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無欠の刃

作者:赤面
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アカデミー編
  封印術

 木々に飛び移りながら、ナルトは自らの背中に抱えた巻物をちらりと見やる。
 禁術の巻物。持ち出してきたのは悪いと思っている。だが、これもカトナを守るためだ。

 「…カトナは、俺が守るんだってば」

 自らの義手を見て、そして言葉を吐いた。

 「あんな顔なんか、もうさせねぇってば」

 真っ赤な目が、まるで兎の様なんだろうなと思った。ぼろぼろと、彼女の瞳から零れて、ナルトの頬に降り注いだ涙は雨の様だったと思う。
 その時、ナルトは目隠しをされていてカトナの顔を見れなかったけれど、きっとカトナは、顔をぐしゃぐしゃにさせて、苦しそうに泣いていたのだろう。
 目が見えないままでよかったのかもしれないとか、そんなことを、最早感覚のない腕を掴んで怒るサスケの声を聞いて思った。

 久しぶりに家のベットで起きて目を開くと、一晩中看病してくれたらしいカトナの姿があった。カトナは泣きはらして真っ赤になった眼で、ナルトのことを抱きしめて、そして嬉しそうに笑った。
 …泣かせたいわけではなかったのに。笑わせたかったのに。
 そんな目は、そんな真っ赤な目は、もう二度とさせないと誓った。

「なら、それ、渡してくれる。と、嬉しい、な」
「!?」

 誰にもついてこられなかったはずなのに…、なんで!?
 突然、誰の気配も感じていなかったはずの場所から、声をかけられて驚いたナルトは、慌てて着地した木にチャクラで吸引してしがみ付くと、後ろを振り向く。
 こほっこほっ、とちいさく咳を繰り返しながらも、元気そうに、彼女はナルトに向けて手を振る。
 そこには、体調不良で家に帰ったというカトナの姿があった。驚きに目を見開いたナルトは、慌ててカトナの傍による。

「カトナ!?」
「ナルト、危険なことは、駄目」

 そう言うと共に、けほっけほっと軽い咳をして、再度注意しようとしたカトナを、慌てた様子でナルトは止める。

「カトナは寝てろってば! 体調良くないことくらい、俺も知ってるってば!」
「平気、毒しこまれてた。けど、解毒薬のんだ」
「ほんとかってば!」
「ほんと」

 こくこくと頷いたカトナに、ぱっとナルトは目を見開いて、良かったと息をつく。そんなナルトにカトナは少し申し訳なさそうに顔をしかめた後、ナルトの巻物を指さす。

「わたして」
「やだってば」

 きっぱり。擬音にするならそんなところだろう。そう即答して、奪われ無い様にと大事そうに巻物を抱えるナルトに、一体どうしたものかと、カトナは内心で頭を抱えた。

「わたして」
「いーやーだ!!」
「…ナルト、私の事、嫌い?」

 しょんぼりと、少しだけ落ち込んだ様子のカトナに、ナルトは必死に弁明する。

「カトナのことを嫌いになるわけがないってばよ!」
「…じゃあ、わたして」
「それとこれとは、話が別だってば」

 一進一退。硬直し、進まない会話に、同時に二人は沈黙に陥る。
 カトナとしては、何が何でもナルトは守りたい。禁術の巻物を盗まれたことで、里には一部の上忍に声がかかってしまっている。ただでさえ、巻物を盗んだことが里に知れ渡りかけているのに、こんな会話を繰り広げたとなれば、ナルトが信用できない忍と判断されかねない。これ以上、自分の所為でナルトの道が立たれるような真似は避けたい。
 しかし、ナルトとて簡単に譲りたくはない。ミズキがナルトに言ってきた作戦は、明らかに杜撰でお粗末なもので、どう考えても信憑性に欠ける。話に出てきた、カトナを狙う人間とは彼の事だろうと、ナルトがすぐに悟ってしてしまえるくらいに、彼は杜撰だ。だからこそ、その隙につけこみ、巻物を渡す瞬間、得意の体術で彼を一掃。火影に突き出す気満々だった。カトナを守りたい、姉のように考え込むわけではなく、ただ単純な感情で彼は動いていた。

