無欠の刃
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下忍編
そむける
「カトナ、あれ、どうやったの!?」
死の森に向かう道中、サクラはそう、切りだした。
いきなりのその台詞に、何のことだと首をかしげたカトナは、ああ、と言って思い出す。
「試験中なのに、移動できた術のこと?」
「そうよ!! あんな、厳重な監視下なのに、どうして動けたの?」
そう言って、不思議そうに首をかしげたサクラに、どう説明したもんかなと思いながらも、カトナは言葉を紡ぐ。
「あの術は、目を背ける術なの」
「目を、そむける…?」
「そう、目を背ける…いや、視線を逸らすと言った方が正しいかな?」
そういうと、カトナは手元から二つの苦無を取出し、もう片方の苦無を大人しく握りながら、片方の苦無をサクラの眼前で弄ぶ。
実に危なっかしい、指がいつ切り落とされてもおかしくないと感じてしまうような手つき。そんな手つきに思わず心配そうにみたサクラの首に、とんっ、とカトナの手が当てられる。
気配も何も、予兆さえも感じなかった。
サクラも忍びだ。もう片方の手にも気をつけていた。
なのに、全く気が付かない。
しかも、苦無が仕舞われていることにさえ気が付かなかった。
これはさすがに予想外であり、サクラは驚愕し、眼を見開いた。
そんなサクラの反応に気をよくしたらしく、ふふっと、心なしかいつもよりも柔らかく笑いながら、カトナは手を首から離し、いつの間にかしまっていた苦無を再び取出し、またもてあそぶ。
ここで、カトナがやったことを分かりやすい仕組みとして説明するならば、それは、マジシャンがやる、ミスディレクションと似ている。派手な動きをすると、人間は思わずその動きにつられ、眼を動かしてしまう。そういう原理を逆手に取っているわけだ。
これで影が薄かったのならば、カトナはあまり目立ず、暗殺専門の忍びにでもなっていただろうが、生憎と、カトナの影は人と比べて決して薄くない。だから、そんなに利便性があるわけではない。
ただしそれは、
カトナを「うずまきカトナ」と認識したものにだけである。
「こんな感じ。目立つことして、当初の目的から、視線を逸らす。忍者は裏の裏をかくもの、これがいい代表例」
けれど、カトナはこれを忍者として象徴するような術だから作ったのではなく、だからといって、こっそりと人を殺すための術を手に入れたかったわけでもない。
ただ、日で照らされた明るいあの道を、こっそりと路地裏から覗いて、誰にも見つからないように歩くのが嫌だっただけだ。
そう思ったのがきっかけで、他に考えないことがない訳でもなかったけど、それでも、それが理由で作られたこの術は、対、木の葉の里の人ようだ。
この術は、人が『見たくない』と望んだときに、無意識の内にそれから意識を逸らすことが出来るという、、便利な術である。同時に、どれほど『見たい』と望み、それを見つけようと集中した人間の目的を、すり替えることが出来る。
つまりは。
木の葉の里の大人は、無意識の内に、『カトナ』という嫌なものを無視するのだ。
嫌な物は、見なければ気分が良い。見てしまえば気分が悪くなって、けれど、無視するわけにもいかず、傷付けなければならない。見られてしまえば、暴力を振るわれて痛くなる。
だから、彼らはカトナを見つけても、無意識の内に無視したいと願い、カトナがかけた術の効力が旨く発揮されて、カトナのことを無視するのだ。
そして、カトナを殺したいほどにくむ人は、カトナを見つけようと躍起になり、術の効力が発揮され、カトナを見つけれなくなる。
つまり、この術式はカトナを木の葉の大人から守ってくれる、最高にして最大の武器なのだ。
この術さえあれば、カトナは安心して往来を歩ける。この術さえあれば、カトナは傷つかなくて済むのだ。
開発した当時には、こんな風な使い方をするとは微塵も思わなかったと感慨にふけりながらも、キラキラとした目でカトナの開発した術を聞いていたサクラが、上目で伺うようにカトナの方を見る。
その目に浮かぶ、どんな術式か教えてほしい。という、実に素直なその疑問に、カトナはひらひらと手を振りかえす。
企業秘密だというその答えに、うー、という声を洩れさせて、残念そうに俯くサクラに、うっと、小さくカトナが動揺する。
そうやってすねられると思わなかったらしい、困ったようにカトナがサスケの方を見る。どうやら断った手前、どう教えていいかわからないようだ。
うるうると、言葉を語らずとも瞳だけで訴えてくるカトナのその視線に、サスケは、はぁ、とため息を吐いた後、サクラに声をかける。
「その術式構成なら、俺が教えてやるよ、サクラ」
「え、ほんと!?」
ぱっと華やいだサクラは、自分の憧れの人に教えてもらえるという満足感で、サスケがなぜかカトナの術の術式を知っているという事実に気が付かなかった。
…
死の森。
第二次試験。課題は、一つのチームに地か、天と記された巻物が一つだけ配られるので、自分が配られていない方の巻物を手に入れ、地と天の巻物二つを揃え、森の中心にそびえたつ塔に向かう。
