無欠の刃
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アカデミー編
弱点
「…サスケが相手?」
ぽかんと、呆気にとられたように目を見開いたカトナに、イルカは困ったような顔でうなずいた。
本来、サスケはシード権を獲得しているため、最後に勝ち残った相手と戦うのが常だ。
だが、一人の選手が昨日の戦いでの怪我を軽く見て治療しなかった結果、そこから雑菌が入り込み、風邪をひいてしまったらしい。
なんという自業自得だ。というかそのせいで私が割を食ったのか。
まだ見ぬ生徒Aを恨みながら、困ったように対戦表を見つめたカトナに、イルカもまた当惑した表情を浮かべた。
「すまないな、カトナ。他の先生方に変えるように言ってみたんだが、今更、相手を変えるのも、不戦勝にするのもと言われてな…」
「…海野先生は、悪く、ないから、謝らなくて、いい」
たどたどしく言葉を出したカトナは、ぐるぐるとまわる思考の中でどうしようかと考える。
シードのサスケとぶつけられたのは、カトナが勝ち続けていることが面白くない教師たちによる策略もあるのだろう。まぁ、その人物が風邪をひいてしまったのも本当なのだろうが。
けれど、サスケとぶつかるなんて…。
知らず知らずの内に、自分の刀を握りしめたカトナは俯いた。
その様子に、イルカは内心で心を痛める。
アカデミーの生徒どころか先生内でも、サスケとカトナの中の良さが異常なことは知れ渡っている。
一々距離が近いとか、カトナはサスケに対してだけよくしゃべるとか、サスケはカトナには異様に優しいとか、そんなくだらないことばかりだが、それでも、二人の仲が良いことは事実だ。
そんな二人をわざわざぶつけなくても……と、心配したイルカの思惑とは裏腹に、カトナはサスケと敵対するという観念に対しては、全く心配していなかった。
もともと、幼いころから、実の姉弟のように一緒に育てられ、お互いが組手の相手だったのだ。
そこまで、サスケと戦うことに嫌悪はない。
というか、サスケと戦えることに嬉しさすら感じる。
しかし、それは誰にも見られていない状況の話であって、こんな人目の多いアカデミーでは嬉しくもなんともなかった。
いやまぁ、サスケと対戦と言うだけでそれなりに価値はあるのだが…。
それを超えるほどのデメリットが存在する今、素直に喜ぶことはできない。
自分の弱点を無防備に敵に晒すことになってしまう。
カトナは顔を顰めた。
刀の弱点を、堂々と、さらすわけにはいかない。
晒したならば、カトナの刀の強みがなくなってしまう。
無意識の内にその刀から手を離してしまい、からんころんと、まるで下駄のような音が鳴った。
落ちた刀はくるくると回転し、やがて止まる。
慌ててそれを拾い上げたカトナは、気遣うイルカから逃げるようにその場を立ち去る。
全力疾走。
試合の前だというのに体力を無駄にしながらも、カトナは全くそれを意にも介さず駆け抜ける。と、女の子に囲まれ、ちやほやとされていたサスケを見つける。
サスケは迷惑そうに顔を歪めていたが、すぐさまカトナを見つけたようで、目が細められる。
柔らかくなった表情と周りの様子を見比べたカトナは、どうしようかと迷う。
迷惑がっているのは分かっているのだ、それでも、サスケが誰かと仲良くしているのに、邪魔するのはいけないような気がして。
あげていた手を下ろそうとした時、山中いのが、嫌がるサスケに無理やり抱き着いたのを目にする。
天敵が、サスケにくっついている。
びしりとカトナが固まった。
彼女の中に激流の如き感情が流れ込み、次の瞬間、爆発する。
彼女はにこりと微笑し、小さくつぶやいた。
隣の人にも、誰にも聞こえないくらい小さな声。
「サスケ」
カトナに名前を呼ばれたことで、それまでなんとか穏便にあしらおうとしていたサスケが一瞬にして行動に移す。
悪いと言い置くこともせず、サスケは無理やり人の波をかき分けた。
突然のことに驚く周りの人間はすべて無視し、サスケは一目散にカトナのそばに駆け寄る。
カトナは勝ち誇った笑みをいのに向けた。
気が付いたいのがカトナを睨みつける。
激しい火花が散ったが、当の本人であるサスケは気にも留めない。
「どうした?」
「…次の試合、サスケと、当たるって」
「まじか」
「だから、その」
刀は使わなくていいかと尋ねようとしたカトナは、どうしようかと俯く。
手加減はしたくない。演習でも、本気でも戦いあいたい。それでも、弱点を無駄にさらしたくはない。特に教師の前では、絶対に晒したくはない。
それは、カトナのポリシーに反する。
自分は無理強いさせるのに、サスケには許してくれなんて、ずうずうしくないだろうか。
