トワノクウ
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トワノクウ
第十五夜 雉は鳴かずとも撃たれる(二)
前書き
銃撃 と 飛翔
潤が前に進み出た。
「鉄砲隊、前へ! 構え! 合図と同時に斉射。撃った者はすぐに下がって後列に譲れ。次弾を装填して次の攻撃に備えろ」
鉄砲を持った巫女の一列目が前に出て鉄砲を構えた。
緊張する。これから始まるのは〝討伐〟。薫が最初にやっていたような妖退治が近代兵器で行われる。気をしっかり保たねば。
一拍の静寂。
木々を薙ぎ倒す轟音がして森から毛むくじゃらの獣が飛び出した。大きさは先日神社の境内に現れたあの凍鉄の獣ほど。毛の一房一房が意思を持つようにうぞぞぞと蠢く。脱毛した顔面の形相に思わず引いた。
「撃て!!」
銃声が響き、着弾したらしく邪魅がよろめいた。
一列目が下がり、二列目が進み出た。
二列目に潤が号令を出すより早く起きたことがあった。一列目の一斉射撃で吹き飛んだ邪魅の毛の房が意思を持って動いたのだ。房はすさまじく速く地面を這って隊列へと迫って来た。巫女たちの動揺や軽い悲鳴が波及する。
「慌てるな! 二列目、照準は前方のまま弾幕を張れ。撃て!!」
号令、そして銃声。合わせて潤が刀を抜いた。
「突破してきたものを処理する! 武器組、かかれ!」
薙刀や刀を持った巫女たちが前に踏み出した。戦巫女たちは各々の武器を揮い、弾幕を越えた邪魅のうぞうぞと動く房たちを斬り伏せてゆく。
潤自身はあくまで号令に徹している。刀を抜いたのに参加するつもりはないらしい。律義にくうをそばで守ってくれている。
その時、くうが後ろをふり返ったのは、潤に守られていることで銀朱の悋気を恐れたからか、それとも超常的な探知でも働いたからか。とにかくくうは後ろをふり返った。そして、後方から、ぞぞぞぞ、と迫ってくる新しい邪魅を見た。
「潤君、後ろ!」
潤はすばやくピストルを出して後ろに発砲した。しくじった人間らしい表情だった。潤の号令で武器を持った巫女たちが後ろの対応に回る。
「全方位対応にすべきだったのでは?」
「追い込んだと思ったんだがな。なるべく中心にいてくれ。俺も出るから」
今度こそ潤は刀を持って後方の防衛に回った。
言われたとおり、くうはなるべく隊列の内部にいて動かないようにして、潤の動きを目で追っていた。
(やっぱりかっこいいなあ。こんな時なのに認めざるをえないくらい潤君はかっこいい。くうにしたことや、妖へのひどい認識を考慮してもそう思うなら、潤君って人間は本当にカリスマなんだわ)
考えていると巫女たちが乱れた。ついに邪魅の勢いに負けて、当初前方だった方向を邪魅の本体に突破されたのだ。
「っ銀朱様!」
潤が常人離れした脚力で駆け戻り、くうを追い越し、邪魅に発砲した。潤は立て続けに引鉄を引いて邪魅の顔面に弾丸を叩き込んだ。
邪魅が鬱陶しげに頭を振る。まずい、とくうは直感した。敵のこういう何でもないしぐさは、次の瞬間に猛攻に変わるものだ。
案の定、邪魅が大口を開けて凄まじい速さで潤を顎に捉えようとした。誰も動けない、間に合わない。くうにはスローモーションに思えた。
(誰も助けないなら、私が助けなきゃ)
踏み出した足が地面から浮いた。最初は長いジャンプだと勘違いしたが、何のことはない、くうは巫女たちの頭上を羽ばたいて翔けていただけだった。
くうは潤を体当たり同然に攫って空中に舞い上がった。邪魅は口から地面に激突して顎は土を抉った。余波で巫女が何人が転んだりしたようだが、くうは腕の中に抱えた潤が無事なのでどうでもよかった。下は下でどうとでもすればいい。
「篠ノ女、お前……」
「くうもびっくりしています」
視線を左右に巡らせれば白い翼。くうは自らの翼で空を飛んでいる。あれよあれよという間に人体単独飛行という人類の夢を成し遂げてしまったわけだ。もっとも篠ノ女空が「人体」かは大いに疑問が残る部分だが。
潤の目は、彼を後ろから抱えているくうの顔に注がれている。まじまじと見つめられてもうれしくない。だって今、潤はとても困っている。人ではない篠ノ女空にどういう言葉をかけるべきか、保身と友情の間で揺れている。
くうはあえてフォローを入れず、慎重に潤を地面に下ろした。彼女自身は地面から三〇センチ上に浮いたままだ。
巫女からの視線がくう一人に集中砲火を浴びせている。たった今彼女らの頭目の片割れを助けた者に向けるとは思えない、畏怖の目、嫌悪の目、侮蔑の目。
(巫女さんてほんと妖嫌いなんですね。根が深そう。火サスもびっくりです)
今ではくうもそれらに冴えたまなざしを返すことができた。
「――助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
「ああ。それとその、悪いんだが、そのまま邪魅の注意を引きつけることはできるか? 隊列を組み直すまででいいんだ」
「エサの次はオトリですか。忙しないことです」
「……すまない」
潤は申し訳なさげに目を逸らした。まったくひどい青年だが、
「巻き込まないでくださいよ」
そんな青年の頼みを聞き入れてしまうくうも、まったくひどい少女だ。
(将来的にダメんずに引っ掛かりそうですね、私)
どうでもいいことを考えながら再び羽ばたいて浮かび上がった。
一度飛行の感覚に慣れてしまうと、体感型アドベンチャーにおける飛行アビリティを使って空を飛んだ感覚に通じるものがあった。
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