無欠の刃
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下忍編
色眼鏡
カトナはナルトのために生きる。
けれど、カトナはナルトの為だけには生き続けれない。それは当然だ。
カトナは人間であって、たとえどんなに彼女自身が望んでも、彼女は結局人間でしかなく、化け物にはなりきれない。誰かの為にだけ動く、何も望まず、操られ続ける人形になんてなれず、だからといって、全てを助けたいと思って動くほどの偽善者でもなく、彼女は実に中途半端にぶらさがっていて、ゆえに、彼女は人間だった。
何もかも曖昧で、何もかも中途半端で、踏み切れなくて、踏み越えれなくて、死を怖がるただの普通の人間でしかなかった。
けれど、ナルトを守れるのは、そんな普通の人間では決して叶えられないことで、覚悟を定めなければ、彼女はナルトを守りきれなくて、彼女は、たったひとりの家族を見殺しにすることなんて出来なくて、何が何でも守りたくて、守りきる強さを備えた、気高い化け物になりたくて。
カトナがイナリに怒ったのは、弱者を馬鹿にされ、自分の両親がバカにされたと思ったからでもなんでもなく、ナルトを弱者と呼ばわりされたことでもなく、自分が弱者であったことを思い出してしまったからだ。
俗にいう、八つ当たり。
けれど、見当違いではなく、的を得た八つ当たり。
カトナは弱者だった。
けれど、弱者であるゆえに、カトナは強者になるための力と目的を得ようとした。生まれてから強者ではないからこそ、彼女は強者になろうとした。
力を得ようと、守り切ろうと、彼女は、決して揺るがない覚悟を求めようとした。
しかし、その時の彼女はそんな覚悟を求めれるほど大人ではなく、だからといって、すぐにでも年を取って大人になれたわけでもなく、子供のまま、泣きわめくことはできなかった。
だから、彼女は理由を求めた。
自分が中途半端な人間でも許される理由を、自分が人間でいることに意味があるという幻想を、化け物になり、強さを求めれるほどの覚悟を、自分がナルトのために生きれるだけ値する目的を得るために、強者になりたいがために、覚悟を手に入れるために。
彼女は理由を欲し、そして、里の人間と同じように、『色眼鏡』をかけて、人を見たのだ。
色眼鏡。
ナルトの為だけに生きれないのならば、ナルト以外を好いてしまうならば、ナルトの夢の妨げになるのならば。
ならば、
自分はナルトがいなければ、意味のない存在だと思い込んでしまえばいい。何が来るにも、ナルトを優先させてしまえばいい。自分の意思は、すべて、ナルトの意思だと思い込んでしまえばいい。
そういう、偏った考え方。
自分がサスケが好きなのは、『ナルト』がサスケを好きだからだ。ナルトが好きだからこそ、自分は彼を好いている。彼を好きなのは、自分の意思ではなく、ナルトの意思だ。彼に生きてほしいと思うのは、それが、『ナルト』が彼に生きてほしいと思っているからで、カトナは何とも思っていない。
ナルトがサスケに死ねというならば、カトナはサスケを殺せる。何故なら、カトナはサスケのことを、別に何とも思っていなくて、ナルトが思っているからこそ、思っているのだ。
それ以上の理由はない。
そう思い込み、彼女は、『ナルト』を王とした。
彼女が誰かを愛すのは、その人が『ナルト』に愛されているからだ。
彼女が誰かを嫌うのは、その人が『ナルト』に嫌われているからだ。
彼女が誰かを殺すのは、その人が『ナルト』に死ねと望まれているからだ。
彼女が彼女を生かすのは。
―『ナルト』が、彼女に生きろと望むからだ。
白も…そしてここにいないシカマルも、教師であるカカシさえも、ひとつだけ図り違えていた。
カトナは、サスケのことを信頼などしていない。信じてなどいない。頼っていても、別に、彼女はサスケが自分を裏切らないと、安心して背中を任せた覚えは一回もない。