俯いたカトナに全てを察したらしいサスケは、ぽんっと頭に手を置く。
「俺はなるべく忍術を使わない。使ったとしても十回だけ。だから、刀を使え」
「…ごめん」
「別にいい。手の内をさらし過ぎるのは、馬鹿がすることだ」
そう慰められて、カトナは少しだけ嬉しそうに笑った。
笑顔になったことでほっと無名をなでおろしてから、サスケはカトナが大事そうに持っている刀を見る。
カトナの、数少ないともいえる持ち物の中では、特に大切にされている…刀。
しかし、この刀、だいぶ扱いが面倒くさい弱点があるのである。
赤い鞘に入れると、カトナ以外のチャクラに反応し、くっついて離れないとりもちのようなものになる。そのうえ、カトナが籠めたチャクラ量に見合った分、相手の生命エネルギーを奪い、自分に還元することが出来る。
青い鞘に入れると、カトナのチャクラだけに反応し、チャクラの流れ次第で形態を変化させる。非常にチャクラが流れやすいものになっているので、カトナが今まで試した中では、チャクラの性質をそのまま流すことも出来る。
無敵ともいえるようなものだが…、だが、明らかに不利な弱点がある。
・・
二人が戦う場所は場外であった。
運動場なので、汚し放題ともいえる。
攻撃して避けられた時、大太刀だとフィールドを傷つけることが多いから、よかったと安堵する。
もしも損害賠償とかも止められたら、今のカトナの財政状況では絶対に賄えなかった。
サスケを見てきゃーきゃーと女子が騒いだ。
うっとうしいとカトナは耳を塞ぐ。
サスケもまた、カトナと同じように煩わしさを感じていたようだった。だが、カトナを視界に入れた瞬間、外野のことなど何もかも忘れてしまったらしい。
にやりと不敵に微笑む。
その表情に、キャー! とまた黄色い声が上がったが、気分が高揚したカトナには、その声は届かなかった。
教師は教師でカトナに対して嫌悪感を感じているものばかりなので、声高にサスケが勝つことを応援する。
唯一イルカだけがカトナのことを応援していたが、教師である為、平等でないといけず、面と向かって応援することができない。なので、ひっそりと声に出さないまま応援する。
そんな周りのことなど忘れたように、二人はただ、互いだけを見つめる。
カトナはサスケを睨み付け、大太刀を持つ手を持ち替えた。
サスケはカトナだけを視界におさめ、腰を低く落とす。
妙な緊張感が漂った。
「うちはサスケVSうずまきカトナ、試合開始!!」
瞬間、カトナは駆けだした。
握られた大太刀はすぐさま、カトナのその細い腕から出されているとは到底信じられない力で振るわれる。
刃が横に薙ぎ払われた。
だが、サスケもまた、カトナと対戦し慣れている。
大太刀の刃が届かぬように真上に飛び、苦無を口に加えた状態で、近くの木に飛び乗る。
それを待ってましたとばかりにカトナは、大の大人でさえも両手でないと持てない大太刀を片手で持ちあげる。と、近くの木にたたきつけた。
アカデミーは忍者の学校のものである為、そこにある木もまた、木登りが出来る程度には大きい。特に、サスケがのった木は、アカデミー内でも一番の大木、樹齢五十年の物であったのだが…。
カトナの大太刀の並はずれた硬さと、カトナ自身の怪力でねじふせられ、切り倒される。
周りにいた観客がぽかんと口を開け、事実を呑み込めずに固まった。
だが、サスケだけはバランスの崩れた状態から体勢を立てなおす。
傾いだ木を蹴飛ばし、宙に浮かぶと、得意技の豪火球の術で木を燃やす。
周りの大人がサスケの術の威力の高さに感心しながらも、アカデミーの生徒を守ろうと動いたのが見えたが、カトナにはそんなこと、気にも留めないほどにささいなことであった。
一気に燃えた木がカトナの方に倒れこんでくる。
されども、カトナは全く意にも介さない。
火だるまのように燃え盛る木に向かってつっこみながら、彼女は印を結んだ。
「水遁、三翔魚」
瞬間、カトナの後ろにあった池から水の柱が突き立った。
水がうなりごえのようなものをあげながら、勢いよく燃え盛る木にぶつかっていく。
本来ならばもう少し規模が大きく、見ていた周りの人間さえも巻き込んでしまうが、カトナのチャクラ総量ではサスケの炎を相殺することしか出来なかったらしい。
水と火がぶつかりあって、あたりが白煙に包まれる。
カトナは視界の悪さなどものともせず、その場をまっすぐに突っ切った。
サスケもまた、煙が視界を満たして見えなかったが、つっこんでくるカトナの気配を察し、咄嗟に土遁を使おうとして。
「ばか」
カトナは急に立ち止まると、地面にたたきつける。
「ちっ!」
印を結んでいたサスケは間一髪で上に飛ぶ。
空中でも驚異の体幹バランスで姿勢を保った彼は、カトナの居る場所めがけて、もう一度、豪火級の術を使う。