 先に、言葉を放ったのはカトナだった。

「ナルト」
「…何言われても、絶対に! わたさねぇってばよ!!」

 そういって、べー! とべろを出した彼に、カトナはにこりと笑った。
 綺麗な綺麗なその笑みに、思わず、ナルトも吊られるようにして笑顔になった瞬間、

 「おやすみ」

 彼女は、平凡な挨拶を告げながら、指で印を組んだ。
 ナルトの持ち前の、獣のような勘が告げる。
 ―実力行使。
 ばっ、ばっと、カトナが組んだ印を見るよりも先に、後ろに飛びのいたナルトは、両手を顔の前で組む。
 姉が本気で攻撃してくるとは思えない。だが、実姉がナルトの為ならば、どんな無茶でもしてしまうことを、今までの経験で身を持って知ってしまっている。
 チャクラをなるべく使わない高度な忍術で、一発で仕留めて来るだろう。なにがくるか。そう思いながら、まるで猫のように全身の感覚を逆立てさせたナルトは、次の瞬間、ふわりと、翼が舞ったように感じた。
 そして襲い来る、圧倒的な眠気。
 幻術だと、気が付くよりも先に、ナルトはなすすべもなく木から落ちかけ、すんでのところでカトナに服を掴まれ、引き上げられる。

 「幻術、相変わらず、耐性ないね」

 そういいながら、木にもたれさせるようにしてナルトを座らせたカトナは、自分が使った幻術を思い出す。
 涅槃精舎の術。相手の眠気を誘い、無防備にしてしまう。暗殺などには結構有効な幻術の一つ。
 忍術の中でもAランク。上忍でも一部の物しか使えない、高度な幻術だが、チャクラコントロールが長けているカトナにとって、その幻術は造作もないことだった。

 「没収」

 そういいながら、カトナはぐーぐーと寝ているナルトの頭を撫でると、大事そうに抱えていた巻物をとろうとして、しゅるりと、巻物の縄が解けてしまう。
 弱い結びかただったのか。それとも、ナルトが一度見てしまったのか。
 内心で、ナルトが見ていないことを祈りながらも、カトナは開いてしまった巻物にかかれた術を見てしまう。

 「封印、血縛鎖の術…?」

 封印術とは簡単に言えば、対象に何かを縛る術であるが、この血縛鎖の術は他の封印術とは違い、俗にいう抜け道、通り道の様な効能があるらしい。
 封印したものがチャクラの総量は多ければ多いほど、封印された側の負担は大きい。封印された側が封印した側のチャクラに耐えきれなり、暴走するようなことが多々あるため、それを解決するために作られらた術の様だ。
 ただ、封印術が施された対象に新しく封印術を施すことは不可能である為、この術は対象者に使用するのではなく、対象者に最も近しい物に施されるらしい。
 利便性がある術だと思いながらも、カトナはごくりと息を呑んだ。
 それを目にしてしまったのは、ただの偶然だったけれども、けれど、彼女は無意識の内にその術に惹かれるように身を乗り出し、己の首筋を触る。

 ―彼女の体には、赤い、蛇が這ったような痕がある。
 ―まるで今、彼女が唱えた封印術とそっくりな痕がある。

 それはまるで呪いのように、何かを縛る鎖のように彼女の体に這っていた。普段は変化の術で隠していて、知っている人間は、カトナが赤ん坊のころ世話をしていた三代目と世話係の暗部、そして一緒にお風呂に入ったことがあるサスケ、ナルト、イタチだけだ。
 カトナもその痕は背中に続いているため、どんな風なのかは詳しくは知らないが、しかし、カトナは知っている。

