無欠の刃
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下忍編
人間+化け物÷2
「かとっ、な?」
じりりと、腹から焼かれるような痛みを感じ、その場に蹲ったナルトは、本来、自分の姉が戦っているだろう大橋を見る。
大橋は濃霧に包まれて、その姿を見せていないが、ナルトの肌という肌が、あのチャクラを感じる。
ナルトの体に封じられている、九尾の、チャクラ。
それが反応しているという事実に、ナルトは目を見開き、ばっと対峙していた相手を忘れ、一気にその場を走り抜けた。
「なると!?」
サイの驚く声を聞き逃したナルトは、何もかも無視して、カトナの方向へ向かう。即ち、それは白と再不斬がいる方向へ向かうという事で。
「いかせない、ふたりのもとには―!!」
ナルトの行くさきに気が付いた君麻呂がそう言うと、すぐさまサイを捨て置いて、ナルトの後を追いかける。
ナルトは追手を捨て置き、何度も何度も繰り返す。
前には届かなかった手が、今だったら届くはずだと、鉄の両手を精いっぱい伸ばした。
―かとな!!
・・・
「なにやってんのよ、ばかとな!!」
怒鳴りつけたその子供に、カトナは不思議そうに眼を見開いた。
その瞳に映る少女の姿は、彼女には見慣れているけれど、この場に似合わないものでしかない。
なんで、彼女は。
緑の目から、涙がこぼれていた。
ないてるの?
カトナにはそれが理解できず、ピーピーという警告音が、頭の中で鳴り響く。
ぽたぽたと、頬を伝い落ちる水滴が、地面に当たっては跳ねていくのを呆然とした目で見つめていたカトナは、ふと、サクラの後ろで動いている白の姿を黙認し、手放していた薙刀を構える。
殺さなくては、いけない。
先程までこんがらがっていた思考が、その目的を確認して明瞭になり、真っ白になって、その存在に集中しきろうとした瞬間、もう一度、その拳がカトナの体に叩き込まれる。
ぐっ、と息を詰まらせながらも、咄嗟に薙刀を地面に突き刺して己の体に当てられた衝撃を殺し、その場にとどまったカトナは、信じれないような光景を目撃する。
サクラが、まるで、白を守るように立っている光景を。
目にし、知覚し、認識し、カトナはぽかんと口を開けると、次の瞬間、叫ぶように怒鳴り付け、感情任せに地面を蹴飛ばした。
「…なに、すんの、さくら!! そいつを、殺すんだ!! どいて!!」
「嫌よ」
「さくら!!」
九つの尾が感情任せに揺れて、がんがんと、あらゆる方向にたたきつけられる。
タズナがせっかく作っていた大橋があらされていき、傷付けられていくが、カトナは気にせず、自分の手首を、伸びた長い爪でガリガリと引っ掻く。
爪が、カトナの細い手首の皮を破き、血肉を滴らせ、血だまりを作らせた。
怒りで逆立ったらしい狐の耳が揺れ、毛並みがぶるぶると震えた。
びくりと、その様子に若干ビビったサクラは、それでも苦無を構えて白を守るように立つ。
彼女は、白には興味がない。
けれど、本能で分かっている。忍びとしてのまだ未熟な勘と、何よりも鋭い女としてのが告げている。
カトナは彼を殺す気だと。
そして。
ここで彼を殺せば、カトナによくないことが起こると。
一方、カトナはそんなサクラの様子に気が付かず、必死にがたがたと震える指をおさえつけ、思考を繰り返す。
はやくはやく殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなければ。敵は排除するんだ、しなければいけないんだ、しなきゃ、しなくちゃ、ぜったいにしなきゃ。
じゃなきゃ、―じゃなきゃ!!
「サスケを、なおせない!!」
カトナの怒声が、響く。
優先度の問題。
現在危機的な状況であるサスケと、大切な誰かを傷つける可能性がもつ敵。どちらが軍配が上がるかは、その時の状況にもよるが、今現在に限って言えば、敵の排除の方が大切だった。
だって、サスケを治しても、敵を先に排除しなければ、また、サスケが傷つけられてしまう可能性がある。だから、先に敵を排除しなければいけない。
はやく、敵を殺して安全な状況にして、サスケを直してもいいという判断が出なければ、優先度を高くしなければ、サスケが、手遅れになる。
ぞっとして、カトナは唇をかみしめて、
はやくはやく、治したいのに、サスケを元通りにしてあげたいのに、サスケを死なせたくないのに、なのに、どうして邪魔するの!! と。
カトナは泣き叫ぶ。
「治してあげたいのに!! ころさなきゃ、なおせれないのに!!」
あああ、と叫び声をあげて、カトナは薙刀を構え、一気にサクラと白の元へと走り寄る。
彼女は化け物になった。それでも、なりきれたわけではなかったのだ。
感情を総べて殺せたわけでも、思い出をすべて忘れたわけでも、自らの心を殺しきれたわけでもないのだ。
だって、それは出来なかった。
それは、『ナルト』の望むことじゃ、なかった。
カトナが全てを殺してまで、ナルトはカトナに守られたいなんて思わなかったのだ。『ナルトの望みを―思いを優先する』というその目的は、結局、どこまでもナルトの思いを重んじてしまう。
ゆえに、カトナは化け物になりきれず、中途半端に人間の部分を残してしまっていて、いっそ、化け物になれたならば、なりきれたならば、楽だったのに、人間の部分が残ってしまった。
結局、カトナは、人間の部分と化け物の部分が歪に混ざってしまった。
人間であるカトナは、サスケを死なせたくないと、救いたいと祈り。
