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トワノクウ

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トワノクウ
  第十五夜 雉は鳴かずとも撃たれる(一)

 
前書き
 恋 を 掻き毟る 

 
 着替えて陰陽寮の門前で待った。潤はきっかり一時間後に迎えに来た。なぜきっかりか分かったかというと。

「潤君、それ、携帯ですか」

 潤はワインレッドの携帯を持っていた。ストラップの招き猫は確かに潤が彼岸にいた頃から使っている物だ。

「ああ。アトラクションでの着替えの時に間違えて持ったままカプセルに入ってな。もっとも電話もメールもインターネットも使えない。こうして時間を見るか、あとはミュージックプレイヤーしか使い道がない」

 潤は携帯を軍服のポケットに突っ込んだ。

「ドレスだな」
「はい。くうはこの格好のままで来ましたから」
「俺のこれも結局あのレンタルコスチュームをまんま使ってる。長渕も含め、全員が彼岸での格好のままか」

 潤の苦笑はどこかさびしげだった。懐古か、郷愁か。

「行こうか」

 まるで将校から貴婦人へのダンスの誘い――というとさすがに自賛が過ぎるか。くうは自嘲して伸べられた手に手を重ねた。



 潤はくうを、陰陽寮から歩いてすぐの小さな鳥居に連れて行った。そこで潤が取り出したのは読めない文字を書いた絵馬。これは通行証で鳥居同士を繋いでどこにでも移動できる、と説明してくれた。わざわざ説明のためだけに通行証を出して見せてくれたらしい。

 鳥居を潜ると、森の中にいた。

「面白いだろ」
「ですね。これなら坂守神社の人はどこにでも妖怪退治に行けます。国中に影響力があるわけです」

 森を抜けると、そこだけぽっかり空いた更地に出た。
 更地にはすでに武装した巫女の集団が勢ぞろいしていた。薙刀などの武器もあるが、武装の大半が西洋式の鉄砲だ。刀の神性が重んじられた武家社会を抜けて間もないご時勢に、神職にある者たちに無骨な武器を持たせるのは、どこかうすら寒い。

「遅くなってすまなかった」

 巫女たちは潤の到着を認めて全員が礼をとった。威容だ。

 潤は再びくうに対して手を差し出す。くうも応えて手を預け、潤に引かれるままに前に進んだ。多くの巫女たちが道を譲るのは、潤がいるからか、くう自身の冷たく冴えたまなざしにか。

「お待たせいたしました、銀朱様。篠ノ女空を連れて参りました」

 停まったのは、左右に控えの巫女を置いた輿の前。中から、銀朱が現れた。坂守神社で会った時より神職らしい格好をしている。

「こんばんは。ご足労ありがとうございます。今宵が楽しみです」

 愉しげに笑んでいる銀朱の前で、くうはドレスの裾を摘まんでお辞儀をした。

(この人の思惑がどうあるにせよ、私はその中ですべきことをしなければいけない)





 潤の指示で巫女たちはてきぱきと然るべき配置に移動し、隊列を組んだ。筆頭侍官の位は伊達ではない。

 陣形は鉄砲隊が整列して前衛、中に潤が立ち、後ろには薙刀や刀を持った巫女が銀朱を囲むように控えている。

「今回の討伐はどういった目的で行われるんですか?」
「この辺は新政府肝煎りで開発が決まってる。妖には立ち退いてもらわないといけない」
「どんな妖がいるんですか?」
(じゃ)()というのがいるんだ。魑魅(ちみ)の類なんだが」
「京極ですね」
「そ、9巻目」

 平和な会話に安心する。潤は森のほうを見据えて説明する。

「山ってのは無数の動物が生まれ死んでいく。時には人が死して魂が帰る場所でもある。そういった場所には自然と瘴気が生じる。澱んだ瘴気は、年月を得て形を成す。それが邪魅だ。吐く気に当てられれば高熱、魅入られれば精神錯乱、魂を食われれば廃人。ケモノは陰陽寮の管轄なんだが」

 言うだけ言って潤はくうから離れた。くうも察した。空気が変わったのだ。澄んでいた夜気に粘りが混ざったように空気が重くなっている。これが妖が現れる際の感覚なのか。

「篠ノ女、先に言っとく」

 潤は自らも刀の鞘に手をかけている。

「エサ扱いといったし、確かに銀朱様はそうあってほしいと願われている。でも、俺はそれだけじゃないから。俺はちゃんと篠ノ女空を守りたいと思ってるから。それだけ、分かっておいてほしい」

 ひどい少年だ、とくうは思う。ないがしろにすべき存在に対して好意を向けるのがどんなに残酷か彼は分かっていない。

「来るぞ。離れるなよ」
「はい。お任せします」
 
 

 
後書き
 ちなみに鉄砲の導入は潤主導だったりします。
 
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