点である不規則な動きに完全に対応した状態で近距離からどんどん責め立てる。

「ふっふっふっ……その弾幕、実は近ければ近いほど隙間が大きいね。後は一定時間おきに動くその動きの機動と、それぞれの初動モーションさえ覚えておけば……ざっとこんなもんよぉ!!」

いつ当たるか分からないほどの近距離での接戦。しかもダメージを確実に与え、敵の動きを確実に躱すコンピュータ染みた動き。最初はあきらめムードだった周囲も段々とその動きに魅入られ、気が付けばギャラリーはまるで自分の事のようにいりこへ声援を送り出していた。
例え赤の他人であろうとも、ここにいる全員は仲間なのだという確信に満ちた声援がたった一人の人間へと注ぎこまれる。

「やっちまえ姉ちゃん!!」
「いけいけ!あとちょっとだ!!」
「俺の仇取ってくれー!!」
「やべーこの人TASさんだよ……完全にTASさんだよ……」

ちなみにTASとは「Tool-Assisted Speedrun(又は Superplay)」の頭文字を取ったものであり、特定の人物を指すわけではない。ゲームのエミュレータに実際のプレイでは不可能に近いが理論上可能な動きをさせて遊ぶものなのだが、いりこのやっていることは最早それに近かった。
やがて、義経の動きが止まり、鎧が砕けていく。その人間らしからぬ巨体を震わせ、手に持った刀を取り落し、は驚愕と屈辱に染め上げられたその表情には鬼気迫るものさえ感じる。今、自分たちは確かに義経という怪と相対しているのだという真実味を以て、いりこはその人工知能と正面から向き合った。

『おのれ、おのれ鞠男め!いつかチンギス=ハンになって息子に復讐させてやるぅぅぅッ!!』
「うわー断末魔が酷いなぁ・・・確かに義経は中国大陸に渡ってチンギス=ハンになったって説はあるけど………」

この台無し感こそが金ヶ崎クオリティ。そして次の瞬間、美しいエフェクトをばらまきながら義経は大爆発を起こした。主人公武将はその最期を目に焼き付けると、空へと高く飛び去っていった。そして、画面に現れるメッセージがとうとう長い戦いの終了を告げた。

『雌雄決着ッ!! 遊 戯 達 成 ッ!!』

「やったぁぁぁーーーッ!!クリアーだぁぁぁーーーーッ!!!」

周囲からどっと湧き上がる歓声をバックコーラスに、いりこは余韻に浸って両手をガッツポーズで振り上げた。画面にはエンディングの歌とともにスタッフロールが流れ始める。その嬉しさ。スタッフが十重二十重に重ねた悪意を打ち破ったその歓喜を共有したくて後ろを振り返り――

「………いない、か」

ほぼ無意識に、見慣れたあの男の顔が無いかを探してしまっていた。ひょっとしたらまだゲーセンの中にいて、こちらを見てくれているんじゃないかと無意識に期待して、一緒に喜んでくれるかもしれないと小さなロマンスを描いていた自分に気付いて、馬鹿だなぁと自嘲した。
結局のところ、このエンディング画面を一緒に見たかったのだ。普段はノリが悪いさざめでも、自分と楽しさを共有してこの一体感に参加して欲しいと心の内では願っていたのだろう。そんな自分に呆れて小さくため息をついた。

今からこの調子では、いつか別れが来てしまった日にはどうなってしまうのだろう。今の些細なことでさえ胸にちくりと刺さるものがあるのに、それがいつか抉るような痛みを持つ日が来るのだろうか。その痛みを前にした時、自分はひょっとしたら後悔するかもしれない。こんな思いをするくらいなら、淡い思いなど抱かなければよかったと。
嬉しい筈なのに、そんなことを考えてしまう胸中は締め付けられるよう。だが――

