無欠の刃
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下忍編
鈍る
「あと、どんくらいかかるのー?」
「…3時間、かな」
中心地点らしき場所に向かって歩いていたカトナは、上を見上げ、太陽の位置を探る。
なるべくはやく、死の森の中心部につき、トラップを仕掛け、強敵を一網打尽にしたいと言うのがカトナの本音である。サスケやサクラも同意見らしく、この試験が始まった瞬間、七班は死の塔の中心に向かって歩き出していた。
今日中につき、明日に疲労を回復しながらも罠を仕掛け、最終日まで目当ての獲物がかかるまでじっと待つ…というのがいちばんいい段取りなのだが、はてさて、この調子でたどり着けるかなー? と、カトナは首をかしげた。
もぞもぞとした独特の感覚。数秒の思考の後、カトナはちょいちょいと前を歩いていたサクラの服の袖を引っ張る。サクラが振り返った瞬間、カトナは言った。
「手洗い、いってくる」
「あ、え、うん」
全く恥ずかしがらず、かといって、粗野な態度ではなく、当たり前のようにそう言って歩き出したカトナに、もう少し恥じらいを持ちなさいよ!! と内心でツッコミを入れながらもサクラは頷く。サスケはあさっての方向を向き、周りを警戒したように視線をめぐらせた。
気配らしき気配は感じない。これなら安心だろうと思ったサスケを見ていたカトナは、ふと、サクラに忠告の言葉を飛ばした。
「…見ないでね?」
「見ないわよ!!」
ちなみに勘違いしないでほしいが、カトナは何も、サクラが覗くような変態だと思っているわけではなく、自分が女であるとばれるのが嫌だったからである。
閑話休題。
そうした経緯で、カトナがトイレに行っている間、休憩していた二人は、ふと、がさりという音を耳にした。サスケが反射的にその方向に視線をむけ、サクラはサスケの視線を追うように目を向け、苦無を構えた。
「わたしだよ」
あわてて、がさがさと茂みをかきわけ、特徴的な赤い髪の毛がひょこりと覗く。
「ちょっと道に迷っちゃって…。ごめんね、遅れちゃって」
そういって申し訳なさそうに頭を下げて近づいてきた少年に、サスケは迷うことなくクナイを投げた。
少年が目を見開き、避ける。しかしその先で一瞬で間をつめたサスケに腕を掴まれ、強かに地面に体を打ち付けた。
ぎょっと、眼を見開いて、何をするんだと反論の声をあげようとした少年は、サクラのクナイを見て押し黙る。
サスケはそれを暗い目で見つめながら種を明かした。
「あいつの一人称は私だが、彼奴は一人称を使いたがらねぇし、何よりそんなにすらすら喋らねぇよ。もう少し一から変化の術を鍛え直してこい」
一人称の私は、カトナが悩んだ末のものだった。俺や僕という男らしい一人称にしてみようとしていたが、結局、どんなに嫌おうとも彼女の性別は変わらず、それ以外はしっくり来ず、カトナは吐き気を殺すように『私』と自らを呼んでいた。
どうしても必要なときは喋るが、それ以外では絶対に使いたがらない。
それにまた、あの辿々しいしゃべり方も、カトナの処世術の一つであった。
途切れ途切れの会話…というのは、案外、情報の認識に行き違いが起こりやすいのだ。だから、彼女はきちんと情報を伝達するときはスラスラと喋る。
先程の試験では何時もよりスラスラと喋っていたので、そう勘違いしたのだろうと、思いつつ、サスケは少年の腕をひねりあげる。
「それと、彼奴はお前みたいに体ががっしりとしてねぇよ」
やはり遠目から変化の術で、カトナの体に変化することは難しかったらしい。基準を同年代の男子くらいとしていたのだろう。カトナより遥かに太い肩が悲鳴をあげた。
ただでさえ、だぼだぼの服を着て線が出ていないのだ。しかももとの骨格は女子を参考としている。骨格にわずかな変化が起きるのは当然だろう。
それは通常ならば見逃される、ごく小さな違和感だが、しかし、写輪眼をもつサスケには通用しなかった。
眼が細められ、殺気が漏れ出す。
「てめぇ、まさか、カトナに何かしやがったわけじゃねぇよな?」
写輪眼が、その瞳に浮かぶ。
少年が、ひっと、悲鳴を上げた。
サクラはなにも言わず、クナイを構えた。
…
一方、トイレを済ませ、さて帰ろうと元来た道を歩き出して数分、サスケが現在心配している対象の彼女は、森の中を迷っていた。
「…ふむ、誰かにつけられた、かな?」
そういいながら、カトナは上を見上げる。ぎりぎり木々の隙間から覗く太陽の光から、自分の場所を把握する。先程用を足した場所から、そう離れてはいない。誤差の範囲で200メートルだろう。しかしまぁ、どうしたもんか辺りを見回した。
というのも、彼女は何も馬鹿ではない。万が一、方向がわからなくなったとき様に、道しるべも残してきた…のだが、自分が先程残したはずの道しるべがすべてなくなっているのだ。後始末が楽だとか一瞬そんなことが頭をよぎったが、しかし、道しるべが無いという事は、サスケ達の元に帰ろうにも帰れないのだ。
困った困ったと、全く気軽そうに肩をすくめたカトナは、辺りを見回し、懐から取り出した巻物で近くの木に触れた。