彼女がサスケに背中を任せるのは、サスケが『ナルトの友達』であり、サスケが『ナルトに信頼されている』からだ。
シカマルは、彼女は一度懐に入れたものを信じきると言ったが、違う。
彼女は自分の懐に入れたものを信じきるのではない。
―ナルトの懐に入った者こそを、信じきるのだ。
カカシは、苦無での弾幕での攻撃の時「それほどまでに、サスケを信じているのか」と驚愕したが、前提が違う。
彼女はサスケを信じてなどいない。
―サスケを信じた、ナルトを信じきっているのだ。
白はカトナと自分は違うと言ったが、けれど、全く違わない。
違うのは、白は強者であり、カトナは弱者であった。
―白は最初から道具であり、カトナは最初から人間であった、それだけのこと。
結局のところ、カトナは白と全く似ていて、だからこそ、根本から覆されて、違っていて、間違っていた。そして、白とカトナが決定的に違うところがある。
それは…。
「私が好かれるのは、ナルトが私を好いてくれるからだ」
九つの尾を揺らし、薙刀を振り下ろしたカトナは、チャクラを振り回す。
いつもならば、繊細なコントロールによって保たれているチャクラは、適当に、杜撰に振りまわれ、投げ回され、白の居た鏡を次々に破壊していく。
「ナルトがすくから、皆も私を好く。私がナルトが好きな人を好くように、同じ」
カトナの体から漏れでた赤いチャクラが辺りを破壊しつくす。
「ナルトが居るから、私は、愛される。ナルトが居るから、私は、好かれる」
サスケも、イタチ兄さんも、サクラも、カカシも、イルカ先生も、三代目も、父さんも、母さんも、全員、ナルトが私を好くからこそ、私を好くのだ。
私自身を、誰もすいたりなんかしない。ナルトがいなければ、誰も、誰も。
「ナルトのために生きれない私なんて、誰も、いらない!!」
カトナの痛切な叫びに応えるように、叩きつけられた赤いチャクラが激しさを増す。
カトナは、覚悟を決めるために、自分の意味を捧げた。
覚悟を手に入れるために、彼女は自分の全てを捧げた。
誰かに愛される理由も、
誰かに好かれる理由も、
自分の生きていたいという渇望も、
死にたくないという恐怖も、
誰かに愛されたいという欲望も、
誰かに守られたいという心も、
誰かを愛したいという思いも、
誰かを殺したくないという祈りも、
…大切な人を手にかけたくないという涙も。
何もかも、彼女はナルトにささいだ。
そうすることで、彼女はナルトを王とした。
ナルトがいなければ、彼女はいきれない。ナルトがいなければ、彼女は好かれない。ナルトだけが、彼女を見てくれる。ナルトだけが、彼女が生きるのを許してくれる。
ナルトが、彼女の生きる意味。
そう自分に錯覚させて、思い込ませて、彼女はナルトを一番にし、そうすることで生き延びて、守り続けた。
その思いは、何よりも強く、彼女の体を縛り上げ、何よりも硬く、彼女を守り続け、何よりも気高く、ナルトを守り続けさせた。
彼女の『忍』になるための覚悟。
それは、
「ナルトが望むのならば、私は、ナルトをも殺せる」
歌う様に、カトナが言葉を紡ぐ。
「ナルトが望むのならば、私はナルトがいない世界でも生き続けよう」
カトナのチャクラで、すべての鏡が、壊される。
「ナルトが望むのならば、私はナルトがいない世界でも幸せになろう」
逃げ場がなくなった白を踏みつけ、彼女は白の足を力任せにぼきりと折った。
痛みで呻いた白を冷酷な目で見つめながらも、カトナの全身から流れるチャクラは弱るどころか強さをまして、ここにはいないナルトを見つめる。
「私は、ナルトの意のままに、ナルトさえも殺そう」
そう言って彼女が嬉しそうにふわりと笑った時、白の全身を、衝撃が貫いた。
白は、再不斬のために生きれれば、あとはどうでもいい。再不斬がしたいことを成し遂げるだけだ。再不斬が望んだことが白が望んだことだ。再不斬が死ねと望むのならば、白は喜んで死んでしまおう。
けれど。