「なんだ、クリアしたってのに随分シケた顔してるじゃないか。とうとう自分の行いの生産性の無さを思い知ったか?」

気が付けば、自分が振り返った右ではなく反対の左に、その男が我が物顔で座っていた。

「え……さ、さざめくん!?いつからいたの!?」
「今来た」
「なら何か一言声をかけてくれても良かったんじゃない!?」

いつも人にもやもやした思いを抱かせる空気の読めない人間の癖に。
どうしてこの男は、いつもいつも――

「なーんでさざめくんはいつもこういう時だけ間がいいのかなぁ……」
「何だその間ってのは?俺はそろそろお前もゲーム止めてるだろうと思って暇つぶしを中断しただけだよ」
「そういう所だよ。一番いてほしいときに現れるじゃん?」
「何だそりゃ?俺はゲームのお助けキャラか何かか?」

心底こちらの言わんとすることを理解していない顔でこっちを見つめたさざめは、「まぁいいや」と呟いて手に持っていた袋をいりこに見せつけた。その中身は――可愛らしいクマのぬいぐるみクッションに、いくらかのお菓子。突如見せつけられたそれに何事かと目を白黒させると、それを見たさざめにプッと噴き出し笑いされた。

「お前がこの筐体に齧りつきになってる間にクレーンゲームでちょちょいとな。全部取るのに1200円もかからなかったぜ?お前が1200円出して一人さびしくゲームしてる間に、俺は有意義にも景品をゲットした訳だ」

さざめはあの後も目に入ったクレーンゲームを、予算1200円をオーバーしない範囲で続けて景品を手に入れていたのだ。腕前を理由に否定したクレーンゲームをきっちりエンジョイして景品も取っているさざめに驚くやらあきれるやらのいりこだったが、ボッチ扱いは納得できない。大体自分だってクレーンゲームの時は一人だったんじゃないだろうか。

「さ、寂しくなんかなかったもん!いっぱいギャラリーの人いたもん!!」
「……の割には人に来てほしかったみたいだがな~?ん~?」
「そんな事ない……って、あ!」

ニヤニヤとからかうように笑うさざめに反論しようとしたいりこは、そんなこと「ある」と既に自分が発言していたことに気付いて愕然とした。――しまった!と後悔と羞恥で顔が真っ赤になる。

「『一番いてほしいときに現れる』だっけ?……言ってて恥ずかしくなかったのか?」
「あ~~!あ~~!聞こえない聞いてない言ってない!!」
「そうか?まぁ俺はどっちでもいいんだがな?くっくっくっ……」
「~~ッ!!さざめくんのバカ!イジワル!性格悪いインシツ男ぉっ!!」
「ん~?全然心に響かんなぁ~?」

思いつく限りの悪口を言ってみたが、想像以上に思いつかず小学生の捨て台詞みたいな情けない内容になってしまった。もうこうなってしまえば何を言っても笑って受け流されてしまう。よく分からないが心に得体のしれぬ敗北感が圧し掛かった。いいようにあしらわれたというか、弄ばれたというか、ともかく何となく屈辱的である。
そんな屈辱的な敗北を喫したいりこの姿をひとしきり楽しんださざめは、思い出したようにああ、と声を上げた。

「そうそう、いりこ。ちょっと手ぇ出せ」
「???」

言われるがままに手を出すと――その手に景品の袋がそのまま置かれた。
いりこがゲームに傾倒している間にさざめが取った戦利品全てを、である。そして再びの不意打ちに状況が掴めないいりこに一言。

「これ、やる」
「……へっ!?な、何で!?どケチで思いやりのおの字もないようなさざめくんが!?」
「そう間違ってるとは思わねえが面と向かって言われると腹立つな。ほっぺ抓りの刑に処してやろうか?」 

何でもないように押し付けるさざめだが、それでも自分のお金を使って取ったものを人に全部渡す物だろうか?しかもこの男はゲームに生産性を求めていた人間である。言うまでもないが、得た景品を全て他人に譲渡してしまえがそこに生産性があるなどとは言えない。そのことを分かっている筈なのに、無償で物を人に渡す。これではまるで、いりこのために取ってきたようなものではないか。

「本当に、私にこれ……?いいの?」
「取ったはいいけどクッションはいらないし、お菓子も俺の好みじゃない。だからお前が持って行け。勘違いすんなよ?俺が持ってても似合わねえからお前に押し付けるだけだ」