化け物であるカトナは、サスケはどうでもいいと、ナルトを守りたいと願う。
狂おしいまでに歪だ。
誰かを信頼したいと、人間は希うが、同時に、化物は誰も信頼しなくていいと思う。誰かを殺したくないと願えば、ナルトの為なら殺さなければと考えてしまう。
権利と義務。
正常と異常。
弱者と強者。
少女と忍者。
相反する顔を持ち、それら二つは分かちがたいほどに混ざってしまった哀れな子供。カトナ。
人間であるほうが叫ぶ。
『誰も殺したくない』と。『大切な人を―サスケを失いたくない』と。
化け物であるほうが叫ぶ。
『はやく殺さなければいけない』と。『ナルトの大切な人を救わなければ、ナルトを悲しませると』と。
だから、カトナは感情のままに泣き叫びながらも、必死に白を殺そうとする。殺さなければ救えないから、殺さなければ許されないから、殺さなければ治せれないからと、そういって、白へと薙刀を振り下ろそうとしたカトナを見て、サクラは感情のままに怒鳴りつけた。
「あるかもしれない未来と今!! どっちのほうが、大事だと思ってんのよ!!」
人間が泣き叫ぶ。
今だと、サスケを失わない未来を得るためにも今だと。
化け物が怒り狂う。
未来だと、ナルトが悲しむ可能性を排除するためにも未来だと。
カトナの体から、感情が吹き荒れる。チャクラが体を焼き、暴れ、灼熱が全身を襲う。けれど、心は冷たくて、痛い痛いと泣き叫んでいて、その涙は止まらなくて。
たすけて、と。
人間の方が声を漏らしたその瞬間。
サクラがカトナの肩を掴んで、抱きしめた。
「おねがいだから、さすけくんを、たすけてよぉ」
私のチャクラコントロールじゃ、駄目なのよ。どんなに修行しても、どんなに頑張っても、私のチャクラコントロールじゃ、まだ軽傷しか治せない。あんなに傷ついて瀕死になったサスケ君を、助けたくても助けれないのよ。私が弱いから、サスケ君を治せないのよ。ねぇ、あんたなら、強いあんたなら、治せるんでしょ? なら、サスケ君を助けてよ、なおしてよ。私はあんたの気持ちがわかんなくて、あんたが何であの人を殺さなきゃいけないかわかんないけど、でも、それでも、我儘だってわかってるけど、サスケくんを、助けてよ、お願い、おねがいだから。
溢れるその言葉を、思いを、何も言えず、紡げず、サクラは震える手でカトナの肩を掴んで、ぐしゃぐしゃの顔で泣くものだから、その姿が、弱者だったころのカトナによく似ていて、人間のカトナの思いが溢れてしまって。
化け物の声が、おくふかくに、しずんでしまったのだ。
薙刀をとり落とし、九つの尾が沈み、体が人間の物となってすぐさま、カトナはサスケに駆け寄り、サスケの体に触れて、チャクラを流す。
冷めている体温は、先ほどまではもっと温かったはずだ。流れている血は、もっともっと、量が少なかったのに。
「ごめん、さすけ、ごめん、ごめん、さすけ、やだ、さすけ」
涙に塗れた言葉が、降りそそぐ。酷く弱く震えた声が、辺りの静寂を揺らす。
何ともなしに流れた涙が、頬を伝い、雨のようにサスケの顔に降り注ぐ。
サスケはそれを受けながら、ぼんやりと、意識があるのかないのかも分からない微々たる感覚で、夢を見ているような感覚で、そのカトナの言葉に、昔を思い出していた。
『ごめんね、サスケ』
昔、そうやって、彼女が自分に謝ったことがあった。
『仕方ない、ことなんだよ』
そう言って笑った彼女は、小さくしゃくり声をあげて、怖い怖いと泣き叫んで、嫌だよとサスケに震える声で縋ってきて、それでも、ナルトを守りたいという思いに嘘をつくことが出来ず、しっかりとふみきって、飛び越えて、覚悟を手に入れた。
カトナは強者になった。そうやって、自分の体を見殺して、他人の体を見捨てれて、ナルトだけを優先できる強者になった。
だからサスケは、一生その気持ちを伝える気はなかった。ただ、傍に居ることだけを望もうと思った。最後の最後まで、自分には振り向かない酷い彼女を、それでも、望まれなかったとしても、愛そうと思った。
彼女がナルトを思い、自分の体を慮らないのであれば、代わりに自分が彼女のことを守ろうと、慮ろうと、彼は彼女を守る決意をした。
だから彼は、自分が死んでしまっても、それはそれでいいと思っていた。彼女を守って死ねたならば、それはそれでありだろうと、そう思っていた。
カトナの為に死ねるわけではないけれど、カトナを守って死ねるのはありだろうとは、思った。
その姿を、見るまでは。
ぽろぽろと、彼女が自分を見て泣いていた。どうしようもないくらいに、溢れる涙が抑えきれないとでも言うように、彼女は目を真っ赤にはらして、サスケの手を、ぎゅっと、弱弱しい力で、それでも決して離さないというように硬く握りしめて、泣いていた。
うろたえたサスケは、それでも、なんとかカトナにわけをきこうとして、抱きしめられる。
はらりと、赤い髪の毛がサスケの首に触れ、彼女の嗚咽が耳をくすぐった。
「さすけくんっ! よかっ、たぁ」
サクラのなき声が、鼓膜を揺らす。
なんでないているんだとか、なにがあったんだとか、敵はどうしたんだとか、言いたいことはたくさんあって、言うべきことは万にも上っていた筈なのに、口から出たのは、その言葉だけだった。
「泣くなよ、カトナ」
「ない、ひくっ、て、うっ、ない、っうぇ、よ」
「…どの口が言うんだよ」
皮肉のつもりで言ったはずのその言葉が、思ったよりも小さくて、自分でも、参ってしまいそうだった。
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