 この痕は生まれた時にはなく、顔すらわからない父が何かしたからついたものだと。

 ナルトに封印されたのは九尾。尾獣の中でも最高位であり、そのチャクラの総量はほかの尾獣と比べてもけた違いだ。そんなものがナルトに封印されたというのに、負担が少なかったのは、自分の身体にこんなものが施されていたからなのかと驚きながら、カトナは少しだけ考え込む。
 術の構成を見た限り、カトナに施されたこの血縛鎖の術は他と比べると、漏れ出すチャクラの量が少ないように設計されているらしい。
 …多分、赤ん坊のころにいれられた術の為、その当時の最適なチャクラ量だったのだろう。だが、今は違う。今は二人とも成長してしまっている。もう少しだけチャクラ量を増やした方が、ナルトへの負担は少なくて済むだろう。
 …いじってみようか。
 ふと思いついたそれに、カトナは首筋に当てた手にチャクラを込め、集中する。
 術の構成はいじらず、あくまでゆっくりと、少しずつ漏れ出すようにするイメージで。
 じりじりと、自分の背中に焼き付くような痛みが走ったが、カトナの集中を少しも乱すことはできない。
 ただ、黙々と、淡々と、その行為に集中し続ける。
 カトナの集中力は凄まじいものだ。一度、これと決めたものが果たされるまでの間、彼女の集中力は乱れない。たとえ攻撃を受けたとしても、例え罵詈雑言を吐かれたとしても、彼女の集中力は乱れない。唯一乱れるとするならば、それはナルト関係だけだ。

 そしてそれは、唯一明確な、弱点となる。

 がさりと、近くの茂みを踏む足音が聞こえた。
 その音に反応し、ナルトの体が、うごく。
 その反応に、カトナの集中力が、刹那だが乱れた。
 指が、ずれ。
 チャクラコントロールが乱れ。
 焼き付くような痛みが、業火に焼かれる痛みへと変わる。
 小さなうめき声が、彼女の口から洩れる。
 音を立てた人物が、彼女の声に反応し、近づいてくる。
 すぐさま、それに気が付いたカトナは直ちに首から指を離して、ばっ、とナルトとその巻物を木陰に隠すと、身をひそめる、ふりをする。
 数秒の間の後、カトナの体に蹴りが叩き込まれる。

「なんでここにいやがんだよ、九尾の化け狐よぉ!」
「…弟を騙した、のは、あんた、か」

 ごほっごほっとせき込みながらも、蹴られた衝撃を旨く利用し、木から落ちてゴロゴロと地面を転がる。まるで役者のようにわざとらしく、注意を引きやすいように大げさに、上にいるナルトには決して気が付かせぬようにと、カトナは目の前の男―ミズキを睨み付けた。
 ミズキはにやりと笑いながら、真実を知ったカトナに対して見下すような目を向ける。

「はっ、あのオツムの出来が悪い弟比べたら、ずいぶんましだなぁ。おっと、逃げようとしても無駄だぜ。お前も弟も、俺は殺すつもりできてるんだからなぁ!」
「…ばか、らしい」

 びくりと、ミズキの顔に青筋が浮かんだのを見ながら、カトナは、やれやれというポーズをとった。 逃げようというふりをしているものに向かって言うならまだしも、逃げるどころか、その場で動こうとすらしていないカトナに向かって言うなんて…意味が無さすぎる。
 こいつはあほかと、思わず素でそう感じたカトナの呆れたような視線に、短気なミズキはキレた。

 「そんなに今すぐ死にたいっていうなら、今すぐ殺してやるよ!!」

 そんな言葉と共に投げられた手裏剣は、直情的かつ直線的で、分かりやすいものだった。挑発した甲斐があったと思いながら、カトナはその、予想通りに投げられた手裏剣をよけようとし、体にまた痛みが走り、一瞬だけだが固まる。

 そしてその一瞬は、致命的だった。

 カトナは必死に体を動かそうとするが、もう遅い。手裏剣は、後一秒もあれば、彼女の体を刺し貫くだろう。
 覚悟を決めて、せめて急所は外そうと体をひねったカトナの視界に、影が走った。
 一拍の間の後、カトナは目を瞬かせた。
 目の前に、誰かがいる。その人は、大きな手裏剣が、背中に刺さっている。カトナを庇ったせいで、怪我をしたのだ。
 無防備に手裏剣を受けてしまい、痛いだろうに、苦しいだろうに、なのに、彼は一歩たりともそこから動こうとしない。…カトナを庇い続けたままだ。
 なんでここにと、声に出せないまま、そう呟いて、カトナは、その人物の名前を、呼んだ。

 「海野、先生…?」
 
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