それだけ言って、さざめはあさっての方向へぷいっと顔を逸らした。
袋の中には可愛らしいクッションやお菓子が詰まっているが、いりこは具体的な物品はどうでもよかった。ただ、さざめがいりこにプレゼントを贈るなど、出会ってから数か月、一度も起きなかった事象である。仮にも人の事を胡散臭がっているさざめが、いりこに対してプレゼントを贈ったというのはそれだけでも異常事態であり――胸の奥、心音がとくんと音を立てた。

まるでさざめがいりこの事を気遣ったかのようで。まるで自分がこの時に落ち込むことを見透かしていたようで。まるで――自分に為にこれを取ってきてくれたようで。

(プレゼント、貰っちゃった)

そんなものを貰うのは初めての経験で――
物資が不足している向こうの世界でも、来たばかりのこちらの世界でも初めてで――

(クッションにお菓子、貰っちゃった)

さざめが自分の得たものを手渡してくれた事実が頬を火照らせ――
例え本人にそんな気が無かったとしても、その初めてをさざめがくれたことがどうしようもなく――

(さざめくんから、手渡しで貰っちゃった)

ただただ純粋に、なんとなく。
そんなさざめと一緒に過ごせる今が嬉しくなった。


「何だ?クッション嫌いか?」

不意に、すこし不安そうな顔でこちらの顔色を伺っているさざめの言葉にはっと意識を戻したいりこは、その喜びを隠そうともせずに笑顔を見せた。喜びの感情が抑えられずに顔にそのまま出てしまったような、含みの無い無邪気な微笑み。

「ううん、大好きだよさざめくん」

クッションが、なのか。それともくれた本人を、なのか。
一瞬こちらを見入るように停止したさざめは、やがて気が抜けたように小さく息を吐いた。

「はぁ……ま、それならいいんだがな。有り難く受け取れ」
「うん、さざめくんのデレ記念に永久保存して一生大事にするね?」
「そこまで有り難がらないでいいわ!クッションはクッション、食べ物は食べ物の扱いをしやがれ!」
「あはは、ウソウソ♪」

からかわれたのに気付いたであろうさざめは、何所か気恥ずかしそうにぽりぽり後ろ頭を掻く。「それならいい」、という言葉にさざめらしさを感じた。さざめらしい――素直じゃない所。さざめもさざめなりに、これを手渡すことに思う所があったみたいだ。それが証拠に、小さく安堵のこもった息を吐いていた。そういう所は以外にも態度に表れやすくて、学校での階段落下事件からはそれがもっと分かりやすくなった。

心の距離が狭まっているのだろうか。
もし原因がいりこの事を考えて悩んでいたとしたら、それもやっぱり嬉しくて。
強がってるのに気遣ってくれているぶきっちょなところがおかしくて。
タイミングを見計らったように戻ってきて、予想よりも嬉しい事をしてくれる優しさがこそばゆくて。

緩む頬を隠しもせず、懐とは反対にぽかぽかに温まったその心のぬくもりを共有したくて、さざめの肩に、自分の肩を寄せた。

「おい、人にもたれかかるなよ」
「だってちょっと疲れちゃったんだもん。人を置いてった罰だと思ってガマンしてよね?」
「………ふん」

故郷に帰ればもう二度とできないかもしれないから、その触れ合いをもう少しだけ――





……なお、後ろにはいまだに多くのギャラリーが留まっていたことに、2人は暫くの間気付かなかった。
早くゲームさせてほしいのに2人の邪魔をしづらい空気が発生している所為で困っているプレイヤーもいれば、いりこに連れの男がいたことで露骨に舌打ちする人間もちらほら。2人の惚気ているとしか思えない会話と触れあった肩の甘い空気に中てられた独り身たちは、やっていられないと渋い顔で早々に帰ってしまった。


なお、2つあったクッションのうち一つはいりこからさざめに再プレゼントされた。
さざめはその理由がイマイチ理解できていなかったが、家に帰りついてからそのクマクッションがいりこのものと「おそろい」であることに気付いて「嵌められた!」と顔を真っ赤にしていたという。

そのクッションは、未だに捨てられることなく2人の部屋に横たわっている。
  
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