端的に言えば、バトルロワイヤルだ。
森の中心の塔に向かえば向かうほど、他人との遭遇率は高くなる。いかに早く、いかに効率的に、巻物を奪い合うか。これはそう言った技能も求められるのだろう。
と、思いながら、カトナは、これを企画した特別上忍であるみたらしアンコのほうをみた。
嫌な感じが、彼女の首から流れ出てくるような、そんな気配を感じるのだ。
…呪印か、な。
ネジの額に刻まれていたのと、根本的な構造が似ているのだろう。
そう思いながら、じーっと説明をしているアンコを見つめていたカトナは、自分の後ろで、文句を言っているナルトに向かってとぶ、気配を感じた。
次の瞬間、ナルトが後方へと体を翻らせ、自らの義手で突き出された苦無を掴む。
「へぇ、吠えるだけだと思ったら、結構やるじゃん」
ひゅうっと口笛を吹き、先ほどの行為を棚に上げて称賛してきたアンコを見て、ナルトの頬がひくりと引きつく。サイがどうどうとナルトを抑え、湖面は自業自得だとナルトをあざ笑いながら、呆れたように息をつく。
「こんなクレイジーなのが試験官でいいのかよ」
「あら、忍びで強くてまともなやつなんて、私は少ししか知らないわよ?」
「…まっ、違いねぇな」
強ければ強いほど、忍は殺したことがある。殺した人数=強さということではないが、殺した人数≒強さでないわけではない。殺したことがあるというのは、それほど冷酷になりきったという事であり、それほど強いものを殺してきたという事だ。
だからこそ、その言葉どおりのことだろうと思いながらも、湖面は、苦無を未だに離さないナルトのすねを蹴り飛ばす。
「いってぇ!! 湖面、なにすんだってばよ!!」
「てめぇのせいで、目、つけられたじゃねぇか。ちっ、役立たずが」
「んだとっ!?」
いや、ナルトが行動する前から、さっきの行動でだいぶ目立ってたから。
と、サイは内心で突っ込みつつも、慣れた様子でまるで他人のように振る舞う。
その表情はいつも通りの笑顔だが、心なしか歪んでいるような気がしてならない。無表情が板についていた彼であったが、最近はどうやら人間味が出てきたらしい。それが、いい兆候であることは確かだろう。もっとも、あの二人にいらついて目覚め始めたのが、あまりいいとは思えないが。
まったく、あの二人には困ったもんだと思いながらも、カトナは、くいっくいっと袖を掴み、アンコの顔を下に向けさせる。アンコは訝しげにカトナの顔を見ながらも、耳を傾ける。
イビキから、彼女の奇行で全てが狂わされたという話を聞いていた。自分の試験まで狂わされたらたまったもんではない。質問してくるのならば、なるべく小さい声で質問させて、話の内容を聞く。他の生徒にはきかせない。
そう思い、近づいてきた彼女の耳に向けて、カトナは顔をつきだし、彼女の首に描かれた呪文を、発見し、観察する。
そして、次の瞬間、チャクラをコントロールし、アンコの首に触れた。
かちりという音が、アンコの体内で木霊する。
驚いたアンコが。思わず後ろに飛びのきそうになったのを、袖を掴むことで静止させたカトナは、ふむふむと、アンコの体を上から下まで、すみずみ見ると、頷いた。
「よし」
「…、私になにをしたの?」
アンコが自らの首元を押さえ、警戒した様子で尋ねる。
彼女にとって、九尾の人柱力は、危険でもなければ無害でもない。しかし、自分の施された呪印に何かをしたというのならば、それは有害だ。
彼女はアンコに恨みを持っていない。いやきっと、誰にも恨みを持っていないだろう。いつだって彼女の目は空虚で、自分達に向けられているようで、何も向けられていない。
そんな彼女が、あえてアンコを害するはずは、ないだろう。予測の域を出ないだけだが。
カトナは、警戒したように見てくるアンコに、くすくすと微笑した。
「ないしょ」
人差し指を口元に手をあてそう言った後、彼女は、問い詰めようとして来るアンコの手から逃れて、すぐさまその場を離れ、ナルトと湖面の喧嘩を仲裁させるために、二人の中に入っていった。
…
笠をかぶった女が笑う。
しなやかな指先を操り、彼女は、喧嘩を仲裁させるカトナの姿を、目を細めて捉えた。
狐の面を被った少年が、「よくできました」とでもいうように頭を撫でられ、出すはずだった反論の言葉を呑み込んで、なすすべもなく、撫でられる。
心なしか、嬉しそうに見える少年に、ナルトが喰ってかかる。
そんな賑やかな光景には目もくれず、女はまるで、カトナを監視するかのように眺めた。
その口が歪み、気持ち悪いまでに煮詰められた欲望が溢れ出る。
「…あのこ、おもしろいわねぇ」
アンコは気が付いていないけれど、しかし、彼女は気が付いていた。アンコに施された異変の正体を。だからこそ、彼女はカトナに目をつけた。
本命は、サスケ君だけだったけど、つまみ食いするのも楽しそうだと、うっそりと、蛇は笑った。
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