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無欠の刃

作者:赤面
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アカデミー編
  卒業

 なんでだと、カトナは震える声で彼にむけていった。
 あなたは私を助けにくる理由なんて無い筈なのに、私を恨むべき人の筈なのに、どうして来るの? どうして私なんかのもとに来るの?
 ―あなたの両親を殺した化け狐を名乗る私を、なんでたすけるの?

 「海野、先生、だって、九尾の、化け狐だって、そう思ってるんでしょ!?」

 衝撃でうまく頭が回らなくなりながらも、カトナは目の前の男にそう怒鳴りつけた。
 そうすることしか、今のカトナには出来そうになかった。
 不意の事態には弱く、一つのことにしか集中できない。器用貧乏ではなく、一つの事を最高のレベルでしかこなせない。
 それがカトナだ。だからこそ、カトナの頭は今の事態についていけない。
 ミズキを相手にするのは自分一人だけだと思い込んでいたからこそ―自分以外の人間は助けに来ないと思っていたからこそ、カトナの体はただイルカを感情的に責めることしか出来なくなる。
 カトナのその見慣れない様子に驚いた後、イルカは背中から手裏剣を抜き、自分の横に突き刺した。口からたらりと血を流れる。
 なのに、それを気にしないような様子で、言葉を告げた。

 「お前は九尾の化け狐じゃないよ」

 衝撃。そして、驚愕。
 カトナの目が見開かれ、そして固まる。
 何を言われたのかも理解できず、何を考えているのかも読めず、ただ、カトナはイルカの顔を見つめた。瞳はうるんでいて、顔は悲しげに歪んでいて、それでも、嘘なんて全くついていない表情だった。

 「化け狐とお前は違う。俺が認めた優秀な生徒だ」

 歌うように告げられて、言葉が耳になじんで、それ以上に体の全身が揺さぶられる。

 「努力家で、まじめで、弟思いで、なのに不器用で、誰から認めてもらえなくても、それでもがんばってる。お前は化け狐なんかじゃない。」

 そして、カトナはイルカの背中を目にする。

 「木の葉の里のうずまきカトナだ」

 背を、向ける。
 たった一つのその行為に、カトナの意思は揺らぎ、そして次の瞬間、一つに塗りつぶされる。
 信頼されている、守られている。―敵である筈の大人に、味方ではない筈の大人に。
 カトナを守るために、傷つこうとしている。
 頭の中で、がんがんと誰かが自分の脳を叩いたような感覚が、カトナの中に満ちる。
 前も、こうして守られなかったか? あの時は確か、こちらに顔が向けられていた。今のイルカとは違う状態だった。けれど、けれども、あの時、彼らは確か、自分たちを守り、死んでしまったのではないか?
 感情がめぐり、記憶が脳をかき回す。
 カトナは震える手で、傷だらけながらも立つイルカの服を掴む。
 行かないで。傷つかないで。死なないで。
 そんな祈りを込めた思いもむなしく、イルカはミズキを睨み付ける。このままでは、イルカが殺されてしまう。恐ろしい予想に、カトナの全身の毛が逆立つ。
 この人は、ミズキには勝てない。ミズキとイルカでは、圧倒的なまでに対人戦闘での経験の差がある。同じ中忍でも、彼は人を助ける優しさがあり、対してミズキは人を殺す冷徹さがある。戦闘になれば、有利なのはどう考えても後者―ミズキだろう。
 先程いじったせいでチャクラはもう残りが少ない。獲物である大太刀は手元にない。体術のレベルはカトナが上だが、攻撃力の無さはカトナ自身が知っている。かといって、イルカを担いで逃げ切れるわけがない。

 どうすればいい、どうすればこの人を守れる? どうすればカトナは、大切な人を守りきれる!?

 …これしか、ないだろう。
 覚悟を決めて、カトナは隠し持っていた苦無を腹に当てる。
 先程いじった封印式のおかげで、前よりもチャクラが漏れだすようになっている。ナルトが危険になった時や感情を暴走させたときに、九尾のチャクラが漏れだしたケースがあるのは知っている。封印式で九尾のチャクラを少量とはいえ、引き出すことが出来るカトナもまた、体が危険に晒されれば、勝手に九尾のチャクラが漏れだしてくるかもしれない。その可能性は高いが、勝算は五分五分。いや、失敗して死ぬ可能性の方が高い。
 だが、見てるだけより、はるかにましだ。

 ―もう二度と、大切な人を目の前で無くしてたまるか。

 カトナはぐっ、と未だに痛む体を無視し、苦無を自分の腹に向ける。幸い、イルカは背中を向けているし、ミズキはミズキで、イルカの影にかくれているおかげで、カトナの行動に気が付いていないらしい。
 これなら、いける。
 覚悟を決め、カトナが自分の腹に苦無を刺そうとした瞬間。

 そこに、金色が、舞い降りた。

 見るものが見たならば、きっと、彼らはこう錯視したのだろう。
 四代目、火影と。
 それほどの速さをもってして、彼は、ナルトは現れた。

 「イルカ先生と、カトナに手ぇだすな。殺すぞ!!」

 ぽかんと、カトナは目の前の少年を見て、自分の腹部に誘うとしていた苦無をとり落とし、呟くようにして名前を呼んだ。

 「なるっ、と」

 なんでどうして、起きないようにちゃんと眠らせたのに、どうして起きてるの。
 カトナは泣きそうな顔になりながら、必死にナルトへと手を伸ばす。ナルトは、そんなカトナを一瞥し、そして傷ついたイルカを見た後、言った。