白は、再不斬だけは殺せない。
それがたとえ、再不斬の意思だとしても、それだけは、恐れ多く耐えがたい。
白はどんな命令でも、再不斬の為ならばこなせる自信がある。だが、それだけは、それだけはどうやっても無理だ。あまつさえ、もしも、自分を殺した後でも生きろと命令されたとしても、幸せになれと言われたとしても、きっと、白は耐えきれない。
再不斬の命令を無視し、死んでしまうだろう。
生きる意味を失っておいてまで生きることなど、大切な物を喪失してまで生きることなど、
「そんな覚悟、できるわけが!!」
カトナは、白のその祈るような叫びを無視し、あああああああああ!! と吠えた。
むき出しになったチャクラが嵐のように吹き荒れて、彼女の体を、そして掴んでいた白の体を焼く。
その間にも、思考回路は回り続け、今、この一瞬の間にも、ナルトの為と言う名目で展開されていく。
サスケはどうでもいい。けれど、死なせたら、ナルトが泣くだろう。
サイもどうでもいい。けれど、傷ついていたら、ナルトが悲しむだろう。
カカシもどうでもいい。けれど、ナルトは彼が傷つくことを恐れ、彼の死を悼むだろう。
サクラもどうでもいい。けれど、ナルトは彼女を好いていた。傷つかせることを嫌がるだろう。
目の前の少年はどうでもいい。けれど、もしも、ナルトが傷つく原因になったならば、ナルトは見逃したことを後悔し、殺したいと思うだろう。
―自分も、どうでもいい。
けれど、死ねば、傷つけば、ナルトが悲しむだろう。
ならば、はやく殺さなければ。目の前の子どもを殺さなければ。殺して、殺して、サスケを治療して、自分を治療して、カカシを助けて、サクラを助けて、ナルトを笑わせなければ。
じゃあ、やっぱり、この子を殺そう。
この思考にたどり着くまでの所要時間は、約0,1秒。そして、彼女のその思考が実行されるまでには、時間はほとんど必要なかった。
白の折れた足に、更に負荷がかかった…と思うと、ボキリという歪な音が響いた。
白から、悲鳴が漏れる。
しかし、カトナはまるで聞こえていないかのように、もう片方の手で白の足を掴み、九尾のチャクラで焼き殺す。黒みを帯びた赤色のチャクラは、瞬く間の間に、白の足を焼きつくし、彼の名のように、雪のように真っ白な肌をすぐさま、火傷だらけの醜い足にかえる。
白の、声なき悲鳴が、カトナの鼓膜を揺らす。
カトナは何も言わず、自分の異様に伸びた爪を、白の体に向けた。
左胸の位置。心臓の、いち。
白の頭の中に、ばっと思考の波が押し寄せる。
生き残るための方法が模索されていくと言うのに、見つからない、分からない。
せめて、再不斬さんだけは逃げれるように、彼と、刺し違える!!
そう思った白が密かに隠し持っていたセンボンを構えるよりも先に、カトナの手が勢いよく振り下ろされる。
構えた千本が瞬時に投げられる。
カトナの首元…急所に向かって投げられたそれを無視し、カトナは殺すためだけに爪を向ける。
服を切り裂き、肌を切り裂き、心臓の表面に爪が触れ、それをゆっくりと、まるで時間全てが遅くなったように感じて知覚しながらも、目を見開いた白が、叫ぶ。
「再不斬さん、にげてください!!!!!」
その声が、霧の中に消えるよりもさきに、白の心臓に、爪が届く。
そう思った瞬間、
その声が、響いた。
「ばかっ、となあああああああ!!」
がんっと、体に叩き込まれた衝撃に、なすすべもなく、彼女はゴロゴロと転がった。
吹き荒れていたチャクラが一瞬治まり、彼女の傷を治すべく、体を取り巻く。
カトナの首筋に間違いなく当たり、彼女を死に至らしめる筈だったセンボンは、あらぬ方向に飛んでいく。
白は、ぽかんと、カトナをなぐった子供を見つめる。
自分と同じ年頃の、子供。
見覚えがある。
会話をしたのだろう。
そうだ、その子供は。
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