今度はそこそこ手加減されて出されたそれは、先ほどよりも一回りも二回りも小さかったが、アカデミー生徒内でも出せるものは有数だろう。
「やっぱ、すごい、ね」
そう言いながらも、カトナは大太刀を迷いなく、火の玉に向かって振り下ろす。
カトナの大太刀はその火の玉を何の抵抗もなく、ぶったぎった。
「相変わらず、お前の刀は、化け物級だな!」
サスケはくるりと宙で反転し、一気に距離を詰める。
カトナはその瞬間、大太刀を手から離し、サスケの拳を受け流す。
純粋な体術と体術の組み合わせは、まるで完成されきった演舞のようにも見える。
ほうと誰かが息を呑んだとき、カトナが大太刀を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた大太刀は、まるでサッカーボールのようにサスケの方に向かう。
「相変わらず、扱いが、適当、だな!!」
「そう、見える?」
易々とそれを避けたサスケに内心で舌をうつ。
大太刀がサスケの後方にあった木にぶっささる。
カトナがサスケに食らいつき、サスケがそれをいなす。ただ、カトナの猛攻を受けたサスケの足がじりじりと後退していく。
これはまずいなと判断したサスケが、カトナの腹部に向かって突きを放つ。
カトナがそれを弾いた瞬間、サスケが距離を取る。
後を追おうとしたカトナはそばにある大太刀を引き抜くと、瞬時に思考する。
純粋な体術でならカトナとサスケは互角。忍術を交えた状態でも同等。ただ、こんなに狭いフィールドでは、この大太刀は邪魔だ。
冷静にそう思考した彼女は、引き抜いた大太刀を構え。次の瞬間、突貫する。
愚直なまでにまっすぐに。
されども、写輪眼を持っているサスケは見抜いていた。
まずいとサスケが身を引くより早く、カトナの大太刀が勢いよく、地面に向かって振り下ろされるとともに、柄から手を離される。
支えを失った刃は地面に叩きつけられる。
もろに衝撃を食らった地面が揺れた。サスケの動きが一瞬固まる。
その隙に、カトナの指が動き、再び印を組む。
「水遁、篠目雪」
先ほど白い蒸気となった水がさざめいた。
それはまるで霧のように広がった、と思うと、空中で糸が作られる。
細い糸はサスケの全身を搦めとろうと動く。
しかし、サスケも黙ってはいられない。
手にチャクラを纏わせ、即席のチャクラ刀を作って糸を断つ。
本来ならば、チャクラがある限り無限に作られるはずの水糸は、電気によって分解され、消えていく。
しかしその代わりに、水素が生まれる。
カトナがにやりと笑った。
まさかと青ざめるサスケの隣で、カトナはそのまさかを実行する。
苦無を大太刀に投げる。
火花が散った。
瞬間、小規模の爆発が起きた。
閃光がサスケの目を焼く。
爆発の中心にあった大太刀が、まるで跳弾するかのようにあらぬ方向に飛ぶ。
大太刀はあれほど手荒く扱われたというのに、相変わらずの鋭い切れ味を発揮し、アカデミーの校舎に食い込んだ。
ひっという声が観衆の口から漏れ出たが、戦いに集中しているカトナは気にしてないかった。
半径1mを超えた場所にまで、自分の獲物が離れているというのに。
カトナの集中力は切れない。切れてしまわない。
自分の弱点を晒しかねない状況に陥っていることに、気が付かない。
自分が悪手をうったことに、気が付かない。
サスケにだけに向かうその集中力に、もっと周りを気にしろと、サスケは怒鳴り付けたい気分に陥る。
「ほんとっ、おまえは!」
勝つためならば、手段は選ばない。手段を選べない。
内心で少しだけ舌を打ったサスケに、カトナは攻撃を畳みかける。
一時的に目を潰されたサスケは、風切音と今までの戦闘経験からなんとかカトナの攻撃をいなす。
だが、それでは勝てない。
頬を赤い線が走る。
本気で勝ちに行っているカトナは、目が見えないサスケに容赦なくボディーブローを叩きこむ。
うっとサスケが息をつめた瞬間、カトナは次の掌打を打ち込もうとして。
――ずしんと重くなる感触を覚えた。
しまった!!
カトナはなんとか転倒するのを避けようとしたが、いきなり増えた重みにうまく動けるわけがない。体勢を立て直すのがやっとだ。
踏ん張って何とか耐えた彼女の首筋に、好機を待っていた手刀が叩き込まれる。
防御が間に合わなかった彼女は、なすすべもなく気絶する。
おっとと小さな声を出して、通常より重くなっているカトナを支えたサスケは審判を見た。
「うちはサスケ、勝利!」
周りは一体何が起きたのかがわからず、ぽかんと、口を開けていた。
アカデミーの校舎に刻まれた、大太刀の傷だけがすべてを物語っていた。
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