 「二人が傷つけられら多分、千倍にして返してやるよ、クソ野郎!!」

 ぶちりと、短気なミズキが怒り狂った表情を見せながら、余裕綽々な態度でナルトに近寄ろうとした瞬間、ナルトはその無防備な腹に掌底を放った。
 鳩尾に一発。体重を踏み込んだ葦に全部のせての、一発。
 その一発は、大の大人が身構えもなしに受けて、耐えきれるようなものではない。
 ぐふりと、ミズキが嗚咽を漏らし、思わず、前にかがみこむ。
 その隙を見逃さず、ナルトが、追撃を叩き込む。
 流れるように、ミズキの懐に入り。
 顎にアッパーを食らわせる。
 ミズキの体が、上に浮く。
 浮いた瞬間、ナルトの蹴りが脛に叩き込まれる。
 なすすべもなく、その衝撃でミズキの体が飛ぶ。
 その体が地面につくよりも先に、ナルトはミズキの腕を掴む。
 そして、地面にたたきつける。
 がんっ、という強い衝撃。
 ぐらぐらと、ミズキの脳を揺らし、そして失神する。

 「…ざまぁ、みろってば!」

 一連のナルトが見せた体捌きに、イルカは驚いた顔でナルトを見つめた。
 中忍であるミズキにそこまで綺麗に決められたのは、彼がナルトを見下し、油断していたからだろう。だが、それでも、大の大人を吹っ飛ばし、攻撃をきめて見せたナルトの体術は、すばらしいものがある。
 ナルトは未だに怒りを滾らせた目で、自分の姉を傷つけようとしていたミズキを睨み付けていたが、ぐふっ、というイルカの声を聞き、慌てて振り返る。

「カトナ、先生、大丈夫かってば!!」
「私は、平気。けど、先生が」

 おろおろと、目の前の、傷ついた教師を見ながら、カトナは背中を向けさせ、傷の具合を確かめる。中忍ベストがあったためか、そこまで深い傷ではない。臓器までは傷つけられていないようだ。だが、

「傷口が、青くにじんでる…毒」
「毒!?」

 …自分に使われた毒か! 瞬時にそれを察したカトナは、ポケットを探るが、解毒薬らしきものはない。即興で作るとしても、薬草がこの森にはない。カトナの場合は、経口から摂取したため、そこまで大事には至らなかったが、この様子だと血管から摂取してしまっている。
 毒の効果が、通常より早く回るだろう。最悪の場合、死に至らせてしまう。
 ぞっと、その予想に顔が青ざめ、カトナの手が震えた。
 なくしたく、ない。
 イルカの呼吸が荒くなる。死へと、一歩一歩近づく。

 ―なくさせない。

 カトナは拳を握りしめ、決断する。自分たち二人の秘密を、一気にばらしかねない決断をする。

「先生、内緒に、してね」
「…何を」

 そう言って言葉を続けようとしたイルカを無視し、カトナはナルトの掌を掴んだ。

 「ナルト、チャクラを貸して!!」

 その言葉に、何も言わず、条件反射のようにナルトは自らの掌にチャクラを纏わせた。
 姉のように上手く出来るわけではない。だけど、今は緊急事態だ。一刻も早くチャクラが必要となる。だから、いつもならば使わないあの力も混ぜて使う。青い、だけではなく、赤いものもいりまじった、歪なチャクラを、使う。
 それは…!? とイルカは目を見開く。
 見たことがある、赤いチャクラ。以前、イルカの両親を殺した狐が持っていたチャクラ。
 何故それをナルトが、持っているのだと。九尾の人柱力は、カトナではないのかと。
 目を見開いたイルカを無視し、カトナは左手でナルトの手に触り、右手でイルカの傷口に触り、集中する。
 みるみるうちに、イルカの中にあった血管の不純物が取り除かれていく。白血球がチャクラにより刺激され、血管内を蹂躙するはずだった毒を破壊し、イルカの体を健康にしていく。
 その間にも、カトナの手は止まらず、イルカの傷口が治っていく。繊細に、けれど尋常ではない速度で。
 そして、数十秒の沈黙の後、カトナは、ふっと集中するのを止める。

 「…できた」

 その言葉どおり、もう、イルカの怪我は全て治っていた。
 ぽかんと、呆気にとられながらも自分の背中を触って確認したイルカは、カトナとそしてナルトを見比べ、二人の頭を撫でた。

「二人とも、ありがとうな」
「…きかないの?」

 聞かれると覚悟していたのに、なのに、聞かないイルカに二人同時に不思議そうに彼を見れば、イルカは笑った。

 「お前らが聞いてほしいって、自分から言う日が来るまで、俺は聞かないよ」

 真実を知りたい気持ちはある。けれど、二人を傷つけてまで聞き出す意味はない。
 そう言ったイルカに、どちらともなく、彼ら二人は少し照れくさそうに笑って顔を合わせた。むずむずとした、温かい気持ちが胸を満たすのを感じる。どうしようもなく照れくさくて、どうしようもなく暖かくて、そんな二人を眺めていたイルカは、ふと、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 「二人とも、目をつぶってくれ」

 いきなりのその言葉に首をかしげながらも、両方とも目をつぶる。暗闇だけが見える世界の中、暖かい手が額に触れる。

「まだだってばー、イルカ先生?」
「ナルト、はじめたばっか」
「よしっ、もう目を開けて、いいぞ」

 時間にすれば、数分程の事だろう。
 どちらともなく、目を開けて、そして二人は、お互いの額にある、木の葉の里の額当てを見て、そしてイルカを見た。

 「卒業、おめでとう」

 その言葉に、二人は同時に抱き着いた。 
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