ざわざわと、噂するように木々がゆれ、木の葉がざわめく。紙と木がふれあう感覚に、体が少し固くなる。
「チャクラをとがらせ、上に集中。消化」
静かなその言葉と共に研ぎ澄まされたチャクラが木々を貫き、木のチャクラがカトナに流れ込み、巻物が青く光る。
「発動、聴命の術」
その言葉と共に、カトナの感覚が研ぎ澄まされた。
聴命の術。カトナのオリジナル忍術だ。
チャクラを構成している、自然、身体、生命エネルギーというのは極端に言ってしまえば、生命反応と似たようなものである。万物、生きている限りそのエネルギーを保有する。
そしてそのエネルギーは、どんなに気配を殺そうと、命がある限りその存在を殺しきれない。そして、カトナは、自然エネルギーを通し、身体エネルギーを見付けることが出来る。
もっとも、その精度は高いが、普通の探索術と比べたら範囲が狭く、約半径25メートル以内にしか通用しない。また、術式が複雑…逸脱の術に、分身の術などを足した術式になっているため、いざというときにすぐさま発動することが出来ないので、役に立つことは少ない。が、今は役に立った。
カトナは次の瞬間、近くの木から押し殺された気配を察知する。
「そこ、ね」
「…あら、気が付かれちゃったの」
そういって、木陰から女が出てくる。完全な死角だというのに察知されたということに、女の喉が知らずしらずのうちにごくりと鳴る。
「思ったよりもいい人材ねぇ」
笠を深くかぶり、べろべろと赤く長い舌を伸ばし、目を見開いた女に、カトナはげっと顔をしかめつつも、腰を低くおとした。
…ここで、いつものカトナならば、ここから逃げていたはずだ。相手の実力を見きわめ、生き残れるかの可能性を模索し、カトナは逃走を行ったはずだ。
なのに、なぜ逃げなかったのかというと、それは誇りでもなく強さでもなく、負けず嫌いでなく。ただ、勘が鈍っていたからでしか、なかった。
死の森中心に向かっていたのは、ポテンシャルが高く、下忍のなかでも飛びぬけている第七班であるが、彼らが一番得意としているの相手の情報を得て、計算に計算を張り巡らせた罠を利用した戦闘であるからである。
サスケの写輪眼で相手の情報を見抜く…もしくはサスケとカトナが戦闘をし、相手の情報を引き出す、サクラの頭脳で情報の分析を行い、相手の弱点を突く作戦を考え、カトナが大胆なものをぶっこむ、というのが、今の七班の基本態勢だ。
罠を基本とした忍びらしい戦い方を基礎とするのを好む彼らは、さっさとわなを仕掛け、その罠に引っかかる実力が自分達より下の物を倒すことを目的としていた。
しかし、何も彼らは荒事が得意ではない…というわけではない。
むしろ、班の中でも一番目立つサスケは、一見クールかつ冷静に思考するタイプに見えるが、根は、ナルトと似た熱血であり、短気でもある。カトナに至っては、その時その時の状況で、自分の一番得意なものが変わるため、荒事もまた得意としている。そしてこの二人の仲間あるサクラもまた、荒事に向いていないとはいえ、そのフォローをする程度にはなれている。
が、彼らの感覚は少々麻痺していた。
というのも、彼らの周りは才能の塊だらけだったからである。
周りといったが、何も、木の葉の里の忍び全員が才能の塊ではない。サスケは言うまでもなく天才であり、カトナもまた言うまでもなく化物だ。そのレベルについて来いと言ってついてこれるのは、カトナの弟であり、チャクラの保有量がずば抜けているナルトや、ああみえて、実は幻術を除いた忍術や体術だけならば、サスケと為を張る湖面たち位のものだろう。
だが、しかし、彼らのこれまでの経歴を考えればわかるだろう。
あの、「はたけカカシ」の弟子であり、あの、「桃地再不斬」と相対したことがあるのだ。しかも、血継限界である忍者二人との対戦もしてしまった。端的に言えば、常識人であるサクラでさえも、今までの戦闘で、「才能の塊」に慣れさせられていた。
つまりは、相手と自分たちの実力差がわからなくなったのである。
これはゆゆしき事態であるのだが、生憎と、担当教師であるカカシやカトナ達も気が付いていない。
気が緩んでいる…と言っても過言ではないのだが、今までの相手が相手だっただけに、今のカトナ達は手加減できないことには何の支障もない。
しかし、それは、手加減できる相手である…という事が前提だ。実力差を図れないという事は、イコール、自分より強い相手であるかどうか判別できないという事でしかない。
それが今現在かかっているという事は、恵まれていることなのか。それとも、無謀であることなのか。
自らがどんなふうになっているか知らないカトナは、何も興味を示さない瞳で、男を睨み付けた。
「あんた、だれ?」
カトナはそう言いながら、短刀をすぐさま変形させて、薙刀をかまえる。
変形した刀を見つけた女は、へぇ、と意味ありげに目を細めながら、笑った。
「そうねぇ、知る必要のないこと、かしら」
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